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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


【ロスト・キングダム】天狗ノ巻

「ラジオ体操第二――――ッ!」

 休日の朝っぱらから、大音量のラジオ体操の音で、三下は起こされた。
「な、なに……?」
 ねぼけまなこを擦りながら、窓からのぞけば、果たして、あやかし荘の庭で、元気一杯に体操をしている人物がいるではないか。
 小麦色の肌の、大柄な青年だった。見知らぬ顔だ。だが、庭に顔を見せた因幡恵美が、
「おはようございます」
 と笑顔で挨拶をしている。
「おはようございます!」
「朝からお元気ですね」
「早起きは三文の得ッスから! あ、コレ、うるさかったッスか?」
 うるさくて眠れない。三下は心の中でそう呟いたが、恵美は笑って首を振る。
「いいえ。やっぱり朝は元気に起きないとね」
 単純至極な思考回路しか持たない三下忠雄は、あわてて寝癖の髪をなでつけると、わざと大きな音を立てて窓を開け放ち、大声をだした。
「あーーー、いい朝ですねーーー!」
「あら、三下さん。今日は珍しく早いんですね」
「……今日は珍しく、って……」
 けなげな努力もまったく実を結んでいなかった。
「あ、おはようございます! あなたがサンシタさんッスか! 俺、昨日からお隣の部屋に入った村雲翔馬ッス。よろしくお願いします!」
 青年がそう言って、礼儀正しく頭を下げた。そういえば、昨晩、ながらく空室だった隣で物音がしていたと思ったが。
「はあ、まあ、よろしく」
「あ、それから――」
 気の抜けたような挨拶で応える三下だったが、次の瞬間、あんぐりとその口を開けたまま凍りつく。
 翔馬と名乗った青年の背後から立ちのぼるように、煙のような、青白い炎のような、しかしよく見れば甲冑の鎧武者に似た何者かが、おどろおどろしい姿をあらわしたからである。
「こいつは、俺の《神霊》でスサノオ。ま、相棒みたいなもんです。こいつも世話になるンでヨロシク」
『サンシタ殿といわれたか。以後、お見知り置きを』
 いんいんと響く不思議な声音で、それが喋ったので、三下はいっそう腰を抜かすよりなかった。
「あ。三下さん、お休みなんだったら……翔馬さんに東京を案内してあげたらどうですか?」
「そりゃありがたい! 田舎から出てきたばっかりで東京のことがさっぱりなんスよ!」
「え、いや、あのー……」
 恵美の提案に顔を輝かせた翔馬だったが、三下はあわててそれを打ち消した。黙っていれば好青年だが、あんな気味の悪い“相棒”を連れた男だ。隣人とはいえ、できれば、あまりかかわりたくないのが彼の本音。それでなくとも災難の類は間に合っている。
「ぼ、ぼく、持ち帰ってる仕事があるから……、そういうのに、詳しい人を紹介しますよ。ぼくより適任の方がいますから!」
 そして、三下の頭の中で電話帳――別名SOSリストの頁がぱらぱらとめくれていくのだった。

■急募、観光ガイド

「うるさーーーい!」
 庭でそんなことをがやがややっていると、突如、ばん、と窓のひとつが開いた。
「朝っぱらからうるさいぞ! 非番の日くらいゆっくり寝かせてくれ!」
 顔を出したのは茶髪の若い男だった。
「あ、桐藤さん、おはようございます。翔馬さん、こちら桐藤隼さんです」
「桐藤さんですか。お世話になります。『寒椿の間』に入りました村雲翔馬といいます!」
「ほお、新入りか。……ぬお、ちょっと待てぃ」
 桐藤隼と紹介された男は、いちどひっこむと、履物を持って再び顔を出し、窓から庭へと降り立った。つかつかと翔馬に……いや、その背後の《神霊》スサノオに歩みよる。
「いい鎧を連れてるじゃないか。これは……大鎧の形式だが、垂から頬当の部分は当世具足に近いな。それにこんな脇立は見たことないぞ」
「まあ、桐藤さんって鎧にもお詳しいんですね」
 あやしい異形の背後霊としか見えないスサノオに動じないのは、さすがあやかし荘の住人というべきであったが、のんきに感心する恵美も相当なものであった。
「なにかそういうお仕事をなさってるんスか?」
「いや……そういうわけでは……これでも本職は一応刑事なんだが」
「刑事!?」
「それで、三下は朝から何やってんの」
「あ、そうだ、桐藤さん、翔馬さんに東京を案内してあげてくださいよ! 田舎から出てきたばっかりなんですって」
「そんな面倒なことができるか。俺は寝直す」
「ああっ、待ってくださぁあああああいいいいいぃいい」
「うお、こら、離せ!!」
 今日も朝から騒がしい、あやかし荘である。

「事情はわかった。あんた、翔馬クンって言うのか。ま、よろしくな」
「よろしくです!」
『ふつつかなあるじなれど、拙者からも何卒……』
「あ……ああ、スサノオさんもよろしく……。つうか、ホント、ここの住人って……」
 いわく言い難い表情で、苦笑するのは、藍原和馬だ。
「和馬さんならいろいろ詳しいでしょ。ガイドをしてあげてほしいんですよぅ」
 彼こそ、三下によって呼び出された助っ人であった。
「んー、まあ構わないけど? どっか行きたいところある?」
「いやあ、それが俺、東京のことは右も左もわからなくて」
「そっか。……今日は天気もいいしな。花見にはすこし早いが、出歩くのもいいだろうよ。よっしゃ、三下も支度しな」
「えっ、いや、だから僕は……」
「昼飯は三下のおごりな? じゃあレッツゴー!」
「わあああああああああ」

「あらあら、そうなの。ふぅん、いいわよ。……上野公園。いいんじゃない?」
 電話に出ているのは光月羽澄である。
 和馬の「このメンツじゃ花がない。女の子を呼べ」という強固な主張により、三下が発したSOS第二弾である。
「ちょうどよかった。炊き込みごはんがあるのよ。おにぎりにして持って行ってあげる」
 そんな申し出までしてくれた羽澄は、まさに天使か女神であった。
 そして、その、うららかな日曜日。
 翔馬、三下、和馬、隼(結局、連れていかれることになった)の一行は、羽澄と待ち合わせを約束し、ひとまず、上野へと出掛けたのであった。
「まず公園ブラつくだろ。不忍池でも散歩して……」
「上野か! あそこは美術館・博物館スポットだからな!」
「あん、そうだっけ?」
「東京国立博物館だろ、東京都美術館、国立西洋美術館、国立科学博物館……、不忍池のほとりには下町風俗資料館てのもある。一日つぶすにはもってこいだ」
 隼はうれしそうに言ったが、
「悪くないが、どうせならいろいろ見せてやりたいからなぁ……」
「あのぅ……」
「何だよ三下、ここまで来ておいて今さら帰りたいなんて言うなよ」
「いえ……翔馬さんがいないんですけど」
「なにーーー!?」

 そのころ翔馬は。
「スサノオ……こ、これは……!」
『むぅ、翔馬殿……なんとも面妖でござるな』
「東京は凄いところだと聞いてはいたが」
 休日の駅の雑踏も、かれらには近寄ることなく、避けて流れていく。
 背後に不気味な鎧武者が立っていてはそれも当然だ。だが。
「ねえ、あなた」
 その翔馬に、声をかけた勇気ある女がいる。
「カバンの口開きっぱなしよ」
「あ……、ああ、すいません」
 肩に提げていたディバッグの口を、注意されて、あわてて閉じる。
「それと……前のほうもね」
「え……?」
『……! 翔馬殿、“しゃかいのまど”でござるよ!』
「わっ!」
 スサノオは意外な言葉を知っていた。
 真っ赤になった翔馬を見て、くすくすと、女は笑う。髪の長い、見るからに目をひく美人である。
「素敵なお友達を連れてるわね。お出かけ?」
「あ、ハイ。俺……東京に出てきたばっかりで、これからいろんなところ案内してもらうんです。まず上野公園に行って……」
「いいわね。今日は天気もいいし」
 彼女はちょっと考えてから、
「ん、そうだ、ご一緒させてもらってもいい? ホントは仕事があったんだけどあんまりお天気なんでバカらしくなってたところなの。さ、行きましょ」
 というと、翔馬に腕をからめた。
「え……ええっ、お、俺は構いませんけど、あの……あのっ……」
「私、九音奈津姫。ヨロシクね」
 そのとき、偶然通りがかったのが羽澄だった。
「あら、あのひと……」
 電話で聞いたとおり、なにやらあやしげな“背後霊”を連れた青年だ。だがそれに加えて、彼女が首を傾げたのは、その連れの女性を見たからである。世事に疎い翔馬は、その女性がアカデミー賞女優・九音奈津姫であることを知らなかった。
 そのすこし後。羽澄がかれらに声をかけ、無事、一同が合流したとき、翔馬が彼女と腕を組んでいるのを見て、三下たちは目を丸くし、彼女のマネージャーはまたもやのドタキャンに顔色を青くすることになる。
 
■江戸、満喫

「九音奈津姫さんと腕を組んで、鎧武者をうしろに連れてるんだもの。……でも、おかげで、駅にいた人たちは、なにかの撮影だと思ったんじゃないかしら?」
 やわらかい木漏れ日の落ちる、上野公園のベンチでバスケット広げながら、羽澄は思い出し笑いをほころばせた。
「できれば街中を歩くときはスサノオさんは遠慮してやってくれ……な、悪いけど」
「すいません、東京の人は誰も《神霊》連れてないんですね。珍しいんですか?」
「面白いコ」
 奈津姫が笑った。実年齢でいうと、彼女は翔馬の二歳上なだけだが、彼女のほうがずっと大人びていた。
「でも、あのとき、あそこで何を驚いてたの?」
「いや……東京には凄いのがいるなぁって。あんな動物、田舎じゃ見たことなかったですし。やっぱりスケールが違うッス」
「何の話?」
「彼、『ジャイアントパンダの像』を見てたのよ」
 上野駅名物、高さ3メートルはあろうかというパンダである。
「びっくりしたなあ。建物だけじゃなくて動物も大きいんですね」
「いや、そういうわけじゃ……」
「知ってるか。あの像な、今はパンダ橋改札口の構外改札横にあるが、かつては浅草口から中央連絡橋など転々としてるんだ。持ち込むときはパーツごとにバラして運んだらしいぞ?」
 どうやって誤解をといてやればいいか頭を抱える和馬をよそに、隼がわりとどうでもいい雑学を披露した。
「ともかく、お昼にしましょう」
 羽澄がたきこみご飯のおにぎりを配ってくれる。
「あと、こっちは煮物なんだけどよかったら」
「う、うまいッス! 感動した!!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
 翔馬は両手に花である。
「なんか羨ましいヤツだなァ……」
 ぼりぼりと、和馬が頭を掻いた。

「ところで、村雲さんはどちらから来られたんですか?」
 羽澄が訊ねた。
「あー、田舎です。凄い山奥。東北のほうなんスけどね」
「東北……秋田とか、岩手とか?」
「まあそのへんですけど、すいません、詳しくは秘密なんスよ」
「秘密って!?」
「隠れ里だから」
 時代錯誤というかフィクションじみているというか、予期せぬ言葉が飛び出す。
「《神霊使い》の村です。こいつら――《神霊》の造り方とか……秘密だから。地図にも載ってないんス。昔は天狗の里ってことにされてたみたいで」
「じゃあ、あんたは天狗の末裔ってわけか」
 面白そうに、隼が言った。
「それがなんでまた東京に?」
「社会勉強というか修行というか……街で揉まれてこい、って、じいちゃんに追い出されたんスよね」
「なんか、当てとかあンの? バイトとか探すんだったら、紹介してやってもいいぜ?」
 和馬が言った。
「和馬さんバイト王だものね」
「おう」
 胸を張った。
「あ、それ有り難いです。一応、すこしは仕送りもらってるんですけど……」
「東京の物価は高いからな。若いもんの独り暮らしは苦労する。あやかし荘は家賃がべらぼうに安いからいいが」
 と、そのあやかし荘の先輩住人。
「でもそのかわり、毎日怪奇現象が〜」
 もうひとりの住人が情けない声を出した。
「遊ぶところも紹介してやるぜェ?」
「……なんかそれちょっと心配」
「し、失敬な!」
 にやりと笑った和馬に、羽澄が鋭く切り込むのだった。

 昼食を終えた一同は、しばらく公園を散策したあと、次なる目的地へ向かう。
 地下鉄に乗り、降りたところは……
「うおおお!」
 翔馬が吠えた。
「凄いッス! これ、写真で見たことあります! 見たまんまだ! 感動した!!」
 どん、と圧倒的な迫力を持って存在する真っ赤な、巨大堤灯。
 浅草――雷門。
「知ってるか!?」
 隼がここぞとばかりに話しだす。
「雷門は慶応元年の火災で焼失して、今の門が再建されたのは昭和35年のことだ。この堤灯は平成15年にいちど新調されて、そのときに以前より一回り大きくなってな。直径3.3m、高さ3.9m、重さ700kg、京都の老舗堤灯業者が3カ月かかってつくったそうだ」
「そうなんスか! 東京のものは何でもデカイっス!」
「よーし、三下、写真撮れ! 記念写真だ」
「え、僕が?」
「さあさあ、翔馬クンが真ん中な。三下、ピンボケだったら承知しねぇからな」
「勝手なことばっかり言ってぇ……、撮りますよー……って、うわああ!」
「何だよ……って、ありゃ?」
「あ……すいません。記念だから……コイツもいいですか?」
『……ご迷惑をおかけしているでござる』
「……いいけどさ……」
 パシャリ。
 後日、写真現像店のおやじが仰天した、雷門前の記念心霊写真が撮影された。

「私、仲見世って大好き」
 奈津姫が華やいだ声を出した。
 雷門を抜けてゆけば、両側にずらりとならんだ、土産物の店の数々。色とりどりの、和小物や民芸品を中心に、菓子類から衣料品まで、さまざまなものがある。
「おじさん、ひと袋頂戴」
 甘い匂いの漂う店で、彼女が買ったものは――
「はい、どうぞ」
「うわ、あつあつだ」
 人形焼きだ。やわらかなカステラ生地の中にあんこが入っている。鳩や五重塔、おたふくなど、形も楽しい。
 やがて、仲見世を抜けると浅草寺の境内である。さっと視界がひらけ、青い空を背景に、観音堂の屋根の、美しい急勾配が目に飛び込んでくる。本堂の前では、線香が焚かれ、この煙に、参拝客が群がっていた。
「あの煙にご利益があるのよ」
 奈津姫が翔馬の腕を取って、彼を導く。
「ああ〜、いいなぁ〜」
 それをうらめしげに見送る三下。
「おまえも煙を浴びてこいよ。不幸体質がなんとかなるかもしれねぇぞ」
 和馬の浴びせる一言が身にしみた。

■大東京、堪能

「次はどこへ行く?」
 羽澄の問いに、境内の鳩にハトマメを与えていた男性陣が振り向く。
「さあ……おまかせするッス」
「東京の伝統的な場所を見たから、もうすこし現代的な部分を見てもらうのはどう?」
 と奈津姫。
「ショッピングなんてどうかしら。そうね……六本木ヒルズあたり」
「あ、いいですね」
 女性陣は意見が一致したようだ。
 都営地下鉄を浅草線、大江戸線と乗り継いで、目指す場所へ。
 地下鉄の出口を上がると、雲を突いて屹立する人工の塔がそびえる。
「すっげぇぇええええ!」
「いちいち大袈裟なやつだなぁ」
「これ、なんスか! なんでこんなにデカイんスか!? 感動した!!」
「設計したやつに聞けよ」
「六本木ヒルズには多くの建築家が参加してるが、あの六本木ヒルズ森タワーはアメリカの有名な建築事務所の設計だな。ちなみにタワーは地上54階、238メートルの高さ」
「……桐藤さんて本当に何にでも詳しいんですね」
「そうだわ。せっかく東京で暮らすようになったのだから、服装も変えてみたら。私が見立ててあげる」
 奈津姫が言った。
「え……服……ッスか」
 おもわず一同の目が集まる。Tシャツの上にダンガリーのシャツをはおり、ジーンズを穿いただけの、どうということはないいでたちの翔馬だったが。
「ここなら何でも揃うわよ。さ!」
 
 それからは、奈津姫による、翔馬の、怒濤の引き回しが始まった。
 最初は着いて回っていた後の面々も、まっさきに三下が音を上げ、続いて和馬に隼もダウンした。男性陣を適当な喫茶店に放りこんだあとは、女性陣が翔馬を拉致する。
「……大丈夫かな、やつ」
「なんか……ほとんど着せ変え人形みたいになってたけど」
 そんな心配に違わず。

「『魅惑の変身』コーナー!」
 奈津姫が、その“成果”を、誇らしげに発表した。
 もともと背も高く、スタイルは悪くない翔馬である。奈津姫のコーディネートはいかにもスマートな、都会的な着こなしで、まったく印象が違って見えた。
「彼ったらスーツ一着も持ってないんですって。だから着回しできそうなのを選んであげたわ。ね、素敵でしょ」
「ホント、似合ってる」
 女たちが微笑みあった。
「いいけど……なんか本人、真っ白になってんぞ……」
「ああ、それは奈津姫さんがね……」
「お近づきのしるしにプレゼントしてあげることにしたのよ」
 行く店行く店で躊躇なくカードを切っていく奈津姫に、翔馬が青ざめて訊いたのだ。「あの、これって幾らなんですか」――と。
「奈津姫さんったら『大したことないのよ、ほんの50万円くらいだから』って」

「まだまだ、東京はこれだけじゃないわよ」
「は、はいっ」
 元気よく返事をしたものの、若干目を回し気味の翔馬。
「東京の全部を、見せてあげる」
「どこに行くんですか?」
 奈津姫は、六本木ヒルズタワーを上へ上へと登り始めたのだ。
「だから、東京を見にいくの」
 意味深に微笑む。

「え――」
 今度は翔馬だけでなく、皆の目がテンになる。
 バラバラバラバラバラ――
 屋上のヘリポートに、舞い降りてくるヘリコプター。
「ちょっとチャーターしてみたの。空からの散歩にしましょ?」
「えええーーーっ!?」
「凄いッス! 感動した!!」


 眼下に広がる、人口800万人のメガロポリス。
「凄ぇー! 凄ぇー!」
『こんなにも多くの人々が、この街には暮らしているのでござるな』
 ヘリの中なので、スサノオも人目を気にする必要がない。
「あ、あそこは何ですか?」
 翔馬が指した方向には、街の中にぽっかりと、樹木の緑に覆われた区域がある。
「あれは皇居だな」
 隼が教えてやる。
「皇居! 皇居ッスか!」
「本当に何にでも感動する青年だな……多感でいいが」
「……宮内庁もあそこにあるんスか?」
「え?」
 ふいに、翔馬が漏らした言葉に、その宮内庁にも知人のいる和馬と羽澄が顔を見合わせた。
「宮内庁がどうかしたの?」
「あ、いや……聞いてみただけッスよ」
 そして。
「見て!」
 羽澄が歓声をあげた。奈津姫を振返ると、彼女は満足げに頷いた。これを見せたかったのだ、と彼女の意図を汲んで、羽澄も笑みを返した。
「東京に来たら、見ておくべきよね」
 盛り沢山な一日も終わりに近づき、日は暮れてゆく。
 しだいに、建物には灯りがともり、地上は宝石箱のような夜景に姿を変えていった。そしてその中に、ひときわあざやかに立っているもの……
「東京タワー……」
 うたれたように、翔馬が呟いた。
 インターナショナルオレンジのツートンカラーに塗り分けられた、333メートルの塔が、ライトアップに映える。
「ああ……きれいだな……。俺……東京に来てよかったな……なんか――みなさん、すごくよくして下さるし……俺……」
「な、泣いてるのか、青年!」
「俺、感動しました!!」
「大袈裟だなぁ……って、うお!」
『拙者も感極まったでござる!』
 背後ではスサノオが、主人を上回る号泣を見せていた。
「なんだこいつは! 泣くのか!? 泣けるのか!?」
「気に入ってもらえて嬉しいわ」
 奈津姫が、そっと身体を寄せた。
「このあとどうする? どこか素敵なところでディナーなんてどう? そのあとは、もしよかったら――」
 耳もとで囁く。
「え」
「うお、どうした、青年! しっかりしろ!」
「なんだ、こいつ、倒れたぞー!!」
「な、奈津姫さん……彼に何仰ったんですか……?」
「フフフ。……それはナイショ」

「か……感動しま……し……たぁ…………」


(天狗ノ巻・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1282/光月・羽澄/女/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【4836/桐藤・隼/男/31歳/警視庁捜査一課の刑事】
【4994/九音・奈津姫/女/24歳/女優・歌手】

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
『【ロスト・キングダム】天狗ノ巻』をお届けします。
リッキー2号「ロスト・キングダム」の世界へようこそ。……といいたいところですが、他のシナリオ群に比べて本作のほのぼの日常具合は何なんでしょうか。同じキャンペーンとも思われない(笑)。
こちらは以後、リッキー2号のノベルで登場するNPC村雲翔馬の顔見せイベントとなっております。

>光月・羽澄さま
お差し入れをありがとうございます。せっかくなので、お弁当にさせていただきました。今後とも翔馬&スサノオをよろしくお願い致します。

>藍原・和馬さま
前半のツアコンとしてご活躍いただきました。雷門と東京タワーは基本ですよね? 意外と、みなさんのご提案が似通っていたのでコースはすんなり決まった本作でした。

>桐藤・隼さま
はじめてのご参加ありがとうございます。同じアパートの住人さまということで、今後はご近所づきあいもよろしくお願いいたします。

>九音・奈津姫さま
はじめてのご参加ありがとうございます。ちょっと翔馬には刺激が強過ぎたかもしれない奈津姫さまとのデートでございました(笑)。

それでは、機会がありましたら、今後ともおつきあいいただければさいわいです。
ご参加ありがとうございました。