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『アムリタ・闇鍋カレー大会』
<オープニング>
扉の銅のベルを鳴らして、常連の葵・八月が『アムリタ』を訪れた。
「あー、ハラ減った。カレーくれ、カレー」
八月は、デイバッグをテーブルの傍らに置き、せわしなくマフラーをほどいて座った。
この店の末妹でウェイトレスのシャクティは、頬を膨らませて水とメニューを置く。
「ここはカレー専門店なの。カレーに決まっているなの」
本気で怒ってはいないのがわかるので、八月は「そりゃそうだ」と笑いながらメニューを開いた。
「・・・この、『闇鍋カレー』って、新商品?」
聞きながら、少し嫌な予感がした。
「希望するお客様が数名集まった時だけ実施するの。八月クンで定員終了なの。八月クンが来て、本当によかった」
確かに、カウンターや他のテーブルには、まだ料理が運ばれていない先客が何人かいた。
「ちょっと待てぃ。俺はコレを頼むなんて一言も・・・」
「全員から、手持ちの食材を二つずつ貰って、うちのお姉ちゃんがカレーを作るなの。入れたらイケルかもって食材や、普通は入れないゾって食材や。きちんと食べられるモノなら何でもいいなの。
ほら、八月クンも食べ物を出すなの!なにか持ってるでしょ?」
印度娘は、勝手に八月のバッグをゴソゴソと漁り始めた。
< 1 >
「ええと、ピーナッツと・・・」
シャクティが漁ると、八月のバッグからは、遠距離通勤者がビールの友に購入するようなバタピーの小袋が出て来た。
「親父くさいなの」
「うるさい。
あとは、ブラックの板チョコ。ほらよ。・・・おまえが食うなよ!」
「よかった。イベントが実行にならないと、買って来た食材が無駄になるもんね」
カウンターに座る、ショートカットの女子大生がくりくりとした瞳を動かした。彼女は宝剣・束(ほうけん・つかね)。奨学金で夜間部に通うこの娘らしい発言だ。
「いや〜、中止にならなくてよかったですぅ〜。おいしく食べられるものがあったら、参考にするつもりでしたし〜」
リストラ主夫の八坂・佑作(やさか・ゆうさく)は、テーブルの横にスーパーの袋を置き、姿勢よく座っている。バタピーと板チョコが入るのは決まったのに、味を期待しているらしい。
「麗華さんは、ものを食べれるのなの?」
シャクティは、床から数センチ浮き上がって漂う、幽体の谷戸・麗華(やと・れいか)に向かって尋ねた。
「大丈夫、まかして」
本人がそう胸を叩くので、シャクティはとりあえず「わかった。任したなの」と言っておいた。
その時、「遅れてごめんなさい!」と、ヒールの音を華やかに響かせて、シュライン・エマが駆け込んで来た。草間興信所のオフィスレディは、季節を先取りして、スモーキィー・シルバーのスプリングコートを、ウエストをきつく絞って粋に着こなしていた。
「まだ始まっていないのね、よかった。厨房のお手伝いもさせていただくわ」
シュラインがコートを脱ぎ捨てる。下は、白い割烹着だった。
「どこから着て来たんだよ」と八月が、本人に聞こえないよう小声で突っ込んだ。
「一人ずつ呼ぶから、他のお客様に中身が見えないようにして、食材を厨房に持って来て欲しいなの。
最初は、束さん、どうぞなの。
あたしも、後で何か入れる予定なの、うふふふ」
最後のうふふふが不気味だと思う八月であった。
< 2 >
束、シュライン、佑作の順に厨房に呼び出され、トリを飾ったのは麗華であった。
幽体だが実体はあるので、ご飯も食べられるし、調理もできると言う。細長い造りの厨房へ、するりと入り込む。
「“華麗”をひっくり返して麗華。カレー作りには最適な人材でしょ、私?」
はしゃぎながら、ビニール袋から食材を調理台へと置いていく。華麗をひっくり返すのはいいが、カレー鍋はひっくり返さないでほしいと願うコックのバクティだった。
「これ・・・苺のパック?こっちは、マスクメロン!」
「おいしそうでしょ?」
確かに、おいしそうだ。ただし、このまま食べるのであれば。
これをカレーに入れようという味覚感覚は、バクティには理解できない。それに。
「メロン、高いでしょうに。カレーに入れていいの?」
「いいの、いいの、貰い物だから」
彼女の本体は、病院に入院中なのだそうだ。見舞の品なのかもしれない。
「私の前の、豊作さんは何を入れたの?」と、バクティの隙を見て、鍋の蓋を取って中を覗き込もうとするので、「駄目です」と手を取り押さえる。
「いいじゃない、ちょっとぐらい見せてくれたって」
「だーめ。それに、豊作さんじゃなく、佑作さんね」
「バカティさんのケチ」
「・・・バクティです」
メロンと苺ということで、調理を手伝ってもらうというほどのことは無かった。苺を洗い、蔕を取るのと、メロンを切って種を取るぐらいだ。だが、包丁は持ち慣れているようだったし、手際もよかった。カレーに入れるメロン一片の大きさも形も無用に的確で、「面取りする?」とまで言う。(もちろん、『しなくていい』と答えた。)料理の腕がいいというのは本当らしい。
「本当に入れるの?入れていいの?」
バクティが何度も念を押す。つまり、『入れるの、やめません?』と暗に言っているのだが、麗華には通用しない。
「林檎やマンゴーを入れて、甘くしたりコクを出したりするでしょ。きっとおいしいよ」
「・・・。」
止めても無駄らしい。まあ、食べるのはお客達で、バクティでは無い。麗華の好きなようにさせてやろう。
麗華が厨房から去り。
鍋の蓋を開け、適宜に、後入れの各自の食材などを加えて煮込み、火を消す。そしてカレールウを割り入れ、再び加熱する。今回は、それぞれの食材を内緒にする為、家庭用カレーの方式を取った。食材をスパイスで炒めてから煮込む本式だと、後の人に食材がわかってしまうからだ。
八月の、ブラック・チョコとピーナッツも、この時に入れた。シャクティから頼まれた食材も、加熱の必要が無いので、ここで加える。
完成後に入れる約束をした食材は、容器に盛ってからバランスよく飾った。
「・・・本当に、みんな、これを食べるのか?」
< 3 >
「おまちどうさまなの〜」
白い深い容器にたっぷりと盛られた刺激臭の強い共同作成物が、それぞれのテーブルに置かれた。平皿には、バターライスが丸く盛られている。
「いただきます」
客達は、嬉々として、又は恐々と、銀のスプーンを手に取る。
バターライスだけを食って帰りたいと思う八月であった。
液体の色は、妙に黒い。黄金色、カレー色にはほど遠い。板チョコのせいだろうか。いったいどれだけチョコを入れたんだ?
そして、表面に、白くトッピングされているのは・・・。
八月は容器に鼻を近づける。マヨネーズとヨーグルトらしい。
まあ、ヨーグルトは入れる(場合もある)。マヨネーズは・・・。マヨネーズは・・・まよらーなら、何にでも入れる。きっと毎回カレーに入れて食っているに違いない。まよらーはみんな元気に生きている。きっと大丈夫だ。それに、トッピングとしては、ココナッツミルクやサワークリームのようにも見えて、よく店で見かける様式ではあった。
ピーナッツが粒そのままの形で浮いているのは覚悟していたが、その横の白いサイコロ状態のモノは何だろう?杏仁豆腐を入れた客はいないと思いたい。とろっとした緑はほうれん草だろう。シャキッとした緑はピーマンだ。これらはいい。一瞬油揚げかと思ってドキリとした色合いは、テンペ(インドネシアの大豆加工食品)だった。大豆カレーなら普通だ、これもまあいいだろう。
「苺が、浮いている・・・」
黒いタールの中で、白っぽく煮上がった苺が漂流していた。これは、印度人でも、未来人でも、お伽噺の王子でも、見たことのないカレーだと思う。
小学校の給食で、カレーがメインの日に、デザートで苺が出た時。食べ終わったカレーの皿に落としてしまったことがある。苺は大好きだから、もちろん食べた。だが、ほんのちょっとカレーが付着しただけなのに、あの凄まじく許せなかった苺のマズさを、20年もたった今、八月は鮮烈に思い出した。
「シャクティ、おまえ、何を入れた?この苺、おまえかっ?」
思わず責める口調になる。
「あたしは、ポテチと蒲鉾だったなの。苺は麗華さんが入れたなの」
「熱を通すと、白くなっちゃって、残念ね。メロンは、もう溶けちゃったかな?」
麗華は、何でも無いことのように、銀のスプーンでメロンを探っている。捜し当てたら食べるつもりらしい。
「メ、メロン?」
杏仁豆腐もどきは蒲鉾だったようで、味にそう影響は無さそうだ。蒲鉾はカレーを寄せつけず、カレーもただ浮遊させてやっているだけで、干渉はし合っていないと思われる。だが、根菜かと思っていた白い野菜のような痕跡は、メロンだったのだ!
「紅茶の風味は消えちゃったなあ」と束は残念そうに、ピーマンだけを器用にスプーンで拾って食べている。後乗せサクサク・ピーマンは、黒いカレーに毒されずに、唯一おいしそうにツヤツヤ光っている。
「ピーマンも束さんでしょう〜?彩が綺麗ですね〜。私のほうれん草は、溶けて小さくなってしまいました〜」
佑作は味オンチなので、躊躇無くスプーンを口に運んでいる。何の疑問も起き無いのか、おいしそうにニコニコと食べ続ける。
「佑作さんのマヨネーズと私のヨーグルトは、ダブってしまった感じね。でも、カンが当たって、テンペはなかなかいいわね。今度、事務所でもやってみようかしら」
シュラインも、上手にテンペだけを見つけ、掬いあげている。スプーンに乗るカレーの量は最低限。しかも、ライスにスプーンをなすりつけ、カレーをこそげ落としてから、テンペを口に運んでいた。
「おいしいですね〜」「メロン、いける〜」と、何でもパクパク食べているのは、佑作と麗華だけだ。
シュラインがうっかりポテチを口に入れてしまったようだ。人前で口から出すのはマナー違反と思った彼女は、眉間に皺でそのまま咀嚼を続けたが、はっと表情が変わった。
「ポテトチップス・・・家庭のカレーに入れたじゃが芋に似てるわ」
シュラインの言葉なら信じるに足りる。束も、煮崩れたポテチにスプーンを伸ばす。
「あ、ほんとだ。皮むきが面倒な時とか、代用できそうじゃん!」
「似てるけど、代用はどうかしら」とシュラインは眉をひそめる。
「だって、じゃが芋って、皮むきも大変だし、面取りも面倒だし」
「あら、面取り、楽しいじゃない」と、麗華も反論する。麗華は、料理の技術はあるのだ。ただ、味覚が変わっているだけだ。
「面取りという作業に、愛情が籠もっていると思うわ」と、賛同者を得たシュラインは続ける。
「・・・あのう、面取りって何ですか?」佑作の、気弱な質問は、無視された。
気をつけて食べていても、事故で、スプーンに思わぬモノが滑り込む時がある。
「こ、これはメロン?」
束の、スプーンを握る指が震えた。
ええい、女は度胸だなの、食べてしまえなの!せっかくの闇鍋カレー・イベント。ゲテモノを一個くらい食べないと、つまらないなの!
悪魔が囁いたのかもしれない(実は、耳元でシャクティが煽っていたのだが)。
幽体の麗華はともかく、佑作は、食べても元気そうにしていることだし。きっと大丈夫。
口にメロンを滑り込ませた束に気づき、シュラインも八月も彼女の動向に注目した。
「・・・ん、なんか、アロエみたいで、そんなにマズくないかも」
いや、アロエはおいしくても、カレーには入れないだろう。
「苺も行ってみようかな」
気をよくした束は、苺を口に入れた。
「・・・!!!」
束の顔が、悲しみに歪んだ。即座に、シャクティがボックスティッシュを差し出す。
「この苺だけは、口から出すのを認めるなの」
麗華は、「なんで〜?おいしいじゃない?」と首を傾げた。
「いやあ、今日は、カレーのいい勉強ができました〜。フルーツカレー、子供達が喜ぶだろうなあ」
佑作は、今夜にでも再現してみようかと、目を輝かす。家族はいい迷惑である。
食後の口直しにチャイを流し込み、お客達は、笑いながら『アムリタ』を去って行った。
シャクティは、「静かになっちゃって、少し寂しいなの」と、八月の前に瓶ごとキングフィッシャーを置いた。
「宴の跡って感じだな」と、八月も苦笑し、ビールをラッパ飲みする。
「みんな、楽しんでくれたかな?なの」
シャクティはトレイを胸に抱えたまま店の出口へと視線を動かし、いとおしそうに目を細めた。今出て行ったばかりのみんなの背中を思い出してみる。
子供の時、バカな遊びに笑顔で付き合ってくれる友達は、長くずっと友達でいられた。
アムリタを愛し、遊びに付き合ってくれたすてきなお客達に、『ありがとうございましたなの』と、シャクティは、もう一度、扉に向かって深くお辞儀をした。
あとは、このあと、お腹をこわしませんように。
< END >
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/持参食材】
4878/宝剣・束(ほうけん・つかね)/女性/20/大学生/紅茶葉とピーマン
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/テンペとヨーグルト
4238/八坂・佑作(やさか・ゆうさく)/男性/36/低レベル専業主夫/マヨネーズとほうれん草
4868/谷戸・麗華(やと・れいか)/女性/31/幽体/苺とメロン
NPC
葵・八月(あおい・はちがつ)/ブラック・チョコレートとバターピーナッツ
シャクティ・ヨーギー/ポテトチップスと蒲鉾
バクティ・ヨーギー
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。ライターの福娘紅子です。
擦り込んで入れればそれなりに美味しいはずですが、闇鍋カレーらしいおかしさを出したくて、そのままで加熱させてもらいました。
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