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想いの果て
墨を張ったような、石油を流し込んだような、
粘性を持った、どろりとした濃厚な闇。
全てを飲み込むかの如く口を開けたそれは、光さえも貪欲に飲み干していく。
どこまでも深い、深淵の闇。宇宙に存在するというブラックホールの闇も、こんな闇なのだろうか。
そんな闇が広がる、都市の路地裏。
表通りのネオンの光と反比例するかのように、強い闇がその場を包んでいる。
その中で、二つの光が蠢いていた。
赤く、紅く、朱く、銅く、アカく、あかく…
その光の色は、けして透き通ったような綺麗な物ではなく、浮かび上がった錆のような、空気に触れて赤黒く染まる血のような、醜く濁り凝ったような。
嫌悪感を覚える穢れた赤。
対の赤は、探るかのように闇を移動する。
周囲を嘗め回し見るかのように、闇の中を蠢く。
と、今まで雲に遮られた月が、僅かな雲間を縫うように光を地に届かせた。
届いた光は世界を照らし、路地裏の闇も分け隔てなく照らし出す。
照らされた路地裏はやはり暗く、隅々まで光に照らされる事はない。
けれど、その場の『惨状』を見るのには十分な明るさだった。
暗き光の中にあるのは、異形。
異形である事がわかるだけで、あとは闇に紛れ見る事ができない。
しかし何より目を引くのは、その足元。
闇から逃れるように突き出る、病的なまでに白い、人の腕。
そこから広がる、鮮烈なまでの赤。赤は留まる事なく、流動体の例に漏れず少しずつ地に広がり水溜りを作る。
突き出た腕が動く事はなく、闇から出て何かを掴もうとした状態のまま。
「――――――――!」
獣は吼える、声なき声で。今宵の獲物を味わう事を、歓喜するかの如く。
咆哮は天を衝き、月は地を俯瞰する。
路地裏に気付く物は、誰もいない。
□エンタイルside
風が吹く。
夕暮れの街は
夜へと完全に落ちる前の薄闇の中を、一陣の風が吹き抜けていく。
風の色は黒、形は獣。
ソレは双頭の獣、エンタイルという名をつけられた、漆黒の魔獣だった。
エンタイルはわき目も振らず、夜の街を駆け抜けていく。
誰もその姿に気づく事はなく、何者にも止める事は出来ない。
猛る獣はただひたすらにまっすぐ、目前だけを見据える。
獣を駆り立てるのは復讐のみ。
獲物に牙を突き立てる事だけを考えて、獣は颶風と化す。
エンタイルは想う、自分達に優しかった女性の笑顔を。
その笑顔が失われたと知った時、気付けばエンタイルは駆け出していた。
理性も計算もなく、ただ本能のままに駆ける。それが獣の正しき姿か。
暮れ行く空には月が昇り始め、復讐の獣は咆哮す。
それに応えるのは、咆哮。街の其処彼処から響き渡る、幾つもの獣の声。
咆哮は街に響き渡り、新たな咆哮となって返る。
幾つもの獣声、それは野良犬達の声だった。
エンタイルに付き従うかのように、獣は吼え猛り駆け出す。
黒の獣は疾る、獲物めがけて。
黒の獣は疾る、復讐を成すために。
黒の獣は疾る、牙を突き立てに。
■□■□■
獲物――無貌の気配を捉えたのは、それから大して時間がかからなかった。
周囲一帯の野良犬を総動員しただけの事はあったらしい。
街の中を野良犬達が駆け抜け、連絡のためか複数の咆哮が木霊し響き渡る。
その中を、エンタイルは一心不乱に駆ける。
野良犬達を無貌と戦わせようかとも一時は考えたが、それは無理だと野良犬達を引き下がらせた。
無貌の気配は異質すぎて、野良犬達では到底戦力にならず、戦わせても一方的な虐殺になるのは目に見えている。
だからエンタイルは一人、街の中を駆けて行く。
あとは自分の仕事だ。獲物に牙を突きたて、爪で切り裂き、焔で焼き尽くす。
あとは単純な事だ。それだけで復讐は成される。
無貌の気配がする場所目掛けて。周囲の物は一切目に入らない。
ただひたすらに、無心に、前だけを見て駆け続ける。
遮る物は何もない。
大地を蹴飛ばし、空気を切り裂き、空を舞い飛び。
いつの間にかその身は焔に包まれていた。
大気を灼くが如き、紅蓮の焔。全てを焼き尽くす焔であり、エンタイルを全てから護る焔でもある。
焔を纏った弾丸となり、エンタイルは宙を舞う。
闇に覆われた視界の中には、なお暗きモノ、異形のヒトカタの姿がある。
再び地面を掴み、抉り、蹴り飛ばし。
ただ無心に、その腕を食らった。
◇an encounter. and to the combat
焔を纏ったエンタイルは異形――無貌の腕に噛み付いたまま体当たり、その身の焔で腕を灼く。
振り払おうとするも深く入り込んだ牙は易々と外れることはない。
「ふむ、どうやらこちらは必要なかったですかね…?」
水の壁を維持したままセレスティが呟く。
爪が美沙姫に届く直前、水の壁を張ったがその前にエンタイルが異形に体当たりをしかけたのだ。
「…ど、どうも、有難うございました」
一瞬呆然としながらも、美沙姫は身なりを整え丁寧にお辞儀をする。
メイドらしいと言えばメイドらしいが、なんとも場にそぐわない光景である。
「いえいえ、大した事でも…おっと」
水の壁を衝撃が走る。一瞬わずかに水が揺れ波紋が起こるが、それで終わりだ。
衝撃の原因は激化する二頭の戦いだった。打ち砕かれたコンクリートが焔を纏い、弾丸となって襲い来る。
「あの黒い獣、どうやら周りが見えていないようですね…あちらも止めないといけませんね」
居住まいを正し、美沙姫が一歩前へ。
メイドの鑑とも言うべき粛然とした態度は、どこか戦人に通じる物があり。
「三つ巴、という事になりますか…いやはや」
杖を打ち鳴らし、セレスティが美沙姫と並ぶ。
その居住まいは儚げだが、何処か力強さを感じる。
「では、参りましょうか」
「ええ」
言葉を放つと同時、音を置き去り美沙姫が走る。
向かう先はまっすぐ前、エンタイルを振り払った無貌の元へ。
「いきます!風牙斬っ!」
再び放たれる双つの風、それを更にもう一組放つ。
一つは無貌の足元へ。
もう一つは動き出そうとしたエンタイルの鼻先をかすめる。
「!?」
全身を撓め、無貌目掛けて飛ぼうとしたエンタイルはその一撃に出鼻を挫かれる。
一瞬の停滞。だが、それだけで十分だった。
エンタイルの視界は全て水の膜に覆われていた。
視界だけではない、180°全て、地面以外の全てが水の膜があった。
それは纏った焔により周囲が灼かれるのを防いでいた。
いわば拘束させるための水の檻というよりは、周囲を火から守る水の盾のようなものだ。
「少々、そこで頭を冷やしていて下さい」
掲げた腕の周囲に水を躍らせながら、セレスティが微笑む。
エンタイルがそれを睨みながらも焔の勢いを強めるが、いかなる力なのか簡単には破れない。
多少蒸発して薄くなったとしても、周囲の水分がまた集い壁を形成する。
それを後目にしながら、セレスティは無貌に歩いていく。
向かう先では、無貌と美沙姫正面から対峙していた。
「宮小路家メイド長、篠原美沙姫。丁重におもてなしさせて頂きます」
無貌を前にして、丁寧に頭を下げる美沙姫。
しかし言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女の体が霞む。
無貌の懐に入ろうとする動作で一歩前へ。
かに見えた瞬間、その体が急停止。すぐ前を無貌の腕が通り抜ける。
即座に言霊を放ち、力を顕現させる。
風の向かう先は真っ直ぐ前、重ねられた二つの風の刃は振るわれた腕を深々と切り裂く。
『qガut!』
一瞬の停滞、無貌が怯んだ隙をついて美沙姫が再び前へ。
一足の動きをもって懐へ入り、それと同時に、
「風牙斬!」
再び放たれる言葉と力。
ゼロ距離で放たれた刃をかわすことなど適わず。
複数重ねられた刃は深々と無貌の腹部を抉っていく。
しかしその痛みすら感じていないのか、構うことなく無貌は腕を振るう。
己の懐目掛けて、己を傷つけることも厭わないかのように。
流石にそれを予測する事など出来るわけもなく、美沙姫も無貌自身の体に阻まれかわす事が出来ない。
けれど、それが振り下ろされるわけもなく。
「今度は、ちゃんと意味がありましたね」
振り下ろされる腕の前には水の壁が立ち塞がり、その腕は水で濡れていた。
「私もいる事、忘れないでくださいね?」
言葉に応じるかのように、セレスティの周囲の水が動く。
それは水が歓喜に舞い、踊るかのようで。
瞬間、全ての水は弾丸となり空気中を駆ける。
全ての弾丸は一様に無貌を目指す。いつの間に動いたのか、すでにそこに美沙姫の姿はない。
血飛沫。
全ての弾丸が肉を抉り、黒い血のような物を噴出させる。
それでも痛みを感じないのか、無貌は動き出そうと一歩前へ。
踏み出そうとした足が横にずれて落ちる。
いつの間にか無貌の後方にまで動いていた美沙姫が、両腕を掲げ風を具現させていた。
脚部を失ったことで、無貌がその場に崩れ落ちるかに見えた瞬間、無貌の足は粘性を持った液体のように変化。
切断面が溶けてあわさっていくかのように再生していく。
けれどそれが隙である事に変わりはなく。
止めと言わんばかりに、美沙姫もセレスティも腕を振り上げ、
「「!」」
距離をとっていた二人めがけて、「腕」が襲い掛かってきた。
いかなる構造をしているのか。異形の腕はゴムか何かの如く伸び、セレスティと美沙姫の元にまで爪を届かせる。
慌てて水を繰り壁となそうとするも、中途半端に集められた水はその勢いを留める事は出来ず。
慌てて風を現出させその腕を切り裂こうとするも、腕の動きを留めるほどのダメージを与えるには至らない。
完全な奇襲であったそれを、かわす術を二人は持っていなかった。
当たる、そう確信した二人は衝撃に備え体を防護しようとしつつ、直撃を避けるために体を捻る。
が、次に来た衝撃は振るわれた腕による物ではなかった。
「えっ!?」
「これは…」
来た衝撃は、爆炎による風。熱を持った風だった。
焔は二本の腕に直撃、それを完全に破壊し尽していた。
焔が放たれた場所はセレスティの後方。
「グルル…」
水の壁を完全に蒸発させ、水蒸気の中でエンタイルが焔を纏っていた。
憎しみを混めた双眸は、ただ無貌だけを見つめている。
別に二人を助けるために腕を破壊したのではなく、ただ単純に放った焔が腕を破壊しただけのようだ。
二人を意に介さず、エンタイルは全身を撓ませる。
それどころか、エンタイルは無貌以外の何も見えてはいないようだった。
ただ無貌だけを見据え、焔を纏い飛ぶ。
全身の膂力をもって放たれた体は、弾丸のように無貌に直撃し、その身を灼く。
相変わらず一瞬だけ怯むも、痛みを感じないかのように無貌がその腕を振るう。
腕は中途半端ながら、再生しかけていた。だが、再生しているせいか、若干動きが鈍い。
そんな好機を、逃すわけもなく。
焔が躍る中、セレスティと美沙姫は再び動き出す。
「この辺で、終わりとさせて頂きましょう」
水の弾丸が無貌の顔に当たる部位を抉り仰け反らせ、無貌とエンタイルを水の壁で囲い焔が周囲を灼くのを防ぐ。
それで一瞬の停滞を、さらに数瞬の間だけ伸ばす。それはほんのわずかな時間だが
「数瞬あれば、十分です」
風が更に巻き起こり、再生しかけていた腕を切断する。
それでは終わらないとでも言うかのように、美沙姫は両手を掲げる。
「大気に宿りし精霊達、風を纏いて我が元に集え。浄めの風を以て全ての悪しき存在を浄化せん!」
紡がれる言霊は浄化の一声。
言葉は世界に響き、現象を顕現させる。現出するは蒼色の風、邪を食らう浄の理を抱いた疾風。
疾風は大気を駆ける、負の集合体たる無貌を滅却せんと。
それに気付かない無貌ではなく、無論かわそうとするが。
「もう、遅いですよ」
無貌の周囲を阻む水の壁、それは無数の水の槍と化し無貌を地面に縫い付ける。
それと同時に、エンタイルの身に纏った焔が勢いを増す。
噴出した焔は己以外の全てを灼く深淵の闇より来る獄炎。
何者にも抗う事を許さず、ただ躊躇も容赦もなく、全てを燃やし尽くす。
水の楔は無貌を更に縫いとめていき、獄炎はその身を焦がし灼き溶かし。
浄化を纏った風が、それら全てを払い清め禊ぎ洗い流す。
それだけだった。
それだけで、無貌という名を持つ負念の結晶の存在は完全に消えていた。
それが、連続失踪事件の犯人と思われる化け物の最後だった。
「ふぅ、何とか片付きましたね…」
「ええ、あとは…」
セレスティの視線の先、咆哮をあげるエンタイルがいた。
既にその身は焔に包まれておらず、ただその二頭で咆哮をあげるのみ。
そして次の瞬間には、全身を撓ませて走り去っていた。
ただの一度も振り返る事はなく、夜闇の中へと消えて行った。
「何だったのでしょうね、あの黒い獣」
「さぁ、わかりませんね…ですが」
「?」
セレスティの中途半端な言葉に、外套やメイド服の汚れを払っていた美沙姫が首を傾げる。
「いえ…ただ何か怒っていると同時に、哀しんでいたようにも見えたというだけですよ」
こうして連続失踪事件は終わった。一時的にではあるが。
この時別の場所で同じように戦っていた者がいた事や、この先もそうしていく者達がいるのはまた別の話。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4607 / 篠原・美沙姫 / 女性 / 22歳 / 宮小路家メイド長/『使い人』】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5015 / エンタイル・― / 男性 / 1歳 / 魔獣】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、如月 夜人です。
まずは、この度は発注して頂きまことに有難うございました。
誠心誠意書かせて頂きました(礼)
ですが、ちょっと色々と忙しかったせいで納品が遅れてしまった事をお詫びします(汗)
文章も粗だらけで、個別描写なども平等に出来てるかさだかではありません(滝汗)
さらに言えば一部プレイングも描写できませんでした、完全に力不足です(平伏)
これから日々精進していくつもりなので、よろしければまた発注していただければと思います。
では、短いですがこの辺で。
この度の発注、本当に有難うございました(礼)
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