＜東京怪談ウェブゲーム　アンティークショップ・レン＞ Memory eightfold 　白い白い垂れる八重の白梅の根元。 振りかざされた刀から、飛び散る赤き血潮が、白梅を紅く染めていく。 　―――そして、時は経つ 　扉を開けたアンティークショップ・レンの中で仄かに香る梅の香り。店の中へ視線を泳がせれば、一輪挿しの花瓶にささった一枝の梅。 　机に頬杖を着きながら碧摩・蓮は、その梅をただほくそ笑んで見つめている。 「不思議だろうこの梅」 　花瓶の口に近い花は美しい紅梅をしているのに、まだ蕾が多い先の方は白梅だ。ちょうど中間辺りで花を咲かせている梅も白梅なのだが、それが目の前で一気に紅梅に変わった。 「まぁ見守ってやらないといけないのさ」 　この梅の一枝全てが紅梅の花に変わるまで。 「この梅はね、この季節に思い出しているのさ」 　自分を紅く染めた二人を。 　切なげに告げた蓮の言葉に、セレスティ・カーニンガムはそっと梅に手を伸ばす。 　刹那――… 　反転する意識の向こうで、蓮のかすかな微笑みを見た気がした。 ◇　　◇　　◇ 　神社の境内にセレスティは立っていた。 　辺りを回せば、自分が大きな白梅の根元に立っている事に気が付く。 　セレスティはふと顔を上げ、 『これは、キミの記憶ですね』 　ざぁっと流れる風に舞う白梅の花びらがセレスティの視界を奪い、瞳を開けると、今まで感じられなかった人の気配が一気に増えた。 　簡素な代表的町娘の着物を羽織った女性が、白梅の元へ誰かを見つけたのか顔を綻ばせ走りよる。 セレスティは女性の視線の先を追いかけるように振りかえれば、深い緑色の羽織りを羽織った男性が立っていた。 　二人は白梅の根元で手を取り合い、抱き合う。 　明らかに身分の違う二人。 　月夜に映える八重の白梅。 　二人の姿をただ見つめていたセレスティに、白梅の太い一枝がゆっくりとしなった。 『座ってもよろしいのですか？』 　長い、記憶になるのかもしれない。 　梅は梅なりにセレスティを気遣ってか、その枝に座るように促した。 　セレスティが見つめる二人は、白梅の下で幸せそうに話し合い、笑いあい、時に憂い、まさに純愛と言うものを見ているかのようだった。 　男性は女性よりも身分があるのだろう、女性はいつも男性が先に帰るのを待ってから帰路に着く。 　そして白梅の下で独りになると、女性は悲しそうな顔を見せるのだった。 （彼女には、分かっていたのでしょうね…一緒にはなれない事が……） 　服装、髪型から、この梅の記憶が江戸あたりだと推測できる。日本人ではない自分であっても、知識としてこの時代の事は幾分か理解している。 　結ばれる事が叶わぬ恋人が、最後に取ったといわれる選択も…… 　幾度目かの夜が来た。 　まだ、二人も梅も幸せそうだ。 　……まだという言い方は、失礼かもしれないが。 「いつかは君と一緒に…」 「若旦那様……」 　それが叶わぬなら、二人でどこか遠くへ――… 　こうやって語り合う二人の姿を何回見ただろうか。 　幸せそうな二人の笑顔、そして時々見せる切ないまでの悲しみ。 　この時、この場所に生を持ったのだから、二人は出会えた。 　そんな考えは自由な時代だからこそ思う心。 　反物屋の若旦那という男性と、長屋に住まう下働きの女性。「身分」というものが生きたこの時代が、二人を引き離していた。 （やけに騒がしいですね） 　うねりを描く太い白梅の枝に腰掛けていたセレスティは顔を上げる。 　この異変に二人も気が付いたのだろう、不安げな顔で辺りを見回している。 「今日は帰ったほうがいい」 「は…はい」 　二人は手に手を取って神社を後にしようと走り出した矢先だった。 「……っ」 「ぁ…っ」 　ざっと神社の林を突き抜け、二人の前に現れた、男。 　男は下女の小さな悲鳴に気が付き、二人に顔を向けた。 　――その手には、血に濡れた刀。 　若旦那は反射的に下女の手を取り、走り出す。 「っち……」 　男か小さく舌打ちし、二人の後を追いかける。 　何度も何度も振り返りながら走る。だが、男の方が何倍も身軽だった。 「あっ…！」 　白梅の根元。 　鼻緒が切れ、下女が倒れる。 　覆いかぶさる影。 　振り下ろされる刀。 「お琴さん！！」 　舞う、紅き花びらの雫。 　それは、セレスティが座る白梅の枝にも飛ぶ。 「きゃぁああ！！」 　下女を庇うように覆いかぶさった若旦那の背は真っ赤に染まり、どれだけ揺さぶろうとも何の応も示さない。 「す…純之さま…純之さま！」 　男の事など既に胸中になく、下女はただ愛しき者の名を呼ぶ。 　そして、その背に無慈悲に振り下ろされる。 　刀―――… 『そう、だったのですか……』 　その光景をただ見つめていたセレスティが小さく呟いた。 　今まで白梅だった梅が、まるで血の涙を流すかのごとく紅梅へと変わっていく。 『それはさぞ無念でしょうね…』 　そっと梅の幹を撫で、ゆっくりと頬を寄せる。 　幸せな二人を。幸せだった二人に突如降りかかった不幸。 　隙間なく八重に咲き乱れる梅の花びらの間を通る風の音が、まるで嘆きのようにセレスティの耳に届く。 　忘れないで 　忘れないで 　幸せだった二人 　死んでしまった二人 『突然の別れは、確かに悲しいかもしれません』 　ですが、とセレスティは顔を上げると、まるで其処に梅の精が居るかのように表情を綻ばせる。 『最後まで一緒に居られた二人は、とても幸せなのではないでしょうか』 　この時代「身分」という壁は何よりも高く、厚く、二人の恋は叶う事無く引き裂かれ、終わっていたかもしれない。 『死んでしまう事は悲しい事です』 　それでもこの先、この二人の魂が強く求め合い繋がっているのなら、時代を超え、そう“今”というこの時に生まれ変わり幸せな時を生きているかもしれない。 『あの二人は幸せになる為に、旅立ったのですよ』 　死に際の切なさだけが記憶に残って、幸せだった二人の気持ちを感じてあげて欲しい。 　生きているだけが、幸せではないのだ。 　――そうかも、しれませんね 　梅が、微かな微笑を浮かべた。 ◇　　◇　　◇ 　気が付けば、レンに赴いたときと同じ、セレスティは自分の車椅子に座っていた。 「おかえり」 　蓮お言葉に我を取り戻したように腕の中を見れば、綺麗な一輪挿しの白梅が刺さっていた。 「蓮さん、この梅は今どちらに？」 「あぁ。行ってやりな」 　蓮はセレスティに、この白梅が元々植わっていた神社の名を口にした。 　セレスティは、レンにあった一枝の梅を抱きしめるように持ち、その神社へと足を運ぶ。 「縁結びの神社だったのですか」 　境内をゆっくりと散策するように歩けば、この梅と同じ香りが淡く広がっていた。 　導かれるようにセレスティは歩く。 　そして、一株の白梅の根元で足を止める。 「あ、いたいた！」 　元気な少女の声に振り返れば、年のころ高校生くらいの少女が白梅に向かって走る。 「居たじゃないだろ〜。遅刻だぞ」 　その声に応えた少年の声。 「今年も綺麗に咲いたね」 「やっぱり白梅の方が綺麗だな」 　――あぁ、二人は…… 　セレスティは二人から視線を逸らし、白梅を見上げる。 　風が駆け抜ける。 　舞い上がる白梅の花びらが、優しくセレスティの頬を撫でていった。 「キミがもう紅梅になる事は、ありませんね」 　セレスティはレンから持ってきた白梅の一枝をその根元に置き、白梅に背を向けた。 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■ □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 【1883　／　セレスティ・カーニンガム　／　男性　／　725歳　／　財閥総帥・占い師・水霊使い】 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ ■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■ □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□ 　Memory eightfoldにご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧です。今回は依頼初の個別受注という事で、ご満足いただけたら幸いです。 　セレスティ様におきましては、いつもお世話には本当にこちらの言葉でございます。真面目なのからネタなのまでご参加くださりまして真に感謝の言葉もございません。 　それではまた、セレスティ様に出会える事を祈りつつ……