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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


その首に鈴を

「三丁目にある公園、知ってる?緑色のブランコがある公園。あそこ、ぜったいなにかいるよ。この前、うちの犬を散歩させてたらいきなり引っ張られたの。私じゃなくて、犬が。びっくりして、リードを引き返したら大丈夫だったんだけど、それでも犬の首のところになにかに噛まれたみたいな跡が一週間くらい残ってた。
犬を散歩させるときは、あの公園はやめたほうがいいよ」
 掲示板にそんな書き込みがあった。さらにその下にはズラリと、自分も同じ経験をしたという人の意見が伸びている。
「犬だけじゃなくて、あのあたりにいる動物は猫も鳥も首に噛み傷がついている」
「前、犬の母子が死んでるのを見た。あの親犬が仔犬を探しているんだ」
「このままじゃいつかぎせいが出る」
書き込みは、自分の大切なペットが首を噛まれたまま連れ去られることを恐れていた。この怪奇現象を治めるには親犬をなんとかしなければならないのだろうけれど、犬の霊は動物が一緒のときでないと、人だけでは現れないのだった。
 みんな、犬の霊をおとなしくさせたいと願っている。しかし、そのためにペットを危険にはさらせなかった。猫の首に、いや犬の首に鈴をつけられる人を、書き込みは求めていた。

 公園に程近いオープンカフェを待ち合わせ場所に、集まった五人はそれぞれ持ち寄った囮を見せ合った。
「私は猫石を持ってきたのだけど」
「俺たちもだ」
シュライン・エマ、羽角悠宇、初瀬日和の三人はそれぞれ、手の平にのるほどの小さな丸い石を取り出した。
「いくら囮とはいえ、罪もない生き物に怪我させちゃ悪いものね」
「ええ」
「・・・・・・オイ、ア奴ラハアノヨウニ言っておるゾ」
「善良ナ連中ジャ」
一歩引いた場所で呟きを交わしているのはザヒーラ・アスターヘルとその連れ、鋭い目つきの黒犬アヌビス。長身のザヒーラの腰くらいまである大きな体は細身で、東京の街中を歩くよりはドイツで軍用犬でもしているほうが似合いそうな外見である。
「我バカリガナゼ、コノヨウナ事ヲ・・・・・・」
人間の言葉をしゃべるアヌビスはどうやら、囮になることが不服らしい。だがザヒーラはなんでもないような顔で
「タマニハ世ノ為人ノ為、ひいて言えば金ノ為、ジャ」
口調はテンポよく、為、と言うたびにアヌビスの頭を一つ手の平で叩く。それにつられてアヌビスの尻尾も揺れた。
「俺も、猫石持ってきたんだ。だけど、本当に石だけで出てくるか不安だから、俺も囮になるよ」
カフェのテーブルの上で、自分の体くらいありそうなケーキを食べつつ喋っているのは小さな鼬。だがそれは鈴森鎮が変身している姿で、その元は小学生の元気な少年である。
「危ないぞ」
悠宇が心配するように大きなイチゴを抱えた鎮をつまみあげる。
「大丈夫だよ。だけど、くーちゃんは心配だから、誰か預かってくれないかな」
くーちゃんは鎮のペットであるイヅナ、ただしサイズはハムスターくらいしかない。ネットの噂になっている犬に襲われたら首に怪我するどころか一口で食べられてしまうだろう。
「わかりました。私がお預かりします」
自分も同じくイヅナを飼っている日和が、くーちゃんを受け取った。二匹のイヅナは、互いの匂いを興味深く嗅ぎあっていた。
「じゃあ、ちょっといいかしら?ここへ来る前に調べてきたことがあるから、聞いてちょうだい」
イヅナたちに意識が逸れかけた場を引き戻すように、シュラインが声のトーンを上げた。
「ナンダ?」
「この近くの保健所に問い合わせてみたのよ。そうしたら一ヶ月くらい前に、ネットに噂が上る少し前ね、公園で犬の死体を五体収容した記録が残ってたわ」
「五体・・・・・・じゃあ、親子とも死んでるんだな」
「お墓とかって、ないのかしら」
悠宇と日和は顔を見合わせる。母犬は恐らく、自分の子供が死んだことを気づかずにさまよっているのだ。お墓を見せて、教えてやれば理解するかもしれない。
「近所の人に聞いたら、公園のどこかにそんなものがあったって」
「じゃあ、私と悠宇くんはそれを探します」
「手間ヲかけるヨリ、直接母犬ヲ説得スレバいい」
「本当ならそれが一番だけどね」
大抵のことは希望どおりにいかないのだと、シュラインは片目をつぶる。うまくいくといいな、と黒犬アヌビスの頭に乗った鎮が頷いた。

 犬が現れる公園は、五人が想像していたよりもずっと広かった。中学校の校庭くらいはあるだろうか、その半分ほどは子供野球のグラウンドになっているのだが、もう半分は樹木が植えられその間にぽつんぽつんと遊具が設置されている。
「子犬の墓なんて、どこにあるんだよ」
思わず悠宇がぼやいてしまうのも、無理なかった。これでは、母犬が迷ってしまうのも無理ないだろう。
「どこにあるかわからないから探すのよ、悠宇くん」
「わかったよ・・・・・・」
他人が絡むと日和は、普段よりずっと大胆になる。本来の日和は、どちらかといえば引っ込み思案なほうなのだ。それが、こういうときだけは悠宇のほうがブレーキをかける側に回る。
「気をつけるんだぞ、日和。茂みなんかにうっかり触って、棘でもかけたら大変だ」
「うん」
そして悠宇と日和の二人は、イヅナを使って公園の中の墓を探しはじめた。だが、今のまま放っておくと母犬にイヅナが狙われかねない、最初の注意はシュライン、ザヒーラ、そして鎮たちの側へ向けておかなければならない。
「私たちも準備しましょう」
シュラインは、最初に犬の噂が出た緑色のブランコの傍に猫石を二つ並べて置いた。後の二つは予備である。その石の上に鼬の鎮がちょこんと座り、さらに後ろにはザヒーラの黒犬アヌビスが控えた。
「・・・・・・」
「心配スルナ。オ前ハ我ガ守る」
口では大丈夫と言いつつも緊張で体が固くなる鎮の耳元で、アヌビスが囁いた。
「ああ」
頷いた鎮のすぐそばで、ガサリという茂みをかきわける音が響いた。

 現れたのはアヌビスと同じくらい、立ち上がれば成人の肩くらいまでありそうな大きな犬だった。薄汚れてはいるがゴールデンレトリーバーらしい。
「どこに暮らしてたのよ、あの犬」
シュラインが思わず呟いてしまうのも当然である。あんな犬が飼い主もなしに街中をうろついているのは一種の凶器だ。本気で噛みつかれたら、ひとたまりもないだろう。彼女の神経を逆立てないように、とシュラインは願った。
「・・・・・・」
母犬はゆっくりと猫石、鎮、アヌビスの元へ近づきまずは二つの猫石の匂いを嗅いだ。だが、それが探しているものとは違うことに気づいたのか今度は鎮のほうを見た。
「!」
そのとき、思わず鎮が取ってしまった行動とは。
「駄目ダ!」
ザヒーラと、アヌビスが叫ぶのは同時だった。小動物の本能的な恐怖で、鎮は、母犬の前から逃げ出してしまったのだ。目の前で動くものを見ると追いかけてしまうのは犬の衝動で、母犬もつられて駆け出した。
「追え、アヌビス!」
言われるまでもなく、アヌビスもそれに続いた。アヌビスの鍛えられた足は、母犬を一飛びに追い越し、鎮に追いつくとその白い首筋を噛んで自分の背に放り上げた。その後ろを、今度は母犬が追いかける。
「・・・・・・ああ、いけない!駄目よ、そのままじゃ駄目!」
騒動を呆然と見送っていたシュラインがはっと、我に返って叫んだ。
「あの母犬は、鎮くんを子供だと思ってる。それをアヌビスに奪われると思って、気が立ってるわ」
その証拠に、母犬は牙を剥き出しにしてアヌビスを追いかけてくる。うっかり止まると噛みつかれかねないので、アヌビスもスピードを落とせない。鎮はもう、振り落とされないよう必死でしがみついているだけである。
「気ヲつけろ、アヌビス。止まるナ」
ザヒーラから言われなくとも、アヌビスは走るのをやめようとはしなかった。だが、その逃げる方向がまずかった。
「なんだ?」
凄まじい勢いで迫ってくる気配に、茂みの中に立っていた悠宇が視線を後ろに投げた。すると、日和の背後から犬が二頭、ものすごい勢いで走ってくるのを見つけた。一匹はザヒーラのアヌビスらしい、ということはわかったのだがそれ以上頭が働くより先に
「日和!」
両腕を伸ばして日和を捕まえ、肩の上まで抱え上げた。

 アヌビスは身を低く沈めて、悠宇の足元をすり抜けた。その後を追ってきた母犬は牙を剥き出しにしていて、なにかに噛みつかなければ落ち着きそうにもなかったので悠宇は右足のブーツを犠牲にした。
「・・・・・・落ち着きやがれ・・・・・・」
母犬の牙がブーツの金具を噛んだ、ガチリという音が響いた。鋭い歯は足まで食い込みはしなかったものの、締めつけられる感触があった。思わず悠宇は悲鳴を上げかけたが、肩の上の日和が心配そうに震えていたので、笑わなければと思った。
「大丈夫だ、日和。大丈夫だ」
そう言いながらゆっくり深呼吸を繰り返していると、そのうち日和だけでなく母犬のほうも落ち着いてきたようで、薄い目の色が穏やかになってきた。そんな二人のもとへ、シュラインとザヒーラが追いついてくる。
「怪我はない?」
「多分」
ブーツを脱がなければはっきりとしないけれど、多分大丈夫だと悠宇は頷く。
「シュラインさん、あそこ」
悠宇の肩越しに、日和がクヌギの根方を指差した。示されたところには、丸い石が輪の形に並べられて置いてあった。それから、子供が置いたらしい枯れかけた小さな花束。
「あれがお墓ね」
シュラインは、母犬の注意を引くためポケットに入れていた石を素早く放った。石は、猫石だったが、墓の上に並べられていた石の一つに当たって澄んだ音を鳴らした。
「・・・・・・」
母犬はその音を仔犬の声とでも思ったのだろうか、悠宇のブーツに噛みつくのをやめて、墓のほうを見た。そして、やっと悲しげに鳴いた。
「あなたの子供はもう、ここにはいないのよ」
シュラインが、諭すように母犬に語りかけた。鎮も頷いて、言った。
「きっと、向こうの世界でみんな待ってるよ。ううん、お母さんが来ないって、泣いてるよ」
だが母犬は、やはり鼻を鳴らすだけだった。どうやら、仔犬が心配でさまよっているうちに向こうの世界へ行く方法がわからなくなってしまったらしい。
「アヌビス、我ラノ出番ジャ」
「承知」
アヌビスは鎮に離れるよう命じて、そして赤い瞳をゆっくりと閉じた。すると、その黒い体から金色の光が溢れ出してきた。
 エジプト神話においてアヌビスは死者の神と言われている。ラーの天秤を用いて死者の罪を計り、その者を黄泉へと送り出すのである。
「光ニ身ヲ委ねるガイイ。子ニ会える」
母犬は答えるように一声吠えた。それから落ちていた猫石をくわえあげ、光の中へ飛び込んでいった。

 翌日五人は、犬の母子の供養のためにと線香と小さな花束を墓に備えた。保健所が死体を引き取ったのだから、実際に五匹の犬がそこに眠っているわけではないけれど、心が残っているのはこの場所なのだ。
「ちゃんと、子供に会えたんでしょうか」
不安げに日和が空を見上げる。寄り添う悠宇は、今日はブーツではなかった。
「我ノ仕事ニ抜かりハない」
子供好きのザヒーラは、人間の姿に戻った鎮の頭を撫でまわしながら得意げに頷いた。鎮といえば、母犬に噛みつかれることはなかったが黒犬アヌビスに噛まれたおかげで結局首のところに傷跡が残ってしまった。
「大丈夫よ、きっと」
シュラインは頷いた。母犬の声はきっと仔犬に届く。なぜなら、自分たちが母犬に鈴をつけたのだから。その鈴は、本来この公園を通る人たちに注意を促すためにつけられるはずだったけれど、今となっては子供へのよびかけだったのだ。
 目を閉じて、耳をすませばきっと聞こえてくる。あの猫石の音が。母犬が、仔犬に与えるために持っていったおもちゃの音が。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
5105/ ザヒーラ・アスターヘル/女性/999歳/一応、始末屋。露天商を度々


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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は、アイテムとして設定した猫石を使えないかなあと
考えたイベントでしたが楽しんでいただけたでしょうか。
母犬を凶暴にするか穏やかにするかかなり悩みました。
なんとなく、幽霊に関するイベントにシュラインさまが
参加されるとしんみりした気持ちになります。
シュラインさまの隠された過去、というか切ない思い出を
感じてしまうのかもしれません。
個人的には犬笛を使いたかったのですが、使うと鎮さまや
アヌビスがダメージを食うので泣く泣く断念しました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。