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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


春眠妨害

◆0◆

 自らホームページを作っている中学生、瀬名・雫は、こちらを見ると嬉しそうに近寄ってきた。手には、プリントアウトされてきたばかりの紙を持っている。
「春よね〜」
 言いながら、紙をテーブルに見やすいようにと並べていった。掲示板へのずいぶん長い書き込みを出力したもののようだ。
「『春眠暁を覚えず』って言うくらい眠くなる時なのに、ホームレスの人たち、眠れなくて困ってるんだって」
 そんな雫の補足を気に留めつつ、文字を追う。

 ここのところ、ダンボール暮らしの我々にも過ごしやすい季節になってきた。けれど、仲間の中でどうしても眠れない、寝るのが怖いという者が出てきた。詳しく話をまとめるとこうだ。
1.ある夜、うとうとしていた所にふいに妙な気配がして目を覚まそうとする。
2.しかし目を開けることが出来ない、いわゆる金縛りの状態になってしまう。
3.妙な生き物に、頭の中を吸われるような状態になり、その間も金縛りが続いていてどうすることも出来ない。どうも相手も気が立っているようだ。
4.妙な生き物の後ろ姿は、まるで象のようだった。
5.それ以来、寝ようとしてもなかなか寝つけず、しかも夢を見ることができないという。

「夢を見ることが出来ないって言うのはね、いわゆる『覚えてない、思い出せない』っていう状態じゃなくて、今自分は寝てるんだって分かってるんだけど、真っ暗な空間にぽつんといることしか出来ないんだって。それで不眠症みたいなの」
 プリントをさっとまとめると、雫は言った。
「ね、この謎を解決してくれないかなっ?」


◆1◆

 雫の手元を覗き込む視線は2対。パッチリとした銀の目と、知的な輝きを宿した赤い目だ。
「夢を食らうと言えば、思い当たるのは一つだけだよな、常識的に」
 門屋・将太郎が渋くコメントした。ちなみにどこの世界の常識かは不明だ。
「へえ、すごいねぇ。獏ちゃんなんだ」
 知り合いか、と尋ねたくなる台詞は海原・みあおのものだ。瀬名雫は二人がプリントに目を通したことを確認するとさっと片付けた。
「すごく面白そうでしょ? 是非解決してほしいな。やっぱり春に寝られないのって辛いじゃない」
 雫の言葉には妙に実感がこもっている。最近何かに眠りを妨害されたのだろうか。
「たしかにな。ひきうけて良いぜ、この依頼」
「みあおも!」
 二人の快諾に、雫は可愛らしく首をかしげて言った。
「よろしくね!」



 春もうららのU公園には、たくさんの桜が咲き誇っていた。プロムナードを歩くのは、カップルに家族、老夫婦と様々だが誰も皆ほんのりと笑みを浮かべて日本の春を満喫しているようだ。
「この公園で寝泊りしてるんだっけ、例の人たちは」
「良いところだね〜」
 みあおはぴょんぴょんと跳ねながら公園を散歩していた。本当は散歩ではなく下見なのだが。門屋がみた所、特に気になる点はない。むしろ眠くなるほど良い陽気だ。手にしたビニール袋が重たい。中には、ダンボール住まいのお兄さん方と仲良くなるための秘密道具が入っているのだ。けれど、この陽気ならばそんなものがなくても十分仲良く気持ち良く眠りにつけそうなものである。
「――あ、依頼者はあれかな」
 ピンクの花弁の舞い散る中、妙に雰囲気の暗い面々が、二人をじっと見詰めていた。


◆2◆

 念のため、夕方になるまで公園をぶらぶらしていた二人だが、異変や怪奇現象に繋がりそうなものは何一つ見つけられなかった。問題は場所ではないらしい。
「全然問題ない場所だぜ、ここ」
 門屋がホームレスたちに放った第一声である。しかし、辺りの明るい雰囲気に対してホームレスたちの間にはお通夜のような思い沈黙があった。
「あんたらには分からないのさ。家もない上に、夢さえ失ったおじさんたちの悲しみなんてな……」
 ホームレスの中でもリーダー格の男、ヨシダが渋く吐き捨てる。しかしこの場合の夢は寝て見るほうの夢である。
「オッサンも夢を食われたのか?」
「いや、俺はまだ大丈夫だぜ。日ごろの行いだな」
 ヨシダは得意げに言った。門屋は溜め息をつき、
「なかなか体験できるもんじゃねぇし、楽しんでおけば良いじゃねぇか」
 すると別のものが声を荒らげた。
「他人事だと思って、言いたいことばっかり言ってんじゃねえ」
「なんだぁ、せっかく怪奇現象を解決してやろうと思ってきてやったのに」
「てめぇには頼んだ覚えはねぇな!」
 口論が白熱してきたが、ホームレスの一人が小声で囁いた。
「お二人とも、小さな子どもにみっともない所を見せるのはいかがなものかと……」
 見れば、きょとんとした顔でみあおが二人を見上げていた。気まずげに咳払いをする二人である。と、門屋は手にしていた袋のことを思い出した。仲直りと親睦を深めるのには、これが1番だ。
「で、ヨシダさん、お花見でもしようじゃないか」
「花見だァ? んなもん……」
 難癖をつけようとしたヨシダは、門屋が手にしている袋に気付いて言葉をとめた。
「無論、手ぶらってわけじゃないぜ」
 門屋がにやりと笑って言えば、
「話がわかるじゃねぇか」
 ヨシダは急にフレンドリーになり、門屋の肩をがしっと抱いたのだった。


◆3◆

 酒を酌み交わしながら、桜の木の下でのカウンセリングが始まった。ヨシダは、夢を食われてしまったという数人を門屋に紹介する。
「さて、夢でどんなことが起こったか、話してくんねぇかな」
「思い出したくもないぜ」
 一人がそう言えば、もう一人は無言でそっぽを向いた。これでは何も始まらない。そこで秘密兵器の出番である。
「まあ、素面で何か話せったって無理だろうな。どうよ、一杯。杯が空だぜ?」
 一升瓶を持ち上げてゆらゆらと揺らして見せれば、すぐに乗ってきた。めいめいの“マイさかずき”を持ち上げて、なみなみと注がれた酒を美味しそうに飲み干す。やがて、
「大体よォ、たかが夢のくせに、なんでこんなに……」
「人の夢に像が土足で踏み込んできたんだぜェ……」
「俺の時はなんか人間の形だったけどなァ? そう、妙に怖そうな姉ちゃんだったな……。そっちのお嬢ちゃんとは正反対だったけどな。えぇと、みあおちゃんだっけかァ? 将来、間違ってもあんな姉ちゃんにだけはなるなよー……」
「ついでに俺達みたいな旦那を持っちゃいけねぇよ」
「そりゃそうだ」
 からくりに油を差すがごとく、酒は彼らの口の潤滑油となって、後は勝手に喋ってくれる。ときどき、酒臭い親父どもがみあおに触れようとするのでそれだけはさりげなく守ってやる。
「象の姿だけじゃなくて、人間の時もあるのか……?」
「見たいものが見えるんじゃないかな〜?」
 門屋とみあおは揃って首をかしげた。


◆4◆

 生理的欲求で眠るのと泥酔するのとでは、眠りの種類はやはり違うのだろうか。あれほど寝ることを恐れていた男たちもすっかり酩酊している。
「こんな良い陽気に、寝るのが怖いなんて馬鹿げてるよな、つくづく」
 杯を傾けながら、門屋が呟いた。と、みあおの姿が見えないことに気付く。
「迷子か? それともまさか……」
 誘拐、という言葉を飲み立ちあがった。酒盛りの場を後にし、あの可愛い容姿に無邪気な性格だ、悪いやつに狙われていないとも限らない。子の暗闇に乗じて、良からぬことを企む輩がいないという保証はない。
 しかし、そんな心配は杞憂に終わった。見るからに人の良さそうで無害そうで無力そうな、中学生くらいの少年と共に歩いていることろを発見したからだ。こんな夜更けに出歩く辺り、一癖ありそうだが。
「はい、到着〜、かな?」
 少年がみあおに確認するように首を傾げると、
「うん! 門屋、ただいま!」
 みあおが手を上げて門屋に挨拶する。
「おう、お帰り」
 いつからここが家のなったのかは分からないが、自然とそんな返事が口をついて出た。というか、酔いも回っていたのですべてがノリで何とかなりそうであった。
「いい場所ですね、この公園。特にこの木の下は花見にはもってこいです。地面が平らで、レジャーシートが敷きやすそう」
「なんだ、あんたは花見の下見に来たのかい」
「そうなんですよ。どこかいい場所がないかと思ってぶらぶらしていたら、この子に会って」
「何か探してるみたいだったから連れてきたのっ」
 かわいそうだからといってなんでもつれてきちゃいけないだろう。そして少年よ、知らない人についていっては行けないと教えられてこなかったのだろうか。
「――まぁ、いいや。この場所はこのおっさんたちの縄張りみたいだからな。花見したけりゃ先に許可もらっとけ」
 門屋は、すっかりいびきをかいている男たちを顎で指し示した。

 不意に生暖かい風が吹いた。


◆5◆

 不気味な風に、みあおが珍しく顔をしかめた。目にほこりか何かが入りそうになったからかもしれない。顔を上げたその視線の先に、今の今までなかったものがあった。いや、いた。
「なんだっ……」
 見た目は、浮き世離れした美貌の女性だ。けれど、オーラは人のそれとは全く違った。紫のサテン地のようなワンピースの裾がひらひらとはためいている。美人だが、近づき難い雰囲気を纏っている。
 寝こけていた男――ヨシダにすっと手を伸ばした。その指先に導かれるように彼女の纏っていたオーラがぞわりと動いた。ヨシダの口から中へと入っていく。傍目には、煙を吸いこんでいるようにも見える。
「――獏ちゃんだね」
 みあおが囁いた。門屋は頷く。それ以外に考えられない。こうなれば、突撃あるのみだ。
「おい、あんた獏なんだろ?」
 門屋が、女性の肩を叩こうと手を伸ばしたその時だった。女性のからだまでもが煙と化し、宙に霧散してしまった。
「おいっ、待てって……」
 いくら手を振り回しても相手に触れる気配はない。幻のように消えてしまった。
「夢の中に入っちゃったのかな」
「やっぱり、そういうことになるんだよな……」
「今の人、獏なんですか? なるほど〜……」
 少年が呑気に感心している。
「さっきのと話がしたいんだけどな。勝手に消えられるんじゃそれもままならねぇ」
 本業は臨床心理士の門屋が唸った。
「ん……っ」
 それまで気持ち良さそうにいびきを書いていたヨシダが、急に身じろぎを始めた。その表情は苦痛とも不快ともいえる感情を表していた。
「――ねぇ、みあおに良い考えがあるよ!」
 天真爛漫な少女から発せられたのは、全くもってほのぼのとした提案だった。


◆6◆

「手を繋ぐだけでいいのかよ?」
「うんっ。みあおの手をちゃんと握ってるんだよ? あ、お兄ちゃんも一緒に行こうよっ」
「僕は遠慮しておくよ。二人が帰ってくるまで待ってるからさ」
 少年が辞退したので、手を繋ぐのは門屋とみあお、そしてみあおとヨシダの順である。
「何をするんだ?」
「夢に入るの! 入っていいか聞かなきゃいけないと思うんだけど、後でいいよねっ」
 ねっ、と同意を求められても困るのだが。
「じゃあ、いくよ。目を瞑ってね」
 みあおが微笑むのをみて、門屋は半ば騙されたと思いながらも目を閉じた。途端、地面が急に消えうせたかのような浮遊感が体を襲った。



 固く瞑っていた目を開けると、そこには夜桜が広がっていた。現実ではないのだと分かるのは、そこには他の花見客がいないことだ。見事な満月と、はらはらと舞い散る桜の花弁。絵に描いたような、見事な桜月夜だ。
「きれ〜い……」
「あのおっさん、ずいぶん風流な夢を見るんだな……」
 思わず感心してしまう二人だ。おっさんことヨシダは、夢の中だというのに現実と同じように木にもたれ掛かって高いびきをかいていた。無防備な姿だ。
 近づいていく、薄紫のワンピース。その背中がかすかに反り、息を吸っているのだと分かった。門屋は駆け出していた。


◆7◆

「ちょっと待ったぁ!」
 威勢のいい声と共に、門屋は女性の前へ立ちはだかる。かすかに眉をひそめる女性に、畳み掛けるように問い掛けた。
「なあ、あんた、獏なんだろう? どうして無差別に夢を食うんだ? これはどう見ても悪夢じゃないだろ」
「……」
 女性は俯いた。きゅっと拳を握り胸元へ寄せる。
「ねぇ、何か理由があるんでしょっ? 悪い夢ばっかり食べてるからストレスがたまっちゃったとか? それなら、みあおと一緒に遊ぼうよ?」
 みあおが、さりげなく女性に近づいていった。笑顔で見上げる。その表情に効果があったのか女性は少しだけ警戒を解いたようだ。門屋にさらりと背を向け、みあおと視線を合わせるためにしゃがむ。
「――あなたみたいな子どもがほしいわ」
 みあおの頬に手を添え、女性はぽつりと呟いた。
「こ、子ども……?」
 なぜか激しくうろたえる門屋だ。いつの時代もこういった話題が出た時に驚くのは男性の役目なのである。みあおはそれを聞いて嬉しそうに手を叩いた。
「わかったぁ! 獏ちゃん、子どもがいるんだね。そのお腹の中に」
 獏は、少し恥ずかしげにうなずき、そっと腹部を撫でた。
 通常、人間が妊娠した場合には特有の変化が現れる。いわゆる悪食だ。獏を人間の常識ではかっていいものかは疑問だが、他に考えられない。
「マジかよ。じゃあ、今までここらのオッサンの夢を食べてたのは、子どもへの栄養だったっていうのか?」
 悪影響が心配だ。門屋は一人静かに額を押さえた。


◆8◆

 獏は静かに語り出した。子どもが出来て、どうも悪夢以外の夢を食べたくなってしまったのだと。そして、普通ならば食べない夢の根本まで食してしまい、そのせいで人々は夢を見ることが出来なくなってしまっているのだ、と。
「なるほど、そいつは悪食だな」
「普段なら食べたりしないんです。でも、あの苦さにはまってしまって……」
「夢って苦いんだぁ…」
 素直に感心するみあおである。
「けれど、皆さんに迷惑をかけてしまってるなんて思わなくて……」
 止めど無く舞い散る桜吹雪の中、夢の主であるヨシダはまだまだ起きる気配がない。
「それならさ、ちゃんと許可をもらえばいいんだよ」
「許可?」
「おじさんに聞いて、どこまでなら食べていいって聞けばいいんだよ」
 まさしくそれは正論であった。獏は目を見開きヨシダを振り向いた後、こくりとうなずいた。
「そうね。きっと、それが子どものためでもあるんだわ」



 獏の言葉を聞き届けると、みあおは門屋の服の裾を引っ張った。
「なんだよ」
「そろそろ夢を出るよっ。もう一度手を繋いで」
 ここから先は、獏と夢の主であるヨシダの二人の問題だ。部外者は退散すべきであろう。
「戻るから、ギュって目をつぶっててねっ」
 門屋を見上げ、言う通りにしていることを確認すると、みあお自身も目を閉じた。そっと自分の中の自分へと語りかける。

――もう用事は済んだよ。外に出よう。

 目が覚めると、門屋は先に目覚めていて、先ほどの少年になぜか掴みかかっていた。とめるべきか迷っていると、繋いでいた右手がぴくりと動いた。ヨシダのものだ。
「――なんか、すごくいい夢を見てたぜ」
 うっとりとした、まだ幻の中をさまようような口調だ。
「いい夢ってどんなのですか?」
 門屋の手をすりぬけ、服を整えながら少年が尋ねた。
「なんだかな、俺の娘に似た顔の女の人が出てきてよ、俺の夢を食べていいかって聞いてくるんだ。身重なんだと。そんなら協力しないわけにはいかないだろうってことでOKしたんだ。そこで目が覚めた。――そうか、あれが獏か。悪いもんじゃないじゃねえか……」




Fin.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1415 / 海原・みあお / 女 / 13歳 / 小学生】
【1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28歳 / 臨床心理士】

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■         ライター通信          ■
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獏が子どもを産むか、それ以前に性別なんてのがあるのかは不明ですが、想像上の生き物は想像の中で自由に育っていくのだと言い聞かせてやってください。
では、少しでもお気に召していただければ幸いです。

月村ツバサ
2005/04/24