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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『時には厳しく☆』



「いってきまーす!」
 今日も元気な声で、あやかし荘で暮らす小さな男の子、川野・綾(かわの・りょう)は幼稚園へと出かける。
「きゃっ!」
 あやかし荘の前を掃除していた因幡・恵美はあやうく綾とぶつかりそうになり、反射的に横へと飛びのいた。
「綾君、もうちょっとゆっくり歩いた方がいいと思うけどな」
 恵美が綾にそう注意するが、綾はとっくにあやかし荘の門をくぐって走ってしまう。おかげで、せっかく恵美がほうきで集めたちりは踏み荒らされ、ところどころに散乱してしまい、掃除のやり直しだ。
「おはようございます、恵美さん」
 綾に続いて、今度は母親である美佐が歩いてくる。黒髪のおっとりした女性で、恵美に会釈をすると、綾に追いつこうと小走りに恵美の前を通っていく。
「あのー、川野さん、綾君、元気があるのはいいんですけど、人のそばを通る時はもうちょっとゆっくり通ってもらえると…」
 恵美が遠慮しがちに言うと、美佐は申しわけなさそうに小さく笑って答える。
「あら、ごめんなさいね。後でちゃんと注意しておきますから」
 決して悪い母親ではない。子供に甘すぎるのだ。嫌われる事を恐れてしまったら、子供にしつけなどは到底無理。恵美は綾の将来が、いささか心配になったのであった。



「ん、どうした、何かあったのか?」
 暇つぶしにと、あやかし荘を訪れた門屋・将太郎は、何かを悩んでいるような表情で、ちりとりにチリを集めている恵美に声をかける。
「あら、こんにちは、将太郎さん。お久しぶりですね。お散歩かしら?」
「ああ、そんなところだ。随分前にお前が倒れたが、それ以来か、もしかして。まあ、それはいいとして、お前がそんな顔で掃除してるからよ」
「ええ、ちょっと、ここの住人の事で色々と」
 恵美にこれまでの経緯を聞いた将太郎は、首を軽くひねって恵美に答えた。
「なるほどな、ワガママなガキがいて、んでもって両親が外泊するんで、面倒見てるヤツを探してるんだな」
「そうなの。私が面倒見てもいいのだけれど、ここの管理もあるわけだし、それに、ちょっと苦手なのよね、ああいう子って。子供は嫌いではないけれど」
 恵美はチリトリからこぼれたチリを全部集めて、ゴミ袋の中へとチリを滑らす。
「ふん、そんな過保護に育てりゃ、ワガママになるのも当然だろうが。親のしつけがなってねえ証拠だな」
 将太郎が鼻を鳴らして答える。
「私もそう思うけど、よその子だから、あまり強く言えないわ。それに家庭の中まで入り込んでいくわけにもいかないと思うの。大きな問題を起こしたなら別だけどね」
 恵美はゴミ袋を軽く上下に振って中のゴミを袋の奥へ落とすと、袋の口を結びつける。
「要は子供の世話すりゃいいんだろ?俺が面倒みてやってもいいぜ?」
「えっ?だけど、大丈夫なの?」
「これでも8歳の甥の面倒見てるんだ、悪いようにはしねえよ。どうにかなるだろ」
 自信に溢れた表情で、将太郎は恵美に答える。
「そう…だけど、逆に将太郎さんならいいかもしれない。人にきちんと、注意する事も出来るもの。私から河野さんに話しておくわ」
 恵美はそう言って、将太郎に軽く頭を下げたのであった。



「このおじちゃん誰?」
 いきなりこれである。子供の言う事だからある程度は仕方がないと思いつつ、将太郎は川野家の室内に3日分の荷物を置いた。
「門屋・将太郎お兄さんよ、綾君。お母さん達がお出かけしている間、このお兄さんの言う事をちゃんと聞くのよ」
 そう言うと、恵美は将太郎によろしくお願いしますと言って、部屋から出て行った。
「綾だな?俺は門屋・将太郎って言うんだ。少しの間親代わりだ、よろしくな?」
「うん、いいよ。ねえ、何かして遊ぼうよ」
 意外にも素直に、綾は将太郎を受け入れたようだ。
「おう、いいぜ。何をして遊びたいんだ?」
「テレビゲームやりたい!」
 綾は笑顔で将太郎に答えた。
「テレビゲーム?そいつも悪くはねえが、今日はいい天気だぜ?外へ行かねえか?」
 将太郎がそう言うと、たちまち綾が不機嫌そうな顔をする。
「そうだ。せっかくだ、外へ行って体を動かした方が元気出るぜ?」
 にこやかに言って見せると、綾はようやく頷き、将太郎と共にあやかし荘の外へ出かける事となった。



 しかし、やはりまだ子供なのだろう、あやかし荘を出る時には不機嫌そうだった綾は、公園についたとたん、ころりと表情を変えて、ジャングルジムに向かって走り始める。
 ところが、そのジャングルジムにはすでに5、6人の、小学生ぐらいの男の子達がいて、小さな綾はその中になかなか入れてもらえない。
「しょーたろーさん、綾もジャングルジムで遊びたい」
 ジャングルジムで遊べず、将太郎のところに戻ってきた綾が不機嫌そうな表情で言う。
「しょうがねえだろ、別の子が使ってるんだから。あくまで待つか、別の事をして遊んだ方がいいな」
「綾、今すぐジャングルジムで遊びたい!」
 綾がバタバタと小刻みにジャンプをして、将太郎に不満をぶつけた。
「あのな綾、そういう時は順番を待たなきゃいけねえよ。あのガキどもが使ってるんだから」
「じゃあ、あのお兄ちゃん達、どかして!」
 将太郎はふぅっとため息をついた。
「いいか、我慢するって事を覚えなきゃ駄目だ。あのジャングルジムは、綾だけのものじゃねえ。皆のもんだ!世の中には我慢なんて山ほどだ!」
 まだ幼いので、どこまで将太郎の言葉を理解したかは定かではないが、やっと納得したような顔見せると、綾は誰も使っていない滑り台に走り、階段を上がって滑り台を何度も何度も滑る。
 そのうちに、調子に乗って腹で滑ったり、歌を歌い始めたり。楽しそうに遊んでいる綾を、こうしてると良い子なんだけどなあ、と将太郎は心の中で呟くのであった。
 やがて、日が暮れてきた。結局、ジャングルジムは夕方近くにやっとあいて、綾はそこで少し遊んだら満足したようだった。
 まだ遊びたい、と言うのかと思ったのだが、疲れてしまったのか、自分から帰ると言い出したので、将太郎は安心した。
「スーパーへ寄って、今日の飯の材料を買っていこう」
 将太郎と綾は近くのスーパーマーケットへ寄り、料理の材料を買う事にした。しかし、そこで事件は起こったのである。



 あやかし荘のそばに最近オープンしたというそのスーパー、もちろん将太郎は入るのは初めてであった。
 スーパーの案内板を見ながら、どこに何が売っているのかを確認し、買い物篭を手にとった時には、すでに綾がいない。
「り、綾!?」
 軽い気持ちで受けたつもりであったが、他人の子供、何かあってはマズイ。将太郎は慌てて、綾の姿を探す。
「綾〜!戻ってこーい!」
 大声を出すものだから、まわりにいる買い物客の視線が一斉に自分へ集中するのだが、そんな事を気にしている場合ではない。
 子供の事だから、菓子売り場か、玩具売り場にいるだろうと思った将太郎は、すぐにそのコーナーへ行くが、綾の姿は見つからない。
「どこにいるんだ、綾!」
 そう叫んだ瞬間、背後の方でどどどどどっ!っと、何かが大量に崩れ落ちるような音がした。振り返れば、売り場に積み上げてあったであろう、カップラーメンの山が雪崩れており、その中に買い物カートに乗った綾がきょとんとした顔をしていた。
「こらあっ!綾!!」
 この時ばかりは、将太郎も大声で綾を叱った。
 そばにいた店員に謝り、綾にも謝らせた将太郎は、急いで買い物を済ませ、あやかし荘に戻ってきた。



「どうしてあんな事をしたんだ」
「あの車で遊びたかったの。びゅんってね、乗ってたら、失敗しちゃった」
「あれは、ああやって遊ぶ為の物じゃねえんだ。ママにそう言われなかったのか?」
「ママはねー、綾がやりたいって言ったら、誰もいないならいいよって、言うよ?」
 やれやれ、まったくそんな親だから駄目なんだと、将太郎は息をついた。
「お腹すいた!」
「今作ってるから、待ってな」
 綾がテレビを見ている間に、将太郎は腕によりをかけて料理を作る。
「できたぜ?」
 将太郎はにやりとした笑顔を浮かべ、出来上がった料理を、綾の目の前に並べていく。
「ハンバーグ?やったー!」
「そう、ハンバーグだ。ちょっと見た目が悪いがな、味は悪くないはずだ。味はな」
 しかし、喜んでいたのもつかの間。ハンバーグを見ていた綾の顔つきが、急に変わっていく。
「これ、ほうれん草混ぜてあるー!」
「そうだ、ほうれん草ハンバーグだ」
 綾はたちまちのうちに不機嫌な顔つきに変わり、将太郎を凄い目でにらみつけた。
「ほうれん草は嫌い!嫌いなものは食べなくていいって、ママ言ったもん!」
「好き嫌いは良くないぞ。これ全部食えよ」
「やだ。いらないっ!」
 綾がそう言い返すので、将太郎は不気味な笑顔を浮かべて、声を低くして答える。
「食べないと、勿体無いお化けが出るぞ〜!夜に綾のそばに出るぞ〜」
「やだ、お化けもやだ!!」
 将太郎の脅しにも、綾はなかなか言う事を聞こうとしない。よっぽど、両親が甘やかしている証拠だろう。
「綾、ほうれん草じゃないハンバーグが食べたい!」
 あまりにも綾が我侭を言うので、将太郎は目をつり上げて、声を大きくして叫んだ。
「お前、それでも男か!男だったら我慢しろ!料理の一つや二つが何だ!!」
 これではまるで頑固親父のようであったが、さすがに驚いたのか、綾はまずいを連発しながらも、とうとうほうれん草入りハンバーグを食べたのであった。
「やればできるじゃねえか」
 嫌いなものを食べた綾の頭に手を置いて将太郎がそう言うと、綾は何となく嬉しそうな顔を見せる。
 その後、もう夜遅くなのにも関わらず、綾がゲームをやりたいと言い出したので、早く寝ろと叱り、将太郎はテレビゲームのコントローラーを、綾の手の届かないところへ隠し、無理やり電気を消してしまった。
 ママならやらせてくれると、口癖のように言っていた綾は、やがて眠りの世界へと誘われていく。
「やれやれ、本当に我侭なガキだな。さて、明日はどうするのやら」



 翌日は、少し離れた場所にあるアスレチックに連れて行った。将太郎が、自分の思うようにいかないとわかったのか、綾は昨日よりは我侭を言わなくなっていた。
 家に戻ると、5歳の子供でも出来るような簡単な家事を手伝わせて、綾の我侭な根性を叩き直そうと試みた。
 何度も何度も我侭を言う綾は、途中癇癪を起こして、将太郎にそばにあった積み木を投げつけた。さすがにこれには将太郎も呆れて、捕まえて尻を叩いたら大泣きをしたのではあったが、最後にはごめんなさいと謝ったところは、大きな進歩かもしれない。
 そして、さらに翌日、両親が戻ってきて、将太郎といよいよお別れ、という時には、また遊びに来てと、綾は悲しそうな表情を見せていた。
「ああ、また遊びに来るよ、またな」
 そう言って、将太郎は綾と別れた。だが、その言葉は綾だけに言ったのではない。
「やれやれ、とんでもない3日間だったな。今度来る時は、両親に子育て相談した方がいいかもな…近々行かなければ」
 頭痛を抱えながらも、将太郎はあやかし荘を後にした。将太郎の仕事は、まだまだ終わらないようだ。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 門屋・将太郎様
 
 こんにちは!新人ライターの朝霧青海です。発注頂き、本当に有難うございました!
 子育て物、子供の行動を描くのは、簡単なようで難しいですね。特に5歳ぐらいの子供だと、自分で何を言っているかもわからないで話す事もたびたびあり、表現が難しいところもあります。
 将太郎さんのガツンというセリフを書きつつ、けれど子供をちゃんとしつけているんだ、というようなところを主に表記してみました。ジャングルジムや、スーパーでのやりとりがそうですね。将太郎っぽく表現できてればいいなあと、どきどきしております(笑)
 それでは、今回は本当に有難うございました!