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『笑顔の練習』
「むむむ。スイちゃん、なかなかしぶといなぁー。えーい、ならこれでどうだぁー♪」
「ひゃぁ。にゃぁ。にゃぁにゃぁにゃぁ。ひゃめ、愛華しゃん」
だれーもいない休日の『Cure Cafe』でメイド服姿の女の子二人の声。
ひとりは悪戯っ子がお友達や小さな女の子にじゃれつくみたい。もしくはお母さんが拗ねた娘にちょっかいをかけてるみたい? もうひとりの黒髪の女の子をくすぐってる。
とーっても楽しそう。いや、真剣そう?
くすぐるのが?
うーん、そうとも見えるけど、でもちょっと違いそう。
じゃあ、どんな風?
うーん、何だろう?
「あ、スイちゃん、逃げちゃダメ!」
「にゃぁ。だ、だってくすぐったいですぅ」
黒髪の女の子、スイクルはくすぐったそうに身をくねくねとさせながら愛華から逃げよう逃げようとするけど、でもダメ。愛華は逃がさない。とびっきりの悪戯っ子の顔でスイクルを追いかけまわして、メイド服の上からスイクルの体をくすぐるの。まるでちょっと前までの毛糸の小玉にじゃれついていた飼い猫のマリアみたいに。
「笑え笑え笑え〜〜っ」
「ひゃぁ。にゃぁ。にゃぁにゃぁ」
そうか。さっきから何か違和感。とーても仲の良い友達二人がじゃれあっているように見えたんだけど、でも何か違うって想っていたのね。その理由がわかったよ。
スイクルはとーってもくすぐったそうに体をくねくねとさせて、「にゃぁ。にゃぁにゃぁ」って悲鳴みたいな声をあげてるけど、顔は笑っていないのね。
それで愛華の方もちょっと真剣そうにくすぐってるの。
そこら辺がどうしたのかな? って。じゃれてるのとは違うでしょう?
でもわかったよ。だって愛華が言っているもの。『笑え笑え笑え〜〜っ』って。
だから答えは愛華はスイクルをくすぐって笑わせたいんだね♪
「むむむ。本当にスイちゃん、しぶとい」
むむって眉根を寄せてちょっと意固地になってる子どもみたいなかわいい表情を浮かべる愛華から、背を壁に向けながらスイクルはさっさっと愛華から距離を取る。
「…だって本当にどうやっていいか…わからない……」
そんなスイクルに愛華は目を半眼にして悪戯っ子の表情。
「むき〜〜。そんなんだとお金払ってあげないぞ〜!」
「そ、そんな事いわれも……」
困った表情をかすかに浮かべるスイクル。
「う、ぅう。お金もらえない」
困り顔は上手。
そんなスイクルの表情を見て、愛華は微笑むの。ほら、そういう表情はできるんだもの。だから笑顔だって!!!
「だからスイちゃん。ほら、笑顔の練習♪」
「…はい」
こくりと頷くスイクル。
愛華の目下の目標は黒髪に縁取られたスイクルの顔に笑顔を浮かべる事。
――――――――――――――――――
【Lesson1】
ぽてり。
スイクルは『Cure Cafe』の前で倒れた。
キュルルルー。
雄弁に語るはスイクルのお腹の虫。
「…お腹…空いた……」
キュルルルー。お腹の虫と一緒にスイクルも自分の状況を口にする。
「………いい匂い…」
じゅるり。
涎はご愛嬌♪
とても甘くって美味しそうな匂いが空腹のスイクルのお鼻をくすぐるんだもの。ううん。きっと空腹じゃなくっても美味しそうなお料理の香り。
だけど…
「…お金………無い……」
ガクリ。ほっぺたをお店の前の道のアスファルトにくっつけて、スイクルはこうして空腹のあまりに倒れた。
「…死んじゃう……死んでるのに……はう」
愛華は今日もお店のお手伝い。
今やっているお店のお仕事はサンドイッチのトレーに乗せたり、フォークとスプーンに巻いたりするナフキンを折る作業。これが意外と難しい。折り紙を折るみたいにちゃんと折らないと見た目が悪くなっちゃうし、片一方がトレーからはみ出してしまう。
だからきっちりと念入りに折り折り折り。
今日はいつもよりも多くのお客さんが来たみたい。だから愛華が決めているノルマよりも多い枚数のナフキンを折って、ほっと一息吐いた。
そして凝った肩をぽんぽんと叩いて、背伸びをする。それから深呼吸。案外、雑誌に載っている肩こり解消法というのは馬鹿にできない。たったこれだけでも随分と軽くなるもの。
愛華はそれからお店の窓を見ると、顔を綻ばせた。
「綺麗なお月様」
窓の向こうの夜空には円を描いたお月様。深い藍色をバックに蒼銀色の茫洋な光を放つ月がそこにある。
愛華はまるで月に誘われるようにお店のドアを開けた。
暖房で暖まっていた素肌に夜のしんと冷たく澄んだ空気が気持ち良い。
だけど一歩店から外に出た瞬間に爪先に当たった柔らかな感触。
――――それは何?
こくりと不思議に想って愛華が下に顔を向けてみると………
「わぁー。って、大丈夫ですか???」
ものすごく驚いて、継いで驚いている場合じゃないと愛華はお店の前で倒れていた少女、スイクルを揺り動かした。
や、でもどうしてお店の前で倒れているんだろう? というのもだけど、どうしてこの娘、こんな物騒な物も持ってるんだろう?
愛華の赤い瞳はどうしてもスイクルの隣にある鎌に行ってしまう。
………。
だけどやっぱりそんな場合じゃない。
愛華の揺すってるスイクルの赤い瞳が愛華の顔を見たのだ。
「大丈夫ですか?」
そう問うて返ってきた答えは………
キュルルルルル―――――。
「…お腹…空いた。な…何か食べたい…お菓子とか…お菓子とか…。もうダメ…死んじゃう。ぽてぇ」
「ふぇ。お菓子?」
考え込む愛華。
それからぽんと手を叩いてお店の中に引っ込んで、それで戻ってきた彼女の手にはアイスがあった。
小皿に盛ったアイスをスプーンですくって、スイクルの顔の前に出す。
「えぇっと、はい、アイス。ほら、あーんして」
微動だにしなかったスイクル。だけど愛華の口にしたアイスという言葉に反応。
「〜ぁン」
かぷぅ。
「ひぃ」
蒼白だったスイクルの顔に心なしか色が着いたように想われたその瞬間に愛華の口から漏れたのは何だか喉の奥で引っくり返ったような声。どうして?
だって愛華の手ごと、スイクルったら噛り付いちゃったんだもの。
愛華は呆然としてしまう。
「あ、あの〜」
「んむんむんむ」
美味しくアイスを堪能しているスイクルが上目遣いで赤い瞳をちょっと引き攣ったような笑みを浮かべる愛華の顔に向ける。
愛華はスイクルにアイスをすくったスプーンごと齧りつかれている手の方の腕を指さして、訴えた。
「お、落ち着こう。とにかく落ち着こう。ええぇっと、もっとあるから、ほら落ち着いてぇぇぇ〜〜」
じっくりと愛華の手ごとアイスを堪能したスイクルは口をようやくその言葉に離して、愛華はほっと胸を撫で下ろす。
じぃ〜〜っと愛華の顔を見つめるスイクル。
見詰め合う二人。
「………」
「………」
ひょっとして次を期待中?
だって愛華、言ったもんね。もっとあるから、って♪
「え、ああ、えっと、はいどうぞ」
胸を撫で下ろしていた愛華はしっかりと聞き逃さなかったスイクルの視線の意味に気付いてスプーンにまたアイスをすくうと、今度はスプーンごとスイクルに手渡した。きっと齧られ防止策。
スイクルはそれをぺろりと食べちゃうと、また愛華の顔をじぃ〜〜、と目で訴える作戦♪
「う〜〜んとぉ」
とにかくここじゃなんだから、愛華は道に正座しているスイクルの手を引っ張ってお店の中に案内した。ちゃーんとあの物騒な鎌をスイクルが持っているのを確認して。
お店の中に案内されたスイクルは席に座って、おしぼりで手を拭いて、グラスの水を飲み干すと、もう一回愛華の顔をじぃ〜〜って。
愛華は優しい笑み浮かべながらアイスの入った器をスイクルの前に置いてあげる。
お花柄の硝子の器にスプーンですくった半球のバニラアイスとイチゴアイス、それからチョコレートアイスにミントアイス。飾りつけはウエハース一枚にポッキー3本。ミカン3つにウサリンゴ1個、バナナ。大奉仕のスペシャルアイスクリームだ♪
スイクルはそこはかとなく嬉しそうな表情を浮かべて、アイスクリームにスプーンを入れて「いただきます」。
「ごちそうさま」
「もう食べちゃった」愛華はにこりと笑うと、「どういたしまして」
それからスイクルはたくさん料理を食べて、優しいウェイトレスさんにぺこりと頭を下げた。
だけど………
「………!」
スイクルは重要な事項を思い出して、おろおろし始めた。
だってだってだってスイクルってば、
「一文無し……お金が無い…」
あわわわわ、とおろおろおろするスイクル。
愛華はきょとん、と小首を傾げさせて、赤い目を瞬かせた。
「どうかしたの?」
だけどそんな愛華の声も届かないほどにスイクルは盛大に混乱中のよう。
「…お金、無い。…払えない……マグロ漁船…人身売買……臓器売買…どうしよう…」
「あわわわ。お金無いのか…。って、そんな事しないよぉっ! 大丈夫だから。ね。今日のところは愛華が奢ってあげるよ」
にこりと笑う愛華をスイクルはじぃ〜っと見つめる。
「…ホントに? ホントに…お金…いいの?」
じぃ〜っと見るスイクルに愛華はこくりと頷いた。ふわりと微笑んで。
「うんっ。でも今日だけだよぉ〜。今度からはちゃんとお金を持ってくる事。ね。それともお皿洗いでもやってもらおうかな♪」
最後の所は笑うところ。だけどおや? スイクルは何やら困ったように両の眉根を寄せている。
「………お金…どうやったらもらえるか…わからない…。何も食べられない…」それから「………?」、赤い目で愛華の顔を上目遣いで見上げる。「…お皿洗いすると……何か良い事あるの?」
「うんとねぇ、お皿洗いするとバイト代…お金がもらえるんだよ♪」
「じゅるぅ」
「え?」
目を瞬かせる愛華の服の袖をスイクルが掴んだ。
「やる。……お皿洗いでも、何でも…」
「え? うそ、ほんとにやるの!? うーん、じゃあ、どうしようかな? してもらおうかな。でもせっかくのかわいいお顔なんだから皿洗いはもったいないよね。だから愛華と同じウェイトレスをやってもらおうかな?」
こくこくと頷くスイクル。
「やる。…なんだって、やる…」
頷いてから傾げ。
「………?」
「ん?」
小首を傾げるスイクルに合わせて小首を傾げる愛華にスイクルは訊いた。
「…ウェイトレス、って何?」
「………」
愛華としてはじゅるぅ、っという涎がものすごく気になるところだったけど、こうしてスイクルは『Cure Cafe』でウェイトレスをする事になった。
まずはウェイトレスってどんなお仕事か教えるのが最初の愛華のお仕事で、スイクルはそれを教えられる事が仕事かな?
「よし♪」
愛華は満足そうな顔で頷いた。
メイド服に着替えたスイクルはとてもかわいい。
ついでに衣装に合わせて髪型もアレンジだ。
じーぃっとされるがままだったスイクルも愛華に「かわいいよ」と言われて照れたよう。無表情な顔にもかすかな感情の色。
それから愛華はスイクルをカウンターの方へと連れて行って、グラスの場所、おしぼりの場所、ナフキンの置き場所に、サンドイッチトレーのナフキンの置き方、スプーン、フォークへの巻き方など等をレクチャー。
「どう、できそう?」
「………多分…できそう…」
しばらく考え込んでから、スイクルは頷いた。
愛華はうん、と頷いて、それから今度はカウンターの向こうのキッチンを指差した。
「次はね、スイちゃん。料理の運び方。ここから料理がキッチンから出されるからね、それを伝票表の通りにテーブルに持って行くの」
こくこくと頷くスイクル。それから、
「……出来上がって…運んだ物は…食べていいの…?」
と言ったものだから愛華は驚いた。慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「ダメ。絶対にダメだからね! 食べちゃ。ちゃんとお仕事頑張ったらご褒美あげるから! ね」
スイクルはこくこくと頷いた。ご褒美、は彼女には魅力的。
こうしてまずは愛華のスイクルへのレッスン1は終了。
――――――――――――――――――
【Lesson2】
今日はお店の休店日。
それを利用して愛華はスイクルにウェイトレスの色んなお仕事を教えてあげる事になっていた。
「じゃあ、スイちゃん。前回のおさらいね。出来上がって運んだ物は?」
右手の人差し指一本立てて何やら神妙な顔をする愛華。
スイクルは赤い瞳で愛華の真剣な赤い瞳を見て、こくんと頷く。
「………食べちゃ…ダメ…」
「うん。そう。よかったー」
ほっと胸を撫で下ろして愛華は満面の笑みを浮かべる。
スイクルはその愛華の笑みを見つめている。心なしかその瞳は不思議そう。何が不思議なんだろうか?
「さてとじゃあ、今日は接客について教えるね♪」
「………うん」
こくりと頷くスイクル。
「接客の基本は笑顔! はい、スイちゃん。笑顔を浮かべてみて♪」
にっこりと微笑む愛華。わざとらしい営業スマイルじゃなくって自然なかわいらしい笑み。見ていてふんわりとこちらも自然に笑みが零れるような。
だけどスイクルの方は無表情のまま固まっている。
愛華は小首を傾げた。
「スイちゃん、どうしたの?」
「……………笑顔…どうしたらいいか……わからない…」
きょとんとしながらそう言ったスイクルに愛華はものすごく驚いた。
「えぇぇっー??? あー、えっと…うん、いいわ。じゃあ、愛華がびしばしと笑顔の特訓をしてあげる。いい、スイちゃん? がんばろうね♪」
「…うん。…やる、何でも……やる」
「うん。じゃあ、まずは………」
顎に手をやりながら愛華はしばらく考え込んで、それからぱちんと手を打った。
「スイちゃん、写真を撮った事ってある? ほら、写真を撮る時って、みんな笑顔でしょう? これはね、その写真に笑顔で写るための裏技で1+1はにぃー、って。はい、チーズ、みたいな写真を撮る時のお決まりの文句なんだけど、知ってるかなぁー?」
小首を傾げる愛華にスイクルはこくりと頷いた。
「………チーズは…美味しい…」
「………えっと、そっちじゃなくって…えーっと、こまちゃったなー。とにかくスイちゃん、やってみよう!」
こくりと頷くスイクル。
「1+1は? と訊かれたらにぃー、って笑みを浮かべるの。笑みを。愛華の顔をよーく見ててね」
「…うん」
「じゃあ、スイちゃん。1+1は、って訊いてみて」
「………1…+1は…?」
「にぃー」
愛華はにぃーと微笑んで見せる。
スイクルはその愛華の微笑みを見ながらこくこくと頷いて、ぱちぱちと拍手した。
「じゃあ、次はスイちゃんね。スイちゃんも笑みを浮かべてみて。いい、いくよ? スイちゃん、1+1は?」
「………2…?」
だけどスイクルが浮かべた表情はほぼ無表情と言うか、なんとなく数学教師に当てられた生徒が自信が無さそうに数式の答えを言うような感じの表情だった。
――――あれ?
「あははははは。えっと………次行ってみようか」
がくりと頭を垂れながら愛華はきょとんとするスイクルの肩に手を置いた。
スイクルはきょとんと『Cure Cafe』のフロアーの真ん中で立っていた。
愛華は急いで何やら取りに行っている。何を取りにいったのだろう? 愛華は、
『絶対にスイちゃんを笑わせてあげられる子だよ♪』
って、言っていたけど。
きょとんと小首を傾げる。
そしたら愛華が戻ってきた。
「ごめんね、スイちゃん。待たせて」
首を横に振るスイクル。それから愛華が抱いている子を見て瞳を瞬かせた。
「………猫…仔猫…?」
「うん、そうだよ。愛華の飼ってる仔猫ちゃん。マリアちゃん、って言うんだよ♪」
「にゃぁ」
「………にゃぁ…マリアちゃん…」
愛華はとろーんと砂糖菓子のように甘そうな笑みを浮かべながらスイクルにマリアを受け渡してきた。
スイクルに抱かれたマリアは彼女の腕の中から小首を傾げたスイクルの顔を見つめながら小さく一声あげる。ものすごくその小さな白仔猫の姿はかわいい。
そう、それが愛華の次なる作戦。だって人間や動物の赤ちゃん、小さな子どもは無条件にかわいいんだもの♪ 見ててほっぺたが緩んじゃう。だから絶対にスイちゃんだって。
「どうスイちゃん?」
かわいいでしょう?
「じゅるり」
たぶん血の気が引くというのは、この時に感じた感覚を言うのだと愛華はこの時の事を思い出す度に想うのだ。
「えっと、スイちゃん?」
………どうして?
うっすらと涙が浮かんでいる愛華にスイクルは小首を傾げる。
「………白…雪………雪見大福…」
キュルルルル――――。
いつも腹ペコのスイクルはどうしても思考がそっちにいってしまうよう。
愛華は苦笑を浮かべながらぽん、とスイクルの肩に手を置いた。
「何か甘い物を食べようか?」
「…うん」
床の上で毛糸の玉で遊ぶマリアをにこにこと笑いながら愛華は見ていたが、ふと横目で美味しそうにプリンアラモードを食べているスイクルを眺める。
そのスイクルの顔にはそこはかとなく嬉しそうな顔。
「あっ」
愛華はぱちぱちと目を瞬かせた。
そういえば前もスイクルは甘い物を食べている時は嬉しそうな顔をしていたっけ。
「うーん、こういう表情は浮かべられるんだから、だから笑顔だってがんばれば。それにきっとスイちゃん、笑ったらかわいいし。見たいな〜」
と、本当にそう想う。
結構な量があるはずのプリンアラモードを食べてしまうと、スイクルはぺこりと頭を下げた。愛華もにこりと笑いながら頭を下げる。
――――なんとなくスイちゃん、皿洗いにしなくってよかったかも。すぐそこの冷凍庫にあるカップの中のアイスクリーム、ぺろりと食べちゃいそう。
おもむろに唇の片端にアイスクリームをつけたスイクルの顔を見て愛華はそんな事を想って、くすくすと笑ってしまう。
楽しげに笑っている愛華にスイクルはきょとんと小首を傾げた。
「ううん、何でもないの、スイちゃん。じゃあ、続きをがんばろうか?」
指先でスイクルの口の片端のアイスクリームを拭って、愛華はにっこりと微笑んだ。
どうやらスイクルは花よりも団子ちゃんタイプのよう。だったら………
「スイちゃん。さっきのプリンアラモード、食べてた時の事を思い出して。愛華の顔が砂糖菓子で出来てると想いながら見るの!」
そしたらあのプリンアラモードとかを前にした時のような笑みを浮かべられるかも!
顔は無反応。でも………お腹の虫はキュルルルルー。
「………スイちゃん…次、行ってみようか」
「……うん…」
「♪♪♪」
おもむろに愛華はリズミカルに鼻歌を歌いだした。それは国民的に人気のある漫才番組の音楽だ。
スイクルも何が始まるのか興味があるようで目を瞬かせながら愛華を見つめている。
「こんちはぁー。愛華ちゃーんです♪ それとパンダ君でーす♪」
すらりとスマートに愛華は一礼。一緒に右手にはめた某お茶のオマケの腹話術人形も挨拶させる。
スイクルはぱちぱちと拍手。
さあ、愛華とパンダ君の漫才の始まり。始まり。
『愛華ちゃん。愛華ちゃん』
「ん、何かな、パンダ君?」
『医者だって、患者に恋をしてもいいよね? たまたま恋をした相手が患者だっただけなんだ!』
「うん。うん。それはしょうがないよ」
『うん。患者さんに恋をしちゃったんだ。立場上許されないって想っていたけど、でもやっぱり恋は崇高。恋は素晴らしい。だから僕はこの恋の炎を消さないぞ!』
「あー、えっと、パンダ君。でも、パンダ君はパンダで、患者さんは人間ですから〜ぁ。残念!」
『はわぁ』
かぱぁ、と大きく口を開けたパンダを見てもスイクルは無表情。かぁ〜、と愛華の顔が赤くなるが、めげずに次のネタ。
『愛華先生。愛華先生。わたし、手術を受けるの、初めてなんです』
「大丈夫。愛華もパンダを手術するの、初めてだから♪」
『はわぁ』
パンダ君が顎関節症というか愛華の手が腱鞘炎になる勢いで右手のパンダの口を大きく開けているのに、スイクルは無反応。
「…………」
「…………あぁ…」
だけどちょうどちょっとの間を置いて愛華の耳までかぁ〜っと赤くなった頃、それまで反応が無かったスイクルがぽんとおもむろに手を叩いた。
「……医者と…患者さんの前に…人間と…パンダじゃ…恋はできません…」
がっくしと愛華はうな垂れながらパンダをはめたままの右手をスイクルの肩に置いた。
「次、行こうか、スイちゃん」
「…はい」
きょとんとスイクルは小首を傾げる。
愛華は両腕を組んで何やら悩んでいる。
じぃ〜〜と色んな表情を浮かべる愛華の顔を見ていると、何か面白かった。
そしたらスイクルの目と愛華の目が合って、それから愛華がにこりと微笑むのだ。ものすごく面白い悪戯を思いついた悪戯っ子みたいに。
なんとなくスイクルは嫌な予感。
その妖しげな動きをする愛華の手は何?
「笑わぬなら笑わせてみせよう、スイちゃん。えーい、スイちゃん。まどろっこしい事はここまでよ。もうこうなったら実力行使で笑わせてやるんだからぁー♪」
と言うが早いか愛華の両手がスイクルの体をメイド服の上からくすぐり始めるのだ。
「えいっ。ほらほら、スイちゃん。笑え笑え笑えぇ〜〜」
「にゃぁ」
そしたらスイクルは仔猫みたいな声を出した。くすぐったそうだけど、でも笑っていない。
スイクルは笑わないままだけどくすぐったそうに身をくねらせて、愛華は笑いながらスイクルにくすぐり攻撃。
「むむむ。スイちゃん、なかなかしぶといなぁー。えーい、ならこれでどうだぁー♪」
「ひゃぁ。にゃぁ。にゃぁにゃぁにゃぁ。ひゃめ、愛華しゃん」
「あ、スイちゃん、逃げちゃダメ!」
「にゃぁ。だ、だってくすぐったいですぅ」
「笑え笑え笑え〜〜っ」
「ひゃぁ。にゃぁ。にゃぁにゃぁ」
「むむむ。本当にスイちゃん、しぶとい」
むむって眉根を寄せてちょっと意固地になってる子どもみたいなかわいい表情を浮かべる愛華から、背を壁に向けながらスイクルはさっさっと愛華から距離を取る。
「…だって本当にどうやっていいか…わからない……」
そんなスイクルに愛華は目を半眼にして悪戯っ子の表情。
「むき〜〜。そんなんだとお金払ってあげないぞ〜!」
「そ、そんな事いわれも……」
困った表情をかすかに浮かべるスイクル。
「う、ぅう。お金もらえない」
「だからスイちゃん。ほら、笑顔の練習♪」
「…はい」
こくりと頷くスイクル。
「じゃあ、スイちゃん。今日やった事を全て思い出して、やってみて」
愛華は両拳を握って言う。
「大丈夫。できるよ、スイちゃん」
スイクルはこくりと頷いて、それからにこりと微笑みを浮かべる愛華の顔真似をしながら顔の筋肉を動かした。
ものすごーく硬い動き。
結果できた今日の集大成のスイクルの笑顔に愛華は苦笑を浮かべた。
だってできたスイクルの笑みはぴきぴきと引き攣った表情。硬い笑み。
「……できましたです…笑顔…」
ぴきぴきとした笑みを浮かべながら言うスイクルに愛華はこれからやっていけるのだろうか、とがっくりと肩を落とした。
「と、とにかくお疲れ様、スイちゃん。片付けて、終わりにしようか」
ぴきぴきとした笑みを浮かべたままのスイクルの肩にぽんと手を置いてにこりと微笑む愛華。
ほっとしたようにいつもの無表情に戻ってスイクルはこくこくと頷いた。
キュルルルルー、とお腹の虫が鳴いたのはやっぱりご愛嬌♪
愛華は目をぱちぱちと瞬かせて、それからくすりと笑うと、愛華はスイクルに頑張ったご褒美をあげるべくキッチンへ。
そして足下にじゃれついてきたマリアを抱き上げるスイクル。柔らかな仔猫の感触と温もりは今日愛華と一緒に過ごした時間を思い出せて、それでだから………スイクルの顔には………
スイクルの顔に浮かんだ表情にマリアはつぶらな瞳をまっすぐに向けた。だってスイクルの顔にはご主人様が見たがっていた表情が………
「スイちゃーん。はい、今日のご褒美、フルーツパフェだよ♪」
「…わぁ。はい……」
キッチンから出てきてにこりと笑う愛華に、そちらに顔を向けてご褒美のフルーツパフェにそこはかとない嬉しそうな表情を浮かべるスイクル。
先の事はまあ、不安だけど、でもこういう表情が浮かべられるんだからきっと大丈夫。愛華はにっこりと笑って、スイクルは不思議そうにきょとんと小首を傾げた。
スイクルが浮かべた表情は仔猫のマリアだけが知っている。
― fin ―
++ライターより++
こんにちは、桜木愛華さま。
こんにちは、スイクルさま。
はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼ありがとうございました。^^
いただいたプレイングがとてもかわいらしくって、お二人の関係もとてもほのぼのとしていて、本当にこちらもものすごく楽しく書かせていただけました。^^
ラスト描写はすみません。書かずにはおられませんでした。^^;
愛華さんとスイクルさんの会話や関係がとてもかわいくって、楽しくって、だからきっとこういう場面があるに違いないって。^^
今回のノベル、お気に召していただけると嬉しい限りです。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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