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<東京怪談・PCゲームノベル>


とりかえばや物語?

■桐生・暁〜やさしい夢の中で〜■

 その店に寄ってみたのは単なる偶然だった。
 珍しく早く目が覚めたので、学校に行くまでの暇つぶしにと街中を歩いていたのだ。
 そう、たまたま。
 たまたまその店が開いていたから入ってみただけ。
 それがこんな・・・


「愉快なことになるとはなあ。はははっ」
「笑っている場合か」
 軽く笑い飛ばして重苦しい空気を払ってやろうかという粋な計らいは、冷たい言葉にあっさり切り捨てられた。目の前には難しい顔をして考え込んでいる自分の姿。
 普段笑顔を心がけている暁だが、こういう表情もなかなか様になっているかもしれない。今度女の子相手に使ってみようか。
「・・・自分の声がこんなに不快に聞こえるとはな・・・」
「何だよ。それって俺のせいかあ?」
「他に誰が居る」
 暁にしてみれば、自分が真面目に話しているのがおかしくて堪らない。笑いを堪えるので必死だった。
「まったく・・・何故こんなことに・・・・・・」
 そう何故こんな愉快なことになったのか。
 即ち、桐生・暁とこの冷泉院・蓮生という少年の体が入れ替わってしまったのかというと・・・
 正直、暁にも良くはわかっていない。
 偶然入った古書店。そこの店長は栞という名の可愛い女の子だった。彼女は店の中にいた暁と蓮生を呼び寄せると、古ぼけた本を差し出して言った。
『この本をお二人で開いてみてくださいませんか?』
 不審といえば不審だったが、美人の頼みは断れないので素直に従った。そして気づいた時にはこれだ。
 どうやら栞の実験に巻き込まれてしまったらしい。
『まあ、いいじゃないですか。多分一日もすれば元に戻ると思うので、それまでお互いの振りをして過ごせばいいでしょう?』
 それもそうかと思ったので、ぼけっとしていた蓮生の手を引いて店を出た。
 こんな面白い体験、なかなかできるものじゃない。
 それなら目一杯楽しむのが利口ってもんでしょう。
「さて・・・と。さっそく作戦会議しないとな」
「・・・作戦会議?」
「そ。俺はあんた、あんたは俺に成りすますわけだから、お互いのことを良く知っとかないと駄目だろ?」
「まあ・・・確かにな・・・」
 暁は、先程から固くなりっぱなしの今は蓮生の物である自分の頬をつまんだ。蓮生は眉をぴくりと動かす。
「・・・何の真似だ。返答によっては地に沈めるぞ」
「俺さ。笑顔がチャームポイントなわけよ」
「はあ?」
「だから、そんな頬をひきつらせちゃ駄目ってこと。眉間に皺寄せるのもなしだぞ。こう、にかーっと。できるだろ?」
 見本を見せてやると、蓮生の頬が多少緩んだ。
「こうか?」
「うーん・・・?まあ、合格・・・かな」
 まだ少し引きつってはいるけれど。
 その後、今日の予定・自分の性格等を事細かに伝え合い、暁と蓮生はそれぞれ行動を開始することにした。
 どうもこの蓮生という少年、暁に負けず劣らず生立ちが特殊なようである。まさか天女なんて言葉が飛び出すとは思わなかった。
 天女というくらいだから、かなり綺麗に違いない。
「彼女達に変な気は起こすなよ」
 蓮生に釘をさされた。
「わーってるって!」
 一応、気をつけておくとするか。


 暁と入れ替わった蓮生という少年。何と神様だとか。今日は天界に戻る予定だそうで、何か土産を持っていけというのだ。
「そもそも神様って何が好きなんだ・・・?」
 さっぱり見当もつかない。天界には天女がいるというので、あんまり厳ついものは外すとして・・・
 適当な店に入り、竹刀を手にとってすぐに戻す。
 観光土産じゃないんだから・・・いや、でも観光土産でいいのか・・・?
 無難に菓子でも買っていくかと結論を出した所で、暁は「あれ?」と顔をしかめた。店の中に見知った顔があったのだ。同じクラスの女子である。こんな所で呑気に買い物とは。堂々と学校をサボって見せるとはいい度胸だ。
 ――ま、俺も人のこと言えないけど
 ちょっとからかってやろうか。こんなチャンスは滅多に無い。
「こんにちは。お姉さん」
「え」
 彼女は振り返り、自分を指差した。
「そう。そこの綺麗なお姉さん」
 ――まあ、そんなに綺麗でもないんだけどね。ここは建前建前
「あの・・・私、君と会った事あるかな・・・?」
「え?忘れちゃったの・・・?」
 不安そうに上目遣いで彼女を見つめる。17歳の暁がやったらさすがに無理がある仕草だが、13歳・しかもそれなりに美形の顔ならなかなか様になる。
「人違いじゃない?」
「お姉さんみたいな綺麗な人、見間違えるわけがないよ」
「うーん・・・そういえば・・・会ったことあるかも」
 ――うわ、単純
 笑いを何とか堪えながら、暁は次の作戦に移る。
「今度、二人きりで会いたいんだけど・・・駄目?」
「え・・・?」
 彼女の頬がぽっと赤くなる。彼女が何か言う前に、小さなメモを押しつけてやった。
「それ連絡先。今日の夜でも、明日でも、いつでもいいから連絡欲しいな」
 最後に満面の笑顔を見せて背中を向ける。素早く菓子の会計を済ませると店を出た。
 もちろん、メモに書かれているのは暁自身の連絡先だ。彼女から連絡が来る頃には元の体に戻っているはずである。電話がかかってきたら思う存分からかってやろう。


 吸血鬼の血が混じっている自分もそれなりに普通ではないと思っていたが、天界というのもかなり普通じゃない。
 何となく戸惑いながら天界への道を進んだが、いざ着いてしまうと戸惑いなど吹っ飛んだ。何故なら・・・
「お帰りなさいませ、蓮生様」
「お帰りなさいませ」
 何人もの天女が出迎えてくれて、暁は上機嫌だった。さすが天女だけあって、皆綺麗だ。全員に声をかけて周りたい所だが、それは叶わず禊とやらに行かねばならなかった。
 堅苦しいものは苦手なので、適当に済ませ後は天女達と過ごす。ちょっと何人かに抱きついてみたが、怒られることはなく逆に抱き締め返された。
 こんなに大勢の者に愛されているとは・・・かなり幸せ者である。
 ゆったりと腰をおろし、彼女達の舞踊を楽しむ。
 贅沢な生活だ。一瞬、蓮生が羨ましくなったが、到底自分に似合うような世界ではない。
「蓮生様、次は私が・・・」
 一人の天女が進み出て、暁の前で舞って見せる。その舞いは天女の中でもとても美しく惹かれるものがあった。
「・・・決めた」
 口の中で小さく呟くと、暁は立ち上がった。その天女の手を引く。
「え・・・?蓮生様・・・?」
 首を傾げる天女に暁は微笑んで見せた。彼女が一瞬、目を見開くのを見計らってそのまま引っ張っていく。
 誰も居ない場所まで来ると、彼女の方が先に口を開いた。
「あの・・・どうかなさったのですか、蓮生様?」
「別に。何となく、一緒に話したいな・・・って思っただけ」
「お話・・・ですか?」
 天女は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに優しい笑顔に戻った。
「いいですよ。何のお話になさいますか?」
「君のことが知りたい」
 今度こそ本気で天女が絶句した。おかしくて思わず吹き出してしまう。真面目そうな蓮生のことだ。こんな台詞を言う事はないのだろう。
「ごめんごめん。冗談が過ぎた」
「・・・何だか今日の蓮生様、別人のようですわ」
「別人かもね」
「え?」
「だから、今日は特別。畏まる必要もないし、遠慮とかいらないからさ。好きに話してよ。その方が俺は嬉しい」
 天女は目を瞬かせた。
 さすがに無理があるだろうか。だが、暁としては蓮生になりきるより、彼女と普通に話してみたいと思ったのだ。
「・・・駄目・・・かな?」
 遠慮がちに目を覗きこむと、彼女の表情が緩んだ。
「蓮生様がそう仰るなら」
 それから彼女の趣味や好きなことについての話を聞いた。さすが天女。舞踊だとか楽器だとか高度な趣味をお持ちである。
 ただ、それを話す姿は生き生きとしていて、人間の女性と何ら変わらないように思えた。
「蓮生様にはお好きなものはありますか?」
「俺?」
 一瞬、蓮生の好きなものは何だろうと考えたが、やめた。ここは素直に自分の好みを言ってしまおう。
「綺麗な人」
「え?」
「・・・って言うのは冗談で、ダンス・・・とか?」
「・・・だんす・・・でございますか?」
「ちょっと激しめの舞踊みたいなもんかなー」
「下界にはそんなものがあるのですか」
「うん。まあ、こんな感じの―――」
 ほんの少しだけステップを踏んで見せる。慣れない体でやるので少々動かし辛かったが、最後にバック転をして礼をすると彼女が拍手を送ってくれた。
「蓮生様は素敵な特技をお持ちですのね」
「うーん。いつもはもっと凄いこと、できるんだけどね」
 体力のない蓮生の体では、この程度が限度だろう。
「他には何かあるのですか?」
「他には・・・」
 目に浮かんだのは最近見つけたお気に入りの場所。オレンジに染まる街並。
「夕焼け・・・・・・。凄く綺麗な夕焼けが見れる丘があるんだよね」
「夕焼け・・・ですか?」
「そ。確かにここは綺麗だけど、下界にも綺麗なものは沢山あるよ」
 その分、汚いものも多いのかもしれないけれど。
「蓮生様がそう仰るのだから、本当に綺麗なんでしょうね。是非、一度拝見したいものですわ」
「本当に?」
「ええ」
「じゃあ、行こう」
 天女の手を取る。
「え・・・でも、私・・・」
「少しくらいならいいじゃん。ね、行こうよ」
 天女はしばし考え込み、やがて小さく頷いた。

 夕刻というのは一日で最も貴重な時間だと思う。昼と夜の間のほんの一時。だから夕焼けを見ると少し得した気分になれる。
「綺麗ですね」
「下界も捨てたもんじゃないでしょ」
「ええ、確かに」
 目下に広がる街がオレンジ色に染まっていく。遠くの方から高い笑い声が聞こえてきた。子供が家に帰ろうとしているのだろう。
「蓮生様は下界がお好きですか?」
「好きだよ。仲間と馬鹿みたいにはしゃいで、毎日楽しくて・・・・・・ただ・・・」
「ただ?」
「ただ少し、寂しくなることもあるかな」
 笑っていても虚しさを感じることがある。まだ胸の奥に縛り付けてあるモノがあるから。
「あなたは・・・・・・本当に蓮生様・・・?」
「違うかもしれないって言ったよ、さっき」
「・・・」
 天女はじっと暁を見つめた。もしかしたらもう彼女には分っているのかもしれない。蓮生の中に他の人間―暁がいるということ。
「・・・一つだけ分ったことがありますわ」
「何?」
「蓮生様は笑っていた方がずっと素敵です」
「・・・俺もそう思う」
 周りも自分も幸せになれるなら・・・幸せだと錯覚でもいい、思えるなら。笑っていた方がいいじゃないか。
 一時のやさしい夢を見ていられるのだから。
「あの・・・また連れてきてくださいますか?」
「また、会えたらね」
 暁が笑ってみせると、彼女も微笑んだ。
 これも夢。もうすぐ醒める夢だ。
 そろそろ帰ろうかと口を開きかけて、眩暈を覚えた。
 気が遠くなってくる。視界が暗く―――


「・・・れ?」
 体に重みを感じて、目を瞬かせた。目の前にある顔は天女ではなく可愛い女の子。
 先日告白されて、振った相手だ。何故自分は彼女に押し倒されているのだ?
 自分の体を見るとしっかりと制服を着ている。
 ――何かしでかしたな。蓮生のやつ


 少女を何とか誤魔化しめるへん堂に向かうと、蓮生と会うことができた。彼の話によると車に轢かれそうな所を助けたら、いきなり迫られたらしい。
 優しくされて、何か勘違いしたのだろう。
「酷い振られ方をされたと言っていた。暁は彼女のことなど覚えていないのだろう?」
「いーや。覚えてるよ。ばっちりね。忘れるわけがない」
「なら何故・・・」
「あんな綺麗な子、俺にはもったいないよ」
 こちらに来てはいけないと思った。彼女は夢を見ているだけなのだ。
「それと友人が―――」
「ん?」
「お前の友人が言っていた。お前は弱みを見せてくれない。たまには甘えてもいいんだ、と」
「何それ」
 思わず吹き出していた。
 おかしくて嬉しくて、少しだけ寂しい。
「俺ってば愛されてるねえ」
「そのようだな」
「ははっ」


「あー、なーんか気分良くなってきたあ。今から一踊りしてくるかな」
「そうか」
「あんたも行く?」
「え・・・いや、俺は―――」
「よっしゃ、決定!行こう行こう!」
「あ・・・こら・・・っ」
「夜はまだまだこれからだっ!」


 今はまだこの星空の下
 やさしい夢を見ていようか


fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【4782/桐生・暁(きりゅう・あき)/男性/17/高校生アルバイター、トランスのギター担当】

【3626/冷泉院・蓮生(れいぜいいん・れんしょう)/男性/13/少年】

NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!

「とりかえばや物語?」はまだ始めたばかりのシナリオで、実際に書いたのは今回が初めてです。記念すべき初入れ替わり!ということで、気合を入れて書かせて頂きました。
タイプの違うお二人だったので、何だかとても楽しかったです。
桐生さんみたいな格好良い男の子を書くのはなかなか緊張しましたが・・・(笑
桐生さんには冷泉院さんの姿で、知り合いをからかったり天女とゆったり過ごしたりして頂きました。
いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです!

本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いしますね。