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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


人喰いの鬼
 
 
「明日美、大変。また出たんだって!」
 朝、教室で顔をあわせるなり朝比奈麻衣が言った。「また出た」というのは、最近学園内に出没している「人喰い鬼」のことだ。誰が人喰いと言いだしたのかは分からないが、人間が被害にあったという話を明日美は知らない。聞くのは猫や犬といった動物ばかりで、(大変には違いないけど)麻衣のように騒ぐほどではないと思うのだけど。
「それで今度はなにがやられたの? ペットの子豚?」
「なに呑気なこと言ってんの! 今度は三年の先輩だってば」
「えっ?」
「先輩たちが有志を募って鬼退治しようとして、逆に返り討ちされたんだって。命に別状はないみたいだけど、一人は腕を食い千切られたって大騒ぎになってるよ!」
 嫌な予感がした。深刻な事態だというのに麻衣の表情はどこか楽しそうだ。
「……もしかして変なこと考えてない?」
「分かる? こんな面白そうなこと放っておくなんて勿体ないじゃん」
「危ないって。今度は大怪我だけじゃすまないかもよ」
「ヘーキヘーキ。なんとかなるっしょ」
 この根拠のない自信はなんなのだろう、と明日美は呆れて溜息がこぼれてしまった。それに問題の鬼がどこにいるのかも分からないのに……。
 
 
「……ほんとに二人で調べるつもり?」
 二人から相談をされて優名は困ってしまった。正直、無謀だと思う。
 人喰いの鬼の噂は優名も聞いたことはあった。だが、もともと怪奇現象には興味はなく、神聖都学園にはその手の事件を解決できる人も多いので、積極的に関わるつもりはなかった。知り合いが首なんて突っこまなければ。
 止めても、たぶん無駄だろうなあ。麻衣の楽しそうな表情をみて、優名は思う。だったら──。
「二人が調べるのはあまり賛成できないけど、どうしてもって言うのなら、あたしも一緒にやらせて」
「そうこなくっちゃ」
 嬉しそうに麻衣は指を鳴らした。
 あたしの知らないところで二人になにかあって後悔するよりも、一緒にいて後悔するほうが、同じ後悔でもずっといい。優名はそう思うのだ。
「まず、情報収集から始めなくちゃね。実際になにが起きているか、噂の出所とか、あとは──」
 言っている途中で割りこんでくる声があった。
「その話、すばるも混ぜてほしいのだ」
 現れたのは小柄な少女だった。なにやらドリルが見え隠れしているのが気になってしまうのだけど、この学園には様々な事情を抱えているひとがいるので、優名は気にしないことにした。
「亜矢坂9(あやさかないん)すばるなのだ。よろしく」
「あ、月夢優名です。こちらは──」
 と明日美と麻衣を紹介する。すばるの名前を聞いて、彼女の正体がロボットかアンドロイドなのだと気がついたが、やっぱり伏せておくことにした。この学園にはいろいろな「ひと」がいるのだから。
「すばるも、あなたたちが調査するのは賛成しない」
「……やっぱり」
 優名と明日美が同時につぶやいた。
「しかし、止めても無駄ならすばるも同行するのだ。一緒のほうがもしなにかあったとき保護しやすい」
「ありがとうございます。うちの麻衣のワガママで迷惑かけますけど、よろしくお願いします」と明日美。
「なにその、『うちの』って。いつからあたしゃ明日美のものになったのさ」
 不服そうに麻衣は頬を膨らませる。そのやりとりがおかしくて、優名はクスクスと声をたてて笑った。
「さっそく行動開始しよう。さっき優名も言っていたが、まずは情報収集をすべきだろう。噂に左右されないよう、事実のみ把握するのが大切なのである」
 
 
 どっちなんだろう、と優名は考えていた。
「人喰いの鬼」の正体が本当に鬼なのか。もしも本当に人を喰らうものならば、その前に止めたいし。「人喰いの鬼」を騙っているだけならば、人でないものに罪をなすりつける方法は許せない。
 四人がまず向かったのは新聞部の部室だった。被害に遭った動物がどのような状態だったのか、なにかしらの情報が得られるんじゃないのか──というのは優名の意見だった。
 麻衣や明日美が用件を話すと、
「うーん」
 部長の男子生徒は複雑な表情をした。「人喰いの鬼」のことは新聞部でも取材はしているらしい。これまで被害が動物に限られていたので、校内新聞ではほとんど取り扱われなかったのだが。
「何枚か写真はあるよ。見て気持ちいいものじゃないし、女子にはあまり薦められないけど、それでも見る?」
「もちろん」即答したのは麻衣。
「さっさと見せるのだ」とすばる。
 一瞬遅れて、明日美と優名が躊躇いがちにうなずいた。
 やれやれ、と呆れたふうに肩をすくめた部長は、書棚に整理されているクリアフォルダを取りだし、数枚の写真をテーブルの上に並べた。「嫌っ」と声をあげて顔を背けたのは明日美。
 ──「ひと」の仕業とは思えなかった。
 大型犬の腹が大きく剔られ、身体から飛びだしている腸は何者かに食い千切られた跡があった。頭は半分欠け、胴体から切り離された二本の脚が無造作に転がっている。似たような写真が(犬や猫といった違いはあるものの)何種類もある。
「……これって人間の仕業?」
「このくらい、すばるには余裕で可能だ」
 声を震わせる優名に平然とすばるがいう。それを聞いて、優名は思い直した。そっか、人間かどうかというのは、あまり意味がないのかも。特殊な力をもつ「ひと」も多いのだし。
「動物の加虐ってのは全国規模でも結構あって、今のところ、犯人が本当に鬼なのかどうかは断定できない状態なんだ。いろんな連中がいる神聖都だと特に」
 それが写真部や化学部などと共同取材した結論なのだという。
「でも、三年の有志のことは、俺らもまだ取材していないから、そっちから当たっていくといいかもしれないよ」
 
 
 次に訪れたのは高等部の保健室。
 傷ついた三年生が応急処置のため立ち寄ったのではないか、と考えてのことだった。聞くと、やはり保健室にきたらしい。
「さすがに、わたしも驚いたわ。血まみれで、切断された腕を抱きかかえて駆けこんできて、『先生助けて』って。保健室でどうにかなるレベルじゃないから、すぐに大学病院に連れていったけど──」
「そんなことより切断面はどうなっていたのだ?」
 興奮気味に話す養護教諭の言葉をさえぎって、すばるが冷静に質問する。
「切断面? 鮮やかだったわ、とても。そうね、まるで中華包丁で野菜をスパンと切ったような、そんな感じ」
「なるほど」
「あ、あの。それで、その先輩は、どうなったんですか?」
 おずおずと優名が聞く。命に別状はないといっても、片腕が切断する大怪我だ、どうなったのか気になってしまう。
「大丈夫よ。縫合手術でつながったって。さっき電話があったわ」
「そう、なんですか。よかったあ」
 ホッと胸を撫でおろした。優名だけではなく、明日美の表情にも微かに笑みが戻っていた。相変わらずすばるの表情は読めないけれど……。
「ここでの用は済んだ。あとは本人から聞いたほうが早い、と思うのだ」
「そうかもしれないわね。しばらく大学病院に入院するって聞いたわよ」
「じゃ、さっそく行ってみるね。先生ありがとー」
 ひらひらと手を振って麻衣たちは保健室をあとにした。
 
 
 学園都市と呼ばれても不思議ではないほど巨大な敷地面積と、充実した施設がそろっているのが、この神聖都学園。その気になれば衣食住を学園内でまかなうことも可能で、事実、寮住まいの大半の生徒はそうしている。
 もちろん神聖都学園の大学病院も同じ敷地内にある。
 受付で病室を聞き、部屋を訪ねると六人部屋にひとり、腕をギプスで固定した少年がベッドに横たわっていた。
「何の用?」
 事情を説明すると彼はつまらなそうに、ぽつりと一言、
「たぶん無駄だよ」
「なんで? あたしらじゃ役不足ってわけっ?」
「その日本語は間違ってる。……いや、すばるたちで軽々と問題解決すれば間違ってないことになるのか」
 難しいな日本語は、とぶつぶつ言っているすばるの横で、優名と明日美が声をたてて笑い、なにがおかしいのか分からないのか麻衣と少年が首を捻っている。
「とにかく、なんで無駄になっちゃうのさ。あたしらで事件解決しちゃうかもでしょ?」
「もう他の人に依頼してあるんだよ。きみたちみたいな頼りない女じゃなくて、ちゃんとした専門家に」
「……確かに頼りないかもしんないけどさ」
「うん、頼りないよね。あたしもそう思う」
 口を挟んだのは優名だった。
「でも、考えてみて。今この瞬間、あなたの大切なひとが『人喰いの鬼』に襲われているかもしれない。依頼したひとも間に合わないかもしれない。あたしたちは頼りないけど、ほんの少しは何かの役には立つかもしれなくて。でも、それはあなたの協力が絶対に必要なの。あなたが黙っているせいで、大切なひとが傷ついちゃう、そういう後悔をしても、いいの?」
「……分かったよ」
 観念したように少年はつぶやいた。
 
 
 病院を出てすぐのことだった。
「しばらくここで待っているのだ」
 そう告げたすばるは忽然と姿を消してしまった。
 実際には忽然と消えたわけではないのだが、三人の目にはそう見えた。どうなっているんだろう、と口々に話していると、
「お待たせ、なのだ」
 何事もなかったように背後からすばるが現れた。ますます状況がつかめなくて麻衣が、
「なにをしたの?」
「鬼退治用の装備を取りに行ってたのだ。ついでに警察から情報を取得してきたのだが、そちらの結果は芳しくなかった」
「?」
 やっぱり理解できなかった。
「ま、難しいことはいっか。とりあえず現場に行ってみよ?」
 少年から得た情報では、襲われたのはキャンパス内にある桜並木でのことだったという。その付近には植物園が設けられてあれば、農学部が利用している広大な農場がある。
 四人が桜並木に足を踏みいれると、
「──おい」
 木の上から声をかけられた。と同時に、細身の青年がそこから飛び降りてきた。
「こんなとこで何やってんだ。ここは危険だから──」
「なんだ、谷戸和真(やと・かずま)ではないか」
「あんたは──ってフルネームで呼ぶなよ。長ったらしいから」
 和真と呼ばれた青年は脱力したように溜息をこぼした。
「知り合いなんですか?」
「以前、一緒に仕事をしたことがあるのだ」
 ということは、和真が依頼を受けた専門家なのだろう。「仕事」という単語から事情を察したのか、和真は呆れ顔で、
「こういうことに素人が首を突っこむのは危険だぜ。ただでさえここには俺の仕掛けた──」
「ちょうどいい。谷戸和真も手伝うのだ」
 話を聞かずにすばるが奥へ進んでいってしまった。あくまでマイペースで。
「ちょっと待てよ。人の話を聞けってば。おいっ」
 慌てて和真は追いかけた。
 
 
 和真の話によると「人喰いの鬼」はこの近辺を根城にしているらしい。
 そして今、そこらじゅうに捕獲・束縛系の霊符を貼り巡らしてあるのだという。鬼の気に反応するものなのだが、無闇やたらに動きまわるのは危険が伴ってしまうとのことだ。
「なんでそんな面倒なことをするのだ」
「いろいろあるんだよ」
 ぶっきらぼうに和真は吐き捨てた。こっちにはこっちの事情があるんだ、と。
 と、そのとき。
 ぎゅるるるる……。
 くぐもった声が聞こえてきた。五人が桜並木を通り抜けると、そこに「鬼」がいた。見えないネットに引っかかったように、「鬼」は地面に張りついて動けそうにない。
 全身は赤く、小柄な優名やすばるよりも一回り小さいサイズの「人間」のようにも見える。額から生えている角と、口許からのぞく牙、そして異様な長さの爪がなければ。
 ぎゅるるるる……。這ったままで鬼がこちらを睨んでいる。
「あれ、言葉が通じる相手だと思う?」
 誰に聞くわけでもなく和真が言う。
「たぶん、無理だと思います」と答えたのは優名。
「だよなぁ」
 頭をかきながら鬼に近づく和真に、すばるが大声で(けれど淡々と)言う。
「不用意に近づくのは危ないのだ。そいつの爪は中華包丁で、人の腕が野菜なのだ」
「何いってんだか分かんねーよ」
 思わず苦笑する和真。
 和真を眼前にして、鬼の声はさらに低くなった。絡まったネットから抜けださんばかりに身体を捻り、爪を立てる。苛立つように咆哮し、地面を蹴る。しかし、鬼はそこから動けなかった。
 和真は手にしていた刀を抜き、
「わりぃな」
 それを一太刀──。
 
 
   ※   ※   ※
 
 
 翌日。
 昼休みになって優名が屋上でお弁当を広げていると、そこに明日美がやってきた。こんにちは、と挨拶をしてから彼女は優名の隣にすわった。
「あれから谷戸さんと少し話したんですけどね」
「うん」
 相づちを打ったものの、不思議なくらい、その話には興味がわかなかった。ただ、何事もなく無事に終わってよかった、と思うくらいだ。
「人間じゃないからという理由で、異形を祓うのは気分がよくないって。『桃太郎は好きじゃない』とかっていってました」
「うん」
 それは分かる気がするなぁ。
 あの鬼がもし人間と同じ姿をしていたら。もしも人間の言葉を話せるとしたら、全然違った結果になっていたかもしれない。
 ぼんやりと優名はそんなことを思った。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2803 / 月夢優名 / 女性 / 17 / 神聖都学園高等部2年生】
【2748 / 亜矢坂9すばる / 女性 / 1 / 日本国文武火学省特務機関特命生徒】
【4757 / 谷戸和真 / 男性 / 19 / 古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、優名さん。ライターのひじりあやです。
久しぶりに優名さんを書くことになって、とても楽しかったです。肝心の「人喰い」の設定がわたしの筆力不足のせいで全然掘り下げられなかったのですが、少しでも優名さんらしさを感じていただければ、と思ってます。プレイングにあった「いっしょにいて後悔した方がいい」という言葉が、わたし的にとても好きでした。
今回は本当にありがとうございました。またしばらく窓を閉めますが、再会できることを楽しみにしていますね。