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<白銀の姫・PCクエストノベル>


闇色の調査

 おそらく、巻き込まれたのだ。要するに、その想いに。
 ……こんなお話があるんですよ。ご存知でした?
 それは『アスガルド』の、或いは現実のあちこちで、ユリウス・アレッサンドロという名の神父が様々な人に語って聞かせた話であった。
『ある所に、ジェロニモ・フラウィウスと言う名の神父がいましてね。彼は、アンナ・響(ひびき)という名の少女のことが、大好きでいらっしゃったのですけれども、』
 ある日、その少女は殺されてしまった。東京の、とある狭いビルとビルとの間の暗い路地で、少女は裸の体に沢山の痣を残された姿で警察に発見された。
『ジェロニモ神父は、おそらくアンナさんの人生をこんな風にした、東京をお恨みになっているのでしょう。……ご存知ですか? この異界が完全に現実と化してしまえば、ここにいる魔物達は東京に出現することができますからね。壊滅的な被害を及ぼすでしょう』
 アンナが殺された約一ヵ月後、ジェロニモは交通事故で死んだ。――死んだジェロニモの魂は、そうしてこの異界へと取り込まれたのだという。
『ですから、ね。それを利用して、この異界に取り込まれてしまったジェロニモ神父は、この異界を完全に現実化しようとなさっているようなのですよ』
 ユリウスとしては、止めなくてはなるまい。
 この異界の現実化を図るジェロニモを探し出し、それを阻止する。それが今回の、ユリウスの抱えた仕事≠ナもあるのだから。

 アスガルド内、兵装都市『ジャンゴ』。そこには、一つの高い塔が聳え立っている。
 薄暗い世界に伸びる螺旋階段。それに沿うように並ぶ星の数にも等しいのかというほどの本。どんな小さな音すらも吸い込んでしまいそうなほどに高い天井。そこにぶら下がる、鎖に縛られた一振りの剣。
 『知恵の環』
 その場所はそう呼ばれ、アスガルド内の知識を必要とする人々からは非常に親しまれていた。
「……そういうわけでしてね。とりあえずまずは、ジャンゴから出て、『アルカナ』へと向かおうと思っているんですよ」
 知恵の環が、私にとってはジャンゴで一番落ち着く場所なんですよ。
 そう言って、こうして机の上に広げられたアスガルドの地図が描かれた巻物を覗き込んでいる一同をここに連れてきていたのは、ユリウス――現実世界においては教皇庁公認のエクソシストであり、高位聖職者とされる枢機卿の立場にある、今は古風なローマのトガを身に纏った金髪碧眼の青年であった。
 ユリウスは、ぐるり、集まってくれた一同に視線を廻らせると、
「とりあえず、アルカナに行ってみませんと、どうにもならないと思いましてね」
 アルカナとは、ジェロニモがいるとされる、ジャンゴからほど近い場所にある小都市の名前であった。
 ――正直なところ、ユリウスとしても、この辺りの話は、全てIO2という組織からと教皇庁からとの話でしか知らないのだ。ジェロニモがこの異界に取り込まれた、という情報にしても何にしても、全ては人伝に聞いた話でしかなかった。
 ですからまずは、自分の目で確かめてみませんとね。
「ジェロニモ神父をどうするのかは、本人にお会いして、それから決めようと思っています。話し合いで解決できるのでしたら、それで良いですしね」
 ユリウスは皆に、いつもの笑顔で微笑みかけて見せた。お付き合いいただけるのでしたら、是非ともお願いしたいのですが――と、言わんばかりにして。


I

 Log-in.――現実の民から、アスガルドの民となる瞬間。
 あれから数日後、あの時ユリウスの話を聞いていた一同が、現実世界の休日の朝、知恵の環の前に集合していた。
「ごめんなさいっ、ギリギリでしたねっ」
 ちょっと、みあおから色々せがまれちゃってて。
 朝も早くから妹の世話に疲れてきた少女が――さながら、人魚姫の美しき女性騎士であるかのような恰好のよく似合った少女、海原(うなばら) みなもが、海色の髪を風に遊ばせながら、急いでこちらの方へと駆け寄って来る。
「大丈夫よ、みなもちゃん。皆も今ここに来たばっかりだもの」
 そんな少女へと親し気に笑顔を向けたのは、頭に大きな花飾りを留めた切れ目の女性、シュライン・エマであった。シュラインの、色調的なところからなのか、どこか普段のスーツを髣髴とさせる恰好に、みなもは安堵したかのように一つ大きく息を吐く。
「すみません、皆さん。待ちませんでした?」
「いいえ、私は全然待っておりませんよ?」
 丁度日陰となる背の高い花壇の縁へと腰掛け、いかにも高級そうなチョコレートの箱を、上機嫌に膝の上に置くユリウスの横から、
「ええ。ご安心ください。今日は天気も良いですしね。出発の前に、少しくらいのんびりするのも良いでしょうし」
 ユリウスと同じように腰掛けたままやわらかく微笑んだのは、セレスティ・カーニンガムであった。様々な文化圏の芸術を感性良く組み合わせたかのような服装の上に、黒い上着を羽織った青年は、長い十字架の錫杖を片手に、吹き来た涼しい風に瞳を細めていた。
 ちなみに今ユリウスが口にしてるチョコレートは、一、二ヶ月ほど前に、セレスが彼の弟子を『借りた』ことへ対するお礼として、ユリウスへと渡した物であるらしい。
「あ、そうでした。このチョコレート、本当に美味しいんですよ。セレスティさんがくださったものなのですけれどもね――ねえ、日和(ひより)さん?」
「ええ、本当に美味しかったです」
 ユリウスの言葉を受け、くすり、と微笑んだのは、石畳の上に屈み、そこに遊びに来ていた鳥達と戯れていた長い黒髪の少女、初瀬(はつせ) 日和であった。
 日和は穏かな様子で立ち上がると、
「先ほどは、本当にありがとうございました」
 改めて丁寧に、セレスとユリウスに向けて頭を下げる。
 その様子を遠巻きに眺め、
「日和はほんっとうに丁寧なのね」
 少しだけ呆れたように苦笑したのは、傍にあった木によりかかっていた、鎖によって体を拘束されたままの姿の背の高い女性、我宝ヶ峰 沙霧(がほうがみね さぎり)であった。
「あ、狭霧さんも、いかがです?」
「さっきも言ったでしょう。私、今そういう気分じゃあないのよ」
 みなもへチョコレートを勧めていたユリウスが、狭霧へも再びチョコレートを勧める。
 しかし狭霧は無愛想に断ると、再び溜息を吐いて青空へ向かって伸びる知恵の環の塔を眺めた。
 と、そこに、
「……すみません、遅くなってしまって」
 小走りで姿を現したのは、田中 裕介(たなか ゆうすけ)という名の一人の青年であった。ユリウスは、自らがこの件について話をした時、手伝いますよ、と、義母からの言われもあって快く申し受けてくれた、長い髪を白いリボンで一括りにした青年を見るなり、
「おやおや、また何か几帳面に準備をなさっていたので?」
「何かあったら困ると思いまして」
 花壇の縁から立ち上がり、ゆっくりと彼の方へ近づく。
「一応、先生に言われた通り最小限のモノにしてきましたけれど、」
「まあ、おそらくいらないと思いますけれどもねえ、大丈夫ではないかと」
「備えあれば憂い無し、ですから」
「……そういうところ、麗花(れいか)さんにそっくりでいらっしゃるんですから」
 麗花――現実世界におけるユリウスのいる教会のシスターにして、裕介の想い人でもある星月(ほしづく) 麗花の名前を出してから、ユリウスは悪戯っぽく微笑んだ。
 自分を先生、と呼ぶ青年の荷物の中身を見せてもらえば、そこには野営を想定し、街で調達してきたのであろう荷物や食料が詰め込まれている。
「麗花さんは、俺よりもっとしっかりしていますよ」
「おや、惚気ですかねえ?」
「先生……どうしてそういう」
 裕介が苦笑したところで、ユリウスはいやいや、と誤魔化すように裕介から離れて行った。
 そうこうしている内に、暫く。
「さて、これで全員揃ったようですね」
 静かに立ち上がり、穏かに言ったのはセレスであった。
「今日は天気も良いようですし、旅には最適な日であるようで、良かったですよ」
 尤も、日差しが少し強すぎるような気はしますが、風は、涼しいですからね。
「本当ね。雨でも降っていたら、どうしようかと思っていたのだけど」
 空を見上げて、シュラインも言う。
「お散歩日和ですものね、いかにも」
 こんな所だったら、バドもお散歩、喜んでくれるのかな。
 空を見上げて瞳を細め、日和は思わず、大切にしている犬のことを思い返す。
 一見するだけでは、そこに迫る危機のわからない世界。思わず笑ってしまいたくなるほどに、平和に見えるこの場所。
 だがしかし、
「でも、行動は早い方が良さそうね。私達だって、現実に帰ったり何だりしなきゃあいけないもの」
 こうして、ゆっくりばかりもしていられないのだ。
 シュラインの言葉に一同は頷き、セレスとシュラインとを中心として一つに集まった。
 ――そうして、簡単な事前会議が始まった。
「ええとですね、まずは皆さん、今日は集まってくださって本当にありがとうございますね。本当に頼りになる方ばかりで、私としては心強いですよ。――これで私は何もしなくてよいかと思いますと、」
「先生、麗花さんにチクりますよ」「伯爵様、星月さんにそんなこと聞かれたら、どうなると思います?」
「……いいえ、一生懸命に仕事させていただけるかと思いますと、とても嬉しく思うわけなのですが」
 裕介とみなもとによる同時の指摘に、ユリウスはがっくりとして肩を落とした。
 はぁ……と大きく気を落としてから、
「ともあれ、まあ、私からは、新しい情報はさほどありませんでした、ということについてお伝え致しておきますよ。以前述べました通り、今回の件については私も情報不足にほとほと困っているわけですからねえ」
「私も一応色々と調査はしましたけれど、あまりこれといったことは……。一応、二人の人柄や活動については、何となく調べがつきましたけれど」
 でも、あまり役立ちそうもないのよね。
 興信所に勤めていることもあり、その伝も利用して徹底的に事前調査を行ってきたシュラインが言う。
「私の方も、本人に会えなければもはや手詰まり、といった感じですね。一応、ユリウスさんからお借りした例の十字架から色々な情報を読み取ってはみましたが、先ほどユリウスさんとシュラインさんにはお話しました通り、直接役立てることのできるような情報は出てきませんでしたから」
 例の十字架――ジェロニモがアンナへと贈り、後にアンナが死んでからジェロニモの手元へと戻り、更にジェロニモが事故死した際に警察が押収・領置し、その後ジェロニモの遺品として数人の手を経て今はユリウスが事件への手がかりとして借りている、クンツァイトの埋め込まれた十字架のペンダントトップのことであった。
「つまりお互いに、前に情報交換をした時から、さっぱり調査は進んでいないということですか」
 実は事前に、セレス、シュライン、そうして、みなもや日和や裕介からの情報を持ったユリウスの三人で集まり、お互いに情報交換を行ったことがあった。その後日、その時に集まった情報をシュラインがとりまとめてプリントアウトし、裕介、みなも、日和、狭霧へと郵送、或いは手渡ししていたのだが。
「……ええ。調べれば調べるだけ、溜息が出るばかりだったわ」
 二重の意味でね。
 シュラインが、腕を組む。
 事件について調べても調べても、有力な手がかりが出てこないことにも疲れを覚えてしまった。それと同時に、事件について調べれば調べるほど、その奥の深さに溜息ばかりが吐かれてしまった。
 ……怒りや悲しみが根底って、厄介ね。
 そこにあるのは、おそらくとても強い想いなのであろう。無残に殺された女性のことを、何よりも大切に想っていた男性。やりようの無い気持ちが、そこにあるに違い無い。
 でも、
 ジェロニモさんを大切に想っていたアンナさんを育んだのも東京だし……、二人の想い出があるのも、東京、なのよね。
 おそらく、この辺りの事情を複雑に感じているのは、自分だけではあるまい。ここに集まった一同も、或いは、この事件の当事者達も、色々なことを考え、様々な事情に思い悩んでいるのであろう。
「殺人事件に、事故死――大したこととして扱われているわけではありませんからね、メディアからも」
「そういえば、その件についてなのですけれども」
 ユリウスの言葉を受けて、ふ、と思い出したかのように、セレスが言う。
「ジェロニモ神父は、本当に交通事故で亡くなったのでしょうか。或いは、自殺という可能性は……、」
 教会や、自分の周辺に迷惑をかけないようにと、交通事故に見せかけて。
 だとすれば、少々状況や、事実関係がが変わってくることも、あり得るのかも知れない。
「確かに、その可能性も無きにしも非ず……といった感じですね」
 ユリウスにも頷かれ、
 まあ、尤も、
「尤も、こればかりはご本人にお伺いしてみないと、わかりませんけれどもね」
 一言付け加えると、セレスは一息置いてから言葉を置いた。
 やおら、とん、と軽く錫杖を大地につき、
「……とりあえず、これから直接、色々とお伺いしに行くことと致しましょう」
 間も無くして、知恵の環とは逆の方向へ体を向け、美しい風に声音を乗せた。


II

 シュラインの敵の位置を悟る能力によって、一同は戦闘を避け、順調にアルカナに向かって足を進めていた。
 その、途中。
「止める言葉が、見つからないんです」
 時折俯いては、大丈夫、大丈夫と己に言い聞かせるかのように心の中で呟いていた日和が、不意に、まるでその不安を紛らわせるかのようにぽつり、とそのようなことを口にしていた。
 ――気をつけて、どうか。
 何となく、そのような気がしてならなかった。周囲に咲き乱れる花々が、風に揺られて静かにそう歌っているかのような気がして、ならなかったのだ。
 一面の、菜の花。
 黄金色の香りに、春の気配がそっと揺蕩う。
 世界を包み込む暖かさに思わず心を奪われていたみなもが、聞こえてきた日和の言葉にはっとして表情を引き締めた。
「言葉が、見つからない?」
 日和は軽く相槌を打つと、
「私は、神父様とアンナさんに、お会いしたことがありませんけれど」
 それでも、何となく想像がつく。
 日和は静かに、菜の花畑の向こうを振り仰いだ。
 私にも、大切な人が沢山いて、でも、
「大好きな人がいなくなるって、」
 たとえ一人でも、たった一人でも。大切な人が、いなくなってしまうとするのなら、
「どんな気持ちなのでしょう……」
 どのような気持ちに、なってしまうというのだろうか。
 頭では理解できていても、いざ自分ごとともなると冷静になることができないに違い無い。日和もそのような人々の気持ちを全く知らないわけではなかったが、あくまでも、
 どうしても、他人事になってしまいますから――。
 きゅっと、胸の前で手を握る。
 たとえどんなに望んだとしても、当事者になりきることはできないのだ。当事者の心をどんなに理解してあげたいと望んでも、自分と相手との間には、無くすことのできない壁が立ちはだかってしまう。
 アンナを亡くしたジェロニモの想いは、自分が考えているものよりも、もっともっと深いに違い無い。自分の理解など、まだまだ浅いものであろうに違い無い。
 でも、
 そうだと理解できていても、例え自分の理解がどんなに浅いとしても、それでも、やはり、
 私には、やっぱり、
「私には、神父様を責めることはできません――、」
 まるで、誰かに向けて謝罪するかのような面持ちで、ぽつりと言葉を続けた。
 知らず、足を止めてしまう。
 話を聞いていたみなもが、その横にそっと並んだ。
「……初瀬さんは、優しいんですね」
 振り返った日和に、ふわりと笑いかける。
「あたしも、ジェロニモさんはあきらめないと思うんです。でも、ジェロニモさんには、何て言えば良いのかな、って、ずっと考えていたんです」
 みなもの大切な存在が、場所が、東京にある以上、ジェロニモの行動はなんとしてでも止めなくてはならない。しかし一方で、
 責めることはできません――、
 日和の言葉は、みなもの心の内を示すものでもあった。
 みなもは、初めてユリウスから話を聞いたその日のことを振り返る。
「伯爵様からお話を聞いて、ジェロニモさんの気持ちを、あたしなりに考えてみたんです。みあおやお姉様や、お母さんやお父さん……それから、友達がいなくなったら、あたしはどうなっちゃうんだろう、って」
 最も大切な人を奪われた人の気持ち。わかったふりが、何の解決にも結びつかないことはわかっていた。だからこそ、考えた。
 改めて、考えさせられた。
 自分の周囲に存在する沢山の大切な人々。けれど、
 その内のたった一人でもいなくなってしまったとしたら?
 みなもにとって、皆が皆、それらの人々の各々それぞれが、自分にとって一人一人大切な存在であることに間違いは無い。ジェロニモにとってのアンナという存在も、みなもがそれらの人々を想うほどに等しく、
 ……もしかしたら、それ以上に?
 大切な存在であったのであろう。しかも、その大切な存在が、何かによって納得できない形で奪われてしまったのだとすれば?
「もし、あたしの大好きな人達が、誰かに、――殺されてしまったとしたら……、」
 怖い。
 俯いて、軽く自分を抱きしめた。孤独と、無力感。どうしようも無いという、逃げ場の無い現実。きっとそこにあるのは、そんなものであろうに違い無い。
 そうして自分が、その現実を無理やり受け入れさせられた時、
「その人をどうにかしてしまいたいって、あたしだって、思うかも知れない……」
 一瞬でも、心の中にそんな考えが浮かばないとも限らない。日常生活の中でも、誰かに大切な人のことを軽んじられれば、思わず怒り出してしまうことが無いわけではないのだから。
「強く、なれると思います。誰かを大切にすることで、その分人は、強くなれると思うんです」
 どことなく悔し気な様子で地面を見つめるみなもの横で、日和が歌うように呟いた。
 菜の花畑の香りを、軽く吸い込んで、
「でも、その分弱くなってしまうとも、思うんです。その人がいなくなってしまったらどうしよう、って。どうしても、怖くなって……」
 ある意味では。
 この事件は、ジェロニモがアンナをどれほど大切に想っていたか、ということの、証拠となる事件なのではないだろうか。東京、という大勢の人間が生きる場所と引き換えにしても、たった一人の人間を取り戻したい、という事実。
 それほど誰かを深く愛することを、日和にも、そうしてみなもにも、悪いことだと責めることはできなかった。
 誰かから大切にされることが、その想いに包まれることが、どんなに嬉しいことか。二人は、既に身をもって知ってしまっている。
 不意に、二人が顔を見合わせた時、少し遠くから自分達を呼ぶユリウスの声が聞こえてきた。
 ――あんまり見惚れてばかりいますと、皆さんに置いて行かれてしまいますよ?
 尤も、私もゆっくりとしていたいのですが、と付け加えられた言葉に、二人は思わず微苦笑を浮かべていた。

 そのようにして、歩き始めて暫く。いよいよアルカナにも、近づいてきたであろうという頃。
「待って」
 ちらりほらりととりどり色の花が咲く草原で何の前触れも無く立ち止まり、日和を呼び寄せたのはシュラインであった。
「日和ちゃん、手鏡か何か持ってない?」
「あ、ええ、ありますけれど……」
 意外な物を要求され、色々と疑問に感じつつも、日和は急いで鞄から折りたたみ式の手鏡を取り出した。
 間も無く、シュラインの頭に添えられた大きな花飾りから蔓草が静かにその身を伸ばし、シュラインが受取ったばかりの鏡へとその身を触れさせる。
 鏡の面が、一瞬融けるかのように揺らぎを見せ――、
「それは……?」
「敵の位置よ。いるのよ、この近くに」
 日和の問いに答え、シュラインが苦く呟く。
 先ほどまではただの手鏡であったはずのその物には、今や敵の潜む位置を明確に示す略図が映し出されていた。
 今の今まで、この花飾りからシュラインが感じ取っていた敵の位置の情報を、皆にもわかり易く視覚的に表示したもの。
 魔物を表している点は点滅しながら、徐々にこちらへと向かってくる。
「ユリウスさん、一応聞いておきますけれど、他にアルカナに通じるルートはなかったかしらね?」
「大丈夫ですよ、ここを抜ければ、アルカナです」
 遠まわしに、残念ながらやっぱりありません、と笑って答えるユリウスへと、
「何が大丈夫なんですか」
 傍にいた裕介が、戦闘の予感を感じて右手に巻かれた鎖付の小手に触れながら、大きな溜息と共につっこみを入れる。
 ユリウスは、やれ、とどこからともなくチョコレートを取り出すと、
「……私達≠ヘ皆さんにことをお任せしますから、大丈夫なんですよ。ねえ、セレスティさん? シュラインさんに、日和さんも」
「援護くらいはできると思いますけれどもね」
 確かに私では、力不足でしょう。
 苦笑したセレスが、不本意ながらに頷いた。確かに自分は、戦闘においては、
 ……直接役立つことは、できないでしょうね。
 できることはといえば、援護が主になるであろう。
 シュラインもセレスと同じことを考えているのか、そうね、と一つ頷いて見せる。
「頼りにしてるわ。私も私で、できることがあれば手伝わせてもらうわね」
「私も、本当にすみません……、」
 私こそ、こういう場所では何もできませんから……。
 シュラインの言葉に、日和も静かに言葉を続けた。
 こういう場面においては、どうしても心苦しくなってしまう。
 確かに日和にも水を操る能力があるものの、それは皆のように常用することのできる能力ではないのだ。いざとなった場合には反射的に発動させてしまうことも多いのだが、いずれにせよ、能力を使ったその後は、決まって体調を崩してしまう。
 私これじゃあ、足手まといになってしまいますよね、と、心の中で呟いた日和へと、
「お気になさる必要はありませんよ、日和さん。何もできないのは、私も同じです」
「先生の場合何もしない≠セけですよね」
「ですから、私達は高見の見物と致しましょうね」
 裕介の言葉を笑顔で聞き流すと、ユリウスはしゅん、と俯く日和を連れて、後ろに下がったセレスとシュラインの方へと歩み行く。
 困ったものだ……と言わんばかりにしてユリウスの背を見送ると、やおら裕介は、背後を振り返った。
「仕方無いな――ここは俺達で、どうにかしましょうか」
「面倒ね。でもまあ、やれ、というのなら」
「はいっ……あたしも頑張りますっ」
 狭霧が溜息を吐き、みなもが気合を入れた頃、草原の向こうから大きな影が姿を現した。
 そちらにばかり意識を巡らせながら、みなもが透通った硝子のような剣を手にして苦笑気味に考える。
 でも、頑張るって言っても、あたし正直、
「あたし、ほとんど剣なんて……、」
「みなもちゃん! そこから来るわ!」
 使ったこと、無いのにっ!
 言葉の後半は、どこからともなく出現した魔物による鼻の先を掠めていった一撃によって飲み込まざるを得なかった。
 己の能力により逸早く敵の出現を悟ったシュラインの言葉を受け、慌てて背を逸らせて敵の攻撃を退けたみなもは、何とか後ろへと飛び退る。
 敵意が飽和しそうなほどに込められた瞳が、みなものことをきつく睨みつけていた。
 ケルベロス……?!
 四本足で凛と地に立つ、鋭い牙を持つ狼かライオンのような気高き魔物。比較的神話やファンタジー、ゲームには詳しいみなもには、そのようにも見える。ただしその足は、無理やり改造されたかのように、神話には不似合いな機械のような物となっていたが。
「海原さんっ、大丈夫ですかっ?!」
「あ、あたしは大丈夫ですっ!」
 ひえぇ、と内心脅えながらも、みなもは裕介の声音に励まされたかのように言葉を返す。
 それからもう一度、時折泉の水面のように輝きを映す青の剣を持ち直すと、それをしっかりと構え直した。
 ――来る!
 みなもが心ごと身構えた瞬間、風を斬り、牙を剥き出しにした魔物が、『白銀の姫』を支配する『プログラム』に従い、彼女の命を奪いにやってくる。
 プログラム。この世界を、支配する法則。
 そうよ、
 ……そうよ、みなもっ、ここはゲームの世界だものっ!
 決意を固め、魔物が近づいてくる間合いを見計らう。
 あと三秒。
 後ろの方から、自分を心配する仲間達の動揺が伝わってくる。
 その中で、シュラインが何かを言っているようだったが、その音もみなもの耳には届いてこない。
 ただその時から、向かい来る魔物の動きが遅くなったような気がした。――ちなみに、それがシュラインの持つ『妖精の花飾り』の効果であったことに、みなもは後々になって気づくことになる。
 二秒、
 心配しないでくださいっ、と答える代わりに、みなもは大きく息を吸い込んだ。
 そうして、
 一……!
 油断していたらやられるのはあたし達の方……! と、気合一閃、おもいきり手加減無しに、普段は専ら防御にばかり用いている剣を振り下ろした。
 刹那、
「海原さん!!」
 裕介の声音に、みなもの剣によって頭を貫かれた魔物の地を揺るがすような悲鳴が重なった。
 みなもの聖剣は霊水の青銀色に輝き、彼女の意思に従って、魔物をプログラムから解放しようと更にその中にくい込んでゆく。
 その場にいるほとんど全員の見守る中で、やがていよいよ、魔物は鈍い破裂音と共にその身を四散させた。
 その欠片は砂のように風に消え去り、みなもに当たることも無く、風の中へと溶け込んでゆく。
 裕介や沙霧も周囲にいた所謂『雑魚キャラ』を倒し終え、ようやく静けさが取り戻された。
 と、そこに、
「お見事です、みなもさん」
「伯爵様……、」
 人がこんな思いをしている時に、暢気にチョコレートなんて食べて笑っていないでください……。
 星月さんの気持ちがよーくわかるような気がする……、と、聞こえてきたユリウスの言葉に溜息を吐きながら、みなもはぺたんと地面に座り込んだ。
「みなもちゃんも裕介君も、我宝ヶ峰さんも本当にお疲れ様」
 ごめんなさいね、あまり手伝うこともできなくて。
 言わんばかりに、シュラインが苦笑する。確かにそれについては、三人に対して申し訳無く感じているのだが、一つ付け加えるとするならば、
「皆さん、本当にお強いのですね。正直、これならこの先も安心だと思ってしまいましたよ」
 言って微笑んだセレスと同様、手助けする必要性を感じる場面があまり無かったのだ。
 シュラインは手鏡を日和へ返そうと、何気無くそちらへと視線を遣り――、
「待って、まだ来るわ!」
 顔を上げたシュラインの叱咤に、日和が視線を上げる。
「鳥……?!」
 気がつけばいつの間にか、いくつもの影が、自分達の傍に投影されている。そうして日和の見たものは、丁度日和の片腕の長さほどの大きさをした、鳥のような魔物が近づいてくる様子であった。
「翼にマシンガンがついてるわ! 気をつけて!」
 シュラインが叫んだ刹那、セレスは繊細な装飾の美しい十字架の錫杖を流れるような動作で目の前に掲げた。
 途端、魔物によって衝撃と共に打ち込まれた幾つもの弾丸が、セレス達の前で尽く勢いを失い、地へと落ちてゆく。
 更にセレスが錫杖を掲げれば、天の窓から下り来た水の大柱が、空を舞う魔物の一体を大地に打ち付けた。
 その結界の向うでは、みなもや裕介、狭霧が戦いを繰り広げていた。
「みなも、退けているのよ」
 戦い始めて暫く、聞こえて来た狭霧の一言に、みなもは慌てて身を引いた。
 そこに背の高い影が、無駄な動きも無しに飛び込んで来る――刹那皆は、魔物の咆哮を聞いた。
 或いは、断末魔の叫びか。
「まだまだ、ね」
 狭霧が、動いた。周囲が認識した頃には、乾いた音が幾つも幾つも空気を揺るがしている。そこになおも重なる魔物の叫びに、しかし狭霧は眉を潜めようともしなかった。
 二丁の、オートマチック拳銃。
 サイレンサーすら装着されていない沙霧愛用の銃は、彼女の意思に従い、やたらと景気の良い音をたてる。
 確かにこの『アスガルド』において、沙霧の体は、己の過去が具現化したのだという鎖によって拘束されてはいた。しかし、今は鎖によって拘束されている両手の代わりに、沙霧の意思に忠実なその鎖が拳銃を握り、次々と魔物の体を四散させるべく弾を撃ち込んでゆく。
「我宝ヶ峰さんっ、後ろです!」
 裕介の一喝に、しかし沙霧は動じようとしなかった。
 代わりにその瞬間には、彼女の体から伸びた重い鎖が後ろに迫る敵を縛りつけようと素早く反応し、その身を長く伸ばしている。
 そうして捕らえられた魔物は、咆哮をあげて解放を訴えることしかできなくなっていた。
 そこに無常に、沙霧が振り返ることも無く撃ちこんだ銃弾が飛び込み、魔物の声音を頭ごと吹き飛ばす。
「甘いのよ」
 更に沙霧は、最後に迫り来た鳥の魔物から打ち込まれた銃弾の雨を軽々とかわすと、何の迷いも無しにそれに向かって銃弾を一発撃ち込んだ。
 そうして、四散。
 翼を失った鳥の魔物は、先ほどまでのそれと同じく、砕けて砂のように消えていった。
 狭霧にとっては、造作も無いことであった。
 再び、周囲には逃げ出していた静けさが戻ってくる。
「……他に敵の反応は?」
「もう大丈夫よ。周囲に敵の反応は無いわ」
 くだらないわね、と言わんばかりに息を吐いた沙霧の言葉を受け、シュラインが全神経を画面へと集中させてから、ようやく答えを返した。
 手鏡を閉じ、日和へと返す。
「お見事です、沙霧さん」
 一方で、ユリウスの拍手に、しかし沙霧は答えようとしなかった。ふ、と一瞬振り返ると、そのまま、ユリウスの傍からは離れるようにして歩き出す。
「あ……あの、我宝ヶ峰さんっ!」
 礼を言うべく、慌ててみなもがその後を追った。


III

 その後は皆、旅路を順調に進むことができ、すぐにアルカナへと到着した。
 一同は、町中に堂々と高々に聳え立つ大聖堂へ、寄り道することも無くまっすぐに足を向けた。正直、意気込んで観光するほどの町ではなかった、ということも、理由の一つではあったのかも知れないが。
 アルカナは、質素な町であった。それも、そこにある立派な大聖堂が、不似合いに見えてくるほどに。
「お邪魔……します」
 開かれていた玄関の壮麗な扉を潜り、目の前に姿を現した大きな扉へと、日和が手をかける。
 そうして扉の開かれた瞬間、中から小さな声が聞こえてきたような気がした。
 見れば確かに、小柄な黒い尼僧服を身に纏った少女が、聖堂の中から一人、こちらを振り返っている。
「あのっ、お邪魔させていただいても、宜しいでしょうか……?」
 声量を大きくした日和の言葉に、シスターは小さく縦に首を振った。
 そうして一同は、聖堂の中へと入り行く――と、
「裕介君」
「あ、……はい?」
「そういえば思い出したのですけれど、麗花さんから、伝言が」
 ユリウスは不意に裕介を呼び止め、一歩、彼との距離を詰めると、
「無差別メイド服テロはやめなさい、と」
「……、」
 心の中で、うっ、と裕介が、言葉を詰まらせる。
 ユリウスは、相変わらずにこにこと裕介に笑顔を向けたままで、
「いえ、まさか裕介君が、彼女にメイド服をお着せになろうとしているのではないかなぁ、と、思っているわけでもありませんけれどもねぇ」
 言葉で、シスターの存在を指し示す。
 裕介はとりあえず乾いた笑い声をたて、ちらり、とシスターの方を盗み見た。
 遠くから見てもわかるほどに、清楚な雰囲気を身に纏った少女。
 ……麗花さんほどでは、ないでしょうけど、
 彼女には、尼僧服もよく似合っているのであろうが、だとすれば、メイド服もよく似合うに違い無い――。
 なんて、
「いやあ、そんなこと、」
 思いませんでしたとも……いや、正直ちらっと、――ちらっと?
 思ったとは、当然口には出さない。
「いえまあ、私は裕介君が、メイド服が好きだとか何だとか、実はきっとメイドさんを侍らせたいと思っていらっしゃるに違い無いですとか感じてしまったですとか、」
「先生、嫌味ですか……」
「義母様はその辺りどう思っていらっしゃるのでしょうねぇ、ですとか、そんなことはどうでも良いわけですが」
 いかにもどうでもよくなさそうな口調で、綺麗さっぱり言い放ったユリウスが、
「それよりも私が気にしているのは、」
 そういえば、麗花さん、で思い出したのですけれども、
「裕介君、最近随分と麗花さんと頻繁にお会いになっていらっしゃるようですねえ?」
 ユリウスの瞳は、ぎくり、と頬を引きつらせた裕介の表情を、さも面白いものを見つけたかのように捉えていた。
 ユリウスはそのまま、いやあ、いやいや、と大仰に肩を竦めながら、
「最近麗花さんったら、何かあると裕介君の話ばかり……。ちょっと前までは私と修道院長(マザー)とを比較なさって、猊下はどうしようも無いんですから! とですね、私をお叱りになっていたといいますのに、最近では『もう! 田中さんも猊下も似たり寄ったりで……! 先生が先生なら生徒も生徒なんですねっ!!』とですねぇ」
 散々おどけて物真似をした挙句、やれやれ、と呆れたように溜息をついて見せる。
 その上思い出したかのように、
「そうそう、そうでした。一つ私、あなたにお話するのを忘れておりましたとも。ええっとですね、私、先日麗花さんのお父様にお会い致しましたのですけれども、」
「はぁ?」
 反射的に間の抜けた声をあげた裕介を、しぃ、と軽く制すると、
「お父様ったら、深刻そうな顔をして、私に仰るんですよ。『麗花に男ができたでしょう!!』とですね」
 ぶぅ! と言わんばかりに噴出しそうになったところを、裕介は寸前のところで何とか堪えなくてはならなかった。
 裕介が次の言葉を発するその前に、彼の手はユリウスの肩を掴んで力一杯引き寄せている。
「先生! とととというか一体何がどうしてそんなことにっ!!」
「裕介君、残念ですが私にそういう趣味は……」
「真面目に答えてくださいっ!」
 耳元で音を荒げて囁かれ、眉を寄せていたユリウスへと更に強く迫る。
 ユリウスは、何とか裕介を突き放してから数歩距離を置き、
「まずですね、麗花さんのお父様がいらしたのは、お母様と一緒に、でしてね」
「お母さんにもお会いしたんですかっ?!」
「いえいえ、たまぁには、親子水入らずで旅行も良いのではないか、ということで。お父様への誕生日プレゼントだったようですよ? お母様からの。どうしても、麗花さんと一緒にゆっくりとした時間を過ごしたい、とですね、お父様がそういう希望をお持ちになっていたそうで」
 修道者となった身分で親との旅行など、ユリウス個人が別にいいと思っているということは別にして、一般的にはあまりあるべきことではないのだろうが。
 まあ、そういうわけでして、
「麗花さんは最初気乗りしなくていらっしゃったようですが、お母様に口説き落とされてお行きになって、帰って来た時はすごく楽しかったと仰っていましたよ。ああ、それからですね、お父様は、麗花さんのつっこみが厳しくなっていたのをご覧になって、麗花さんに男ができているとお感じになったそうです」
「いやなぜ……、」
「お母様がそうでいらしたそうですよ。婚約直後からつっこみが厳しくなったと」
「どういう……」
「で、これもようやく思い出したわけですが、麗花さんから裕介君に、って、お土産を預かってきておりましてね。『つまらないものですが』と」
「そういうことは早く言ってくださいっ」
 裕介は、どこからともなく取り出された赤い小さな袋を――ユリウスがこっそり麗花から聞いていた話によると、苺のストラップの入っている袋を――奪い取るかのようにして受取ると、早速その封を切る。
 ユリウスは、そんな裕介の姿を尻目に、今度はシスターへと興味を移し、ゆっくりとその方へ向かって歩み寄って行った。
 その先では既に、他の人と、あのシスターとの会話が始められていた。
「お帰りください……お願いします」
 腰掛けていた聖堂の長椅子から立ち上がり、セレスに対して頭を下げているシスター。
「私、ジェロニモ神父だなんて、そのような方は知りませんもの」
 しかし、シスターの言葉が嘘であることは、見るべき場所に注目すれば明らかなことであった。
 あからさまに動揺を隠そうとしている、シスターの行動そのもの。そうして、
「ですから、お帰りください……、」
 その容貌が、皆にとっては、初めて見るようには思えないものであったこと。
 どこかそっくりであったのだ、アンナ・響に。彼女が殺されたことを報じていたテレビや新聞に出ていたアンナ写真や映像と、彼女は見れば見るほどにそっくりであった。
 青い瞳、修道女のコイフからちらりと覗く金色の髪。アンナと彼女との似通った雰囲気や共通点は、他人の空似に過ぎないのか、それとも――、
「私には、話すことなどありませんから」
 その上、彼女の胸元には、静かにぶら下がる一つの十字架があった。先日セレスが記憶を読み取るために預かり、今はユリウスが持っているはずのものと同じ、クンツァイトの埋め込まれた十字架のペンダントトップが。
 しかしそれらについて、誰もがまだ、直接的には追及しようとしなかった。
 まだ、その時ではない。
 共通の考えが、一同にはあった。
 まずはシスターに、話を聞いてもらうことから始めなくてはなるまい。
 ここを逃せば、おそらくジェロニモへと通じる情報はもう得られないであろう。或いは、完全に得られなくなるわけではないとしても、この先が大変となることには違い無い。
 各々が、口を閉ざしたシスターの様子を見つめながら、どこから話を持っていこうか、と考える。
 と、その中で、
「ええっと、その、」
 不意に。
 一同の視線が一斉に集められたことに、少々気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながらも、
「実は私、クッキー、焼いてきたんです。……図々しいかも知れませんが、お茶にでも、しませんか? ゆっくり、お話をさせていただけたらな、って思いまして……」
 ぽつり、ぽつりと言葉を続けたのは、荷物の中から小さな愛らしい包みを取り出した日和であった。


IV

 先ほどまでお茶会の準備をするべく、みなもと日和と共にこの台所に立っていたシスターは、お菓子を盛った大きな皿を手に、先に皆の集まる聖堂へと戻ってしまっている。
 シスターが台所にいる間、三人はずっと沈黙に沈んでいたのだが、シスターがいなくなったことにより、ようやくみなもと日和とは解放されたかのように話を始めていた。
「……あたしもお茶くらい持って来ればよかったかなぁ」
「そんな、大丈夫ですよっ。私が勝手にやっていただけのことですし」
 キロ千円のお茶というわけにはいかないだろうけど、と、苦笑したみなもに、日和が少し慌てたように答えを返した。
 あの後。
 シスターは日和の提案に、暫し考えた後で同意を示した。それによりこうして、二人は台所に立っているわけなのだが。
 やはり、少し不機嫌なシスター。お茶会の準備をするべく、彼女を手伝っていたみなもと日和。そうして、聖堂に残り、今頃シスターに声をかけているであろうその他の人々。
 これから、どうなってしまうのでしょう……。
 そんな己の中にある不安を隠すかのように、日和が穏やかな微笑を浮かべる。
「本当は、神父様にお会いできたらその時に、って思っていたのですけれど、どうやらシスターさんの様子を見ている限りですと、神父様、いらっしゃらないようでしたから」
 とにかく私、ジェロニモ神父様とも、少しでも和やかに話が進めば良いなぁって、思っていたんです。
 甲高い音を立てるヤカンを暖めていた火を消すと、日和はみなもの用意していたティーポットへとヤカンのお湯を注ぐ。
 そのお湯は、水道の栓を捻って水を出し、コンロを用いて暖めたもの。
 ……それにしても、そういえば、
「面白いですよね。ガスも水道も、ティーポットもあるだなんて」
「所々科学的な世界ですよね。あたしもずっとそう思っていたんです」
 思い出したかのように呟いた日和の言葉に、みなもも強く頷いた。
 流石に電子レンジやオーブントースター等といった物は無いものの、この台所には、コンロや水道という物がごく当たり前のように備え付けられている。
 やっぱ純粋に、『剣と魔法の世界』ってわけじゃあないのかな……?
 ぐるり、と周囲を見回すみなもが、ぽつりと呟く。
「まあ、最近珍しい世界観じゃあないけれど……、」
「そうなんですか?」
「割と最近のゲームには少なくない世界観、だと、思います」
 独り言に対して訊ねられ、予め暖めてあったティーカップに紅茶を注ぎながら、みなもは多分、と言葉を付け加えた。

 一人黙々と、お菓子に手を伸ばすユリウスの姿が情けない。
 まあ、先生らしいといえば先生らしいにしても……。
 裕介が聖堂をぐるり見回し、密かに軽く頭に手を当てる。
 先生、皆さんの気をわかってやっているんだろうか……。
 ――シスターや聖堂に残っていた一同によって聖堂の細長いテーブルにテーブルクロスが敷かれ、その上にお菓子が添えられ。そこに、みなもと日和の持ってきたティーカップが添えられて、いよいよお茶会が始まったわけなのだが。
「日和さんは、本当にお料理が上手でいらっしゃるのですねえ。宜しければ、今度私のところにも何か持ってきてくださると嬉しいのですが」
「それは、かまいませんが……」
 先ほどから聞こえてくる会話は、といえば、本題とは全く関係の無いものばかりであった。場違いに明るいユリウスのみが、随分と楽しそうにお菓子に魅せられている。
 セレスとシュラインとは時折紅茶に口をつけながら、静かにその時を待っているかのように黙っている。
 みなもと日和とは時折目を合わせながら、どうしましょう、といわんばかりにシスターを気にかける。
 沙霧は黙ったままで椅子の背にもたれかかり、じっとシスターのことを見つめている。
 時は、さながら止まっているかのようであった。
 ただシュラインの髪に飾りとして咲く妖精の花飾りが、徐々にではあったがその色を、朝色の澄んだ青から夕色の儚気な紅へと変化させているのみであった。
 現実世界の時間が、朝から夕方へと移り変わった証。
 ……このまま黙っていても、始まらないわね。
 やがてシュラインが、心の中で決意を固めた。
「ごめんなさいね、シスター。急にお邪魔してしまって」
 穏やかな微笑みの内に、そこはかとなく謝罪の色を滲ませる。
 シュラインは、はっと顔を上げたシスターの瞳をテーブル越しに覗き込みながら、
「私はシュライン。シュライン・エマよ。宜しくね」
「私は……、」
 その瞬間、ふ、とシスターは、シュラインから視線を逸らせると、暫くじっと黙り込んだ。
 やがて、きゅっとテーブルの下で手を結びながら、
「――アンナです」
「アンナ?」
 聞き覚えのある名前にぴくり、と反応した沙霧を、セレスが密やかに静止する。
 アンナ。
 聞き覚えがあるのは、何も沙霧だけではない。
 その場にいる全員が、思い思いにシスターの――アンナの様子に一瞬視線を巡らせていた。
 数ヶ月前の、婦女暴行事件の被害者。殺害されたアンナ・響という名の女性。
「私はセレスティ・カーニンガムと申します。今日は突然お邪魔してしまいまして、本当にすみませんでした」
 名乗りながら、セレスも改めて思い返す。
 シスター・アンナ?――アンナ・響?
 そっくりだとは、思っていたのだ。事前に集めた情報にあった少女の姿と、彼女の姿はどことなく似た雰囲気を持ち合わせていた。
 その上、名前まで同じだと?
 セレスは彼女と、『アンナ』との、切っても切り離すことのできない関わりを確信する。
 おそらくそれは、この場にいる誰にとっても同じことであった。
「あたしは海原 みなもです。宜しくお願いしますね」
「お邪魔しております。私は初瀬 日和と申します」
「私は我宝ヶ峰よ。我宝ヶ峰 沙霧」
「田中 裕介です。お邪魔しています」
「私はユリウス・アレッサンドロと申します。いやあ、しかしですね、まさかこのような所でお茶がいただけるとは思っておりませんでして……」
「先生」
 黙っていてください。
 そうして、シュラインから始まった簡単な自己紹介が、ユリウスと裕介とで閉められる。
「ようこそ、お越しくださりました……」
 アンナが、ぽつりと呟いた。
 彼女の一言で、ほんの少し場の空気が緩む。
 その変化を追い風としたのか、ユリウスは手にしていたティーカップを置くと、
「申し訳ありませんけれどもね、アンナさん。私達、あなたにお伺いしたいことがあるのですが」
 いつもの微笑を浮かべたままで、言葉を続けた。
「この教会に、ジェロニモ・フラウィウスという名の司祭がいらっしゃるとお伺いしています」
「ジェロニモ……」
 ユリウスの言葉を受け、怖がるようにして、アンナが声色を低くする。
「私達、ジェロニモ神父に用事がありまして、ここまで参りました。彼に少々、お伺いしたいこともありまして」
 セレスもセレスで、自分達が初めてジェロニモの名前を出した時のアンナの反応を思い出し、仰い辛いことなのかも知れませんが、と付け加えながらにも事情を説明する。
「大切な、お話があるのです」
「大切な……?」
「私達にとっても、おそらく、ジェロニモ神父にとっても大切なお話です。ですから、是非お会いしたいと思っておりまして」
 会いたい?
 セレスの言葉に、アンナが一瞬黙り込んだ。
 それから、暫く、
「私だって」
「ん?」
 絞りだすかのようにアンナが呟いたことに逸早く気がついたのは、アンナの存在以外には殆ど興味を感じていなかった狭霧であった。
 狭霧は、椅子の背もたれから背を離すと、少しばかり身を乗り出してアンナの様子をじっと見つめる。
「私だって、会いたいんです」
「会いたい?」
 ジェロニモとかいう神父に?
 視線だけで問うた狭霧に気付いているのかいないのか、
「たまに思うんです」
「何をよ」
「私は私で、『アンナ』は『アンナ』なんです。私は『アンナ』ではないし、『アンナ』は私ではありません――当たり前なんですよね、こんなこと」
「どういうことよ?」
 意味、通らないじゃない。
 言ってることがよくわからないわよ、と、沙霧は再び椅子の背もたれに身を任せた。
 しかしアンナは、それについて詳しく説明しようとはせずに、
「でも、だからもしかしたら、私は置いてかれたのかな、って。……馬鹿みたい」
 ジェロニモがこの教会を後にしてから、数日間。それからアンナには、何度も過ぎる想いがある。
 ジェロニモはどうして、自分と一緒にいてくれないのか。彼はどうして、自分を置いて行ってしまったのか。
 確かにジェロニモからは、自分を置いて教会を出て行く理由を散々聞かされていた、納得してもいる。自分のためだとも聞いていた。だが実のところ、もしかすると、それは自分が、
 ……私が『アンナ』じゃあなくて、アンナだからなの?
 所詮私は、彼女にはなれなくて。私は私で、……だから神父様は、私と一緒にいてくれなくて。
「私は、」
 シスターの呟きが、広い聖堂の中に、ぽつり、と一つ響き渡った。
 不安になるのだ、要するに。ジェロニモがこの教会を出て行ったのは、自分の『存在』を救ってくれるため≠ナあり二人が一緒にいられるようにするため≠ナあると散々聞かされてはいたものの、
 でもそれって、神父様が、私じゃあなくて、
「私は、『アンナ』にはなれないから」
 『アンナ』のことを、大切に想っているからなの――?
 アンナは、もう一人の『アンナ』を知っている。ジェロニモがかつて愛していた『アンナ』の存在を知ってしまっている。
 二人は同じようでも、全く別の存在なのだ。アンナは『アンナ』の記憶を持ち合わせていても、『アンナ』ではないのだから。
「と、仰りますと、アンナさんはアンナ・響さんのことをご存知でいらっしゃるので?」
「先生っ」
 当然、アンナの心の内も知らず、直接踏み込むべきではないであろう領域へと、さながら土足で踏み込んで行ったユリウスを、裕介が小声で制止する。
 しかしその瞬間、ほとんど全員の視線がほとんど反射的にアンナへと集まっていた。
 確かに今までのアンナの言葉は、彼女の知識の中に『アンナ・響』の存在があることを示唆しているようにも思われる。
 アンナは瞳を閉ざし、自分に向けられた疑問に対して、ゆっくりと縦に頷いて見せた。
「彼女がいなければ、私はいませんでしたから。……私は、この世界の住人だから」
「と、仰りますと?」
 ユリウスからの更なる追求に、アンナはついに黙り込んでしまった。
「要するにアンナさんは、現実世界からこの世界に取り込まれた存在ではない、ということですよね?」
 そこにセレスが、さり気なく鎌かけも含めて、そっと助け舟を出す。
 アンナは小さく頷くと、ゆっくりと、緊張を吐き出すかのように溜息を吐いた。
 一方で、セレスとシュラインとはさり気なく顔を見合わせると、無言のままに意思を疎通させる。
 ――彼女は一体、どのような存在であるというのだろうか。
 そもそもなぜ、死んだはずの少女がこの場所にいるのか。彼女はどうして、『アンナ』の存在を知っているのか。『現実世界』という存在を、どうして知っているようなそぶりを見せたのか。
 聞かなくてはならないことは、数多い。
 だがそのためには、より彼女の心を開かなくてはならないであろう。
 急がず、ゆっくりと事実を明かしていく他に道は無い。
「アンナさんは、『現実』の存在をご存知なんですね?」
 様々なことを問うための糸口を探すかのようにしながら、日和がそっと問いかける。
「この世界は、仮初のものに過ぎないって。でも私は、この世界に生み出された≠ノ過ぎないから」
「……響さんがいなければ、シスターさんはいなかったって、」
「だって私、アンナ・響を元にして造られているもの」
 更に続けて苦く問われ、アンナは遠い声音で答えた。
「皆さんは、本当に色々ご存知なんですね」
 何かを飲み込むかのようにして、紅茶に口をつける。
 小さな手で、ティーカップをかたん、と置くと、
「神父様にお会いしたい、って、そう言ってましたよね?」
「ええ。私達、ジェロニモ神父様に是非お会いしたいんです。どうしても、お話したいことがあって」
「もうお気づきかと思いますけれど、神父様は今ここにいません……遠くへ、行かれてしまったから」
「遠くへ、行かれた?」
 驚きに、日和がきょとん、と問い返す。
 アンナは動じた様子は一切見せずに、
「やるべきことが、あるんだ、って」
 数日前、神父はアンナを置いて、この教会を後にしている。それきり一度も、ここには戻ってきてはいない。
 ですから、お会いいただくことはできません。
「アンナさんは、ジェロニモ神父様の行き先は、ご存知なんですか?」
 日和から問われても、アンナは首を横に振ることしかできなかった。


V

 でもどうして、神父様のことを知っているんですか? それに、……用事って、どんなです?
 俯いて一同へと問いかけた時、まるで賭けに出るかのように話を切り出してきたのは、日和であった。
『私達、『東京』って場所から来ているんです』
 ……東京?
 その単語には、アンナとしても嫌というほど聞き覚えがあった。同時に最も、思い出したくない単語の内の一つでもあった。
 思わず、肩を震わせてしまった。
 その瞬間、それを見られてしまったのか、
『あたし達、色々聞いたんです。ジェロニモ神父が、……その、』
 言い辛そうにして、傍にいたみなもが、進まない話を進めようと切り出してきた。
『東京を、壊してしまおうって思っているんじゃあないか、ですとか……』
 ――核心的な部分であった。それが事実であることを、自分は知ってしまっている。
 本当は。
 本当は、自分としては黙っていてほしかったのだ。触れないでいてほしかったのだ、その件については。自分の胸の奥にそっとしまい込み、重い鍵をかけておければそれでよいと思っていた。
 その上、まさかそれについて、誰かが関与してくるなどと、予想してもいないことであった。
 だが、
『アンナちゃんも神父から聞いているようだけど、この世界は不安定な世界なのよ』
 みなもの言葉に答えかね、硬く黙ってしまった自分へと、シュラインが真摯に語ってきたことがある。
『私には、アンナちゃんがどこまでこの世界や、神父の考えについて知っているのかはわからない。でも、時間が経てば、この世界の住人は皆消えてしまう……ここは、そういう宿命(さだめ)の下にある世界なの。言い辛いけれど、このままだとあなた達も消滅してしまうでしょうね』
 お願い、と付け加えてきた、シュラインの表情が忘れられない。
『あなた方の気持ちがわかるとは言わないわ。でも、私達にとって、東京は掛替えのない場所よ。……もし神父が東京に危害を加えるようなことをしようとしているのなら、私達はそれを止めなくちゃあならないわ』
 でも、お願い。
『それでも、余計なお世話かも知れないけど、私達、あなた達のためにできることがあれば、是非ともさせてもらいたいと思ってる。私達の街も……東京も、あなた方も消えてしまわないようにって、その方法を探すことができれば良いと思ってる。――いいえ、できると、信じているわ』
 どちらかを犠牲にするだなんて、そんなのは嫌なのよ。
 でもそのためには、どの道、
『アンナちゃんの協力が、必要なの』
 数分前の出来事を思い返していたアンナが、日和の焼いたクッキーを口にした。シュラインの説得の後、静まり返っていた聖堂の中で、そっと瞳を閉ざし――、
 それが、アンナの決意が固まった瞬間であった。
 そうして、皆の見守る中で、アンナは一つ大きく深呼吸をすると、ようやく一つ一つ話を始める。
 手当たり次第。この言葉がきっと相応しい。どこから話してよいのかなど、アンナにもわかってはいなかったが、
「……話すだけでしたら、構いません」
 一言だけそう断ってから、
「私は、東京、ううん、現実世界における『アンナ』を元にして造られた、神父様の記憶の姿なんです。そういう意味でも、『アンナ』と私とは別の人間ですし、……でも、私は『アンナ』の記憶も持ち合わせていますし、私自身の記憶も持ち合わせているんです。ですから、この世界についてもちょっと知っているし、……神父様が、色々と教えてくださったから」
「具体的に、どのようなことをお聞きになっているんですか?」 
 アンナの話が始まる前に……と、セレスがふと、アンナに首元の十字架を貸してくれないか、と、小声で交渉をする。
 きっとそこから読み取ることのできるであろう記憶≠ノは、
 大切な情報も、沢山含まれているでしょうから。
 能力を使い、十字架から何か情報を読み取ろうとしているセレスの意図を悟っているのかいないのか、彼に言われたとおり、アンナは自分の首筋に手をやった。
 ゆっくりと手探りで、首からぶら下げていた十字架のチェーンを外し、差し伸べられたセレスの手へと、そっと手渡す。
 ――クンツァイト。
 セレスの白い指先が、そっとその石を辿る。
 無限の愛、といったか。
 混じり気の無い純粋さを導くとされる、クンツァイト。壊れることを知らない永遠のものを指し示している、その石言葉は。
 しかし、
 折角の石言葉であるというのに、
 脆い、石なのですよね。
 宝石としては、強度に欠ける。強い衝撃を加えられれば、美しく散り散りに割れてしまう尊い石。
 そっと瞳を閉ざし、十字架に意識を集中させたセレスへと、アンナの話が聞こえてきた。
「神父様は、この世界は、いずれ消えてしまうものだと言っていました。自分達は、『バグ』のある『ゲーム』の世界に取り込まれてしまったから、って」
 バグのある、ゲームの世界。永遠のように不正終了を繰り返す、仮初の場所。
 だから、
「だから神父様、言ってたんです。アヴァロンを、探さないと。って。東京……ううん、現実とこことは、アヴァロンで繋がっているんだ、って」
「『アヴァロン』――、」
 現実とアスガルドとを、繋ぐ場所?
 裕介が、聞こえてきた聞き慣れた単語にふ、と眉を寄せる。
 確か義母も、そんなようなことを言っていたような……。
 ふと、隣で暢気に厚焼きリーフパイを齧るユリウスへと、視線を投げかける。
 ――振り返えられ、お訊きになって確かめられてはいかがです? と言わんばかりに微笑みかけられた。
 ああ、
 どことなく、やり辛さを感じながらも、
「アンナさん、そこを探して、神父はどうすると言っていたんです?」
 何となく察しがつきつつも、アンナへと視線を戻し、一応問うてみる。
 異鏡現象、異界。裕介も、ユリウスも、その辺りの事情にはそれなりに通じていた。そうして、セレスやシュライン、ある程度であれば、みなもや日和、狭霧でさえも。
 異界。現在東京に数多く出現するパラレルワールド=Aいくつもに並行する世界。ある意味では、そのどれもが真実であり、そうして、虚偽でもある世界達。
「帰ろう、って、言われました」
「帰る?」
「現実に、帰ろう、って……」
 現実。いくつもの異界を抱える、大元の元の世界。異界ではない世界、『本当』の世界。
 異界の中での出来事は、現実に帰ればほとんどの場合虚偽となる。その逆に、異界にいる間は、ある意味では現実での出来事こそが虚偽となるのだが。
 夢と、現。異界と現実との関係は、どこかそれに似ている。
 と、不意に。
 十字架を手にして以後、ずっとそこから過去の情報を読み取ろうとしていたセレスの耳に、男の人の声音が聞こえて来た。間も無く、その会話を交わす、二人の男女の姿も思い浮かんでくる――間違い無くそれは、アンナとジェロニモの姿であった。
『いいかい、アンナ。夢に過ぎないんだよ、この世界は』
 夢の中にいる間は、現での出来事は空事の如くになる。しかし、現実の辛さを夢に見る必要がないその代りに、夢そのものを現実とすることはできないのだ。
 夢からはいつか、醒めてしまう。醒めてしまえば、そこには現実という世界が広がっている。現実があって、夢がある。だが、夢があって、現実があるわけではない。
『さあアンナ、よくお聞き』
 ここは、夢だ。
 更にセレスが、全神経を研ぎ澄ます。
 手の中の十字架から、滲み出すように視えてくる光景。ようやく見つけた過去への誘いを見失わないようにと、しっかりと意識を集中する。
 アルカナの、大聖堂。先ほどから、自分達がいるこの場所に、一人の神父と一人のシスターとが二人きり。シスターに見上げられ、神父は彼女を諭すように微笑んでいた。微笑んではいたが、その瞳からは、彼女以外の者へ対する暖かな色は窺えなかった。
『この世界は、いずれ消滅する世界だ。それも、数ヶ月という時間で消滅してしまう』
 けれどね、アンナ、
『俺は君と、ずっと一緒にいたいと思っている』
 こんな一時の夢で、終わらせたくはない。
『確かにそのためには、現実には、犠牲になってもらはなくてはならない。だがね、こう書いてあっただろう?『「すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ、わたしは地もろとも彼らを滅ぼす。」』――、』
「海原さん、シュラインさん。……お二人の仰ったことは、本当のことなんです。神父様は、二つのことを同時に成し遂げようとしているから」
 今、ここで話しているアンナの声音が、淡々と聖堂に響き渡る。
「神父様は、東京を滅ぼしてしまえ、って、そう思っているんです。『「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」しかし、ノアは主の好意を得た』……『旧約聖書』の『創世記』にある、ノアの物語です。まるで神の裁きが下るようだ、って、俺達はノアに倣うかのようだって、神父様はそう言っていました」
 『聖書』に収録されている、『ノアの箱舟』の小話。
 神が人を創造して暫く、神は人の堕落ぶりに、心を痛めることとなった。ゆえに、神は世に大洪水を起こし、全てを滅ぼすことを決めた。しかし、その時代に唯一神の好意を得た人間が『ノア』であった。ノアは神から箱舟を造るようにと命ぜられ、それにより唯一、家族と共に、山々を覆うほどの主の大洪水から免れることができた――。
「私には、理由はわからないけど……、神父様は、私達が助かろうとすれば、どうせ東京は滅びてしまうんだって、そう言っていました。だから、それは必然的なものなんだ、って。運命だからしようがない、って。同時に復讐までできるだなんて、好都合だ、『その時が来た』って、神父様はそう思うようにしているみたいだった……東京には、滅ぶべき時が来たんだ、って。私だって、そんなの、……いけないことなのかも知れないなって、ずっと思ってた。でも、……でもそうすれば、私達、」
『俺達は、』
「『ずっと一緒に、いることができる……』」
 アンナの言葉に、一同はじっと黙り込んだ。
 過去のものであろうジェロニモの言葉を聞いていたセレスもやおら、その瞳を開いた。
 ――恋人の、いる身としても。
 彼等の気持ちが、わからないわけではなかった。全てを肯定することはできないにしろ、その大半を否定することもできなかった。
 ずっと一緒に、いることができる。
 当たり前であるべきことが、当たり前でなくなってしまったとしたら。
 ……ヴィヴィ、
 私だってそのような現実を、簡単に受け入れることはできないでしょうから――。
「アンナさん……」
 一方で、一通りの告白を受け、みなもも膝の上で、己の両手を握り締めていた。
 アンナのわからない、と言っていた部分。それはおそらく、ジェロニモが東京という現実の基盤を利用してこの世界を具現化させようとすれば、東京にもアスガルド内の無秩序が――魔物の出現や治安の悪さ、世界の不安定さが及ぶことを意味しているのであろう。
 だから、あたし達は。
 シュラインの言っていた通り、止めなくてはならない。理由はどうであれ、ジェロニモが己の目的のために東京を犠牲にしようとしているのであれば、全力ででもそれを阻止しなくてはならないのだ。
 でも、
 ……あたし、アンナさん達の敵には、なりたくない。
 シュラインの口にした通り、お互いに助かる方法があれば、自分達は迷わずそれを選択するであろう。
 誰かと一緒にいたい。
 やはり、そう思う気持を責めることは、みなもにはできなかった。
 おそらく、日和も同じことを考えていたのであろう。固く口を結び、必死に何か言葉を探しているかのようにして黙り込んでいる。
 やりようのない、言いようのない感情を必死に押さえ込みながら、日和は祈るように心に描く。
 ――せめて心の底から、二人の気持ちを理解することができたのなら、或いは、
「私、やっぱり神父様と一緒にいたいんです……」
 二人の気持ちを、もっとしっかりと、受け止めることができるのかも知れない。たとえそれが、根本的な解決法にならないとしても。
 と。
 ともすれば沈みがちな、雰囲気の中に、
「まあ、ね、アンナ」
 ふぅ……と溜息を吐きながら声音を響かせたのは、ずっと背もたれに全身を深く預けていた狭霧であった。
 狭霧は全身を軽く伸ばしながら、
「難しい話はその辺にして」
 正直、私にはさっぱりわかんないし、と、どこか退屈そうにな雰囲気を隠そうともせずに、すっと提案する。
 ねえ、アンナ、
「私思うんだけど、そんなに思い悩まなくても、実は全てを忘れてしまう、っていうのも手よね」
「全てを、忘れる?」
「私でよければ、手伝うわよ?」
 すい、と流れるような動作で椅子から立ち上がると、彼女の方へと歩み寄る。
 あまりにも唐突なことを言われ、言葉を失ってしまったアンナへと、
「じゃあ、アンナのことは、私が大切にしてあげる」
 肩を低くし、耳元でそっと囁きかけた。
 身じろぐアンナに、しかし、沙霧は逃げることを許さない。
 ……可愛らしいこと。
 少女からは、どことなく甘い、花のような香りがする。見れば見るほど、愛らしい少女。その瞳に漂う憂いが、更にアンナの雰囲気へと、美しさを添えているかのようであった。
 全然、悪くないわ。
 沙霧はその香りに瞳を細め、
「ねえ、アンナ? あなたは私のこと、嫌いなのかしら?」
「そっ、……そんなことありませんけれどっ!」
「それじゃあ、いいわよね?」
「な、何がですかっ」
「忘れさせてあげるわよ、ジェロニモのことは。私だったら、あなたにこんな寂しい思いはさせないわ」
 どう? 悪い話じゃあ、ないと思うけれど。
「こういうところから始まる愛も、悪いとは思わないけれど」
「……じ、冗談、ですよね?」
「あら、私は本気よ? 女が女を愛しちゃあいけないだなんて、そんなこと誰が決めたのよ」
 古代ギリシャ時代、だったかしら?――難しいことは、よく覚えていないけど、
「男と男同士の愛が最も崇高だとされた時代だって、あったはずよ。だったら、それが女と女になったって、いいじゃない」
 だから全く、大丈夫よ。……そうそう、周囲の偏見からは、ちゃんと私が守ってあげるから。
 付け加えられ、知らずアンナは瞬きすることすらも忘れてしまっていた。
 そこにゆっくりと、チョコレートを齧っていたユリウスが、口を挟む。
「まぁまぁ沙霧さん、私達、戒律で同性愛は禁じられている身でしてねぇ、」
「あなた、他人に対して失礼だとか思わないわけ?」
 狭霧はそっけなく、ユリウスの存在を無視するように瞳を逸らす。
「大体、アンナは元々シスターじゃあないんでしょう?」
 アンナ・響はピアニストか何かだったはずじゃない。
「でも、元々の話をするにしても、アンナさんはカトリック教徒でいらっしゃりますからねえ」
「そんなのどうするかなんて、アンナに、決めてもらえば良いわ」
 乱暴な話、
「宗教を捨ててでも愛に走る人間は多いんでしょう?」
「……それは、まあ」
 随分と時事的な指摘を受け、ユリウスは思わず苦笑してしまっていた。
 狭霧がそれに気付いているのかいないのかは別としても、今回のジェロニモの行動についても、その節があるのだ。少なくとも、ジェロニモが司祭として信奉するローマ−カトリック教では、司祭の恋愛も、何かのために他人を犠牲にすることも、ましてや当然聖書の曲解も善しとされてはいないのだから。
「宗教的なモノを捨ててでも愛を選ぶお方、ですか」
 ふむ……と、息を吐く。
「先生、何でこっちを見るんですか」
「おやあ、裕介君、それは自意識過剰というものでは?」
「あからさまにやっておいて何を言うんですか」
 不意に聞こえて来た裕介からの苦情に、ユリウスは悪戯っぽく付け加えた。
「別に、麗花さんがどうなさろうと、それは麗花さんの自由だと思っておりますが……ということでして」
「なんでそれを俺に対して……」
「いいえ、偶々、ですよ?」
 ユリウスは、偶々裕介が手にしたばかりであったクッキーを取り上げると、幸せそうにそれを口にした。



VI

 アンナの話が一通り終ると、皆は思い思いの人と、思い思いの話を始めていた。
 アンナもアンナで、セレスから返された十字架を再び胸元に下げると、お菓子へと手を伸ばし、少しばかり心を落ち着かせようとしている。
 その様子をちらり、と見遣り、みなもは思わず呟いていた。
「ジェロニモさん、アンナさんに場所を教えて行ったってことは、もしかしたら」
 ジェロニモさんは、
「……止めて、ほしいと思っているのかも」
 みなもの言葉に、日和は静かに頷いた。
「私も、そう思います」
 きっとジェロニモの中に、自分を止めてほしい、といった気持ちが、全く無いわけではないのであろう。
 だって、
「ジェロニモ神父様はアンナさんに、こんなにも沢山の情報を残して行かれたんですもの」
 つまり、
「この気持ちを、誰かにわかってほしいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。それにもしかしたら、ジェロニモ神父様だって、悩んでいらっしゃるのかも知れない……」
 ジェロニモ自身も、自分のやろうとしていることに『正しい』という確信は抱いていないのかも知れない。
 一人で全てを、抱え込まないでくだされば……。
 今からでも間に合うのであれば、言葉を交わしてみたいと思う。
 日和の予想に、今度はみなもが頷く番であった。
 そうしてやおら、紅茶を口にしていたアンナへと視線を向ける。
 すぅ、と一つ息を吸い込んで、
「……アンナさん、皆さん。あたし、一つ提案があるんです」
 みなもの声音を聞き、様々なことを思い思いに話し合っていた各々が、みなもへと視線を移した。
 みなもは、今後の話なんですけれど、と口を開き、
「あたし、思ったんです。まずは、ジェロニモさんと少しでも話し合いができれば良いな、って。……あたし達、これからきっと、ジェロニモさんを追いかけて、アヴァロンを探すことになると思うんです。ですからアンナさんも、一緒に来てくれませんか?」
「私が、一緒に?」
「ええ。あたしはそれが、一番良いと思うんです」
 彼を止めるにしても、何にしても、アンナがいなくては話にならないであろう。ジェロニモに話にとりあってもらうためにも、アンナの存在は強い味方となる。
 周囲をぐるり見回せば、沙霧以外の一同が、こくりと一つ頷いて見せてくる。
 みなもはそれに勇気をもらったようにして、しっかりとアンナの瞳を正面から見据えた。
「是非とも、お願いします。アンナさんの協力が、必要なんです」
 それは先ほど、シュラインが言っていたのとほとんど同じ言葉であった。
「道中は、きちんとサポートしますよ」
 皆で、ですね。
 微笑を浮かべて更に提案したのは、裕介であった。
 確かに外の世界には危険が多く潜んでいるが、
 ……まあ、いざとなれば、本当にいざとなった時にしか働いてくれないにしろ、先生もいるわけで、
 この一同であれば、あまり過剰に心配する必要も無いに違い無い。アンナを旅に同行させようとすることも、決して無謀なことではないはずであった。
「一緒にジェロニモさんを探して、まずは話し合いといきませんか?」
「でも」
 みなもの言葉に、アンナはぽつり、と、
「私、皆さんの味方ってわけじゃあ、ないんですよ……?」
 確認するかのように、問いかけた。
「だって皆さんは、東京を守ろうとしている……でも私は、」
 場合によっては、敵になるかも知れないのに?
「私は、そうじゃない……」
 確かに、私には、
「確かに、何が正しいのかなんて、私にはわからない。神父様の気持ちだってわかる、でも、そのために東京を犠牲にしていいのかどうかなんて、わからない。わからないけど、私、皆さんが神父様に危害を加えるような決断をすることになれば、……、」
 私だって、神父様とは一緒にいたい。でも、東京という多くの人の住まう場所を犠牲にしてまで、自分達の幸せを求めることは正しいことなのかどうかなんて、ちっともわからない。
 ――ねえ、神父様? 神父様のやろうとしていることは、本当に、正しいことなの……?
 神父から話を受けた、あの時。アンナとしてもそう疑問に思ったのだが、ジェロニモの前で、それを訊くことはできなかったのだ。その上心の中には、やはりどうあってもジェロニモと一緒にいたいと考える自分もいる。更に、『アンナ』をジェロニモから奪い、彼をこんなところにまで追い込んだ東京に対して、自分としてはあまり良い印象を持っていないことも確かなのだ。『アンナ』ほど自分は、東京という場所に対して愛着を持つことができない。
 だが一方で、自分の中には、東京という場を懐かしむ、『アンナ』の記憶もある。
 それに加えて、自分の中で、『アンナ』がこう言って笑う。
 ――そんなの、神父様らしくないと思うの。だって私達、東京であんなに楽しく生活していたじゃない。それにジェロニモ神父様は、やっぱり、皆に対して優しくなくちゃあ、駄目でしょ? 誰かを犠牲にするだなんて、そんなこと考えちゃあダメ、ね?
 自分としても、そんな『アンナ』の言い分は正しいことだと思っている。しかし、それと同じほど、自分は彼と一緒にいたいと思っている。
 そのようにして、いくつもの気持ちが、複雑に折り重なっていた。
 この分では、いつまでも、答えを出すことはできそうもない。
「……私、どうしていいのかわからない」
 自分の身の振り方が、決まっていないのだ。
「アンナちゃん……」
 その心の葛藤の一部を悟り、シュラインが重く彼女の名前を呼んだ。
 しかし、だからといってこのまま動かずにいることは、できなかった。
 心を痛めつつも、一つの事実を突きつける。
「ねえ、アンナちゃん。どちらにしても、この世界の現実化は安定への道ではないはずよ。元々ゲームの世界だもの。不正終了、バグ……アンナちゃんも神父から説明されたようだけど、このまま神父を放っておいては、アンナちゃんにとっても、私達にとっても、それに、神父にとっても良い結果にはならないと思うの。……だから、いつまでも動かずにいることは、できないと思うのよ」
 悩む気持ちもわかる。だが、だからといってこのまま立ち止まっていてはならないであろう。
 おそらく神父は急く余り、冷静さを見失ってしまっているのかも知れない。このまま彼がことを急げば、全てにとって良い結果には終らなくなってしまうであろう。
 彼女を守ることと、復讐と。
 ……大義名分になってしまっては、もともこもないのよ。
 彼女を守るために、復讐をする。その内、復讐こそが本当の目的になってしまっては、本末転倒ではないか――。
 だからそうなる前に、私達全員のためになる一番の方法を探すためにも、私達が、先に動かなくちゃあ。
「アンナさん、答えを出されるのは、もう少し後になさってはいかがですか?」
「同感ね」
 動きながら、色々考えながら、そうして答えを出せば良い。
 シュラインも、セレスが今言ったのと同様のことを思う。
 二人の言葉を受け、アンナがぴくり、と肩を震わせる。
 セレスは、諭すようにゆっくりと言葉を続けた。
「時に、重要な決断は、焦ってしまうと後悔してしまうことになりかねません」
 アンナが、セレスとシュラインとの方を振り返った。
 おずおずと視線を上げたアンナへと、シュラインは微笑を浮かべて見せると、
「セレスティさんの、言う通りよ。私にはよくわかるわ」
 少しばかり、得意気に言う。
 何せ、
「武彦(たけひこ)さんったら、そうなのよ。いよいよ生活ができなくなると、時々口のうまぁい依頼主に乗せられて、本当にロクでもない仕事を請けてくるんだから」
「たけ……ひこ?」
「そう、私の働いている興信所の所長に、そういう人がいるのよ。――ねえ、みなもちゃん? それであの人ったら、毎回後悔してるくせに、結構懲りないのよね」
「みあおも、学習能力が無いんじゃないの? ってこの前呆れてました」
 妹の名前を出して頷いたみなもの言葉に、ほぉら、とシュラインは溜息を吐くと、
「しかもそのツケが私達にまわってくるんじゃあ、話にならないわよね」
 半ば呆然としたアンナに、今度は微苦笑を浮かべてみせる。
 だから、ね、
 シュラインは一息置くと、
「だから、あなたにはそうなってほしくないの。大切なことは、ゆっくりと考えましょ」
 時間がある限りは、ね。
 それに、
「アンナちゃんが答えを出した時、アンナちゃんがこちら側につこうとつくまいと、私達、あなたを恨んだりはしないから……」
 穏かに付け加えられたシュラインの言葉は、さながら全員の気持ちを代弁しているかのようであった。

essere continuato...



 ■□ I caratteri. 〜登場人物  □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。
======================================================================

<PC>

★ シュラン・エマ
整理番号:0086 性別:女 年齢:26歳
職業:翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

★ セレスティ・カーニンガム
整理番号:1883 性別:男 年齢:725歳
職業:財閥総帥・占い師・水霊使い

★ 我宝ヶ峰 沙霧 〈Sagiri Gahougamine〉
整理番号:3994 性別:女 年齢:22歳
職業:職業的殺人者

★ 初瀬 日和 〈Hiyori Hatsuse〉
整理番号:3524 性別:女 年齢:16歳
職業:高校生

★ 田中 裕介 〈Yusuke Tanaka〉
整理番号:1098 性別:男 年齢:18歳 
職業:孤児院のお手伝い兼何でも屋

★ 海原 みなも 〈Minamo Unabara〉
整理番号:1252 性別:女 年齢:13歳
職業:中学生


<NPC>

☆ ユリウス・アレッサンドロ
性別:男 年齢:27歳
職業:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト

☆ シスター・アンナ
性別:女 年齢:23歳
職業:シスター



 ■□ Dalla scrivente. 〜ライター通信 □■ ゜。。°† ゜。。°★ ゜。。°† ゜。。
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注をくださりまして、本当にありがとうございました。
 また、いつものことながらかなり長くなってしまいました上に(実は字数に関しましては、最高新記録を樹立してしまったわけでございます……)、少々遅れ気味の納品となってしまいまして、大変申し訳ございませんでした。実は週明けに納品させていただこうと思っておりましたらば、なんとアイテムの申請を忘れていたというヘマをやらかしてしまいまして……。

 今回のお話に関しましては、自分でOPやら異界やらを作成しつつ、「僕ならこんなややこしい依頼には参加しな〜い、るるる〜」ですとかかなり開き直っていたのでございますが(…)、皆様あたしの予想外にかなり本格的なプレイングをかけてきてくださりまして、本当に嬉しかったのでございます。この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 しかし、このお話が、皆様がプレイングに費やしてくださった労力に見合うものであるかどうかにつきましては、正直かなり不安であったりします。いつものことですが、相変わらずヘタレておりまして大変申し訳ございません。
 なお、ペース的に考えて、このお話、今回を含めまして、全部で三話、四話くらいになるのではないかなぁ、と思っております、こっそりと(最悪、『白銀の姫』イベントの終了後にも、「過去にあった『白銀の姫』にまつわるこういう出来事の回想として」というような形で続いていたりするやも――いえいえ、そのようなことは極力無いように致します、すみません……)。いえ、意外と最近の生活に時間が無く……朝が早いのでございます、本当に(苦笑)。しかも電車が満員でございまして、体力が……。ですから、今までのように夜更かししてもそもそ、というようにはいかなくなってしまったのでございます。

 最近の生活と申しますと、要するにあたくし、三月の後半からは所謂『新生活☆』というものをやらせていただいております。そういうわけで、一人ぽつーんと大都会にやってきているわけなのでございますが、お江戸はお蝦夷に比べて、何と人口密度の高いところなのでございましょう。日々東京の凄さに驚きつつ、楽しく生活させていただいております。ちなみにとある日なんぞ、とある駅で「新幹線っ?! 僕見たことないっ! 凄いッ!!」ですとか(注釈・お蝦夷に新幹線なるものはございません)電車の中で向かいのホームの変わった見た目の電車を見つつ大はしゃぎしておりましたらば、友人曰くそれは新幹線ではなかったとのことで、周囲から白い目で見られ損をしてしまったわけでございます。いやはや……という感じでございますが(苦笑)。

 そういえば、全くもって話は変わりまして、現実世界でのお話になりますが、ローマ−カトリックの世界では、四月の初めに前教皇・ヨハネス=パウルスII世がお亡くなりになりまして、先日、教皇選出枢機卿会議(コンクラーベ)により選出されました、ベネディクトゥスXVI世が新たな教皇として聖座に就かれました。個人的に、尊敬申し上げておりました方がお亡くなりになりましたのにはとても衝撃を受けましたが、一方で、新しい教皇の就任には、大変嬉しくなってしまったものです。
 なんだか奇麗事を申し上げるようではありますが、世界中の方々と同じものへ対する悲しみや喜びといったものを共有するといった経験は、本当に不思議な心地のするものでございました。テレビや新聞越しにヴァチカンや、その他の国の教会の様子を眺めながら、また、自らもその関連のミサに参加させていただきながら、自分が見ている方々と一緒に悲しんだり喜んだりとですね……。
 ともあれ、前教皇聖下にはお疲れさまでしたと、そうして、ありがとうございました、と申し上げつつ、今後は現教皇聖下の動向を興味深く見ていかせていただこうと思っております。いえ、こんなほとんどあたしの趣味・興味に関する私情は、おそらくここに書かせていただく必要もないことであり、或いはどうでもよいことなのかも知れませんが……。

 ともあれ。
 とりとめもない話ばかりをつらりつらりと書かせていただいてしまいましたが、今回はこの辺で失礼致します。
 なお、今後につきましてですが、次回のOPの発表前までには(次回につきましては……早くて五月中、遅ければ六月中になるわけでございますね、おそらくは。そんなに多くはならないとは思われますが、どさイベでの受注状況によると思うのでございます)今回のお話で明らかになったことや、教皇庁側からの新しい情報を異界『アスガルド内小都市『アルカナ』への夢路』へと追記させていただければなぁ、と考えております。皆様からのご質問や矛盾点のご指摘があれば、こちらも異界の方に回答等を掲載させていただきたく存じております。テラコン等から、遠慮なさらずにご連絡くださいませ。特に矛盾点のご指摘に関しましては、あたしもかなり心配しておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。
 相変わらず大したことも書けずにおりまして、本当に申し訳なく思っておりますが、それでも宜しければ、お付き合いいただけますと非常に幸いでございます。とは申し上げつつも、勿論先に述べさせていただきました通り、このシリーズにおきましては、途中での参加・不参加は遠慮なさらずに自由にやってくださってかまいませんので……。

 今回はお付き合いくださりまして、本当にありがとうございました。
 またご縁がございましたら、宜しくお願い致します。


24 aprile 2005
Grazie per la vostra lettura !
Lina Umizuki



■出典
『聖書(新共同訳・旧約聖書続編つき)』 日本聖書協会
 ・『「すべて肉〜滅ぼす。」』 旧約聖書『創世記』6:13
 ・『「わたしは〜意を得た。』 旧約聖書『創世記』6:7-8

※なお、このお話を書かせていただきましたWR・海月里奈には、特定の宗教に対する信仰はございませんのでご了承くださいませ。