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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜水華〜



 目の前に迫る細い、針のような細さの刃が迫る。
 眼前に。
 眼球に。
 突き刺さる――――!
 それを防ぐ。頭を避けさせる時間を作るために掌を顔の前に出し、攻撃を鈍らせる。
 手で進行を防ぐのも数秒ももたない。
 貫かれた。
 大丈夫。貫かれただけならいい。指が吹き飛ばされたわけでも、手が裂かれたわけでもない。
 回復する範囲内だ。
 遠逆月乃は、口元から血を流す。
 にぶい、鉄の味が口の中に広がった。
(…………)
 懐かしい味だと思う。それは月乃の過去を思い出させるものだ。
(これくらいの怪我で……)
 弱音を吐けない。



「結界……?」
 月宮誓は上空を見上げる。
 誰かが結界を張った。
(参ったな……帰る途中だったんだが……)
 後頭部を軽く掻き、誓はぴくりと感じて右側を見遣る。
(あっちか……)

 誓は現場に辿り着く。
 そこには、電柱の上に立つ少女がいた。
 長い髪とスカート、そして胸元の青いリボンをなびかせて彼女は一本の刀を構える。
 漆黒の刀が一瞬で姿を変え、幾重にもわかれて地上へと伸びる。まるで巨大な鳥かごだ。
 だがそれを少女は止めた。
 漆黒の格子は動きを止めるや彼女の手元へと戻っていく。
 少女はひらりとその場から跳ぶ。それ目掛けて追ってくるような小さな鳥の群れ。
(あれは……なんだ?)
 誓の場所からははっきりと見えない。
 少女は顔をかばうように手で覆う。
 彼女の身体が群れに巻き込まれた。そして跳ね飛ばされる。
 地上へと一直線に落ちる少女に気づき、誓は走り出した。
 両手を広げた誓の腕の中に、少女が見事に落ちてくる。
 ひゅっ、と頬を何かが掠めた。誓は動かない。彼の頬を掠めたのは、少女の持っていた黒い長針だ。
 少女は目を開けている。呆れたような、馬鹿にしたような瞳を向けていた。
「……誰ですか、あなたは」
「月宮誓」
「そうですか。あなたですか、邪魔をしたのは」
 邪魔?
 怪訝そうにする誓の腕から逃れるように地面に降りた少女は冷ややかな視線を向けてくる。
「強力な力を感じたんです。あなたですね」
「そうかもな」
 明るく言う誓を、少女は睨みつけた。
「そうかもな? そうなんですよ。あなたは能力者ですね」
「まあ……。月宮と言えばわかるか?」
「さて。私はそういう家は存じ上げません」
「知らないのか? まあそうだよな。みんながみんな知ってるわけないか」
 少女は不愉快そうに顔をしかめ、続ける。
「大きな力は確かにいざという時とても役立ちます。ですが……大きすぎる力は時にはほかの者に迷惑にもなるんです……。分別があるなら、その力を抑えてください」
 十分抑えていたと思ったのだが。
 誓は手厳しい少女の前で苦笑してみせた。
(けっこう外見に似合わない怖い顔するんだな……)
「えっと、つまり、俺が邪魔で何かに失敗したのか?」
「そういうことです。結界を張るのに失敗しました」
「失敗?」
 そういうふうには見えない。
 この周辺は完全に隔離された状態のはずだ。
(まあでも……流派が違えば結界を張る方法も変わるしな……)
 自分の力のせいで「乱した」のかも。
 どうやら目の前の少女に思いっきり嫌われたようだ。
(結果的に邪魔したってことだしな……。まあ当然か)
「申し訳ない」
 苦笑する誓を見遣り、ますます眉間に皺が寄る。なぜここまで嫌われるのかわからなかった。
「……俺、ほかに何かしたか?」
「あなたそのものが、私は得意ではありません」
 明らかに拒絶の言葉である。誓は目を丸くした。
「私は力の強い人のそばにいたくないんです。気を悪くなさらぬよう。
 それと、先ほどは受け止めてくださって感謝します」
 全然感謝しているようには聞こえなかった。
「とにかくそこでじっとしていてください。邪魔です」
 最後の「邪魔」のところはかなり強調されている。誓は嘆息して肩をすくめた。
(珍しい……。大抵の人間はここまで邪険にしないんだが)
 そばにいると安心する〜、などと、よく言われるのだが……そういう気配はなさそうだ。
 理由を訊いてみようか。だが、これ以上彼女の神経を逆撫でするのは避けたい。
 上空を旋回していた鳥がこちらに向けて飛んでくる。そちらを二人は見遣った。
「あれ……なんだ?」
「憑物です」
「憑物?」
「妖魔や悪霊など、人に害を及ぼすものを言っています」
「へぇ」
「邪魔をしないでくださいね、月宮さん」
「……手伝おうか?」
 ギラッと月乃が睨みつけてきた。
「あなたの力は強すぎると言ったはずです! 自覚してないんですか?」
「…………」
 きょとんとする誓を、少女はさらに責める。
「結界は繊細なものなんです。声を出しただけで崩れるものもあります。あなたみたいに強い力を持ってる方がここで力をふるうという意味、わかっているんですか!?」
「わかった。じゃ、俺は手を出さない」
 両手を挙げる誓であった。
(苦戦してるように見えたけどな……)
 少女の姿がブレて見える。誓は不思議そうに瞬きをした。
 鳥は固まって大きな鳥の形となった。紙を集めて作りだしたようにも見える。
「紙……?」
「そうです」
 少女は嘆息した。
「結界を解きます。どうも……調子が出ません」
 ひゅん、と少女が指を空中に走らせる。刹那、何かが壊れた感覚が誓の全身に走った。
 結界が解かれたのだ。
 途端だ。
「わっ」
 誓が驚いたのも当然だろう。いきなり上空から大量の水をかけられたようになってしまった。
「なんだ……?」
「結界が失敗したからです」
 冷静に言う少女は、先ほどのようなピリピリした空気ではない。
「あれ? さっきと違う?」
「は?」
 少女は不思議そうに言うが、目の前にいた憑物の姿がないのに取り乱しもしない。
「そういえば名乗っていませんでした。私は遠逆月乃。この地で憑物を封じています」
「封じてる? 退治じゃなくて?」
「四十四体の憑物を封じることが、私の呪いを解く方法なんです」
「呪い? 穏やかじゃないな」
「…………穏やかな呪いなど、聞いたことはありません」
 冷ややかに言う月乃は、はあ、と嘆息した。
「どうも私はあなたが苦手のようですね」
 面と向かって言われて、誓は驚く。
「気にしないでください。おそらく、ほとんどの人はこんな気持ちを抱かないと思います。あなたからは浄化の力を強く感じますし、不快にはさせません」
「…………」
「ただ、『私』はそれが逆に合わないようです。ご容赦ください」
 右眼を手で隠して言う月乃は、渋い顔をした。どうやら月宮の力そのものが、彼女は苦手のようだ。
 誓は肩をすくめて笑う。
「そういうヤツもいるだろ。気にするな」
「…………」
「で、だ。さっきの憑物退治なんだが、邪魔しない程度なら手伝っていいわけだろ?」
 明るく言う誓の言葉に、月乃は頭をおさえる。
「? どうした。大丈夫か?」
「こっちへ来ないでください」
 月乃は後退した。
「いえ、すみません。あなたが悪いんじゃないんです。私の体質がどうも受け入れないようで……」
 少女は苦しそうに眉をひそめる。そんなに月宮と相性が悪いのかと誓は不思議そうだ。
(月宮は浄化の力なんだが……なんでそれにここまで拒絶を…………)
 嫌な予感が背中を這い登る。
 一瞬、その考えがはっきり浮かびそうになるものの、思考が中断された。
「さっきよりはマシなんですけど……」
 月乃は結界を張っている最中、どうやらこれ以上に苦しんでいたようだ。厳しい態度もこれなら納得がいく。
 強大な力を持つ妹の姿が脳裏をチラついた。
(なんか、放っておけないタイプなんだが……)
 誓はとん、と跳んで大きく一歩離れる。
「これで平気か?」
「も、もう少し離れてくださ……」
「これでいいか?」
 さらに距離をとると、月乃はなんとか体勢を直した。
 その月乃に襲い掛かるように紙で固まった人の形が――――!
 硬直する月乃が目を見開く。
 誓は思わずソレを、思いっきり足蹴りしてしまった。
 吹き飛ばされた憑物が、途中でばっ、と分散してしまう。
(力を込めたんだが……分散しただけか)
 霊力と浄化を込めたので、敵の機能は弱っているはずだ。
(捕縛の術で、動きを止める……!)
 誓は小さく口早に何かを囁く。
 分散した紙が一瞬で一箇所に集まる。いや、それは少しおかしい。見えざる力で無理やり束ねられたように見えたからだ。
「月乃、これで少しは楽に封印できるか?」
 尋ねると、月乃は驚いたように誓を見つめていた。だが、すぐに不審そうにする。
 彼女はどこからともなく巻物を取り出して広げると、閉じた。
「ありがとうございました」
 頭を綺麗にさげる月乃は、誓を見遣る。
「気にするな。俺が勝手にやったことだし」
「…………」
 月乃は無言で右側の瞼を掻く。
「? 目が痒いのか?」
 月乃の怪我は、彼女が気づかないうちに治っている。誓の能力だ。
 彼女は手をおろした。
「……なんでもないんです。気にしないでください」
「そうか」
 ならいいんだが。
 誓はそう言って微笑すると、気づいたように月乃から離れた。
「このくらいで良かったか?」
「…………あんなに邪険にされても……へこたれない人ですね、あなたは」
 呆れたように言う月乃。
 ただ放っておけないとは言えない。
 月乃は視線を伏せると、何か呟く。誓にも聞き取れないほど小さな声だ。
「なにか言ったか?」
「……いえ」
 薄く笑う月乃は、誓に背を向ける。肩越しに見てきた。
「それでは失礼します」
「ああ」
 軽く手を挙げた誓の姿を確かめると、彼女はすたすたと歩き出す。誓も彼女に背を向けた。
 背後でしゃん、と鈴の音がする。振り向いた誓は軽く目を見開いた。
「……消えた?」
 そこには誰もいない。まるで幻のような……。
「遠逆月乃、か。変わった感じの子だったが……」



「月宮誓……」
 月乃は治っている掌を月にかざし、それから思案するように黙り込む。
「こうして離れるとそうでもないんですが……近くだとどうしてあんなになるんでしょうか……」
 軽く嘆息し、月乃は膝を抱える。そこはビルの屋上だった。風が強い。
「いい人そうだったのに……。でも」
 たぶんきっと、近くによるとどうしてもああなってしまう。
 月乃はまた溜息をついてから月を見遣った。もちろん、月は何も答えてくれないのだが。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4768/月宮・誓(つきみや・せい)/男/23/癒しの退魔師】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして月宮誓様。ライターのともやいずみです。
 月宮様にすぐになつくかと思いきや、逆の展開になってしまいました。すみません……。まあ月乃の性格上仕方ないこともあるんです。
 初対面なので互いに気になる程度、という感じになっております。友情までは……さすがに1回ではいきませんでした。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます。

 今回は本当にありがとうございました。 書かせていただき、大感謝です!