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想いの果て
「また…ですか」
Cafe Sephiroth、その店内のカウンターに肘をついて、神代樹は新聞紙の上の文字を目で追っていた。
眉を寄せた表情で眺める紙面に書かれたのは、失踪事件の文字。
「一人暮らしをしていた女性が突然行方不明に…今月で三軒目ですか…」
紙面には長々と文字が並べられているが、簡潔に言えばそういう事だった。
樹は紙面に目を落としたまま、さらに読み進めていく。
「最後に目撃された現場付近の路地裏に女性の血痕が見つかるがそれ以外の痕跡はなし。
警察は殺人事件として捜査を続けるも、まったく足取りが掴めないため捜査は足止め状態…と」
「普通の人間にわかるわけないわ、無駄ね」
「無駄なんて言っちゃいけませんよ、これが彼らの仕事なんですから」
突然後ろから聞こえた高い声にも、樹は動じる事なく新聞紙に目を落としたまま返事を返す。
「それでも、これは警察の領分じゃないわよ」
さらに読み進めようとする樹、しかし伸ばされた白い手がその手から新聞紙を引き抜いていく。
いつの間にか樹の目の前に動いていた瑠衣は、奪い取った新聞紙を丸めてゴミ箱に捨てていた。
「駄目ですよ捨てては、まだ読み終わってないんですから」
「別に大した事は載ってないでしょう」
「事件の事だけ見ているわけじゃありませんよ」
「そんな事はどうでもいいわよ、それよりも重要な事があるでしょう」
やれやれ、と言った感じで黒髪をかき上げる瑠衣。
それを見て樹は肩をすくめて苦笑した。
「まぁ、確かに最近頻繁に動いているようですからね…目に余るものがあります」
「そういう事よ、この間一つ片付けたばかりなのに…」
「また、手伝えと?」
ずり落ちた眼鏡を指先で引っ掛け直し、両肘をついて瑠衣を正面から見据える。
視線の先で小悪魔的な微笑を浮かべて瑠衣が言葉を放つ。
「そう、わかってるじゃない」
「まぁ、別にいいんですけどね」
「ただ…もしかしたら数が多いかもしれないのよね…そういう事だから」
「…応援が必要、と言う事ですか…」
「そう、樹は話が早くて助かるわ」
微笑を深め、瑠衣が言う。
なんとなく忙しくなりそうだな、と思う樹。
「では、いくつか当たってみましょう」
苦笑を微笑に変え、樹は立ち上がった。
◇セレスティside
「ほぅ…」
陽光が差し込むカフェセフィロト店内、その片隅でセレスティはカップを傾けていた。
昼前の店内に人はまばらで、彼を含めて二、三人程度の客とカウンターの二人以外に人の気配はない。
平日に昼下がり、閑散とした店内は平穏に包まれていた。
そんな平穏の中で語られる、陰惨とした事件の会話。
何とはなしに、セレスティはそこの店長と知り合いらしき少女の話に耳を傾けていた。
他の客が会話の内容を気にした気配はない。聞こえていないのか、興味がないのか。
とりあえず周囲を気にする事なく、セレスティは話に集中。
光を捉えぬ視線でカウンターの二人を見ながら、思考を巡らす。
最近新聞を賑わせる失踪事件、その事を二人は話しているようだが断片的で要領を得ない。
ただわかる事と言えば、
――あの二人、何か対処する事に長けた人達なのでしょうか?
会話の内容からすれば、そんな所だろう。
何か対処する事が出来るような人物で、今まさに何かをしようとしていると。
元々セレスティも興味を持っていた事件なので、内容は記憶していた。
現場には血痕以外残らないという不思議な事件。カニバリズムの類にしては骨すら残らないというのも妙だ。
――また、何か出たのでしょうか…
人の手によるものか、はたまた獣の所業か。それ以外か。
興味を抱いていたことだけあって、思考を始めると留まる事を知らない。
留める物がなければ、あとは行動するのみ。
「…調べて、みましょうか」
これだけ騒ぎになる事件だ、色々と情報も飛び交っているだろう。
とりあえず情報をと、セレスティは店を後にした。
■□■□■
「ふぅ…特にこれと言った情報はなし、ですか…」
運転手に走らせた車の車中で、報告書を受け取ったセレスティは一人呟く。
部下を使って情報を集めてみたが、全て要領を得ない物ばかりだった。
曰く、人のような形をした物が突然現れては消えたと。曰く、人を丸呑みにするような化け物であると。
まるで都市伝説か何かの類であるかのような、そのような曖昧な情報しか存在しなかった。
これでは犯人を特定する事など出来るわけもなく、犯人は化け物だ、としか言いようがない。
――化け物の類、なんでしょうがね…
今まで事件が起こった場所の情報を集め、行動範囲の特定をしたが結果は空振りに終わった。
「…?すいません、止めてください」
報告書を見て思索に耽っていたセレスティだったが、何かを感じたかのように唐突に顔を上げ車を止める。
杖を持って車を降りると、周囲に目を走らせる。周囲に変わったところはなく、目の前の道の先には住宅街が続くのみ。
「今…」
――何か異質な気配が…
と、そこで初めて気付く。目前の場所に一切気配という物がない事に。
住宅街であるはずなのに、生物の気配が存在しない。鳥も、虫も、人ですらも。
そしてもう一つ異変に気付く。
――この道は…
「あの、帰り道はこっちじゃありませんか?」
家まで帰るならばこの道を通った方が早いはず。それは地理に詳しいはずの運転手だってわかっているはずだ。
なのに何故、遠回りになる道を選んだのか。
「え?あ…いや、何ででしょう…?」
運転手の答えは要領を得ない物だった。
というよりは、自分でも何故こちらの道を選んだのかわかっていない。言うなれば無意識のうちにこっちに進んでいた、という感じだ。
「ふむ…」
何かがこの先にある、そうとしか思えない状況だった。
ふと気付けば、先ほどまでは異質な気配に隠れていたが、気配は一つあるようだった。
それはつまり、
――誰か、異質と対峙している事になるのでしょうか…
顎に手を当てて一考、そして、
「すいません、少々ここで待っていて頂けますか?」
「え?あ、はい、わかりました。」
頷く運転手に満足しながら、セレスティが車を離れる。
不思議そうな運転手を後目に、足早に進んでいく。
急がなければならない、これ以上犠牲者を増やす前に。
と、
急速に、異質な気配が再び顕現した。
気配の現れた場所は大体しかわからないが、人の気配のすぐそばだと言うことだけはわかった。
「くっ、間に合いますかね!」
まだ距離はある。が、それでもセレスティは足早に進みながら腕を振るった。
腕に纏った水は大気の中で蠢き、奔る。
水に与えた命令は、守護。
奔る水は一直線に進み、気配の前まで進み。
水が壁となる直前、横から一つの気配が異質な気配の場所に弾丸の如く迫っていた。
◇an encounter. and to the combat
焔を纏ったエンタイルは異形――無貌の腕に噛み付いたまま体当たり、その身の焔で腕を灼く。
振り払おうとするも深く入り込んだ牙は易々と外れることはない。
「ふむ、どうやらこちらは必要なかったですかね…?」
水の壁を維持したままセレスティが呟く。
爪が美沙姫に届く直前、水の壁を張ったがその前にエンタイルが異形に体当たりをしかけたのだ。
「…ど、どうも、有難うございました」
一瞬呆然としながらも、美沙姫は身なりを整え丁寧にお辞儀をする。
メイドらしいと言えばメイドらしいが、なんとも場にそぐわない光景である。
「いえいえ、大した事でも…おっと」
水の壁を衝撃が走る。一瞬わずかに水が揺れ波紋が起こるが、それで終わりだ。
衝撃の原因は激化する二頭の戦いだった。打ち砕かれたコンクリートが焔を纏い、弾丸となって襲い来る。
「あの黒い獣、どうやら周りが見えていないようですね…あちらも止めないといけませんね」
居住まいを正し、美沙姫が一歩前へ。
メイドの鑑とも言うべき粛然とした態度は、どこか戦人に通じる物があり。
「三つ巴、という事になりますか…いやはや」
杖を打ち鳴らし、セレスティが美沙姫と並ぶ。
その居住まいは儚げだが、何処か力強さを感じる。
「では、参りましょうか」
「ええ」
言葉を放つと同時、音を置き去り美沙姫が走る。
向かう先はまっすぐ前、エンタイルを振り払った無貌の元へ。
「いきます!風牙斬っ!」
再び放たれる双つの風、それを更にもう一組放つ。
一つは無貌の足元へ。
もう一つは動き出そうとしたエンタイルの鼻先をかすめる。
「!?」
全身を撓め、無貌目掛けて飛ぼうとしたエンタイルはその一撃に出鼻を挫かれる。
一瞬の停滞。だが、それだけで十分だった。
エンタイルの視界は全て水の膜に覆われていた。
視界だけではない、180°全て、地面以外の全てが水の膜があった。
それは纏った焔により周囲が灼かれるのを防いでいた。
いわば拘束させるための水の檻というよりは、周囲を火から守る水の盾のようなものだ。
「少々、そこで頭を冷やしていて下さい」
掲げた腕の周囲に水を躍らせながら、セレスティが微笑む。
エンタイルがそれを睨みながらも焔の勢いを強めるが、いかなる力なのか簡単には破れない。
多少蒸発して薄くなったとしても、周囲の水分がまた集い壁を形成する。
それを後目にしながら、セレスティは無貌に歩いていく。
向かう先では、無貌と美沙姫正面から対峙していた。
「宮小路家メイド長、篠原美沙姫。丁重におもてなしさせて頂きます」
無貌を前にして、丁寧に頭を下げる美沙姫。
しかし言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女の体が霞む。
無貌の懐に入ろうとする動作で一歩前へ。
かに見えた瞬間、その体が急停止。すぐ前を無貌の腕が通り抜ける。
即座に言霊を放ち、力を顕現させる。
風の向かう先は真っ直ぐ前、重ねられた二つの風の刃は振るわれた腕を深々と切り裂く。
『qガut!』
一瞬の停滞、無貌が怯んだ隙をついて美沙姫が再び前へ。
一足の動きをもって懐へ入り、それと同時に、
「風牙斬!」
再び放たれる言葉と力。
ゼロ距離で放たれた刃をかわすことなど適わず。
複数重ねられた刃は深々と無貌の腹部を抉っていく。
しかしその痛みすら感じていないのか、構うことなく無貌は腕を振るう。
己の懐目掛けて、己を傷つけることも厭わないかのように。
流石にそれを予測する事など出来るわけもなく、美沙姫も無貌自身の体に阻まれかわす事が出来ない。
けれど、それが振り下ろされるわけもなく。
「今度は、ちゃんと意味がありましたね」
振り下ろされる腕の前には水の壁が立ち塞がり、その腕は水で濡れていた。
「私もいる事、忘れないでくださいね?」
言葉に応じるかのように、セレスティの周囲の水が動く。
それは水が歓喜に舞い、踊るかのようで。
瞬間、全ての水は弾丸となり空気中を駆ける。
全ての弾丸は一様に無貌を目指す。いつの間に動いたのか、すでにそこに美沙姫の姿はない。
血飛沫。
全ての弾丸が肉を抉り、黒い血のような物を噴出させる。
それでも痛みを感じないのか、無貌は動き出そうと一歩前へ。
踏み出そうとした足が横にずれて落ちる。
いつの間にか無貌の後方にまで動いていた美沙姫が、両腕を掲げ風を具現させていた。
脚部を失ったことで、無貌がその場に崩れ落ちるかに見えた瞬間、無貌の足は粘性を持った液体のように変化。
切断面が溶けてあわさっていくかのように再生していく。
けれどそれが隙である事に変わりはなく。
止めと言わんばかりに、美沙姫もセレスティも腕を振り上げ、
「「!」」
距離をとっていた二人めがけて、「腕」が襲い掛かってきた。
いかなる構造をしているのか。異形の腕はゴムか何かの如く伸び、セレスティと美沙姫の元にまで爪を届かせる。
慌てて水を繰り壁となそうとするも、中途半端に集められた水はその勢いを留める事は出来ず。
慌てて風を現出させその腕を切り裂こうとするも、腕の動きを留めるほどのダメージを与えるには至らない。
完全な奇襲であったそれを、かわす術を二人は持っていなかった。
当たる、そう確信した二人は衝撃に備え体を防護しようとしつつ、直撃を避けるために体を捻る。
が、次に来た衝撃は振るわれた腕による物ではなかった。
「えっ!?」
「これは…」
来た衝撃は、爆炎による風。熱を持った風だった。
焔は二本の腕に直撃、それを完全に破壊し尽していた。
焔が放たれた場所はセレスティの後方。
「グルル…」
水の壁を完全に蒸発させ、水蒸気の中でエンタイルが焔を纏っていた。
憎しみを混めた双眸は、ただ無貌だけを見つめている。
別に二人を助けるために腕を破壊したのではなく、ただ単純に放った焔が腕を破壊しただけのようだ。
二人を意に介さず、エンタイルは全身を撓ませる。
それどころか、エンタイルは無貌以外の何も見えてはいないようだった。
ただ無貌だけを見据え、焔を纏い飛ぶ。
全身の膂力をもって放たれた体は、弾丸のように無貌に直撃し、その身を灼く。
相変わらず一瞬だけ怯むも、痛みを感じないかのように無貌がその腕を振るう。
腕は中途半端ながら、再生しかけていた。だが、再生しているせいか、若干動きが鈍い。
そんな好機を、逃すわけもなく。
焔が躍る中、セレスティと美沙姫は再び動き出す。
「この辺で、終わりとさせて頂きましょう」
水の弾丸が無貌の顔に当たる部位を抉り仰け反らせ、無貌とエンタイルを水の壁で囲い焔が周囲を灼くのを防ぐ。
それで一瞬の停滞を、さらに数瞬の間だけ伸ばす。それはほんのわずかな時間だが
「数瞬あれば、十分です」
風が更に巻き起こり、再生しかけていた腕を切断する。
それでは終わらないとでも言うかのように、美沙姫は両手を掲げる。
「大気に宿りし精霊達、風を纏いて我が元に集え。浄めの風を以て全ての悪しき存在を浄化せん!」
紡がれる言霊は浄化の一声。
言葉は世界に響き、現象を顕現させる。現出するは蒼色の風、邪を食らう浄の理を抱いた疾風。
疾風は大気を駆ける、負の集合体たる無貌を滅却せんと。
それに気付かない無貌ではなく、無論かわそうとするが。
「もう、遅いですよ」
無貌の周囲を阻む水の壁、それは無数の水の槍と化し無貌を地面に縫い付ける。
それと同時に、エンタイルの身に纏った焔が勢いを増す。
噴出した焔は己以外の全てを灼く深淵の闇より来る獄炎。
何者にも抗う事を許さず、ただ躊躇も容赦もなく、全てを燃やし尽くす。
水の楔は無貌を更に縫いとめていき、獄炎はその身を焦がし灼き溶かし。
浄化を纏った風が、それら全てを払い清め禊ぎ洗い流す。
それだけだった。
それだけで、無貌という名を持つ負念の結晶の存在は完全に消えていた。
それが、連続失踪事件の犯人と思われる化け物の最後だった。
「ふぅ、何とか片付きましたね…」
「ええ、あとは…」
セレスティの視線の先、咆哮をあげるエンタイルがいた。
既にその身は焔に包まれておらず、ただその二頭で咆哮をあげるのみ。
そして次の瞬間には、全身を撓ませて走り去っていた。
ただの一度も振り返る事はなく、夜闇の中へと消えて行った。
「何だったのでしょうね、あの黒い獣」
「さぁ、わかりませんね…ですが」
「?」
セレスティの中途半端な言葉に、外套やメイド服の汚れを払っていた美沙姫が首を傾げる。
「いえ…ただ何か怒っていると同時に、哀しんでいたようにも見えたというだけですよ」
こうして連続失踪事件は終わった。一時的にではあるが。
この時別の場所で同じように戦っていた者がいた事や、この先もそうしていく者達がいるのはまた別の話。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4607 / 篠原・美沙姫 / 女性 / 22歳 / 宮小路家メイド長/『使い人』】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5015 / エンタイル・― / 男性 / 1歳 / 魔獣】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、如月 夜人です。
まずは、この度は発注して頂きまことに有難うございました。
誠心誠意書かせて頂きました(礼)
ですが、ちょっと色々と忙しかったせいで納品が遅れてしまった事をお詫びします(汗)
文章も粗だらけで、個別描写なども平等に出来てるかさだかではありません(滝汗)
さらに言えば一部プレイングも描写できませんでした、完全に力不足です(平伏)
これから日々精進していくつもりなので、よろしければまた発注していただければと思います。
では、短いですがこの辺で。
この度の発注、本当に有難うございました(礼)
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