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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 小さく鳴ったのに気づいて「ありゃ」と鷹邑琥珀は腹部に手を置く。
(確かに、ちょっとハラへったかも)
 足の向きを変えて琥珀は小さく笑う。
(そうだな。今日の気分はラーメンてとこか)
 ラーメン屋に向けて歩く琥珀は、悩んだ。
(なに頼もうか……。まあ肉の数を考えればチャーシューメン……ネギラーメンもいいかもな。いやいや、ラーメン定食も捨てがたい……)
「わぷっ」
 誰かにぶつかって、琥珀はしまったと思った。考え事をしていたため、向こうからの人に気づかなかったのだ。
「すんませんでした!」
 ばっと頭をさげてから、ん? と顔をあげる。
 驚いたような少年がそこに立っていた。黒髪に眼鏡……そして黒の学生服。
(なんだよ。高校生か)
 焦って損した。
 そう思う琥珀だったが、彼の腕が妙な方向に曲がっているのに気づいて青ざめる。
「うわっ、お、おい大丈夫か?」
 まさかと思うが、いま自分とぶつかって折ったのではないか? いや……折れた音はしなかったはずだから、違う……と思う。でももしかしてということだって。
 悶々と考えていると、少年が顔をしかめた。
「邪魔だ。どけ」
「へっ!?」
 驚く琥珀の目の前で、少年は曲がっていた左腕を右手で、力ずくで戻す。ごき、と鈍い音がした。
「おいおい……無理やりはないだろ、無理やりは……」
 なんなんだコイツは……。
 呆れる琥珀から視線を外し、少年は何かを探るように周囲を見回す。そして、駆け出した。
「なっ、ちょ……!」
 慌てて追いかける琥珀に気づき、少年は肩越しに視線を細める。明らかに嫌そうだ。
「待てって! 腕が折れてるだろ、おまえっ!」
「……うるさい男だ」
 ぼそっと呟いた言葉が耳に入る。それを聞いて琥珀は参ったなと後頭部を掻いた。
(けっこうな強情者とみたぜ……)
 そして気づく。
 目の前を走る少年の腕が、動いた。
(へ?)
 どうして。あの腕は折れていたはずだ。なんで動く?
 疑問符を目一杯浮かべる琥珀であった。
「追ってきたか、退魔士!」
 声に「へ?」と言ったのは琥珀だ。なんだ今の声は。
「おまえを封印する」
 応えたのは、足を止めた少年だ。琥珀もそれに習って足を止める。
(たいまし? 退魔師……? え、でもそんな感じに見えないっていうか……)
「腕一本では、懲りぬのか!」
「ハッ」
 少年は鼻で笑う。完全に相手をバカにしていた。無表情から一瞬だけ崩れたその表情に、琥珀は戸惑う。
(もしかしてコイツ……性格悪いのか?)
 少年はゆっくりと足もとに掌を向ける。その手に集まったのは彼の影だ。
「腕一本で退こうなど……なめられたものだ」
「ならば食らうがいい!」
 どこからか液体が降ってくる。琥珀は咄嗟に少年を突き飛ばした。
 驚く少年が、琥珀を怪訝そうに見遣る。
「な、なんだかよくわからねーけど、ピンチなのか?」
「あんた何やってるんだ……?」
「話はあと……。わっ!」
 上空から降ってくる液体に、琥珀は少年の手を引いて屋根のある場所へと避難する。
「酸とかじゃないみたいだが……いいことなさそうな液体だな、あれ」
「あんた……」
「あんたじゃない。俺は鷹邑琥珀。好きに呼べよ」
「……俺は遠逆和彦」
「なあ、あの声なんなんだ?」
「あれは……憑物」
「つきもの? なんだ。遠逆さんは憑物落としをやってるのか?」
「少し違う……」
 和彦は視線を伏せた。
「妖魔や悪霊……人に害を与える存在を総称して呼んでるんだ。憑物と」
「なるほど。で、俺と同じ退魔師?」
「……違う。字が違うと思う」
「字が違う?」
 琥珀をちらりと見遣り、彼は呟く。
「戦士の士だ」
「退魔士?」
「俺はこの地で、四十四の憑物を封じている。俺の呪いを解くために」
 のろい?
 琥珀が怪訝そうにしていると、彼は続けた。
「俺の呪われた体質とは、憑物を引き寄せること」
「! それってヤバいんじゃないのか?」
「これはあんたとは関係のないことだ」
「でも、遠逆さんを手伝わない理由にはならないだろ?」
「………………は?」
 じと、っと見てくる和彦の前で、琥珀は言う。
「こうして会ったのも何かの縁だろ。協力するぜ」
 ニカっと笑う琥珀を、得体の知れない生物のように凝視する和彦であった。
 なんだよ、と琥珀は睨む。
「手伝うって言ってるのに、なんだその顔」
「…………いや、物好きだなと思って」
「放っておく理由もないしな。ここは妥当な選択肢を選ぶと、手伝う、なわけだ」
「暇人」
 ぼそっと言う和彦であった。あまりにも小さな声だったため、琥珀の耳には届いていない。
「とにかく協力して憑物を封じるしか、ないだろ。どういう系統なんだ? 陰陽? 神道?」
「援護は……できるが。接近戦のほうが得意だ」
 彼は掌を握る。集まる影が形をとった。弓矢だ。
 琥珀はそれを見て尋ねる。
「それ、変わった術だな。どうやってんだ?」
「…………」
 和彦は無言で琥珀を睨みつけた。どうやらあまり触れて欲しくないことだったようだ。
「術じゃない」
 そう短く言うや、液体の降る場所を見遣る。
「……さっき、あの液体で防がれて腕が折れた」
「おまえの腕を折ったヤツなのか?」
「飛び回ってるんだ」
 上空を見遣る。琥珀も和彦と同じように見上げた。
 円を描くように飛んでいる鳥がいる。
「あれか」
「そうだ」
 頷く和彦は矢を構えた。綺麗な構えに思わず琥珀が「へえ」と感心の声をあげる。
(手馴れたもんだな。なんか武道でもやってるのか?)
 矢を放つ和彦。矢は正確に、飛んでいる憑物に向けて飛ぶ。
 だが。
 降ってくる液体がずどんと矢を貫いた。かなりの衝撃のようで、矢が一旦止まり、揺らめいて消える。
(うわ……。あれにやられたのかよ……)
 ちら、と和彦の腕を見遣った。あの衝撃を受けたなら、あれほど派手に折れても仕方ないだろう。
「あれだ……。目的を攻撃する瞬間、攻撃の重さが増えて破壊力を生み出すんだ」
「…………」
 無言でしばらく考えたあと、琥珀はニッと笑う。
「よし!」
 琥珀は拳を掌に打ち付けた。
「なら、ヤツの注意を他に引きつければいいってことだな。で、おまえはヤツを攻撃する」
「? そんなことできるのか? かなり危険だぞ」
「これを使うのさ」
 取り出したのは呪符だ。それを放つ琥珀。
 呪符によって召喚されたものが、鎮座していた。
「式神……使い魔だな」
「……陰陽道の人だったのか、鷹邑さんは」
「ま、そういうことだ」
 にかっと笑う琥珀を、困惑したように見る和彦。その困った顔に、琥珀は内心懐かしくなった。
 幼馴染の姿を、少し重ねてしまう。それを思い出して少しだけ、寂しい気持ちが浮かぶがそれどころではない。
「鷹邑さん、結界を頼めるか?」
「結界?」
「まやかしを重ね、さらに相手を混乱させれば効果は高まる」
「なるほどな! よし、任せろ!」



 式神たちに、琥珀は指示を送る。
 屋根から空を見上げた。
 結界は張ってある。あとは、実行に移すだけだ。
(……しくじるなよ)
 心の中でだけ呟き、琥珀は式神を憑物に向けて跳ばせる。
 まやかしのせいかもしれないが、式神の周囲が揺らめいた。攻撃が正確には当たらないはずだ。
(幻覚というよりは、見間違いに近い感じになったからな……。目の錯覚……に、ヤツが引っかかってくれれば……)
 上空からの攻撃に、式神の二体が貫かれた。
 式神の攻撃も届かない。届く前にその攻撃を弾かれてしまうのだ。
(……こりゃ、長いこともちそうにねぇな……)
 身を潜めて事の成り行きを見ていた琥珀は、上空の憑物から目を離さない。
 別の場所で和彦は身を潜めている。いつ攻撃をするのかはわからない。
 式神の数が減っていく。
 あの雨の中を攻撃することなど可能なのだろうか。
 刹那、ぐわっと大きな黒いものが地面から伸び上がった。
 琥珀は目を丸くする。
 まるで巨大な波だ。
(違う、あれは)
 巨大な槌だ。
 細長い柄を持って立っている和彦の姿が、琥珀のところからでも確認できた。彼は屋根の上に立っている。
 振り上げた槌を、思い切り降ろす姿さえ目に入る。
 思わず琥珀は耳を塞いだ。
 ごぎゃ、と聞き慣れない音が響く。空中で憑物であったものが飛び散る。そして、消えた。
 硬直している琥珀は、しばらくしてから耳から手を離す。そして、薄く笑った。苦笑かもしれない。
(なんだよ、あの武器……あんなの食らったら一たまりもねぇって)
 あの武器を出す時間を稼ぎ、和彦の存在を相手に気づかれないようにした琥珀の働きがあってこそだが、琥珀は完全に度肝を抜かれていた。
「鷹邑さん」
「わーっ!」
 いきなり背後から声をかけられて、琥珀はそこから飛び退く。
 胸元を押さえて振り向く琥珀は、和彦を睨みつけた。
「気配を消して現れるなよ!」
「……そんなつもりはなかったんだが」
 すまなそうにして視線を伏せる和彦である。琥珀はそこでやっと大きく息を吐き出し、まあいっかと笑った。
「とりあえず、封印成功ってか?」
「とりあえずではない。成功した」
「話の腰を折るなよ」
「…………」
 無表情で琥珀を見返す和彦。
 琥珀の腹が小さく鳴った。
「おっと……そういや腹減ってたんだった……」
 今さらながらそのことを思い出す。
 琥珀は和彦を見遣り、提案する。
「良かったら一緒に食べに行かないか?」
「……遠慮する」
 言うと思った。
 琥珀は苦笑する。
(ははは。言うと思ったぜ)
「そっか。まあそれならいいさ。ラーメン一杯くらいなら奢ってやろうと思ったんだが、嫌ならしょうがねえな」
 ぴく、と和彦の眉が動いた。
「ラーメン? 奢る?」
「ああ。でもラーメンだぞ。チャーシューメンや、ギョーザじゃなくて」
「ふっ」
 鼻で笑った和彦が、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべる。琥珀が動きを止めてしまうほど、異常な迫力があった。
(な、なんだ……?)
「そうか……奢ってくれるのか。それは行かなければ鷹邑さんの好意を無駄にすることになる。是非行こう」
「え? 来るのか?」
「……一緒に行くと、何かまずいのか? 言い出したのは鷹邑さんだぞ」
 冷ややかに言う和彦は、琥珀と並んで歩き出す。
(……もしかして喜んでるのか? ラーメンくらいで大げさなヤツだなあ)
 琥珀は小さく笑って、前を向いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4787/鷹邑・琥珀(たかむら・こはく)/男/21/大学生・退魔師】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして鷹邑様。ライターのともやいずみです。
 初対面として描かせていただきましたが、和彦がキツくて申し訳ないです〜。少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!