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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


孤独に射す一条の光


【T】

 立ち上げたブラウザ。アクセスしたのはゴーストネットOFFの掲示板だ。映し出された文字の列。いくつものスレッドが並び、長短それぞれのレスが連なっている。セレスティ・カーニンガムはそのなかの一つ、ひどく慎ましやかな気配のする文章に目を留めた。

投稿者:×××

 私は生まれてから持病のせいで一度も外へ出たことがありません。
 だからネットや新聞などで知ることができるものだけが私にとっての外の世界で本当に実感あるものとしての外の世界を知りません。
 けれど、最近になって外の世界を知ることができるようになりました。
 触れて、聞いて、見たものとして知ることができるようになったんです。
 どうしてなのかはわかりません。
 双子は一つの情報を共有するということを聞きました。
 確かに私には生き別れの双子の姉妹がいます。
 もし私が知る外の世界が私の双子の姉妹のものであるのなら、会ってみたいと思っています。
 そうでないのだとしたら私が外の世界を知ることができるようになった理由を教えて下さい。
 どうか、お願いします。
 双子の姉妹が今もどこかに存在しているならそれは私にとって唯一の肉親なんです。

 不意に誘われているような気がした。慎ましやかでありながらもひどく切迫した気配を感じる。それがセレスティに行動を起こさせた。記事と共に書き込まれていたメールアドレスに一度会ってみたいという旨を記したメールを送信した。書き込まれた事実に純粋な興味が先立ったということがなかったわけではない。だから記事と同時に書き込まれていたメールアドレス宛にメールを出したところで、本当に返事がくるとは思ってもみなかった。
 しかし返事は思いがけず早く訪れた。メール送信後、ほどなくして届いた書き込みと同じどこか果敢無い気配を漂わせたメールには無用心にも住所と本名、そして訪れる際の目印になるような建物の名前が連ねられていた。それに対してネットを介したやり取りで個人的な情報に関しては十分な注意を払う必要があるという旨の返信をすると、焦る気持ちが先立つのだという応えがあり、そうしたやり取りの迅速さはすぐさま届けられた住所に向かわなければならないような気持ちにさせる何かを持ち合わせていた。
 だからセレスティはステッキを手にパソコンの前を離れることを躊躇わなかった。メールのやり取りのなかで得た情報を記憶し、届けられた住所と本名を手に、今すぐにでもそこに会いに行かなければならないと思ったその気持ちだけに素直になればいいのだというそれだけがセレスティを突き動かした。


【U】


 屋敷は豪奢な雰囲気を漂わせながらも、どこかひっそりとした雰囲気をまとってそこに佇んでいた。住宅地を遠く離れ、長い道の突端でまるで忘れ去られるかのようにしてあるそれはどこにあるとも知れない終わりを予感させるには十分なものを持っている。それを前にただ淋しいとセレスティはステッキを持つ手に力を込めて思う。
 純然たる淋しさが濃く香る屋敷だった。大きなだけで、その内側には空白しかないのではないかと思わせる。決して朽ちた気配があるわけではない。それどころか手入れは十分に行き届き、頑丈な門の向こうに見える庭の緑は鮮やかな色彩と共に生き生きとした気配を伝えてきた。それでもどこか淋しいと思わせる何かがある。このような場所に本当に少女が住んでいるのだろうか。そんな風に思いながら門柱に備え付けられたインターフォンを押すと、丁寧な応えがあった。どこか老いた気配のするそれはきっと家政婦のものなのだろう。
 内側から開かれた門を潜り、緩やかな曲線を描くように並べられた踏み石を辿っていくと、玄関の前に質素な装いの初老の女性がセレスティの訪れを待っていたかのようにして佇んでいる。書き込みの内容と数えるほどのメールのやり取りを総合して考えると、その女性がこの屋敷の主の母親でないことは明らかだった。
「お待ちしておりました」
「初めまして。セレスティ・カーニンガムと申します」
「お話はお嬢様から伺っております。お部屋のほうへご案内させて頂きますので、どうぞこちらへ」
 女性の案内で玄関から屋敷のなかへ一歩を踏み入れると夥しいほどの孤独の重圧がセレスティの双肩に圧し掛かってくるような気がして、反射的に天井を仰いでいた。高い天井。吹き抜けになっていて、大きく開かれた窓から差し込む陽光が辺りを明るくしている。けれどそれが温かな雰囲気を演出することはなく、その明るさがかえってひどくこの場所を淋しいものにしているように感じられた。そこかしこに淋しさが香る。どんなに高価なもので演出を施しても拭い去ることはできないそれは屋敷のそこかしこに張り付いて、もう二度と消えることがないのではないかと思わせるには十分な濃さだ。
 ここで独り生きていくにはあまりに重たすぎる空気だと、そんな風に思いながら前を行く女性の背にふと視線を向けるとのその背もまた同じような空気をまとってセレスティを先導していた。
 誰がこのような気配を呼んだのだろう。
 思ってもそれはすぐさま解決されるような類のものではなかった。


【V】


 ベッドの上で上体を起こす少女の唇から一つ一つ言葉が零れる度に線の細い頤が微かに上下する。生まれる音は弱々しく、僅かな吐息一つで消えてしまうのではないかと思わせた。細く長い白い指。薄紅色の爪が先端を彩るそれでもって胸元にかかる長い黒髪の先を神経質そうに弄っている。音になる言葉は環状で、始まりと終わりはいつも同じ、唯一の肉親である双子に姉妹に会いたいというそれだった。
 しかしだからといってセレスティの問いかけに答えないというわけではない。両親の名前、姉妹の名前を問えばきちんと的確な答えが返ってきた。外を知らずに育ったにしては冷静な雰囲気をまとい、甘えたところが感じられない少女だった。僅かに世間知らずの気配が滲むことはあっても、不思議とそれがマイナスになるようなことはない。
「双子の姉妹がいらっしゃることは知っていたのですか?」
「知っていたわ。物心がつく頃まで一緒にいたんだもの」
 静かに笑う少女には置き去りにされた淋しさが香る。
「では肝心なことをお聞きしますが、いつ頃から外のことがわかるようになったのでしょうか?」
 ベッドの傍らに設えられた椅子に腰を下ろしたセレスティが問う。
「はっきりとわかるようになったのは両親が亡くなってすぐだったと思います。それまでもどこかぼんやりとでしたが、わからないわけではなかったんです。けれど以前はあまりにぼんやりとしていて、きっと本などによって得た知識を現実のものとして錯覚しているのだと思っていました。それが最近はあまりに鮮明で……」
「怖いとお思いで?」
 セレスティが問うと少女はゆっくりと頸を横に振る。
「怖くはありません。でもどうしてこんな風に外の世界を見ているのだろうと、そう思うだけです」
「だから会って確かめてみたいと思うのですか?」
「えぇ。それにもし本当に存在するとしたら、私にとって唯一の肉親ですから」
 云って少女は静かに目を伏せる。
 整った顔立ちはささいな動作さえもひどく美しく演出し、セレスティは本当に双子の姉妹が存在するとしたら決して目立たない存在ではないのではないかと思った。
「しかし本当に君に会ってくれるという確証はありませんが、それでも探すことを望みますか?」
 その問いに少女はただ静かに笑った。その笑顔はまるで総てを諦めているかのように果敢無く、ささいなことで脆く崩れてしまうような危うさをまとっている。
「私にはもう他に何もありませんから」
「だから会ってもらえなくてもいいと?」
「もし会ってもらえないのなら、私に外の世界を教える理由を聞いてきてもらえますか?可能であれば……」
 慎ましやかな願いなのだとセレスティは思う。ここに在るというただそれだけで、他にはもう何もないというわけではないということはわかる。しかし少女にとってはそうなのだ。狭い世界で生き、そのなかの世界しか知らない少女にとって両親が亡き今、その世界は静かに今までよりも狭く閉じていっているのだろう。
「わかりました。できる限りのことをさせて頂きましょう」
「ありがとうございます」
 笑顔がいつまでも果敢無い。
 その笑顔を前に、少しでも生きる意思を見てみたいと思うことは我儘だろうかとセレスティは独り思った。


【W】


 少女が知らずに育った世界。それはあまりに鮮やかで、それでいて残酷な事象に満ち溢れている。そればかりが総てだとは云えなかったが、少なくとも今少女に影響する世界はあまりに残酷なものに満たされていると思った。まるで籠の鳥。純粋培養したところで長く生きられるというわけでもないというのに、少女は明らかに外の世界から隔絶されて育っていた。過剰な心配がもたらした結果なのか、それとももっと別な何かが影響していたのかは判然としない。けれどそうした育ちをしなければ、きっと少女はここまで生き別れたであろう姉妹を探すようなことはなかったとセレスティは思った。
 情報収集を兼ねていくつか少女と言葉のやり取りを交わし、部屋を出たセレスティを家政婦の女性が待っていた。特別多くを語ろうとはしなかったが、差し出がましいことをするようですがと告げて、女性が差し出したものは一枚の名刺大のメモ用紙だった。表に記されている文字は屋敷から遠くない住所で女性はどこか迷っているような様子を見せながらも、
「決して会わせてはいけないと旦那様から申し付かっておりました。しかし旦那様も奥様もいらっしゃらない今となってはもう時効かと……」
と云って、セレスティの手にメモ用紙を半ば押し付けるようにして手渡した。
 言葉少なでありながらも女性が誰の所在を教えようとしているのかは明らかだった。会わせてはいけないという言葉が気にかかったけれど、その理由が決してわからないわけではなかった。双子として生まれていながら片方を育て、片方を手放した両親の選んだこととしてはあながち間違った選択ではないような気がする。それぞれの人生をそれぞれに歩んでいくことを願った結果がそれだったのだろう。そしてまさか自分たちが揃って娘を置き去りに他界するようなことになろうとは思ってもみなかった筈だ。
「会えないのよ」
 セレスティの正面で先ほど会ってきた少女と瓜二つの少女が云う。違うことがあるとすれば髪の長さと僅かな勝気さが滲む口調。今セレスティの目の前にいる少女の髪は肩のあたりでさらさらと揺れて、その口調は果敢無さどころか強く生き抜こうとする意思を感じさせる。
「私たちは会ってはいけないの」
 メモを頼りにセレスティが訪れた家は屋敷とは違って建売住宅で、ごく一般的なものだった。セレスティを出迎えた母親と思しき女性もその女性に呼ばれて顔を出した屋敷の少女と瓜二つの少女も、世間一般という枠組みのなかにきちんと収まっている、そんなありふれた雰囲気をまとっていた。
 リビングに通されて、セレスティは少女と向き合っている。
「どうしてそうお思いになるのでしょうか?」
「どうしても何もないわ。私があの子に近づけば近づくほどに、世界の厭な部分を見せてしまうからよ」
 会いたくても会えないのだという苛立ちを滲ませながら云う少女にセレスティは静かに問うた。
「それはどういうことでしょう?」
「はっきりとしたことは確かめたことがないからわからないけれど、私が見る世界をあの子が見ているのよ。なんとなくしかわからないけれど、私は世界の汚い部分まで見てしまうの。それをあの子は受信してしまうのよ。近づけば近づくほどそれは鮮明になるわ。だから私には会えないの」
「どうして君はそれを知っているのですか?」
「父が……実の父が云っていたし、身をもって知っているからよ」
「失礼ですが、君は……」
「全部知っているわ。これは私が望んだことだもの」
 云うセレスティの言葉を笑顔と共に鋭い言葉で少女は遮る。
「ずっと守りたかったの。汚いものは見せたくなかった。物心つくまえからずっとね。私たちは母親のおなかのなかに居た時からずっと同じ世界を共有してたのよ。あの子はそれに気付いていなかったかもしれないけれど、私はわかってたわ。どこにいても同じものを共有できる。だから離れてもきっと大丈夫だと思ったし、離れることで汚いものを見せずに済むなら私はそうしたかった」
「だから今も会えないとおっしゃるのですか?」
 少女ははっきりと頷く。
「会いたいと願い、君の訪れを待っていたとしても?」
「……無理よ。私はあの子に綺麗なものだけを見ていてもらいたいの」
「だから外の世界の綺麗な部分だけを見せていると?」
「そうよ。距離を置けば汚い部分まではあの子に届かない。だから距離を置いて、屋敷から出られないあの子に綺麗なものだけを見せてあげたいの」
 セレスティは少女の言葉を刹那の沈黙で受け止めた。僅かに違和感を残すようなそれの後に、静かに言葉を紡ぐ。
「本当にそれが幸せだとお思いですか?私が見た彼女は純粋培養されて、ただそれだけのように感じられました。幸せに見えたどころか、不幸を着て生きているようにさえ見えましたよ。君の望みはそんなことだったんでしょうか。本当の意味で世界を知るということは、汚い部分も享受していくことだと思います。極端な話をするようですが、綺麗なものばかりを見ていても、いつかは飽きてしまうのですよ」
 少女は静かに俯いて、小さな声で云った。
「会いたくないわけがないじゃない……」


【X】


 後日、日を改めて答えを聞きに来ると云って別れた日から数日後、双子の姉妹であったあの少女はセレスティに伴われて屋敷の門を潜った。家政婦の女性は何も云わないまま二人をいつの間にか屋敷の主になってしまっていた少女のもとへと案内してくれた。
 二人が再会したその瞬間に、あの子を傷つけることがあったら助けてほしいと予め告げられていた言葉は杞憂に終わる。
 瓜二つの2人の少女は何も云わずにただ黙ってその距離を縮めただけだった。
 言葉にせずとも総てがわかると云っているかのような光景だった。
 セレスティはそんな二人から距離を置いて、久しぶりの再会をただ何も云わずに見届けようと思った。同じ姿をしていながら見るものも、育った環境も違う二人。けれど確かに同じものを共有することができて、それを理解しあうことができる。きっとそれこそが二人にとって幸福なことなのだろう。決して形にならないことだとしても、ただ二人で共有できるものがあるということはきっと幸福なことだ。汚いものも綺麗なものも、どちらも共有していくことができる相手がいるというのは、この曖昧な世界で唯一の幸福と呼べることではないのだろうか。
「綺麗なことが総てじゃないことくらい、もう私にもわかるのよ」
 ベッドの上で少女が云う。
「でも守りたかったんだよ」
 そのすぐ傍でもう独りの少女が答える。
「それくらいじゃ、もう傷つかないわ。だからいつでも会いに来てほしいの」
「ずっと待っていてくれたの?」
「だって私にはもう他に家族と呼べる人は誰もいないのよ」
 きっとその一言が総ての不安を消しただろう。血の繋がり。それはほんの僅かな奇跡がもたらすものだ。他人ではないという証を作る。その奇跡の繋がりを一体どれだけの人間が強く幸福だと肌で感じていることだろう。
 少なくとも目の前の二人は感じることができる筈だとセレスティは思う。
 そんなセレスティに二人が笑いかける。
「ありがとう」
 重なりある二つの声がひどく温かく響いた。
 そこに大きな隔たりの影は微塵も感じられなかった。
 そしてセレスティはふと気付く。
 屋敷にはもう孤独の重圧の気配はなかった。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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         ライター通信          
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いつもお世話になっております。沓澤佳純です。
この度のご参加ありがとうございます。
オープニング相当の記述が入っていないということで
修正依頼を頂いてしまい納品が遅れてしまいました。
お待たせしてしまって申し訳ありません。
以後このようなことがないよう気をつけます。
少しでもこの作品がお気に召して頂ければ幸いです。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
この度のご参加、本当にありがとうございました。