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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


人喰いの鬼
 
 
「明日美、大変。また出たんだって!」
 朝、教室で顔をあわせるなり朝比奈麻衣が言った。「また出た」というのは、最近学園内に出没している「人喰い鬼」のことだ。誰が人喰いと言いだしたのかは分からないが、人間が被害にあったという話を明日美は知らない。聞くのは猫や犬といった動物ばかりで、(大変には違いないけど)麻衣のように騒ぐほどではないと思うのだけど。
「それで今度はなにがやられたの? ペットの子豚?」
「なに呑気なこと言ってんの! 今度は三年の先輩だってば」
「えっ?」
「先輩たちが有志を募って鬼退治しようとして、逆に返り討ちされたんだって。命に別状はないみたいだけど、一人は腕を食い千切られたって大騒ぎになってるよ!」
 嫌な予感がした。深刻な事態だというのに麻衣の表情はどこか楽しそうだ。
「……もしかして変なこと考えてない?」
「分かる? こんな面白そうなこと放っておくなんて勿体ないじゃん」
「危ないって。今度は大怪我だけじゃすまないかもよ」
「ヘーキヘーキ。なんとかなるっしょ」
 この根拠のない自信はなんなのだろう、と明日美は呆れて溜息がこぼれた。それに問題の鬼がどこにいるのかも分からないのに……。
 
 
   ※   ※   ※
 
 
 やる気がしねーな。
 話を聞きながら和真は思っていた。「人喰いの鬼」に腕を食いちぎられたという生徒の親から、その鬼をどうにかしてほしいと依頼されたものの、自身の出生のこともあって、あまり祓う気はしなかった。
 もちろん、それを生業にしているので、考えていることを表情にだすなんてことはしない。
「とりあえずは引き受けますけど」
 ビジネスのためにはもう少し自然に人と接せられればとも思うのだが、どうにも上手くいかない。そういう自分の姿も想像できなかった。
「……その子は今、入院とかしてるんですよね?」
「ええ、神聖都の大学病院に」
 
 
 学園都市と呼ばれても不思議ではないほど巨大な敷地面積と、充実した施設がそろっているのが神聖都学園。その気になれば衣食住を学園内でまかなうことも可能で、事実、寮住まいの大半の生徒はそのようにして生活している。
 もちろん神聖都学園の大学病院も同じ敷地内にある。
 教えられた病室を訪ねると、六人部屋にひとり、腕をギプスで固定した少年がベッドに横たわっていた。腕は縫合手術でつながったらしい。
「何の用?」
 つまらなそうに聞く少年に事情を説明すると、
「ふうん。その割にはなんだか頼りなさそうだけど? 僕より痩せてるみたいだし」
 むかつくガキだな。
 子供と女の涙と頼み事には弱いし甘いと自覚していたが、生意気なガキは嫌いだ。ガキといっても彼との年齢差はほとんどないのだが。
「……少し話を聞かせてくれないか。数少ない『鬼』の目撃者なわけだし」
「まぁ、いいけど」
 ぶっきらぼうに言う和真に、やはりつまらなそうに少年は答えた。
 彼らが襲われたのは、大学のキャンパス内にある桜並木の付近なのだという。その近くには外部の人も利用できる植物園や、農学部で使用している農場が広がっている。
「『鬼』の姿はどんな?」
「赤い小人のような。ぼんやりとしか見てないけど」
「なるほどね」
 実物を見てみないと分からないが、山へ還す方向で考えたほうがいいかもしれない。姿形が人間に近ければ、人の常識を教えつつ俺の店で働かせるのもいいのだけど。
 とにかく、人間じゃないという理由で問答無用に殺すというやりかたは好かない。桃太郎は嫌いなのだ。
 
 
「でかい学校だな」
 思わず和真は毒づいた。
 捕獲・束縛系の霊符を学園の主要な施設に貼っていっているのだが、桁違いの規模に辟易してしまう。以前もこの学園を訪れたことはあったのだが、あのときはここまで広さを感じはしなかったと思うのだが。
 ──しばらくして反応があった。
 少年が襲われたという桜並木の方向からだった。
 まずは様子を見ようと決めこんだ和真は、手近な桜の樹に飛び乗った。鬼に発見されないよう、身体を隠しながら様子を窺おうとすると──。
 視界に少女が飛びこんできた。一人ではなく、四人も。彼女たちは楽しげに会話をしながら桜並木を奥へと進んでいく。
 ああ、もうなにやってんだよ、あいつらは。
「おいっ」
 声をかけると同時に和真は桜の樹から飛び降りた。突然のことで、きょとんとしている少女たち。
「こんなとこで何やってんだ。ここは危険だから近づかないほうが──」
「なんだ、谷戸和真(やと・かずま)ではないか」
 少女の一人が言った。以前、この学園で会ったことがある亜矢坂9(あやさかないん)すばるだった。
「……フルネームで呼ぶなよ。長ったらしいから」
「知り合いなんですか?」
 小柄な少女がすばるに聞くと、彼女は無表情のままうなずき、
「以前、一緒に仕事をしたことがあるのだ」
 それから自己紹介をしてもらった。小柄な彼女は月夢優名(つきゆめ・ゆうな)。あとの二人、朝比奈麻衣と上原明日美が心配で今回の件につきあっているのだという。
「でも、こういうことに素人が首を突っこむのは危険だぜ。ただでさえここには俺の仕掛けた捕獲用の霊符が──」
「ちょうどいい。谷戸和真も手伝うのだ」
 さきほどと同じように話を聞いていないすばるが奥へ進んでいってしまう。
「ちょっと待てよ。人の話を聞けってば。おいっ」
 このまますばるに鬼を始末されたら計画が狂ってしまう。慌てて和真は追いかけた。
 
 
 ぎゅるるるる……。
 くぐもった声が聞こえてきた。和真たちが桜並木を抜けると、「それ」がいた。全身が赤い、人に似た獣。四つ脚で地面に這い和真たちを睨んでいるが、霊符の効果のためか、そこから身動きがとれないでいる。
 額から生えている角、口許から伸びている牙、そして異様に長い爪。それらをどうにかすれば人間として見えなくもないような気もするが……乗り越える障害は大きそうだ。和真は肩を落とした。
 ぎゅるるるる……。地面を這ったままで鬼が咆哮する。
「あれ、言葉が通じる相手だと思う?」
 隣にいる優名に聞く。
「たぶん、無理だと思います」
「だよなぁ」
 俺のところに迎え入れるのは無理か。だったら──。
 ゆっくりとした歩調で和真は鬼に近づいていく。その背後ですばるが大声で(けれど抑揚のない淡々とした声で)、
「不用意に近づくのは危ないのだ。そいつの爪は中華包丁で、人の腕が野菜なのだ」
「なに言ってんだか分かんねーよ」
 思わず苦笑した。
 和真を眼前にした鬼は牙を剥きだしにし、鋭い眼光で威嚇せんとばかりに睨み、咆える。地面を蹴り、見えない捕獲網から抜けだそうと身体を捻る。
 ──結局、人間なんて身勝手なんだよな。
 人間だって生きるために動物を殺しては食う。何者かに襲われれば、自衛のために相手を傷つけることだってある。異形のこいつだって一緒だ。人間の側にいるかいないか。違いなんて、それだけのこと。
「わりぃな」
 和真は切裂丸を抜いた。
 そして、それを一太刀──。
 
 
   ※   ※   ※
 
 
「なぜ、あの鬼を始末しなかったのだ?」
 優名たちを帰したあと、一人残ったすばるに尋ねられた。
「いろいろ事情があんだよ」
 出生のことを隠しているわけではないが、説明するのが面倒だった。それにまつわる感情のことも。
「それで、その鬼はどうするのだ?」
「無人の山にでも還そうかと思ってる」
 たぶん、それがこの鬼にとっても一番しあわせなことだと思う。生まれてきたものなのか、それとも人が墜ちた姿なのかは結局分からずじまいだったが、最後まで迷惑をかけさせる。
「じゃ、俺はこの辺で」
 足下で気絶している鬼を拾いあげ、ゆっくりと歩きはじめる。無人の山とはいったものの、どこがよいだろうか。過疎の村か。それとも無人島のほうがいいだろうか。
 ぼんやりと、そんなことを考えつつ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4757 / 谷戸和真 / 男性 / 19 / 古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】
【2803 / 月夢優名 / 女性 / 17 / 神聖都学園高等部2年生】
【2748 / 亜矢坂9すばる / 女性 / 1 / 日本国文武火学省特務機関特命生徒】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、和真さん。ライターのひじりあやです。
今回は参加してくださってありがとうございます。最初は一人で行動ということだったので、ほとんど個別で書き分けしたような形になってしまいましたが、どうだったでしょうか。少しでも楽しんでいただければ、と思ってます。
和真さんのプレイングは、わたしが東京怪談でやりたいことと重なる部分が大きかったので、とても楽しく書かせていただきました。ありがとうございます。「子供と女性の涙や頼み事には弱く、甘い」というのも、もっと上手くだしたかったんですけど・・・。
機会があれば、また参加していただけるとうれしいです。それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。