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<東京怪談ノベル(シングル)>


『魔王の花嫁』

『変わっていく‥‥。あたしが。生れ落ちた時から今まで、自分自身であった存在が、今、魔物と変わっていく‥‥』
 背後に生まれた影が、醜く変わり蠢く。
『あたしはじょじょに変わっていく自分の身体を、理解できない化け物に対する恐怖と、これから始まるふたりの生活に対する喜びに、打ち震えながら見ていました‥‥』

 パンパン!
「ストップ! う〜ん、みなも‥‥もう少しこう、感情込めてやれない?」
 演出担当の少女が客席から手を叩いた。
 握り締められた台本で頭を掻いて、苦笑する。
「あたしの演技、そんなに悪いですか?」
 気弱な、伺うような目線を見せるみなも、と呼びかけられた少女に舞台袖から出てきた鎧の青年が肩をすくめて笑った。
「悪くはないと思うけど‥‥確かになんだか気持ちが入ってないみたいだね。みなもちゃん」
「あ‥‥先輩。ごめんなさい」
 そう言ってみなもは、海原みなもは頭を下げた。
「まだ、納得がいかないの? 役に、っていうか話に?」
 何度も説明したのにと言わんばかりの演出&台本係の言葉にみなもは素直に頷いている。
「ごめんなさい。お姫さまの気持ちとか‥‥周囲の考えがどうしても‥‥」
「演劇祭は、もう直ぐなんだよ。なんとか掴んで。お願いだから!」
 厳しい口調で言い募る演出係からみなもを庇うように、青年はまあまあ、と間に入る。
「みなもちゃん以上に役のイメージに合ってる子はいないんだから、もう少し長い目でみてあげなよ」
「‥‥それは、そうなんだけど‥‥。まあ、しょうがないか。じゃあ、今日はここまで。みなも、明日までにもう少し台本読み込んできてよ」
 片づけを始める後輩や友達の前で、ドレス姿のまま、みなもは立ち尽くし、真剣に考えていた。
「みなもちゃん、そろそろ帰ろう」
 先輩がそう声をかけて、友達が手を引くまで‥‥彼女は、考えていた。

 新学期が始まればすぐ、春の演劇祭が始まる。
 卒業生を送り出して後、新しい部活動のPRにももってこい、と部全体で盛り上がっている新作劇、もちろん、みなもとて、嫌がっているわけではない。
 いや、むしろ今まで半ば幽霊部員だった自分が、主役級に抜擢されたとあればやる気は通常よりも3割増(当社比)しているはずだ。
 だが‥‥‥‥。
「なんででしょう? どうも納得いかないのは‥‥」
 ベッドの上で読んでいた台本を、みなもは横に置いた。
 もう何度も読み返し、内容は暗記している。面白くない、とは言わない。
 古い戯曲をアレンジした斬新な内容。脚本&演出担当が
「絶対の自信作、幻想的で奇抜な恋愛譚!」
 と力を入れ、シナリオ選別でも人気だったのも解る。
 でも‥‥。
「‥‥どうして、この‥‥お姫さま‥‥は‥‥」
 部活動とバイトの疲れだろうか? 目を閉じたみなもの手がハタリとベッドサイドから落ち、呼吸が規則的に変わる。
 かすかな魔法が生まれる中、みなもは夢の中に落ちていった‥‥。


 昔、昔‥‥あるところに一人のお姫様がおりました‥‥

『えっ?』
 みなもは目を、目と呼ばれるものがあるのなら瞬かせた。
 空中に浮かぶ幽霊のような自分、その足元には聞こえてきたナレーションのように美しい一人のお姫様が立っていた。
『な、何これ? 一体?』

 第一場
 お姫様の周囲で人々は涙に暮れておりました。
「なぜ姫様がこんな呪いを‥‥」
「どうか、お逃げください。姫様が犠牲になる事はありません」
 そう言う者達の顔には諦めが浮かんでいます。
 王が治めるは人の国、だがそれよりも遥かに強い力を持つ魔国がこの世界にはありました。人にとっては恐怖の神に近い魔国の王が人の王女。姫君を見初めたのでありました。
「何を悲しむのですか? 私は王をお慕いしています。決して犠牲ではありません。私は望んで花嫁になるのですよ?」
 姫はそう言って嘆きの臣下達に声をかけました。
 ですが民にはそれは優しき姫の気遣いにしか聞こえません。
 もしくは呪われた姫の気狂いにしか。
 何故なら彼らにとって魔王は、恐ろしい外見の化け物であり蛇であり、竜であり、鬼であり、とうてい人ではありえなかったのですから‥‥

 
『あの、劇の‥‥物語の世界? 台本の中に‥‥紛れ込んだのかしら‥‥?』
 そんな夢のようなことが簡単に信じられるほど、不思議な世界とみなもは親しい。
『なら、お話が終れば帰れますよね。きっと‥‥』
 確証は無いが、確信はある。みなもは素直に現状を受け入れることにした。
(『それに‥‥、これは、チャンスかもしれません。役作りの‥‥』)
 みなもは下を見た。
 場面暗転。そして動き始める新たなる場‥‥

 第二場 魔王と姫 逢瀬のシーン
「どうして、皆は私の結婚に反対なの? 何故、皆には貴方のことが化け物に見えるの?」
 姫君は魔王の手を取りました。
「そなたには我はどう見える? 恐怖の化け物か? 人外の魔物では無いのか?」
 寂しげに笑う魔王に彼女は、一時躊躇って、それからいいえ、と首を横に振りました。
「確かに外見は恐ろしい魔物のようにも見えるわ。でも、私は知っている。貴方が誰よりも優しく、誰よりも気高い心を持っている事を‥‥」
 厚く、硬い胸元に彼女はそっと身体を寄せました。
 思い出すのです。モンスターに襲われかけた自分を助けてくれた、王との出会いを。
「私は貴方に命を救われた。貴方の側で生きて行きたいのです」
「‥‥そなたの方が美しい。人には稀な真の価値を見抜く目と、強く曇りなき黄金の魂を持っている。そなたが望むのであれば命もやろう。我が命さえ‥‥」
「愛しています。気高き方」
「愛している。美しき者よ」
 そうして二人は顔を合わせ、心を寄せたのでありました。

『人と、魔の恋。愛し合う二人。まだ理解できる‥‥でも‥‥。どうして祝福してもらおうと思わないのでしょう? どうして説得して誤解を解こうと思わないのかしら?』
 みなもの言葉に答えを返す者は無く、場面転換。
 周囲は闇に包まれた。

 第三場 魔王の城、姫の城
「‥‥どうしても、許さぬというのか? 主である我の命であっても!」
 苛立つように彼は杖の先を床に打ち付けました。
 座る玉座は黄金、その座にまします偉大なる彼らの主君に怒りをかうと知っていても、仕える者達は是と答えたのです。
「王が奥方に、と望むお方の人柄に我らは意義は申しませぬ。ですが、人と魔では存在が、身分が違いすぎまする」
「人など、我らにしてみれば愚かな獣にすぎませぬ。獣が我らを統べる尊き方の妻とは、国民全てが認めますまい」
「そして‥‥この地全てに御威光轟く我らが王よ。人にはお世継ぎは成せますまい‥‥無礼は十分承知の上、どうか、我らの命と引き換えにご再考を‥‥」
 忠臣達の言葉を良く聞く彼は名君でありました。そして‥‥彼は立ち上がり、言ったのです。
「そなた等の意見は相解った」
「なれば‥‥」
「だが、我も恋しい者を捨てる事はできぬのだ‥‥。国民、臣よ、そして全ての者よ、見るが良い。我が試す恋するものを。そしてそれが叶うならそなた等は誰一人かけることなく仕えるのだ。我が妻に」
 高く響く言葉に臣達は、魔国の全ての民達は静かに頭を地に付けて王の言葉を聞いたのでした。

 人の国、王の城
「‥‥王よ、ご決断あそばれませ。たった一人の命で王国は永久に人の世の支配を得るのです」
「魔国の王が付いたとあれば、我が国に逆らう者は無いでしょう」
 臣下の言葉に、それでも王は僅かに顔を歪めます。
「だが、あの化け物に、我が一人娘を嫁がせるのは‥‥」
「娘などまた生まれることでしょう」
「世継ぎの王子はもうおいでになって、この上姫を与えることで魔国に貸しを作れれば‥‥」
 囁く臣下たちの言葉を聞く前に、もう王の気持ちは決まっていたのでした。
「葬列の、いや‥輿入れの準備を‥‥!」

『政治的な謀略‥‥って言っていたけど、こういうことだったんでしょうか?』
 人よりも強く力のある魔国。そしてそれを利用しようとする人の国。自分の娘さえも差し出して。
 ある意味魔の者の方が強い心を持っていて、真実を見抜いているのかもしれないと‥‥。
『でも‥‥それでも‥‥』
 悩みを胸に抱えたまま、みなもの前で場面は動いていく。いよいよ‥‥最終幕。
 
 第四場 魔王の城の謁見の間にて
「よく来た。美しき、愛する姫よ」
 姫は、差し出された手に小さく身体を引きました。
「どうした? 我に怯えるのか?」
「いいえ」
 彼女は答えます。
「私は父王にこの国のため、と言われました。魔に見入られ呪われた娘は魔国に行くのだと‥‥」 
「呪いか‥‥」
 ふっ、微かに笑って魔王は姫の手を取りました。
「そなたは呪いだと思うか、我の愛を」
「‥‥」
 帰らない答えに魔王はさらに笑います。
「なれば、そなたに選択を許そう。他の誰にも許さぬ選択だ。国に戻り人として生きるか、それとも我が愛を受け永遠に生きるか‥‥」
「‥‥あたしが貴方の愛を受けたなら、私はどう変わるのでしょうか?」
「魂は変わらぬ、本質は変わらぬ。だが、肉体は我らと同じ者となろう。爪が、鱗が、牙が生え人ならぬ者となるだろう」
「‥‥親兄弟もあたしを怪物と見るのでしょうか?」
「人全て、残すもの無く‥‥」
 愛を取るか、人を取るか‥‥。
 沈黙の姫は顔を上げました。
「愛を、取ります。人は私を魔に魅入られ呪われた者と言いました。ですが‥‥私は貴方の愛が真実であると知っています」
「後悔しても戻れぬぞ」
「解っています」
 魔王は自らの指を切り、その血を黄金の杯に入れました。
「飲むがいい」
 姫はその杯を一気に飲み干したのでした。
 身体の中が燃え上がるように熱を帯び彼女は、小さく、そして大きく呻きました。
「変わっていく‥‥。あたしが。生れ落ちた時から今まで、自分自身であった存在が、今、魔物と変わっていく‥‥」
 自らの身体を抱え蹲る姫を、王は支え抱きしめます。
 彼の腕の中で姫の身体は、美しい蛇女神へと変わっていったのでした。
「見るがいい、国民よ、そなた等の新たなる女王を!」 
 高らかな声、ファンファーレ、そして‥‥暗転。 

『‥‥あたしはじょじょに変わっていく自分の身体を、理解できない化け物に対する恐怖と、これから始まるふたりの生活に対する喜びに、打ち震えながら見ていました‥‥』

「‥‥あ」
 気付いた時、みなもが居た場所は魔国ではなく自分のベッドの布団の上。
 天井に付けっぱなしのライトが目を指して、みなもは目を擦りながら身体をゆっくりと起こす。
 無意識に、自分の手と指を握って、開き‥‥何故だかホッと息をつく。
「‥‥良かった。やっぱり夢‥‥」 
 ベッドサイドの台本を、もう一度開いてパラパラ捲り、みなもはゆっくりと読み返してみた。
『見た』ことで少しだけ感じた。解った気がした。
「お姫さまの‥‥気持ち‥‥か」
 自分が見るものは彼女にとっては当たり前で、何よりも愛しい大事なもの。
 だが、人にはそれが見えない。理解できない化け物にしか。
 見えないものに、それを理解させるのは難しい。信頼を得ることはなお‥‥難しい。
 彼女も勿論、理解してもらった上で、祝福をもらえれば最高だったろう、でも、それはできなかった。だから‥‥。
 だから、彼女は選んだのだ。家族や故郷を捨てても、自分の大事な世界を‥‥。
「そう、考えれば解りますね‥‥。少しは‥‥」
 もし、とみなもは考える。
 自分の家族が「普通」の人で、自分だけが「特別」だったら、どちらを取るのだろうか。
 そんな心配は必要ないけれども。
「ともあれ、少しは理解できそうですね。役作りとは‥‥なかなか難しいです」
 もう一度おさらいを‥‥みなもは緩やかに手を上げた。


 一ベルが会場内に響き渡る。
 カメラの音、ビデオの音、客席のざわめきを緞帳の向こうで聞きながら、彼らは板についた。

「春の演劇祭 ‥‥中学 『魔王の花嫁』 開演です」