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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


開かずの箱〜叶うなら〜

------<オープニング>--------------------------------------

 いくつかの品物の中からその客が手に取ったのは、手のひらに収まるほどの小さな箱だった。
 素材は真鍮だろうか。大きさの割に、ずしりと重い。
 蓋の上には赤い石がひとつ嵌っている。
 おそらくはイミテーションだろう。
 何の気なしに蓋を開けようとした客は、しかし次の瞬間、首を傾げることとなった。

 ――鍵がかかっている風でもなく、何の変哲も無い箱の蓋が、開かないのだ。

 店主――碧摩蓮が、面白そうに口の端を持ち上げる。
「ああ、そいつかい。それはね、『開かずの箱』なのさ」
 神秘的にも物騒にも聞こえるそのフレーズに、客はますます首を傾げる。
 蓮は笑みを浮かべたまま続けた。
「開け方を、誰も知らないんだよ。見てのとおり鍵がついてるわけでもないしね。
 だけど何らかの方法でその箱が開いたとき、
 そこには持ち主の「いちばん欲しいもの」が入ってるって聞いたことがあるよ」
 客の顔が、僅かに輝く。
「ただ、開け方によって中身は変わる……とも聞いたね。
 頭を使って開けるか、無理矢理こじ開けるか、あるいは開くまで待つか……
 持ち主の姿勢次第ってことだね」
 今しがた輝きかけた表情を困惑げに曇らせる客。
 その顔と箱とを交互に見比べ、そして蓮は言った。
「どうする? もしかしたら、あんたにとっていちばん欲しいものが手に入るかもしれないし、
 その逆もまた、あり得るかもしれないね……?」

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 いちばん欲しいもの。
 
 そう聞いた瞬間、何故だか奇妙な気持ちになった。

 欲しいもの――。
(あたしのいちばん欲しいもの……って、何かしら?)
 まるで他人事のように冷静に考える自分に、思わず苦笑いが零れてしまう。
 
 お金や財産ならば、今さら欲する必要も無い。
 特別な物欲も、別段持ってはいない。

 欲しいもの、と言われて咄嗟に浮かんだものと言えば――。

(魔狼化したときに破れない洋服、なんていいかもしれないわね)
 密かな悩みを解決してくれるであろう可能性を思い描いて、やはり苦笑が零れた。
 もし箱が開いたとして、そんなものがこの小さな空間に入っていたりするのだろうか。
(でも、どんな力が働いているか分からないような箱ですものね。
 そもそもこの大きさの範囲だったら内容は限られてしまうだろうし)
 そして、ふと考えてしまった。

 もしも本当にどんな望みでも――どんな大きさや内容のものでも手に入るのだとしたら。


 ――ひとつだけ、願うことがある。

 でも、それはおそらくこの神秘の箱にも叶えられはしないに違いないから。


「そうね……とりあえず、開かないことにはどうしようもないものね」
 中身に思いを馳せるよりも、まず開けることを第一に考えよう。
 そう思い、思考を切り替えることにする。

 あの店でついこの箱を手に取ったのは、中身が欲しかったからではなくて、
 もしかしたら開ける方に興味が湧いたせいなのかもしれない。
 自称・好事家としての血が騒いだ、とでも言うべきなのだろうか。

 改めて箱を両手でそっと持ち、目の高さまで上げた凪砂は、
 よろしくお願いしますね、と箱に向かって挨拶をした。


 *     *     *


 敵を攻略するにはまず相手を詳しく知る必要がある。

 微妙に意味は違えど、この場合はその格言(?)に従って行動するのが最善であると思われる。
 この箱がどういった力の働きによって堅く蓋を閉ざしているのか。
 まずはそれを冷静に分析して、最も効率的かつ合理的な方法で開け方を模索するべきだろう。
 というわけで凪砂は、まず手始めに箱を隅から隅までくまなく検分することにした。
「う〜ん……魔術や呪術的な感じはとりあえずしないわね」
 怪しい波動や呪いの類の空気は伝わってこない。

 とすると、やはり「物理的」な方法で開けることを試みるべきなのだろうか。
 たとえば部品や装飾を順番に動かしていくとか。

「そういえば、どこかの民芸品でそんなのがあったわね」
 モザイクのような模様に包まれた寄木細工の箱。
 開け方に決まった順番があって、そのとおりに板を動かしていかないと絶対に開かない仕掛け。
 しかし凪砂はあいにく、パズルのようなものに関してはあまり詳しくない。
 仕方なく箱を持った凪砂は、とある知り合いを訪ねてみることにした。


 *


「これは、どうもそういう細工の類じゃないね」
 凪砂の知り合いの細工師は箱をためつ眇めつ見た後、かぶりを振った。
「そうですか……分かりました。ありがとうございます」
「お役に立てなくてすまないね」
 苦笑いする細工師に、とんでもない、と笑顔で応える。
 ここでいきなり開いてしまうのもつまらないかもしれない、などと密かに思っていたことは、
 もちろん顔にも言葉にも出さない。
 細工師にもう一度礼を言って、その場を後にする。

 細工物ではないとすると、あと考えられる可能性は――。
「あ、もしかしたらこの蓋の赤い石がキーなのかも」
 如何にもイミテーションらしき見た目なのでここに秘密があるとはどうにも考えにくいが、
 そう思わせるのが狙いであり、盲点なのかもしれない。
 さっそく凪砂は家に帰って試してみることにした。


 *


 広い屋敷の一室で、昼間だというのに分厚いカーテンを閉めきった凪砂は、
 用意しておいた懐中電灯をパチリと点けた。
「真上……斜めかしら? 下からのアングルっていうのもあるかもしれないわね」
 ぶつぶつ言いながら薄闇の中で箱の蓋の赤い石に懐中電灯の光を照射する。
 傍から見ると激しく怪しい光景だが、一人暮らしの凪砂はそんなことに頓着する必要もない。
 だがどうやらこの方法も正しくはなかったようで、箱は変わらずその蓋を閉ざしたままだ。
「他の光ならどうかしら。えーっと……」
 屋敷中を探して、光を発する道具をいろいろ試してみる。
 ベッドサイドのライトから広間のシャンデリアまで、
 屋敷内のありとあらゆる光源の下に赤い石をさらしてみたが、結果は同じだった。
「あら……意外と頑固なのね。じゃあ他の方法を探さなくちゃ」
 特に落胆するでもなく、次の可能性を考え始める凪砂。
 手の中で転がすように箱を見ていて、ふとあることに気付いた。
「もしかして……蓋にこだわりすぎてるからダメなのかしら?」
 蓋だと思っているところから開くはずだ、という先入観をまず捨て去るべきなのかもしれない。
 つまり、上から開くわけではないかもしれないということだ。
「底に何か仕掛けがあったりするのかしら。それも確かに盲点よね」
 我ながらいい発想かもしれないと、思わず自画自賛しそうになる。

 ――が。


 *


「駄目……みたいね」
 底面のみならず側面からも斜めからもいろいろ調べてみたが、
 開け口や仕掛けらしきものは何も見当たらなかった。
 そもそもそんな仕掛けがあるのなら、細工師に尋ねたときに判明していたような気もする。
「残念だけど、これはあたしの負けかしら」
 とうとう凪砂の口から、小さく溜息が零れた。
 あっさりと白旗を掲げてしまうのは悔しいけれど、思いつく限りの方法を試したのだ。
 ならば、凪砂にこの箱を開けることはできないということなのかもしれない。
「仕方ないわね。だって『開かずの箱』なんだもの。あなたにもきっと、あなたの意思があるのよね」

 ――たとえば。

 金槌で叩き割るとか高い場所から落としてみるとか、
 そういう荒っぽい方法も、実はちらりと浮かばないでもなかったのだけれど。

 でも凪砂はそんなことをするつもりは毛頭なかった。
 開かないのは、開きたくないという箱の意思なのだろうと思うから。

 荒唐無稽な考えかもしれないが、何か不思議な力を秘めているように見えるこの箱なら、
 そうであってもおかしくないような気がする。
 それに、顔も知らない相手だけれど、この箱を作った人物に対しても、
 強引な方法は失礼に当たると思うのだ。
「もしかしたら、何かの拍子でいきなり開いたりするかもしれないし、
 時間を置いたらまた別の方法を思いつくかもしれないわよね」
 悪戦苦闘しているうちに、すっかり夜も更けてしまった。
 今日はこれくらいにして、また明日からあせらずゆっくりと方法を見つけていこう。
 そう考えて、凪砂はベッドのサイドテーブルに箱を置き、小さく笑った。
「今日一日、それなりに楽しませてもらったわ」
 本心から凪砂はそう思っていた。


 *


 眠りにつく支度をすっかり終えてベッドに入った凪砂は、サイドテーブルをぼんやりと見つめた。
 正確にはテーブルではなく、その上に置かれている開かずの箱を、だが。

 やはり、気にはなるのだ。
 この箱がいつか開くときがくるのか――そのとき、自分は何を手に入れることができるのか。

 ――あるいは何も手に入れることなどないのかもしれない。

 それは最初から漠然と思い描いていたことだった。

 いちばん欲しいものが入っている。
 アンティークショップの店主はそう言った。
 凪砂のいちばん欲しいもの。
「もの」と言ってしまうのは語弊があるけれど。
 
 いちばん、欲していることは――。

(お父さんとお母さんに……逢いたい)

 幼い頃に死に別れた、大好きだった両親。
 叶うなら、もう一度ふたりに逢いたい。

 けれど、いくらなんでもそれは無理だろう。
 神秘の力を持つ(と思われる)開かずの箱と言えど。

 だから凪砂は思った。
 この箱は自分の手元で開かなくてもいい。
 開く必要は、きっと無いのだ。
 そう結論づけて、サイドテーブルのライトを消す。

 明日、アンティークショップにこの箱を返しに行こう。
 そう思いながら、凪砂は眠りについた。


 *     *     *


 気付いたら自分の身体がずいぶん小さくなっていた。

 何年前くらいの姿だろう。
 あどけない子供の頃の自分。
 鏡が無いから詳しくは分からないけれど、目の前にかざした両手は紅葉のように小さい。
 歩いてみると、ふわふわとやけに足元がおぼつかない。
(あたし……どうなっちゃったの?)
 自分の身体と周りを落ち着かなく見比べる。
 どうやら自分の家にいるらしいことは分かるが――。

「凪砂」

 不意に、優しい声で呼ばれた。
 懐かしい、暖かい声。
 これは――。
「凪砂」
 もう一度呼ばれて、凪砂は弾かれたように振り向いた。

 そこにいたのは。

「お母さん……?」
 記憶の中に在るままの姿で、母親がいた。
 すぐ後ろには父親の姿も見える。

「お父さん、お母さん!」

 駆け寄る凪砂を、母親の柔らかな手が受け止めてくれる。
 父親の大きくて逞しい手が、優しく頭を撫でてくれる。
 小さな凪砂は、勢いよく二人に縋り付いた。
「まあ、どうしたの?」
 困ったように母親が笑う。
 父親も目を細めて見ている。

 かつて確かに存在した、優しい空間。

「ううん……なんでもないの」
 かぶりを振って、凪砂は母親にしっかりとしがみついた。

 ――胸がいっぱいで、何も言えなかった。


 *     *     *


「あ……」
 カーテンの隙間から零れる朝日が、ベッドの上に降り注ぐ。
 はっと目を開けて、やっと凪砂は夢を見ていたことを理解した。

 ずっと見ていなかった夢だ。
 大好きだった両親の夢。
 以前はふたりの夢を見るたび、切なくて苦しい気持ちでいっぱいになったのに。
 何故か今は、不思議に暖かい気分だ。

 ふと横を見て、凪砂は瞠目した。

 アンティークショップで手に入れた、開かずの箱。
 昨日あれだけいろいろな方法を試してもびくともしなかったその蓋が、何故か開いていたのだ。

 中を覗いてみたが、何も入っていない。
 よくある宝石箱のように、赤い天鵞絨(びろうど)のような布が敷き詰められているだけで。 
 だが凪砂は落胆したりはしなかった。
 それどころか、口の端に緩やかな笑みさえ浮かぶ。

「あなたが……見せてくれたの?」

 優しくて暖かい夢。
 まるでほんとうに触れてもらえたかのように、両親の手のぬくもりを凪砂の身体は覚えている。

 あれはきっと夢であって夢ではなかったのだと、当たり前のようにすんなりと凪砂は思った。


 〜END〜


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1847/雨柳凪砂(うりゅう・なぎさ)/女性/24歳/好事家(自称)】


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■         ライター通信          ■
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 ご依頼いただきましてまことにありがとうございます!
 新人ライターの緋緒さいかと申します!
 いえもうホントに新人も新人、今回のご依頼が初仕事ですから…!(びくびく)

 箱の中身をお任せいただいたので、嬉しい気持ちと同時に実はけっこう悩みました(^^;
 プレイングを読ませて頂いたところ、いちばん最初に挙げていらしたのが「ご両親」でしたので、それが凪砂様のいちばんの願いであると私なりに判断いたしました。
 箱に対して誠意を持って対応して下さった凪砂様に、箱の方も誠意を持ってお返しできた…つもりなのですが、如何でしょうか(どきどき)。

 初のお仕事、とっても楽しく執筆させていただきました。
 ご依頼いただき、本当にありがとうございました。
 またご縁がございましたときにはどうぞよろしくお願いいたします。

【2005.03 緋緒さいか・拝】