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『聖母の一日』
「シスター・クレアス・ブラフォード。元教皇庁ヴァチカン異端審問部の派遣執行官として多くの聖務に就き、神の教えに反する者に天罰を与えていた美しき修道女。だがその戦いぶりよりラルク(弓)という異名が付けられるほどに神のために戦っていた貴女はヴァチカンから離反した。それは何ゆえに? そして貴女はここで何をしているのですか?」
シスター・クレアス・ブラフォードは赤い月の下、深夜の公園の湖の真ん中にぽつんと浮かぶ船の上に立つ少女を見据えた。
しかしクレアスの銀色の前髪の奥にある赤い瞳は憂いを帯びているが迷いは、無い。
彼女は静かに微笑んだ。
そして船の上に居るヴァチカンからの刺客、彼女の後輩にあたる異端審問官は冷たくぎらつかせた瞳を鋭く細めて、船を蹴った。
赤い月がそこにある夜空に細い女の体が舞う。
その手には短剣が握られていた。純銀製の短剣だ。
クレアスは手に取る。異端審問官であった時から共に戦ってきた銃剣を。それは洗礼を受けた聖なる武器だ。
夜の空間に澄んだ金属音があがる。クレアスはそのすべてを銃剣で弾き落とした。
「腕は鈍ってはおりませんか、シスター・クレアス。ですが、こちらとてそれで貴女を倒せるとは想ってはいない。だからこそ、奥の手を取らせて頂きます」
言い終わると同時に左腕に注射を突き刺し、転瞬、敵の姿が掻き消えた。
初めてクレアスの美貌に戦慄が走る。
「ブースト。筋力強化!?」
「正解です」
まるで白昼夢かのようにクレアスの目の前に敵が掻き現れた。
その敵の手にはいつの間にか鉄棒が握られている。
横薙ぎに叩き込まれる鉄棒をクレアスは銃剣で受け止めるが、それでその衝撃を押さえ込む事はできずにクレアスは公園の片隅に設けられていた石碑に背中から叩きつけられた。
深夜に広がったグロテスクな音は何だったろうか?
石碑に走った蜘蛛の巣状の微細な罅がクレアスのダメージを物語っている。
口からどす黒い血塊を吐き出したクレアス。黒い血は内臓などが傷ついた証拠だ。
素早くクレアスは自分の受けたダメージを診断し、まだやれると結論を出す。
立ち上がるクレアスを見て、敵は不快げに目を細めた。
「まだ立ち上がれる? ……未練ですね。そこまで生に固執しますか? シスター・クレアス・ブラフォード。神への道から逸脱した貴女が。私は貴女に憧れていたんです。これ以上私を失望させないでください」
ゆっくりと敵は近づいてくる。
クレアスは顔を静かに横に振った。
「神への道? いいえ、私は逸脱などしてはいない。私はヴァチカンは捨てたけど、信仰心は捨ててはいない」
「何を馬鹿な。神はヴァチカンと共にあるのです」
言い切る敵にクレアスはにこりと笑った。それはどこか意固地な娘に浮かべる優しい母のような温もりに満ちた笑みにも見えた。
「神の愛は等しきもの。決して一つが独占してよいものではない。だから私はヴァチカンから離反した。それでも私は神と共にある。そしてだからこそ、あの子たちにも出逢えた。神のお導きによって。故に私は死ね無い。主の慈悲は我にあり。故に我は最強なり」
大気が、鳴動し、吹き飛んだ。
強大なる筋力強化を行う薬を体内に注入した敵はその薬品によって精神が高揚しているはずなのだが、しかしシスター・クレアスから感じる殺気に恐怖を感じた。
そう、自分は恐怖を感じているのだ! 何故???
「馬鹿な私はブーストによって強大な戦闘能力を有して、神の恩名の下にシスター・クレアスを倒すはずだったのだ。なのにその私が何故、その彼女に恐怖を感じるのだ」
―――知っているからか?
異端審問官時代の彼女を。だから………
クレアスは銃剣を構え、祈りを口にし始めた。
「罪は永遠に。だけど我は汝の魂の救済を祈る」
だん、とクレアスが地面を蹴った。
「早い」
先ほどの自分以上のスピードでクレアスに間合いに入られて、そして横薙ぎの銃剣の一撃が放たれた。
敵もいつまでも呑まれてはいない。瞬時に心を切り替えて剣でクレアスの一撃を受け止めた。そのまま互いに互いを押し合って後ろに飛ぶ。
敵は着地と同時に剣を翻して、再び大地を蹴って虚空に飛び、踊るは剣舞を披露せんとするが、しかしクレアスの武器は銃剣だ。
銃口を舞った敵に照準してトリガーを引いた。
「ちぃぃぃぃ」
剣は銃弾を弾き返す。その間わずかトリガー引かれてから0,0001秒。しかしそれが勝敗を分けた。
「シスター・クレアスぅッ」
転瞬前まで居た彼女が居ない。ではどに?
敵は思わず空を見上げた。そこに……
―――居た。赤い月を背負って、彼女は銃剣を振り上げて………
「剣に生きる者は剣に散る。エィメン」
クレアスの一撃は見事に敵に決まった。
――――目を覚ますと公園のベンチの上だった。
「どうして私を殺さない、シスター・クレアス・ブラフォード?」
睨みながらそう言ってやると、クレアスは静かに微笑んだ。
「私には貴女を殺す理由が無い。ただそれだけの事」
血のように赤かった月はとても綺麗な蒼銀色をしており、そして敵は思い出す。その月の色にシスター・クレアスの髪の色を始めて見た時に抱いた想いを。誰もが恐れるラルクの異名で知られる異端審問官クレアス・ブラフォードに。
―――だから私は彼女に母親を見たのかもしれない。
月は昼に生きる物にも夜に生きる物にも平等に明かりをくれるから。
シスター・クレアス・ブラフォード。
彼女は元教皇庁異端審問部派遣執行官として数々の政務をこなしていた。
しかし彼女はある日、ふいにヴァチカンの体制に猜疑心を抱いたのだ。そしてそれは彼女の中でどうしようもできないぐらいに膨れ上がり、その結果ヴァチカンを離反して日本へとやって来た。
自分の中にある信仰心を守り抜き、そしてそれを自分の方法で広めるために。自分のために。神のために。
そうしてクレアスは日本の自分の孤児院でお母さんをしていた。
たくさんの子らの。
――――――――――――――――――
【朝】
朝の暖かな陽光とすずめの朝を謳う唄はどうやらもう冬も終わり、春も間近に迫ってきているのであろう事を目覚める者に教えてくれている。
冬の朝の冷たい空気の中に温かな布団から出る事はやはりシスターとしての修業をしているクレアスにとっても憂鬱な事でそれには多大な精神力を必要とする。
もう少し月日が経って温かな春になれば………
と、考えて、しかしクレアスは苦笑した。
春になれば春になればで春眠暁を覚えず、だ。
まだまどろみの海に簡単に潜れそうな意識を無理やり意識の表面化に浮き上がらせて、クレアスは白いレースのカーテンの隙間から零れてきている朝の陽光に目をやる。
日が昇り始めたばかりの時間のこの陽光の柔らかな感じがクレアスは何よりも好きだった。
「早朝の空気は一日の時間で一番澄んでいる、その言葉も素直に信じられる」
もう少し温かな布団の中から大好きな朝の陽光を見てていたいがしかし、そうも言ってはいられない。
朝は一日のうちで二番目に忙しい時間だ。なにせクレアスにはたくさんの子どもが居るのだから。
だからその子たちの朝の世話をして学校に送り出すまでは本当に戦争のよう。もう直にこの早朝の静寂も子どもらが起きればあっという間に喧騒に取って代わられるはず。
だけどそれに対してクレアスの表情に憂鬱げな雰囲気は無かった。むしろとても幸せそうなそんな優しい雰囲気さえ漂っている。
クレアスにとってみれば子どもらは血の繋がらない他人ではない。とても大切な自分の子どもなのだ。ひとり、ひとりが。
くすりと微笑んでクレアスは布団から出て、そしてカーテンを開けて、窓から差し込むいっぱいの陽光を浴びながら銀色の髪を掻きあげて、うーんと伸びをした。
そうすれば意識はより鮮明となってきて、そしたら部屋の扉の向こうから聞こえてくる小さなお母さん役の高校生の女の子の声が聞こえてくる。どうやら今日も朝から元気いっぱいの下の子どもらに手を焼いているようだ。
「随分と苦労しているようね」
口許に手をやってくすくすと笑いながら肩を竦める。
「早急に助けてやらないといけないわね。これは。朝からほんと忙しない」
カーテンを閉めて、それから数分後に孤児院内には身支度を済ませたクレアスの子どもたちを一喝する声が響き渡った。
+++
「こらー。静かにしないと昼のプリンはないぞー」
クレアスの一喝に子どもらは両手で口を押さえた。
プリンは子どもたちの大好物だ。人質にはもってこい。
子どもらは口を両手で覆いつつ互いに見詰め合って視線で会話している。
そんな子どもたちを眺めながらクレアスはくすっとした笑い声を零した。
「ほら、皆。早く学校に行く用意をしなさい。遅れるわよ!」
腰に両手をあげて声を張り上げる。
そのクレアスの一声に子どもらはわぁーっと声をあげながらそれぞれの部屋に戻っていった。
それからクレアスはへなへなとその場に座り込んで乱れた黒髪に手櫛を入れて溜息を吐く。
「ご苦労様。いつもありがとうね」
そう優しく声をかけると彼女は青い瞳をぱちぱちと瞬かせて、それからにこりと嬉しそうに微笑んだ。
「はい。でも大切な弟や妹たちだから」
「ええ」
そう言う彼女の頭を手で撫でて、それから手を差し出した。
「ほら、早くあなたも準備しないと」
それからもまるで戦争のような忙しさ。
小さなお母さんと一緒になって朝ごはんの用意をして、それが済んだらまだ起きていなかった子らを起こして身繕いさせて、ずっとあれからも喚き騒いで遊んでいた子たちを「本当にプリンあげないわよー」と、怒って、朝食を食べさせて、それでようやく皆を学校へと登校させた。
それから朝の洗濯だ。なんせ大所帯だから一度の洗濯もすごい量。朝の7時から始めてもすべてが終わるのは10時近くになっている。春、夏、冬、休日なんかは子どもたちに順番にやらせているけれども、それ以外はクレアスの仕事。
それを全て乾し終えて、そうしてようやくクレアスはほっと一息つけるのだ。
額の汗を手の甲で拭って肩を竦めるが、だけどクレアスの安堵の時間はそのわずか一分弱で終わり。
ぱたぱたと走ってきた子どもがクレアスの足にしがみついてスカートを引っ張った。またぞろ何かのトラブルが起こった合図。
クレアスは苦笑しながら半泣きのその子に連れられていった。
+++
孤児院に残っているのは就学前のちびっこたち。
よく学校に呼び出しを喰らわせてくれる高校生の男の子の次に世話のかかる子たちだ。
朝から夕方まではこの子たちの時間。上の子たちが居る時はそれなりにその子たちがこの子らの面倒を見てくれるから助かるが、上の子たちが学校から帰ってくるまでの間はクレアスひとりがその子らの相手をする。
まるで孤児院というよりもその時間帯は冗談抜きで動物園で動物たちを相手しているような気になる。
呼びに来た子に連れられて戻ってみれば男の子がトイレの近くの廊下で泣いていた。
「うわぁーん」
「あら、どうしたの、大きな声で泣いて?」
泣いてる子はクレアスのその優しい声を聞いて、安心したのかよりいっそう大声で泣き出してクレアスを苦笑させた。
「おしっこ、漏らしたぁー」
ふぅえーん、と大声で泣いてるその子の頭をくしゃっと優しく撫でてやる。ついでにクレアスのスカートをずっと小さな手で掴んだままの子の頭も撫でてあげた。とても泣いてる子を羨ましそうに見たから。
「教えてくれてありがとう」
「うん」
嬉しそうにこくりと頷くその子の目線に腰を曲げて自分の目線を合わせるとクレアスはお願いをする。
「ひとつお仕事を頼んでいいかしら?」
お仕事、その言葉に子どもは目を輝かせた。
なぜならこの孤児院ではお仕事を任せられるのはお兄さんお姉さんの証拠だからだ。
「うん」
「じゃあ、代えの下着とズボンを持ってきてくれる?」
「うん」
その子はばたばたと走っていって、それから走っていくその子の後ろ姿を涙目で見送ったその子はクレアスの顔を見た。
どうやら自分にも仕事を与えてもらいたいらしい。
クレアスは苦笑した。
「はいはい。あなたのお仕事はまずはトイレに行って、それからお風呂に行く事かな」
「うん」
まずはその子をトイレに連れて行って、濡れたズボンと下着を脱がせて、その子がトイレに入っている間に汚れたズボンと下着を洗濯機の方に持っていて、水を入れたバケツにそれらを浸して、もう一個のバケツに水を入れて、雑巾とそれを持って廊下に行って、ゴム手袋をはめて、雑巾を濡らして、絞って、その雑巾で廊下の床にできたおしっこの水溜りを綺麗に拭う。水を入れ替えて再び綺麗な雑巾で廊下を拭いて、それでバケツに雑巾を入れていたら、上着だけを着たその子がやって来て、クレアスを呼ぶ。
「もうおしっこは大丈夫?」
「うん」
「じゃあ、次はお風呂」
クレアスはゴム手袋をはずすとその子と手を繋いで浴室に行って、シャワーで裸坊になったその子の体を流して洗ってあげる。
くねくねと身をよじるのはきっとくすぐったいからだろう。クレアスはにこりと微笑むとわざとくすぐったそうなその子にシャワーのお湯をかけてやる。
「くすぐったい」
「だってくすぐってるんだもの。ほら、ほらほらほら」
「きゃぁー」
にこにこと笑うその子にクレアスもにこりと微笑みかけて、それでシャワーの湯を止めた。
「さあ、こっちへおいで。次はお着替え」
「うん」
そこへちょうどタイミング良くお着替えが到着する。
「シスター、持ってきたよ」
「ありがとう」
濡れた体を拭かせて、お着替え完了。手を繋いで外へと駆けていくその子らを見送って、それからクレアスは汚れた子どものズボンと下着をよーく手洗いして、濯いで、乾した。
うーんと伸びをしていると、またぞろ子どもの喚き声。しかも今度は喧嘩をしているよう。
「ったく。もうしょうがない」
クレアスは溜息を吐いて、そちらの方へ。
泣きながら子どもたちはつっかみあいの喧嘩をしていた。
―――泣くぐらいならしなければいいのに。
苦笑を浮かべるクレアス。
「ほらほら、喧嘩をしないの。喧嘩を」
二人の間に割って入って、両方の頭をくしゃっと撫でる。
互いに互いの顔をばりかいたようで二人の顔には引掻き傷が出来上がっていた。クレアスはしょうがないな、っていう笑みを浮かべながら取り出したハンカチでその傷から出る血を拭いてやる。
二人は痛がって顔を後ろに逸らすが、クレアスはそれを許さない。ハンカチでちゃんと傷の周りの血を拭いて、
「ちゃんと傷の手当てをしないと。二人ともこっちにいらっしゃい」
両手でそれぞれの手を繋いで薬箱のある部屋に。
それから周りを他の子たちに囲まれながらクレアスは薬箱から取り出した消毒薬で傷の手当てをしようとするのだが、染みた痛みに二人が大袈裟なぐらいの悲鳴をあげるから一斉に他の子たちが笑い出して、それを見ているクレアスもくすくすと笑って、喧嘩をしていた子たちは互いの顔を見合うとあっかんべーをしあった。
それからクレアスは喧嘩をしていた二人にお説教をくれて、その後に教会の庭で子どもたちと鬼ごっこをして遊んだ。
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【昼】
明るい太陽の下で元気いっぱいに遊んで、それからお昼ご飯。
お腹満腹の子どもらの次の仕事はお昼寝だ。
まだ小さな子たちは大きな部屋で皆で寝ている。だからクレアスはその部屋で皆が眠るまで絵本を読み聞かせて、それで皆が眠ったのを確認してから部屋を出た。
時間は14時半。
だけどほっと一息つく暇もなくクレアスは乾していた洗濯物を閉まって、たたんで置いておく。その洗濯物を自分の場所に持って行くのは子どもたちの仕事。
この孤児院での役割分担は掃除と自分の洗濯物の管理は子どもたち皆の仕事なのだ。クレアスと高校生の女の子は他にもお母さんお姉さん的な仕事はあるし、大きくなるにつれてやる仕事も多くなるけど、全体的な子どもの仕事はそれ。子どもらのフォローはするけど何でもかんでも手出しはしない。あくまでも自分の事は自分で。自分でやれる事は自分でが最低限絶対のルール。
それでもやっぱりクレアスが最終的にはすべてのフォローをするのだ。
まだまだ詰めの甘い箇所を掃除し直したり、高校生の女の子が見つけられなかった下の子たちの服などの解れをなおしたり。
それから夕飯の下ごしらえを16時ぐらいから始める。
この時間になるとお昼寝をしていた子たちがそろそろ起きだすから一度見に行く。
「おはよう、シスター」
「おはよう。起きた? 起きたならおやつがあるから、手と顔を洗って食べてきなさい」
そう言ってやると途端にまだ眠そうにしていた子たちも起きだして、それで部屋を出ようとした子にまだ寝てた子が踏まれたりして大騒ぎになるのだ。
何度注意してもそう。
だから今日もやっぱりクレアスは苦笑しながら泣いてる子を慰めたり、おやつを巡って喧嘩している子たちを嗜めたり。
そんな大騒ぎの中で小学校組みが帰ってきてくれたので、クレアスは大助かりと出迎えたのだが、なんだか様子がおかしかった。
「どうしたの?」
「それがねシスター」
どうやら小学校組みは小学校組みで喧嘩があったらしい。理由はどうやら孤児院暮らしだという事を馬鹿にされたようだ。
クレアスはそんな風に酷い事を言われて泣いて帰ってきた子をかわいそうに思うが、でもまずは彼女はこう言った。
その子に拳骨一発くれて、そしてその後に優しく微笑んで。
「やられたならやりかえしておいで。負けを認めたら終わりだ。おまえはそれが出来る強い子なんだよ」
力で解決させようというのではない。憎しみは憎しみを呼ぶ。
ただクレアスがその子に伝えたいのは力に屈服しない心とそれと自分に自信を持つ事。胸を張る事。孤児院暮らしは別に馬鹿にされるような事ではない。だってここで自分と多くの子どもたちは家族として一緒に暮しているのだから。
そしてクレアスは皆が心配そうに見守る中、その子を送り出した。
――――――――――――――――――
【夜】
少しいつもよりも遅い時間に帰ってきた高校生二人。
クレアスはその子らを出迎えて優しく微笑む。
男の子の背には喧嘩リベンジに送り出した子。顔に涙の跡をつけてその子はぐっすりと眠っていて、だけどその寝顔はどこか満足そうに見えた。
「こいつ、喧嘩ぼこぼこに負けてたぜ」
寝ている子の前髪を掻きあげながら女の子の方はクレアスに肩を竦める。
「うん。でも喧嘩では負けただろうけど、男の子としては勝ってきたよ。たとえ100人の敵に体をぼろぼろにされようが心が折れてなければ、それは負けじゃないんだから」
「何だよ、その無茶苦茶な理由は。俺の時は喧嘩なんかしたら無茶苦茶に怒ってたくせによ」
文句を言う男の子にクレアスはふふんと意地の悪い笑みを浮かべる。
「おや。でも怒るのは理由にもよっただろう。そういう事だよ。さあ、それよりも早くその子を布団で寝かせてあげて」
「あいよ」
男の子は何となく納得できなさそうな顔でそう言って部屋へと向い、その後ろ姿を見送りながら高校生の女の子とクレアスは顔を見合わせあって、肩を竦めあった。
それからはクレアスは高校生の女の子というパートナーを得て、子どもたちをお風呂にいれたり、相も変わらずに今日また何度目かの喧嘩の仲裁、両成敗をして、皆でお祈りを主に捧げてから夕食を食べて食器洗い。
あとは子どもらとお喋りしたりトランプカードなんかに興じて、その合い間に宿題を見てあげて。
それからようやく眠そうな顔をしてきた子どもたちを眠らせて、高校生の女の子と朝食の下ごしらえをすると、一息つけた。
23時30分。高校生二人も自分たちの部屋に入って、起きているのはクレアスだけ。
今朝目覚めてからずーっと喧騒に包まれていた部屋がだけど今はしーんと静まり返っていた。先ほどまでがものすごく騒がしかったからだから本当にこの静寂は耳が痛くなりそうで、そんな自分にクレアスはくっくっくっと笑う。
何故ならばヴァチカンの異端審問部に勤めていた頃は優秀な図書館司書のようなもの静かな女で、そして彼女の居る空間も本当に静寂に包まれていたものであったのだ。今の日常の騒がしさが嘘のように。
そんな事を想いながらクレアスは肩を竦める。
「いえ、嘘ではない。これが私の日常」
そう、日常。とても大切な。愛おしい。
そしてその日常にはたまにこのように過去からの横槍が入る。
忘れるな。おまえは過去にはヴァチカンの優秀な剣として、異端の者を狩ってきたのだ、そう囁く過去。
過去からの来襲者。ヴァチカンの刺客。
それを迎え討ち、日常を守る事だって、クレアスの日常だ。それが変わらぬ、そして続いていくクレアスの日常だ。
今日もクレアスは無事に自分が、自分の大切な子たちが一日を平和に過ごせた事を主に感謝して、祈りを捧げた。
「主よ、今日も無事に我と我の愛しき者たちが主の愛情の下に過ごせた事を感謝いたします。エィメン」
― fin ―
++ライターより++
こんにちは、クレアス・ブラフォードさま。
はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼ありがとうございました。^^
ご一緒にご依頼してくださったツインシチュノベ『子羊たちの一日』は一人称で書いたのですが、こちらはクレアスさんという人の有り様を感じていただきたくって三人称で書いてみました。^^ あちらは抱いている想いをそのPCの視点で感じていただきたくって一人称で。
冒頭部分は指定は無かったのですが、すみません。設定がものすごくツボだったので、書かせていただきました。^^
クレアスさんの一日はこのような感じで。^^
孤児院という場所への想いを、そこで一緒に暮す子どもらへの愛情を、PLさまのご想像通りに書けていましたら幸いです。^^
クレアスさん、とても素敵なPCさんで本当に書かせて頂いてものすごく嬉しかったですし、楽しかったです。本当にありがとうございました。^^
シチュ、ツインシチュで、三人さまを書かせていただけて、本当に嬉しかったですし、書き甲斐がありました。
またよろしければご依頼してくださいませね。^^
ファンとして京也さんと悠香さんの恋、そしてシスターの親の愛情を見たいと想います。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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