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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夢幻宮殿
 
 
 葉山美雪が目を醒ますと、いつもの部屋にいた。自室とは違う、至るところに豪華な装飾が施された立派すぎる寝室。
 また、あの夢だ。繰りかえしみる夢に美雪は溜息をこぼした。
「──」
 どこかで泣き声がした。
 いつのまにか美雪は宮殿の寝室で目を醒ます──という夢をみるようになった。その宮殿内でいつも誰かの泣き声を聞く。どこから聞こえてくるのかは分からない。声の主を探してはみるのだが、広い宮殿内をひとりで探すのは難しく、途中で夢から醒めてしまう。
 これのせいなのだろうか、と美雪は胸にかけあるペンダントを軽く握った。
 
「ふうん」
 話を聞いて蓮は声をならした。美雪が持ってきた真珠のペンダントからは確かに強い魔力が感じられる。聞くところによると友人の人魚から譲り受けた品だという。魔力があるのはそのせいだろう。しかし──。
「でも、結局あんたには害はないんだろ? 放っておけばいいじゃないか。夢の中くらいお姫様気分を味わっても誰も文句は言やしないよ」
「けど──」
 美雪は口をつぐんだ。あの声は誰かに助けを求めているように思う、という言葉は言わなくても伝わっていた。蓮は呆れたように肩をすくめ、
「やれやれ、お人好しだね。あんたもあたしも。力になってやるよ」
 
 
   ※   ※   ※
 
 
 退屈そうに煙管を吹かせている傍ら、デルフェスが店内の掃除をしていると、見覚えのある女性が来店してきた。
 ──あれは確か……。
 女性──美雪はデルフェスに気づかなかったのか、そのままカウンターへ向かい、蓮に話しかけた。聞く耳を立てるつもりはなかったものの、美雪の表情が優れなかったのが、デルフェスは気になってしまった。
「──やれやれ、お人好しだね。あんたもあたしも。力になってやるよ」
「美雪様」
 頃合いを見計らって声をかけると、そこで美雪ははじめてデルフェスに気がついたようで、
「デ、デルフェスさんっ? どうしてここに?」
「わたくしはこのショップの従業員でございますの」
「なんだい、おまえたち知り合いだったのかい。だったら話は早い。手伝ってやんな」
「了解しましたわ。マイマスター」
 喜んでデルフェスはうなずいた。
 そこへもう一人、少女が話に割りこんできた。少女は魔法使いよろしく、とんがり帽子をかぶり漆黒のローブを羽織っていた。
「あら、みその様。今日の衣装は魔法使いですか?」
「ええ。けれどお姫様に仕える魔女ということで、今回のお話にはぴったりではないかと──御方の良いお土産話になるかもしれませんし、わたくしもお手伝いします」
 けれど、とみそのは言葉を継いだ。
「わたくしはあくまでお手伝いするだけですので、『その方』をどうするかは美雪様しだいです。宥めるも、活を入れるのも、お友達になるのも、殺すのも、ご自由に」
「……え、ええ」
 殺すという不穏な単語に身構えてしまった美雪に、蓮がやれやれと肩をすくめフォローを入れる。
「悪意はないんだよ。ま、大目にみてやんな」
 
 
「ずるーいっ!」
 声をあげたのはファルス・ティレイラだった。
 夢の中に物を持ちこめると聞いたデルフェスが、せっかく舞台が宮殿なのだからと衣装もそれに相応しいものを用意しなければいけませんわね、と美雪のためにドレスを用意したのだ。
 胸元に白い薔薇をあしらった純白のドレスに身を包んだ美雪は、顔を赤らめてうつむいてしまっている。耳には、ペンダントに合わせた真珠のピアス。
「やっぱり照れてしまいますね、こういうのは」
「照れることないって。似合う似合う!」
「ファルス様の仰るとおりでございますわ。よくお似合いですわよ」
 デルフェスがにこりと微笑んだ。
 今、『アンティークショップ・レン』にいるのは美雪と蓮、ファルスの他に、みそのとデルフェス、セレスティ・カーニンガム。蓮は除くとして、お姫様に王子様、魔法使いに、デルフェスはお付きの侍女といったところだろうか。
「あーあ。こんなことなら私も気合い入れてめかしこめばよかったかなぁ」
 このメンバーに配達屋さんというのは一人で浮いちゃっているかも。翼を広げればファンタジーらしくはなるけれど、やっぱりお姫様のパーティには不釣り合いのような気がするし。
 ファルスがつらつらと考えていると、セレスティが助け船をだしてくれた。
「よろしければ私でなにか用意いたしますよ」
「ホントですかっ?」
「ええ。それと、どこかホテルで部屋も借りましょう。さすがにここで眠ってしまうのはご迷惑でしょうから」
「ああ。そうしてくれると助かるよ」
 煙管を吹かしながら蓮が投げやりに返答した。
 
 
 セレスティに案内されたのは都内でも有数のホテルのロイヤルスイートルームだった。
 部屋に足を踏みいれた美雪は、その豪華さに目がくらみ、
「ふわっ」
 奇妙な声を発してしまった。見ると、物珍しそうにきょろきょろしているファルス以外は平然としている。
 夢でみる宮殿が中世の雰囲気がある豪華さであれば、このロイヤルスイートは現代的な豪華さ。美雪の住む家ほどの広さはあろうかというリビングの窓からは都内が一望できる。
 ここから観る夜景はさぞ綺麗だろう、と思うと同時に、場違いなところに来てしまった、と思わなくもない。
「しばらくファルス嬢をお借りします。それまでどうぞおくつろぎください」
 言ってからセレスティはファルスと一緒に部屋を後にした。
 残された美雪はとりあえずソファに座ってみたものの、やはり落ち着かない。
「美雪様。一つ伺いたいのですが」
 紅茶を淹れてきたデルフェスが、カップを差しだしてから尋ねた。
「そのペンダントはアルキオネ様のものでございますか?」
「あ、はい。そうです」
「アルキオネ様とはいったい誰でしょうか?」
 みそのが首をかしげた。
 今回、美雪に同行する四人の中でデルフェスとセレスティの二人は、彼女の持つ真珠のペンダントに一度関わったことがある。人里離れた湖の底に沈んでいた西洋風の城を舞台にした、人魚の姉妹の争い。アルキオネはその人魚の一人であり、美雪の友人でもあった。
「もしかすると、泣いているのはアルキオネ様のご姉妹かもしれませんわ」
「そうですね、そうかもしれません……」
「ええ。あの事件を免れるために夢の世界へ逃げこんで、事件が解決したのを知らずに、そのまま取り残されていることだって充分考えられることですわよ」
 美雪を安心させるようにデルフェスは微笑んだ。
 ──しばらくして、セレスティとファルスが戻ってきた。
 ファルスは赤を基調としたワンピースを着ていた。同じ色のヒールを履き、髪を軽く結い上げ、薄く化粧も施してある。ヒールが慣れないのか足下が覚束ないでいるが、うれしそうに満面の笑顔を浮かべている。
「とても似合ってますわよ」
「うん。すっごく可愛い」
「ありがとー」
「最初は男装の騎士という路線にしようかと思ったんですが、宝塚みたいになりそうでやめました」
 補足したセレスティは苦笑いをした。
 
 
   ※   ※   ※
 
 
 夜。
 美雪たちは絢爛豪華な寝室で目が醒めた。銀のシャンデリアが吊されている天井に、壁の肖像画、暖炉の上に飾られてある胸像。さきほどまでいたロイヤルスイートではなく、夢の中の宮殿だ。
「……ここは?」
「どうかなさいましたか?」
 寝室を見渡すデルフェスにみそのが聞いた。
「はっきりと分からないのですが、あのときのお城とは違う気がいたしますわ」
「美雪嬢、そうなんですか?」
「……すみません、あのお城には入ったことがないんです」
 前回の事件のときは二手に分かれたため、セレスティは湖の城には入っていない。そのせいで事情が掴めないことがいくつかあるのだが──。
「一緒か違うかは些細なことではないかと。問題は『その方』を見つけることなのですから」
 みそのの言葉にファルスも「うんうん」とうなずいている。
「私、その『湖の城』のこと全然知らないけど、とりあえず泣いている人を探してみようよ。詳しいことは本人に聞けばいいんだし」
 
 
 ひとまず手分けして泣き声の人を探すことになった。
 セレスティが寝室でしばらく待っていると泣き声が聞こえてきた。
 近くなのか、遠くなのか、それとも精神に直接聞こえてくるのか。確かにどこかで誰かが泣いているようだった。
 耳をすませ、もっとよく聞いてみる。おそらく泣いているのは女性。声がかすれてしまっているので断定はできないが、年齢も若い。十五、六といったところだろうか。
 その年齢の少女を知らないか、セレスティは宮殿内で尋ねてみようかと考えていた。
 城や宮殿は、内装や様式こそ違うものの、造りそのものは大差ない。いくつもの宮殿を訪れることが多かったセレスティは、おおよその判断で居住区と思われるほうへと向かった。
 しかし、すぐにおかしいことに気がついた。
 人の気配がしないのだ。誰かとすれちがってもいいはずなのに、それがない。いくつか部屋をのぞいてみたが、やはり誰もいなかった。
 泣き声は聞こえる。少なくとも一人の少女はいるはずなのだが……。
 中庭にでたものの、案の定、誰もいなかった。庭そのものは荒れておらず、むしろ丁寧に手入れされてある。庭師がいるのか、それとも夢の世界だから手入れをする必要がないのか。
 セレスティは軽く溜息をついた。
「あまり考える時間はないかもしれませんね。夢から醒める前になんとかしなければいけませんから」
 得意の占いで少女を探すことにした。
 セレスティ自身が道具を持ち歩いているわけではないのだが、中庭の中央には小さな噴水がある。これで充分だった。
 目をつむり、水面に手をつけ精神を集中させる。
 ──視えた。
 聖堂だろうか。数百人は入るだろう規模の部屋にある祭壇の下で、プラチナブロンドの少女がうずくまっている。その隣にはファルスが座って何か話していた。
「やれやれ。先を越されてしまいましたね」
 
 
 大聖堂にセレスティが入ると、みそのとデルフェスもすでに着いていた。もちろん、二人と同行していた美雪も。
 ちょうどファルスが彼女たちを紹介していたところらしく、一人一人の名前を少女に告げていた。
「それで、こちらがアリエルさん」
「リトルマーメイドですわね」
 人魚のみそのらしい感想を漏らしたが、セレスティにはもう一つ、心当たりがあった。
「いや、妖精の名前かもしれませんよ。シェイクスピアの」
 
 
「これに見覚えはありませんか?」
 美雪は真珠のペンダントをアリエルの前に差しだした。
 まだ半泣きのアリエルは、涙を拭い、何度かまばたきしてからペンダントと美雪の顔を交互にみた。
「……これをどこで?」
「友達の人魚から譲り受けたんです」
「……その人の名前はもしかして?」
「アルキオネです」
「やっぱり」
 アリエルは目を伏せた。涙がこぼれ、身体を屈ませてまた泣き崩れる。
「だ、大丈夫?」
「気持ちを落ち着かせてくださいませ」
 ファルスとデルフェスの言葉にうなずきはするものの、アリエルの涙は一向に止まりそうにない。身体を細かく振るわせては嗚咽がもれる。
「急がなくていいから、話せるようになったら話して。ね?」
 優しく美雪が言う。
 この宮殿の夢をみるようになってからずっと美雪は気になっていたのだが、アリエルを目の当たりにして、その思いはさらに強くなった。彼女がここまで悲しんでいる理由は何なのだろう、と。
 泣きやまないアリエルが、不意に、
「……あにの、なん、です」
 ゆっくりと顔をあげ、涙で濡れた顔をスカーフで拭う。それでも涙は止まらず、うつむきがちにアリエルは続けた。言葉は途切れ途切れではあったが。
「それは、死んだ、兄の、ものです」
「そういえば王子の遺品と言ってましたね」
 思いだしたようにセレスティが言う。その「王子」というのがアリエルの兄なのだろうか。そして、人魚の姉妹が争うようになったのも、その王子が原因なのかもしれない。
「お兄様を愛しておられたのですね」
「……はい」
 想いの強さがそのまま涙に直結しているのだろう。
 この宮殿もアリエルが作りだした幻か、それとも現実を直視できずに夢の中に逃避したのか。どちらにしろ、ひたむきに兄のことを慕っていたのだろう、と美雪は思う。そんなに想っていたのならば──。
「あの、どうにかしてお兄さんに会わせてあげることってできませんか?」
「さすがにそれは無理だと思いますよ」
「そのような方法はわたくしも存じあげておりませんわ」
 セレスティとデルフェスの言葉に美雪は肩を落とした。この人たちならば、どうにかなるかと思ったのに……。
「美雪様」
 声をかけたのは、みその。
「わたくしはアリエル様がどうなろうが構いません。アリエル様がここで泣き続けたいと願うのであれば、止めるつもりはありませんわ。けれど美雪様がそれは嫌だとお思いならば、美雪様ができる範囲で、美雪様がするべきことを考えたほうがよろしいのでは?」
「……そうですね」
 わたしにできる範囲で、わたしがするべきこと──。
 美雪は反芻した。なにができるのだろうと考えを巡らせてみるものの、特別な能力など何一つない美雪にできることなど限られていた。
 その中で、美雪が願い叶えられることは、一つ──。
「あの、アリエルさん。会ったばかりでこんなこと言うのは変だと思われるかもしれないけど。この宮殿に迷いこむようになって、わたし、あなたのことがずっと気になってた」
 目を赤くしたままアリエルが顔をあげ、まじまじと美雪をみつめている。
「お兄さんを亡くしたあなたの気持ちは分からないけれど。でも、こうして会えたんだから、もう一人では泣かないで」
 アリエルの身体を優しく抱きしめ、「泣きたいときは、わたしも一緒に泣くから」と耳元でささやく。そして、もう一言。
「だからお願い。笑って」
 
 
   ※   ※   ※
 
 
 翌朝。
 美雪は一人で目が醒めた。あれは夢だったのだろうか。覚醒しきらない頭でぼんやりと考えながら身体を起こすと、そこが自分の部屋ではないことに気がついた。いつも夢でみる宮殿ではなく、セレスティたちと宿泊したロイヤルスイートの寝室。
 慌てて着替えようとして、今度は自分がドレスを身に纏っていることに気がつき、脱いでしまうのは勿体ないような気がして、しばらくそのまま着ていることにした。
 美雪がリビングに入ると、
「おはようございます、美雪様」
 いつもと変わらない微笑みを浮かべるデルフェスに、おはよう、美雪も挨拶する。
 今、リビングにいるのは美雪を含めて五人。デルフェスとセレスティ、みそのとファルス。
「アリエルはどうしたんですか?」
「とりあえず座ったらどうですか?」
 セレスティに勧められて美雪はソファに腰を下ろした。よく見るとセレスティは楽しそうに笑っている。その隣でファルスも。みそのは表情を崩していなかったけれど。
「今、アリエル嬢が朝食の準備をしてくれているんですよ」
「美雪さんのために作ってるんですよっ!」
「?」
 事情は掴めないが、アリエルはこちらの世界にいるらしい。それが知れただけで不思議な感情がわいてきた。ホッとするような、あたたかくなるような、やわらかい感情。
「夢の世界まで迎えにきた美雪嬢のことを、もっと知りたいそうですよ」
「もっとお話がしたいって」
「よかったですわね、美雪様」
「……はい」
 うなずいた瞬間、思わず涙がこぼれそうになった。なんとか泣くのを我慢して笑顔を作り、それから思いだしたように、
「わたし、顔洗ってきますね。アリエルにも挨拶してこなきゃ」
 美雪は駆けだした。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【1388 / 海原みその / 女性 / 13 / 深淵の巫女】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2181 / 鹿沼デルフェス / 女性 / 463 / アンティークショップ・レンの店員】
【3733 / ファルス・ティレイラ / 女性 / 15 / フリーター(なんでも屋)】
 
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、セレスティさん。ライターのひじりあやです。
そして、約一年ぶりの続編にも関わらず覚えてくださっていて、かつ参加してくださり本当にありがとうございました。
話の展開上、NPCが全面にでてきてしまった感がありますが、セレスティさんがいたおかげで作品に統一感がでたと思います。セレスティさんがホテルを借りなければどうなっていたかと想像すると、ちょっと怖いですから(笑)
 
さて、今回もやっぱり作中で明かせなかったことがあるので、ちょっと補足をしますね。
あの真珠のペンダントは、幻を作ったり見せたりする力があるんです。ですので「湖の城」も幻だったのですが、そのへんが作品に活かせてないですね(苦笑)。
 
次の機会があれば、また参加してくださると嬉しいです。それでは、またお会いできることを祈りつつ。