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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


虎の宝

●虎穴に入らずんば。
 蒸気街の外れ、大きな庭のある豪邸の一室。
「先日、お迎えの手紙が来ましてね」
 小学生大のペンギンを前に、豪奢なベッドに寝る大柄な虎人がポツリと呟いた。
「準備はしておりましたの。冒険王に恥じぬ地下迷宮倉庫。冒険王に恥じぬ姑息な罠。ですが」
「なるほど。それが我輩を呼んだ理由ですか」
 芝居がかった仕草のペンギンに、虎人がレース地の袖を口元に寄せ恥ずかしげに笑う。
「ええ。冒険王に相応しい宝を決められないのです」
 部屋の一角にある鋼鉄製の扉を見つめ、再びポツリと。

「倉庫整理や掃除なら、腕の良い所を紹介するけど?」
 最近珍しい手書き原稿から目を上げ、碇麗香はにっこりと笑った。
「あの御方は冒険王ですからな。やはり歴代最強魔王の貴方様にご尽力いただきたい」
「ほうほう。つまり『求む! 冒険者』なわけや」
 と、土産代わりと届けられた銀の鹿の角で肩を叩きつつ五色。
「さすがは最強暇人殿。そう『死して屍拾うものなし』なのですぞ」

●闇の中へ
 うす暗がりの中、ぼんやりと暖色の光が灯っていた。
「明かりぐらい用意しろよおっ」
「それは猫が言うことですかな?」
 まばらな足音。響く音は、ほぼそれのみ。
「おおっと、トラップ……って驚けやあっ!」
 ぺし。
「痛い、です」
 まあ、そんな感じで。三人と二匹は、倉庫内を歩いていく。

●問題発生
「つうか、あれやなあ」
 石造りの壁にもたれる五色が、紫煙を吹いた。地下にしては不思議なほど風通りは良く、煙が留まるはない。
「作ったヤツも、ここまで罠が無効化されるとは思うまいて」
「駄目か?」
 なんとなく煙を目で追いながら、ササキビ・クミノ(―・―)は尋ね返した。ここまで幾多の罠を発動させつつも無傷でいられるのは、クミノの力によるものだ。
「いや、なんつうんですか? 風情がないと言いましょうか」
「駄目なのか?」
 今度はきっちりと顔を見上げながら言う。休憩と称して行き止まりに止まってから、はや数十分。
「いや、そうやなくてやなあ」
「風情よりも安全。ササキビさんが正しいでしょ?」
 苦笑しつつ、麗香がクミノの頭を撫でる。
「もっともどこの倉庫に罠なんて仕掛けてあるのか、とは思うけど」
「「ここ」」 
 クミノと五色の返事がハモった。
「そうじゃなくて!」
「あのさ。魔王イジメもいいんだけどさ」
 そこで男爵ペンギンと略式の地図を眺めていた猫所長が間に入る。
「三人とも迷ったことは自覚してるよね?」
「失敬な」
 五色がすかさず胸を張った。
「イジメやなく、ただからかっただけ。な?」
「そんなつもり、ない」
 確かに罠は無効化してきた。それにより無傷で進むことは出来た。だが。
 一同は見事に道に迷っていた。
「ペンギンって鳥でしょ? 帰巣本能はどうしたのよ」
「お言葉ですが、ここは我が街ですからな」
 麗香の問に男爵が申し訳なさそうに頭を下げた。
「じゃあ、猫」
「却下。所長は野良やし」
「野良違うぅ! でも無理ごめん」
 五色に猫キックをいれつつ、猫所長。
「仕事」
 と、そこでクミノは何かに気がついた。一言呟いて、闇に目を凝らす。気のせいではなかった。
ランタンの光を反射する細い輝きが三つ。低い低い唸り。
「キャンプ中ってエンカウントしないんじゃないの?」
「そう言う問題じゃない!」
「戦闘開始」
 クミノは小さく呟くと、召還する武器を選ぶべく精神を研ぎ澄ました。

●倉庫の倉庫
 ダ、ダダダダダダダダダダダ……バン!

「で? ここが目的地でいいのね!」
 肩で息をしながら、麗香がすごむ。
「お、恐らく、そうです、ぞ」
 ぺたりと寝そべったまま何度も地図を見返しつつ、こちらもぜいぜいと男爵。
 それからの探索(?)は強行軍となった。角を曲がるたび、どころか、ニ三歩進むたび、なんらかの障害が起き、それに対処し、それが終わると何か障害が起き……最終的には全部無視しての全力疾走大会。
「だ、そうよ。みんな、い、きてる?」
 飛びこんだばかりの扉にもたれる麗香が一同を確認する。
「バカがはぐれた」
「三つ前の十字路で逆に行きました」
 クミノの肩で猫所長が言い、クミノも自分が確認したことを告げた。あくまで仕事は倉庫整理と“掃除”。どちらか一方のみではなく、またそれ以上でもそれ以下でもない。
「あっそ。ま、いいわ」
 それは麗香も同じだったようだ。もっとも、こちらは『これ以上知ったことか』かもしれないが。
「……さて。それじゃ、さっさと終わらせるとしましょうか」

「確か、冒険王に相応しい宝だったわよね」
 刃よりも長い装飾の鍔のついた剣を手に麗香が聞いてきた。
「そう聞きました」
 水晶球のようなものを手にクミノは頷いた。そのまま右に置く。本当に宝なのかと聞きたいほど無造作に積まれている品々だけに、種類分けだけでもいつまでかかることか。
「どういうものだと思う?」
 まだへばっている男爵とそれにちょっかいをかける猫所長を横目に、麗香が小声でささやく。
「整理と記録が仕事です」
 柄を挟み双方に伸びた刃。あきらかに武器。
「参考にしたいの」
「参考、ですか」
 さすがにそこまで言われては答えるべきだと判断する。
 一応、クミノなりの答えはあった。ただ仕事は整理と記録。決定権はあくまで麗香にあると考え、口に出さずにいた答え。
「その心を継ぐ者、と思います」
「心、か」
 その答えに何を感じたのか。麗香は顎に手を当てると目を閉じた。
「心、心ね」
「ここでの冒険の定義が分からないので、推測ですが」
 手が七本ある人形。水晶球と同じく置き物と判断し右に置く。
「そうよね。私たちは何も知らないのよね」 
 三叉の矛。飾りが少なく武器っぽいので左。
「うん。でもそうなると」
 透明だが銀色に光る水滴型の板。盾?
 と、首を傾げていて、にんまりとした麗香の顔に気づく。
「何か?」
「ん〜? ちょっと、ね」

●虎の宝
「ただいま〜♪ って、何をくつろいどるかあああっ!」
 優雅にお茶会をしている五色に猫キック炸裂。そして連打。
「お帰りなさい。その様子では決めてこられたようですね」
 周囲の椅子を進めつつ虎人。
「まあ、ね」
 奥に行くと言う事は奥から帰ってくると言う事。つまり往復強行軍。と言うわけで、と言うわけでもないだろうが、礼儀も何もなくどかっと麗香が椅子に座りこむ。
「光栄ですわ。魔王様直々に検分して頂けたとは。それで、何になりましたか?」
 さすがに表情を見極めるのは難しいが、それでも嬉しそうだとは分かる。
「それなんだけど」
 ものすごい作り笑顔で麗香が、クミノを促す。隣の椅子に座りクミノは小さく息を吐き、口を開いた。
「置いて来ました」
「え? いえ、しかし」
 さすがにその答えは考えていなかったのか、虎人がきょろきょろとクミノと麗香の顔を見比べる。
「今、決めてこられた、と」
「そうよ。私は決めたわ」
 わざとらしく一度ため息をついてから、再び笑顔を作る。
「でもそれは私が思う冒険王の宝でしかないの。私が知っている宝って言うのは、人それぞれが選択し決定するものなの」
「ええ。ですから私は」
 言いよどむ虎人を麗香が制する。
「だから、あそこにたどり着いた人が『これこそ冒険王の宝だ』と思えば、それが冒険王の宝」
「その思いは次代に続き、新たな冒険王に繋がるはずです」
 クミノはじっと虎人を見つめた。出すぎたマネかもしれないが、麗香曰く絶対に必要な言葉だとか。
「確かに……そうですね。ええ、私があれを集めた時もそうでした」
 恥ずかしそうに虎人が口元を隠す。
「ありがとうございます。私ったらすっかり冒険王の心を忘れておりました」
「いいのよ。最近、運動不足だったしちょうど良かったわ」
「青い顔してたけど?」
「な〜にか言ったかしら?」
 スーツの背に乗る猫を睨む麗香。虎人がくすりと笑う。
「さ、お茶を入れなおしますので、お茶会にお付き合い下さい」
「では。砂糖抜きでお願いします」
「あらあら」
 そして、麗らかな日差しに溶ける笑い声が響き始めた。
 それは冒険からは、程遠い平和なある日のこと。

「ところで男爵はどうしたのですか?」
「あ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1166 ササキビ・クミノ (ささきび・くみの) 13歳 女性 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。
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■         ライター通信          ■
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 どうも、平林です。このたびは参加頂きありがとうございました。
 イメージがずれてなければ良いのですが、さて。
 10フィート棒をメイン武器にすると言って呆れられたのも良い思い出。って、障害が起きまくったら瘴気の使用回数がピンチ……はっはっはっ?
 では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(05/桜/平林康助)