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<東京怪談ノベル(シングル)>


『トレジャーハンター・縁樹』


 実しやかにネット上で囁かれていた都市伝説『白銀の姫』。
 だけどそれは本当に存在していて、そして僕らはついにそのゲームにログインしたんです。
 その切欠は僕ららしいと言えば僕ららしかったのかも?
 そこは東京の片隅。
 深夜の闇に浮かび上がったのはゲームから現実世界に飛び出して来たモンスター『ジェノサイドエンジェル』。
 それは玩具屋なんかのウインドウ越しに見るガレージキットのような造形美溢れる姿をしていたけど、でも………
『縁樹、本気でこんなのを相手にするつもりなの?』
 肩にあるペットボトル一本分の重み。僕の大切な相棒、ノイ。彼は喋る人形。
「うん。だってこんなのをこのままにしておいたら、誰かが傷ついちゃうもの」
 ノイの背中のファスナーを開ける。愛銃コルトトルーパーMkV6インチ。
 僕はコルトの銃口を凄まじい殺気と敵意を向けられる中、恐怖と高揚、そして僕がやらねばならないという想いを感じながらジェノサイドエンジェルに静かに照準する。
 にたり、とジェノサイドエンジェルは笑った。ぞくりと背筋が凍りつくぐらいに美しくって、そして残虐な笑み。
 彼女の翼が閉じられ、転瞬開いた翼にはミサイルランチャーが創造されていて。
『うわぁ。ゲーム世界なら許せるけど、現実世界でこれをやられると、本気で反則だ、って想っちゃうよね。無茶苦茶だよ、ほんとにこいつ』
 肩で零される毒舌。
 ――同感だよ、ノイ。
「だけどやらなくっちゃ、ノイ」
 真冬の冷たく澄んだ空気が僕の肌を突き刺す。
 しんと冷え切った体がだけどかぁっと熱くなった。命を賭けたこの戦いに。
『うわぁ、発射しやがったぁー』
 ノイは叫んだ。
 そして彼は僕の肩から空間に飛んで、コタンコロカムイの羽根を煽る。転瞬、巻き起こった風はそのまま発射されたミサイルをくるりと反転させた。
 ジェノサイドエンジェルの冷たい美貌が驚愕に歪んだのは、ミサイルが彼女を穿つ瞬間に見えた。
『どうだぁ!』
 僕の頭上でノイの勝ち誇った声があがる。だけど……
「やっぱり、無茶苦茶反則だよ、ジェノサイドエンジェル」
 目の前の彼女は閉じていた翼を開いた。
 暗闇から彼女を照り出させるのはミサイルの衝撃に舞った彼女の羽根を燃やす炎の灯り。
 ジェノサイドエンジェルは上級モンスター。その強さは現実世界でも失われていないし、それに現実世界だからこそ、脅威なんだ。
 だって『白銀の姫』というゲーム世界でなら僕らはゲームオーバーしても蘇れる。だけど現実世界では復活なんてありえない。
 ゲームオーバーは死。リトライなんて有り得ない。
 果たして僕を動かしたのは、死への恐怖か、それとも何の力も持たない人々が暮すこの東京に彼女を放っておけないという責任感か? 僕自身にもわからないけど、でも僕はベストを尽くすだけ。
 ガゥーン。
 深夜の東京は喧騒に包まれている。
 店から漏れるBGM。
 車のクラクションに走行音。
 人の声。
 だけどその中でもその聞き慣れた…だけどまだまだ何だかんだ言って平和な東京では聞きなれない銃声は甲高く鋭く鳴り響いた。
「かわした?」
 ジェノサイドエンジェルは翼を羽ばたかせて僕のコルトが吐き出した銃弾を避けた。
 その動きは素早い。
「ノイ」
『OK。縁樹』
 僕とノイにそう多くの言葉は要らない。
 彼はただの喋る人形? ううん、違う。僕を守ってくれる騎士で、そして最高の相棒。
『タァーッ』
 闇夜に舞うはナイフ。月光を浴びて煌くは死の刃。
 ジェノサイドエンジェルはだけど嘲笑うようにそれをかわす――――
 ガゥーン。
 コルトが吠える。
 そしてジェノサイドエンジェルも………
「―――――――ェツ」
 ノイが投げたナイフは誘導だ。ジェノサイドエンジェルの性格はもう何度も『白銀の姫』にログインしてやりあってるから熟知してる。彼女は嗜虐的な性格をしている。仔猫が鼠を弄ぶような。
「だからノイが投げるナイフも余裕でかわす。でもだからこそそのナイフを避けきった瞬間に隙が出来て、そこに付け入る事ができる。そして僕とノイは分かり合えているから、ノイがナイフを投げるタイミングも場所もわかっている」
 銃弾が穿ったのはジェノサイドエンジェルの眉間。
 急所を穿たれた彼女は消え去って、
 そして闇に隠れていたアサルトゴブリンたちが僕らに向ってくる。
 雨が最善まで降っていた世界の清浄な空気に硝煙の香りが混じる。
「残念。雨が降った後の空気は本当に大好きだったのにな」
 僕は肩を竦めながら電線に銃口を向けた。
 コルトが歌うはレクイエム。アサルトゴブリンたちへの。
 撃ち落とされた電線は僕らに向けて手にしている銃火器の銃口を向けるアサルトゴブリンたちの前に落ちて、
 そしてアスファルトには水溜りが出来ていて、
 だから深夜の東京にアサルトゴブリンたちの断末魔の悲鳴があがった。
『やったね、縁樹』
「うん」
 コタンコロカムイに乗ったノイとイヅナの千早によって近くのビルの屋上に降りた僕はほっと一息つく。
 何やら星がいつもよりも見えるような気がしたのはそこが屋上だからではなく、辺りが停電になっているから。
「悪い事をしちゃったかな。真っ暗」
 僕は肩を竦める。
 そしたらノイが、
『いいんじゃない。もう深夜だもの。良い子は寝てる時間。起きてるのは悪い子。寧ろだから縁樹は起きてる子が寝られるようにしてあげたんだから、良い事をしたんだよ!』
 って、無茶苦茶な理屈。
 僕は千早と顔を見合わせて苦笑しあう。
『あ、こら。千早、何だよ!』
「キュゥイ―」
 深夜の鬼ごっこをするのはノイと千早。僕はただただ苦笑するばかり。そして深夜の屋上から夜空を見上げる。
 作り物の世界だとしても夜空は『白銀の姫』の世界の方が綺麗に見えた。あくまでも東京の夜空と比べてだけど。
 でも本当におかしなゲームだ、『白銀の姫』とは。今は皆で協力してゲームを進め、同時にあのように現実世界に飛び出したモンスターたちを退治してるけど、最近は更にモンスターたちの出現度が高まっている。一体あのゲームで何が起こっているんだろう?
 僕は考える。
 考えるけど、ダメだ。よくわからない。
 僕はげんなりと溜息を吐いて、夜空で追いかけっこをするノイと千早を見上げる。
「さあ、帰るよー、二人とも」
 今夜はぐっすりと眠って、そして疲れを取ったら『白銀の姫』にログインしてみよう。



 ――――――――――――――――――
【game start】


『これだよ、これ。縁樹、これをこうやってやれば、ほら、出た。『白銀の姫』のページだ』
「うわぁー、すごいノイ。どうして出来るのよ? でも本当にあるんだね、都市伝説なんかじゃなくって。うん、本当に」
『うん。でもその危険度も本物らしいけどね。それでどうする、縁樹? 本当にやるの?』
「うん。何かと話題のゲームだもん。こうやってこのページと出逢えたのも何かの縁だもの。面白そうだし、やってみようよ」
『そうだね。まあ、興味あるし、話の種にもなるし、何よりも縁樹がやりたいって言うんだからボクは反対はしないよ』
「うん。じゃあ、ログイン」



 ここはどこでしょ?
 それがおいらが抱いた最初の感想だったんだよ。
 縁樹さんとノイは色んな場所に行ったというけど、でもここはそのどことも違うような。だって世界の空気が全然違うんだもの。
 ここの空気は無機質なんだ。匂いも味もしないんだよ。
 うん、空気は無色無臭無味だけど、でもイヅナのおいらにはわかるんだよ、空気の色や味、匂いが。だけれどもここにはそれが無いんだよ。
 本当にここは何処なんでしょ?
「すごいね、ノイ。ここがゲームの中だなんて僕には信じられないよ」
『そうだね、縁樹。本当にすごい。んー、でもさ…』
「でも?」
 小首を傾げる縁樹さん。だけどノイは頬を掻きながら苦笑して、「何でも無い」って言ったんだよ。
 ん〜、でも何でも無いっぽくなかったんだけど。
 とにかくここはなんだかおかしな場所。
 その時のおいらにはわからなかったけど、でもここが『白銀の姫』っていうゲームの世界だってわかったのはその後の縁樹さんとノイの会話から。
 えっとね、縁樹さんたちがなんかネット、っていう場所におかしな不思議な世界があるとかってノイと話していたのは知ってたけど、ここがそうなんだね。
 縁樹さんとノイ。二人は旅人。
 二人はおいらがくわわるまで旅人として色んな場所を回っていて、そしてとうとうゲームの世界まで。
 本当にすごいね、縁樹さんたちは。
 そしてここ、『白銀の姫』にて縁樹さん、おいら、ノイの旅が始まるんだよ。
 本当にどんな旅になるんだろう? 
 すごく楽しみ。だけどそうそう、縁樹さんとノイのこのゲームでの職業は旅人なんじゃなくって、盗賊なんだって。
 だけどう〜ん、だったらおいらも盗賊なのかな?



 +++


 何かと話題になってて、それで興味があったし、面白そうだからやってみよう、それが始まりだった。
 いかにもボクららしいよね。
 このゲーム、だけど本当に噂以上に危険なゲームで、モンスターの強さも洒落になっていない。
 いや、でも問題はそこじゃない。
 実はボクは密かに期待していたんだ。だってここはゲームの世界だもの。だからボクだって50センチ、ペットボトル一本分の喋る人形じゃなくって、ちゃんとした人間としてここに具現化されるんじゃないかって。
 そう、縁樹よりも背の高い少年という姿で。
 だけど現実そのままの姿で具現化されて。ちぇっ。
 うん、でもここは本当にゲーム世界なんだ。
 NPCたちはこのゲームにログインしてしまった一般人という事だけど、でも何回しゃべりかけても本当に同じ事しか言わない。ボクは少しその事にぞっとしてしまった。
 四人の女神に不正終了するゲーム。ログアウトできなくなった少年。その他にも起こるイレギュラーな事件。
 そして冒険の数々。
 ボクらはこの世界では盗賊でトレジャーハンター。
 だからイベントもそれ系専門で選んでプレイしている。
 そして………
「はい。フルハウスで僕の勝ちですね」
 縁樹はにこりと笑って自分のカードをテーブルの上に並べる。
 この『白銀の姫』でもカジノというモノはあって、ボクらはとあるアイテム欲しさにこのカジノでゲームをしていた。
 縁樹はカードゲーム。ボクはルーレット。
「どうだった、ノイ?」
 自分の前に回されたチップの山にほくほくになっていた顔をボクに向ける縁樹。ボクは彼女にピースをする。
「さすがはノイ。僕もこれで割り当ての2倍は稼いだよ」
『うん。ボクも少し多めに稼いだ。じゃあ、チップを例のアイテムと換金しようか?』
「うん」
 ボクらはバニーの恰好をした女の人に麻袋いっぱいのチップを渡した。彼女はNPCとは思えない自然な笑みを浮かべて、硝子棚に並べられた商品の数々を手で示した。
 魔法の剣に、鎧、銃に宝石、そんなすごいアイテムに混じってそれはあった。表紙がボロボロの古書。
「すみません。その古書を下さい」
「わかりました。この【世界に一つしかないなんだかわからない古書】ですね」
『やったね。【世界に一つしかないなんだかわからない古書】ゲット!』
 ボクらはそれをゲットすると、街の中心にあるオープンカフェに陣取って、その【世界に一つしかないなんだかわからない古書】を開いた。
 そこに描かれているのは何だろう? 本当によくわからない事だった。美味しいパスタの作り方からホムンクルスの作り方まで。または見たい夢を自在に見られる方法とか、両想いになれるおまじない、とか………。なんかこう、暇潰しにはもってこいの本だ。
 だけど別にボクらは暇潰しのためにこの本を苦労してゲットした訳じゃない。
『だけど本当にあったんだね。【世界に一つしかないなんだかわからない古書】がもう一冊』
「うん。本当にどうなってるんだろうね、ノイ?」
 そう。その古書の名前は【世界に一つしかないなんだかわからない古書】。仮にも世界に一つしかない、と題名にあるのにしかしその古書は実はもう三冊この世界に存在するのだ。誇大広告で訴えてやる、現実世界だったら!!!
『中身を見る限りはこの四冊、全部一緒なんだよね。なのに一つしかないって題名にはあって。バグ?』
「なのかなー? だけどねえ、ノイ。もしもこの本が四冊で一冊だとしたら?」
『四冊で? でも縁樹。中身は一緒だよ?』
「そう、なんだよね。うーん、不思議だね」
『とにかくこれは依頼主の伯爵の所に持っていこうよ。そしたら何かイベントが動くかもしれないし』
「うん」
 そしてボクらは本を鞄に入れて席を立った。



 +++


 何かと話題になっていて、それで興味を持って面白そうだから、という理由で始めたゲーム『白銀の姫』。
 僕らはまず最初に地図を買ったんです。
 真っ白な白地図。色褪せた古い紙に地形だけが書かれていて、そして僕らが訪れた村や街、遺跡なんかの場所の名前が書かれていって。それを見て僕らはとても嬉しくなったんです。
 ほら、大ヒットゲーム『ドラゴン・ファンタジー』なんかでPCが地図をゲットして、それに行った場所が記されるとなんか嬉しくないですか?
 それと一緒。僕らはそれを自身でやってるから、だからその喜びもそれ以上なんです。
 ちなみにこのゲームでの職業設定は盗賊。ゲームでも勇者とかなんかよりも盗賊の方が好きなんです。だから、かな?
「だけど本当に凄いよね。僕ら現実世界だけじゃなくって、ゲームの中もこうやって旅してるなんて」
 僕はもう何度も口にした言葉をやっぱり口にする。だって本当に凄いんだもの!!!
『そうだね、縁樹。世界とゲーム、この両方を旅したのはボクらぐらいだよ』
「うん」
 リアルの世界での旅は地図を見てノイと話し合いながら行き場所を決める。
 だけどここでの旅は行き着いた場所にそれが記される。なんだかそれが楽しかったんです。
 もちろん、たくさんのモンスターに襲われて、たくさんのイベントで危険な目に遭ったんですけど、でもそれもまたすごく楽しいんです。
 NPCたちはプログラミングされた事しか言わないけど、だけど時としてこの世界では自然の会話もする事ができるんですよ。
 それは同じ勇者同士の会話。
「やあ、君たちはこの先に行くのかな?」
 騎士の姿をしたその人が言った。後に彼はこのゲーム最強の勇者で、ログアウトできない悩みを抱えていて、そしてもっと大きな秘密を持っていた事を僕らは知る事になるんです。だけどそれはもっと後の方での話。
「はい。この先に街があるっていう噂を聞いたもので」
『ねえ、どんな街だった? っていうか、あんたがやっちまったんじゃないだろうな、この先の街のイベント?』
「あ、こら、ノイ。すみません」
「いいよ。この先に行った街のイベントか。うん、あれは面白いと思うよ。それに偶然にも君たちは【兎鳥の鍵】を持ってるからね」



 あの人はそう言って僕らににこりと笑った。
 僕らは彼の言葉に胸を躍らせてその街に行き、そして伯爵様からの依頼を受ける事になったんです。
 伯爵様からの依頼は【世界にひとつしかないなんだかわからない古書】を手に入れてくる事。僕らの盗賊(トレジャーハンター)という職業にぴったしの依頼で、僕らは嬉々として古い神殿に赴いて、数々の仕掛けに苦戦しながらもその古書をゲットしたんだけど、でも仮にも世界にひとつしかない、とタイトルにあるその本が他にも数冊存在するという情報を伯爵様が得て、それで僕らはその情報通りにあと三冊のまったく同じ古書をゲットする事になったんです。



 +++


「ふむ。それではやはり【世界に一つしかないなんだかわからない古書】は四冊あったという訳ですな? まったく同じ物が」
「はい、そうなります」
 僕はテーブルの上に四冊の本を並べて頷いて、それからその本のページを一枚ずつ開いていく。
 伯爵様はこくりと頷いた。
「なるほど、一字一句同じですな、文字が」
「はい。だからすごく不思議で。仮にもタイトルで【世界に一つしかないなんだかわからない古書】とあるのに」
 僕らは小首を傾げた。
『でもさ、伯爵。あんたはどうしてこんな古ぼけた汚い古書が欲しかったわけ?』
 僕も伯爵様を見る。それが僕も気になっていたんです。
 伯爵様は僕らの視線に応えるようにふむと頷くと、口を開きました。
「この本には実はこんな伝説があるのです。【世界に一つしかないなんだかわからない古書】。それにはありとあらゆるこの世界の事が書かれていると。モンスターの事や街の風土、歴史、そして病気の解明法まで。しかしこれに書かれているのは本当になんだかわからない………どうでもいい事ばかりで知りたい事が書かれていなかった。しかも四冊もあって」
 僕が眉根をわずかに寄せたのは病気の解明法、と口にした時の伯爵様の表情が何だかおかしかったから。
「お身内の誰かに病気の方が居るんですか?」
 そう問うと、伯爵様は泣き笑いのような表情を浮かべたんです。
「私にはもうずっと何十年も眠ったままのフィアンセが居るんですよ。彼女を救えると想った。この本さえ手に入れれば。しかしそれがこんな形で裏切られるとは」
 落胆する伯爵様に僕もノイも何かを言う事はできませんでした。
 そして伯爵様は僕らに依頼料と古書四冊をくれて、僕らは帰されました。



 +++


 何となくこのままログアウトする気にはなれなかった。ボクも縁樹も。
 宿屋のベッドの上でボクらはごろーんと横になって天井を見つめていた。
 天井の模様って本当に不思議だ。見ていると時折何でも無い模様が意図して描いた絵なんかに見えてくる事がある。
「ねえ、ノイ、寝た?」
『ううん。縁樹は?』
「って、寝てたらこうやって話しかけられないじゃない」
『あはははは。そうだね』
 ボクらは笑いあって、それから同時に腹筋を使ってベッドの上で起き上がる。
 そして見合わせた顔を頷かせあった。
「ねえ、ノイ。今回の事だけど、やっぱり僕はバグではないと思うの。四冊ある事にも何かの意味があるんじゃないかな?」
『縁樹もそう思う?』
「うん。確かにこのゲーム内では何か色んな不都合が起きてるみたいだけど、でも本が四冊あるのがバグだったら、そもそも伯爵様の方にも齟齬ができて、何かしらの不都合が出ると思うの。だけどそれがなかったじゃない? 伯爵様は最後まで伯爵様だった。だったらやっぱりこれはプログラミング通りのシナリオなんだよ」
『確かに! ボクもそう思うよ、縁樹。だったらあの四冊の本にやっぱり謎解きの鍵があるんだね』
「うん」
 そしてボクと縁樹はベッドの上に大きな布を敷いてそこに並べた四冊の本を隅から隅まで見比べた。だけどやっぱり一字一句違いは無い。
 どうにも新聞や雑誌なんかについている絵の間違い探しみたいにはいかないな。あ〜ぁ。
『って、縁樹!』
「え、え、はい。何、ノイ?」
『この本の挿絵は調べた?』
「え? あ!」
『じゃあ、やっぱり縁樹も?』
「うん」
 そう。そうなのだ。
 この本に書かれているのは文字の方が圧倒的に多くって、挿絵はほんの数枚。最初にずらぁーっと文字ばっかが書かれていて、それでもってその膨大な文字が四冊全て一緒だからついつい挿絵も一緒に違いないっていう先入観がボクにも縁樹にもあったのだ。だからそっちへのチェックも甘くなっていた。
 果たして挿絵の方は?
 ぞくりと悪寒がボクの背中に走った。
『縁樹』
「うん。ビンゴだったね、ノイ」



 +++


 気付いたのはノイ。
 そのページに書かれているのは無限とも思えるほどの蔵書を抱える図書館の記事と、そしてそれら蔵書のすべての事が書かれている【賢者の書】の記事。
 つまり伯爵様が欲してた本は【世界に一つしかないなんだかわからない古書】ではなく、その【賢者の書】だったという事なんですよね?
 そしてその図書館についての文面の横に挿絵が一枚。膨大な本が並ぶ大きな棚の絵。その目が痛くなるほどに細かく描かれた本の中に一冊、背表紙がそれぞれ違う本。
「数が違うね。背表紙に描かれた巻数が」
『うん。本の名前は扉? 扉ってどういう意味だろう?』
「わかんない。だけどきっと、この扉っていう本の巻数通りにこの【世界に一つしかないなんだかわからない古書】を並べれば、何かが起こるんじゃないかな?」
 そうして僕らは本を並べた。四巻を下に一巻を上に。
 空気はいつの間にか静謐な物になっていました。
 そわそわとざわつく落ち着きの無い部屋の隅にある闇。
 それが僕らに教えてくれる。
 何かが起こると。
 そして僕らは………



「ここは?」
『縁樹!』
 ―――気付くと大きな扉の前に居たんです。



 +++


「これは、これは。久方ぶりのお客様がこんなにも可愛らしいお嬢さんとお坊ちゃんさまとは。私、この【賢者の書】が収められている図書館の司書を任されております者です」
 その老紳士は僕らにそう微笑みながら頭を下げると、名刺を渡してくれました。
「どうも。如月縁樹です」
『ノイです』
「これはどうもご丁寧に」
 彼はにこりと笑うと、
「それではさっそく貴女方に質問なのですが、貴女方はこの図書館に何かご用がおありで? それとも冷やかしでございましょうか?」
『冷やかしでこんな苦労なんてするものかよ。ボクらは【賢者の書】に用があるんだよ。さっさと【賢者の書】を出してもらえる』
「こら、ノイ。えっと、実はずっと眠っている女の人を救いたくって、それでここまで来たんです。ノイが言うようにそれで彼女が救えるかもしれませんから」
「ああ、なるほど。伯爵のフィアンセですね。確かに【賢者の書】があれば彼女は救われるでしょう」
『すごい。何で知ってるんだよ?』
「企業秘密です♪」
 にこりと笑った司書さんに、ノイが目を半眼にしたから僕は慌ててノイの口を手で覆って、それから司書さんに訊いたんです。
「あの、僕らを【賢者の書】の場所まで案内してくれませんか?」
 そう言うと彼はにこりと笑って、そして僕らに道を譲ってくれたんです。
「この扉を抜けて、そして真っ直ぐに行けば目的の本まで行けます。ですが生きていけますかね、その場所まで。そしてその【賢者の書】とは持ち出し禁の書物だという事をお忘れなく」
「えっと、司書さん?」
 何を言い出すのだろう、この人は?
「覚えておいてくださいませね」
 それだけ言うと彼は消えてしまいました。
 そして僕らはそこに残されて、だけどそれだけで、何も起きない。
 大きな扉は押しても引いても開かなかった。鍵がかかっている?
『だけど鍵穴は見えないね?』
「うん。じゃあ、えっと……ちょっと待って、ノイ。確か司書さん、扉を抜けて、って言ってたような」
『ああ、うん。言ってた、言ってた。えっと…』
 ぽんと手を叩いたノイは僕の肩から扉にえい、って飛んだけど、でも言葉通りに抜けることは出来なかったみたいで頭から扉にぶつかったノイはぽてぇっと落ちてしまって。
「ちょっと大丈夫、ノイ?」
『うん。抜けられなかった。あいつが扉を抜けろって言ったのにね。それとも取り方が違う?』
「うーん」
 僕とノイは両腕を組んで小首を傾げる。そして真っ直ぐに扉を見る。
 多分普通の方法じゃダメ。でもその方法がわからない。
 扉はこれだけ。
 大きな真っ白の扉。そしてよく見ればその扉には模様。模様?
「まさか」
『どうしたの、縁樹?』
 僕は数歩下がってよーく模様を見つめる。真っ直ぐに、じっと。そしたら……
「ノイ。扉がある」
『それは、ねえ。ずっと扉はあるよ、縁樹』
「そうじゃなくって、扉の中に扉があるんだよ、ノイ」
『え?』
 僕ら二人は扉を見つめる。その扉がキャンパス。模様が絵。その模様が騙し絵。よく見れば模様は扉に見えたんです。
「ノイ」
『うん。縁樹』
 ノイと二人で僕らはその騙し絵の扉のノブに触れてみる。そうすれば模様の扉は開いて、僕らは扉を抜けたんです。



 +++


 扉を抜けるとあったのは真っ直ぐな石畳の道だった。
 その道をボクらは二人して走る。懸命に走る。だって走るボクらを追いかけてくる形で通り過ぎた道が無くなっていくんだから。もしもそれに追いつかれたら……
「嘘!」
 縁樹の悲痛な叫び声。
 ボクも『げぇ』って目を大きく見開いた。何故なら前の道で鎖に吊られた鎌が大きく左右に振れているんだから。
「ええっと、こういう場合どうすればいいと思う、ノイ」
『んーっと、ゲームだったら自分から鎌につっこむよね、縁樹』
「やっぱり?」
『そう、やっぱり』
 だけどそれはゲームだからやれる事で、実際にやれと言われてやれるものじゃない。
『縁樹〜ぅ』
 ボクは情けない声をあげる。だけど走りながら見た縁樹の顔には怜悧な表情が浮かんでいた。何かを計算している。そして何かを確かめるように後ろと鎌を見比べた。
「えっとね、ノイ。僕らの走るスピードと鎌が揺れるスピード、タイミング、それから道が壊れていくスピードとを目測から計算したんだけど、とりあえずもう少しスピードを落としても大丈夫」
『本当に?』
「うん。………あ、このスピードをキープして、ノイ。それで僕が合図したら思い切りよく前にジャンプ。できる、ノイ?」
『うん。縁樹を信用してるよ』
「うん」
 そう、縁樹はボクが言った鎌に突っこむ、発言を信じて、それでそれをするためのタイミングを計算してくれたんだから。だからボクも縁樹を信じるんだ。
「ノイ。いち、にの、さんでジャンプ」
『了解』
「いち」
「『…にの、さん!!!』」
 ボクらは同じタイミングで前に飛んだ。
 通り過ぎた瞬間に鎌がぶんと揺れて、そして消え去る。
 後ろを走りながら振り返ってそれを確認したボクは隣を走る縁樹の顔を見上げて、にこりと笑いあった。
 そうしてボクらはそのまま前にあった部屋に飛び込んだ。



 +++


 部屋に入るとそこには小さな女の子がいて、泣いていました。
「ふぇーん。ふぇーん」
「大丈夫? どうしたの?」
「体が汚いの。汚いから誰にも使ってもらえなくって、ゴミ捨て場にも捨てられて。ふぇーん。哀しいよぉー」
 女の子はどんぐり眼から大粒の涙を零していました。
『体が汚い、って、綺麗じゃん。良い服着て、清潔な髪をしてさ』
「ほんとのわたしは汚いんだもーん。ふぇーん」
「あー、えっと。じゃあ、お姉ちゃんが洗ってあげる」
 僕がにこりと微笑んで言うと、その娘は泣いてたカラスがもう笑う、っていう言葉を体現するように嬉しそうに笑ったんです。なんだかこっちも嬉しくなるぐらいに。
「本当にいいのー?」
「うん」
 そして僕はノイを持ち上げると、彼の背中のチャックを開けて、コンロに薬缶、洗濯桶、それからタオルに石鹸を取り出しました。
「ノイはあっち向いてて」
『はいはい。誰が寸胴の子どもなんか。ばん、きゅぅ、ぼーん、ならまだしも』
「ノ・イ」
『何にも言ってないよ!』
「まったくもう」
 そう言って僕はわざと大きく頬を膨らませてみせた。そしたら女の子がくすくすと笑ってみせる。そして横目で見ればノイの両肩も嬉しそうに揺れていた。あの毒舌はもちろん、女の子を笑わせるためにわざとだよね?
 1、5リットルの水を薬缶に入れて、コンロにかけて、お湯を沸かして、それを洗濯桶に。ちょっと熱かったから温くなりすぎないように水を入れて、
「うん、良い温度」
 まずはシャンプー。
 頭を泡立てて洗ってあげて、
 それからタオルをお湯で濡らして石鹸をつけて、擦って泡立てて、女の子の体を洗ってあげる。もちろん、わざとくすぐってあげるのは必須。
 そして綺麗にお湯で洗い流してあげて、下着とキャミソールを着させてあげると、ノイと千早に頑張ってもらって、簡易発電機(ノイがノイサイズの自転車で、千早が風車)で電気を作ってもらって、その電気でドライヤーを動かして、彼女のブロンドヘアーを乾かしてあげる。
「はい、綺麗だよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 彼女はにこりと微笑んで、そしてその彼女が…
「お姉ちゃんに恩返し。ご本を読むにはね、灯りがいるんだよ。それは白の油。悪い子が起きちゃったら、黒の油」
 そう言いだして、そしてそれから、
「ああ、それがあなたの本当の姿なんだね?」
 その娘は僕が瞬きをしたその瞬間にランプになっていたんです。ハリケーンランプという種類のランプに。
 そして声が聞こえてくる。


 それは妖精の燈火。
 白の油は光を、黒の油は闇を。


「妖精の燈火、っていう名前なんだね」
『さあ、縁樹。白の油を灯してみよう』
「うん」
 そして僕らは白の油を灯しました。そうすると眩いほどの光が生まれて、
 その光が照り出したのは膨大な蔵書が収められた部屋だったんです。



 +++


「えっと、すごい本の数」
『うん。ここにある本を全て読もうと思ったら、それこそ不老不死にならないと無理だね。ってか、こらぁー、司書。司書なんだからボクらが読みたい本を探して持ってくるぐらいのサービスをしろぉー。職務怠慢だぞ!!!』
 いつもは慌ててノイの口を押さえる僕ですけど、なんとなく今回はそうする気にはなれませんでした。だって本当にこの中から読みたい本を探すなんて……
「ええ、それはわかっておりますよ。この図書館には世界の知識が揃っているのですから。ですから知識、勇気、優しさを試させていただいたのです。そして貴女は合格だ、お嬢さん」
 声は部屋に優しく響いて、そして本棚に収められていたすべての本がおもむろに本棚から飛び出して、それから驚いた事にその本たちは一冊の本になったんです。厚さは360ページぐらい。ハードカバーの小説本と同じ大きさ、厚さ。
「これが【賢者の書】」
 僕はその本をぎゅっと両腕で抱いた。
「これで伯爵様とフィアンセさんは幸せになれるね」
『うん。そうだね。さあ、早く帰ろう、縁樹』
「うん」
 だけど【賢者の書】をノイの中に入れた瞬間にがわりと部屋の空気が、変わったんです。
 そしてその後に起こった事は………
 気付けば僕は深い闇の中にいて、そして何故か唐突に僕は色んな事を、忘れていったんです。



 +++
 

「キュゥー」
 ―――縁樹さん!
 おいらは床に倒れた縁樹さんに駆け寄って、必死に縁樹さんを呼ぶんだけど、でも縁樹さんは目覚めてくれなかった。
 ノイは!?
「キュィー」
 ノイを見たら、そしたらノイも倒れている。
 わからない。わからない。わからないよ。縁樹さんやノイに何が起こったの?
 おいらは二人を見た。
 確か縁樹さんが嬉しそうにノイの中に本を入れて、そしたら二人とも突然、倒れて。
 えっと、だからひょっとしたら………
 おいらはノイを引っくり返して、それからノイの背中のチャックを開けたら、そしたら、
『何をするんだ、このイヅナ?』
 ノイばりの毒舌。だけどそれはノイが吐いたものじゃないよ。
 おいらは自分が見た物が信じられない。だって縁樹さんが大事そうにノイの中に入れた本が喋ってるんだもの。


「やれやれ、困ったものだ。私は確かに言ったはずですが。【賢者の書】は持ち出し禁止だ、と。もしも持ち出そうとしたら、生き物である【賢者の書】は目覚めて、そして自分を持ち出そうとする者の記憶(知識・思い出のすべて)を喰らう。ええ、はい。【賢者の書】に記されている情報とはそうやって執筆されたのですよ。如月縁樹様、貴女の思い出や知識は【賢者の書】に喰わせるに十二分に値する物だ。【賢者の書】の番人としてこれほどまでに嬉しい事はありません。知ってましたか? これまでのすべての仕掛けがそれを選定するための物だったのですよ。くっくっくっく」


 えっと、えっと、えっと、どうすればいいんだろう?
 そしたらおいらを呼ぶ声。声の方に目を向けたら、そこには【妖精の燈火】。
 そうだ。そういえば悪い子が起きちゃったら黒の油、って!
「おっと、そうはさせませんよ。イヅナの千早君」
 番人は冷たい笑みを浮かべておいらの前に立ちはだかる。その姿はいつの間にか老紳士じゃなくって、醜い化け物になっていた!!!
「お前は俺の餌にしてやる。ケーッケッケッケ」
「キュゥイーーーー」
 ―――縁樹さん、ノイ。
『ずーっと気になってたんだけど、おい、千早。おまえ、実は後輩の癖にボクの事を呼び捨てで呼んでるだろう?』
 おいらは声の方に顔を向けた。そしたらそこにノイが居たんだよ。コタンコロカムイの羽根に乗って、両手でナイフを構えているノイが。
「馬鹿な毒舌人形! どうして貴様がァ」
 そしたらノイがものすごく意地の悪い笑みを浮かべた。
『企業秘密』
 どん、という効果音が漫画やアニメなら加えられるようにそう言いきったノイ。
「おのれぇー、だったら貴様は雑巾にしてやるわぁー」
『な! 失敬な。誰が牛乳の臭いが染み付いたボロ雑巾だ!!! これでもくらえ』
 ノイが投げたナイフはしかし番人の鋭い爪の一振りで弾き返されて、石畳の上に散らばった。
 どうするの、ノイ!?
『うわぁ、こいつ、生意気な。だったら、これでどうだぁー』
 ノイの姿が掻き消えた?
 ううん、違う!
 ノイが消えたと思ったその次の瞬間にノイがたくさん!!!
「これは? そうか! その羽根で高速移動して、残像が」
 後ろに思わず下がる番人。
 たくさんのノイが一斉にナイフを構えて、それから――――
『ブラッディー・レイン』
「や、やめ………うぎゃぁー」
 一斉にナイフを番人に投げたんだよ。
 そうして四方八方から投げられたナイフに貫かれた番人は消え去って、それから………
「キュゥイー」
 ―――ノイ!!!
 ぽてりと石畳の上に転がったノイはまた意識を失っていたの。
「キュゥ―」
 どうやらおいらと同じように縁樹さん大好きなノイは無理やり活動停止状態から復活して、そして番人を倒した事で縁樹さんの危機が去った事を確認して、また活動停止したみたい。
「キュゥ―」
 ――ありがとう、ノイ。
 だからおいらは【妖精の燈火】の白の油の火を消して、黒の油で火を点けたんだよ。



 +++


「なんか後頭部が痛い?」
 僕は起き上がって、後頭部を撫でた。そうしたらそこにはたんこぶができていて。だけど一体どうして?
『って、わわわわ。あれあれ』
 ノイはノイでなんかフラフラしてるし。
「大丈夫、ノイ?」
『な、なんかダメみたい。体がバテバテだよ、縁樹』
「うん。僕も後頭部がって、あれ?」
 そういえばどうして、この部屋は闇に包まれているんだろう?
「キュィー」
「千早がやったの?」
 そう訊くと千早はこくこくと頷いた。
『縁樹。縁樹。見て見て、この【賢者の書】、いびきをかいて寝てるよ』
「え?」
 見れば確かに【賢者の書】がいびきをかいて寝ている。
「って、あれ? 確かノイの中に入れなかったけ?」
『うんうん。とにかくまあ、早く帰ろうよ』
「うん」
 眠っている【賢者の書】を手に取ろうとしたら、何故かその前に千早が立って、ふるふると顔を横に振ったんです。あれ、どうして?
『何やってんだよ、千早』
「キュィー」
「待って、ノイ。なんか千早、【賢者の書】を取ろうとするのをとめてるみたい」
「キュウ」
 こくこくと頷く千早。うーん、困ったな、どうしよう。
「きっと何かがあるんだね。だけどそしたらどうすればいいんだろう?」
 僕がそう呟いた瞬間、澄んだ金属が擦れ合う音。
 そして僕の目の前に浮かび上がったのは【兎鳥の鍵】の赤い鍵だったんです。



 ――――――――――――――――――
【ending】


 リアルの東京でジェノサイドエンジェルたちを倒した次の日にボクたちはログインした。
 そしてとある遺跡で眠っている竜を見つける。
 縁樹とボクはこの遺跡のクリア条件であるその竜を生きたまま生け捕りにする事を可能にするために眠っているその竜に寄り添い、そして【兎鳥の鍵】の赤い鍵を竜に近づけた。
 すると竜の肌には鍵穴が出現し、縁樹はその鍵穴に赤い鍵を差し込んで、錠をかける。
 そう、この赤い鍵の能力はそのモノの状態に鍵をかける事。それで永遠にその状態を維持できるのだ。寝てる人に鍵をかければ永遠に寝てるし、瑞々しいフルーツに鍵をかければ瑞々しいまま。
 縁樹は赤い鍵を見つめながらほっと溜息を吐く。
「でも本当にこの赤い鍵が無かったらと思うとぞっとするね、ノイ」
『うん。それがあったからあの本を眠らせたまま伯爵の所に持っていって、彼のフィアンセを救えたんだから。それから【兎鳥の鍵】の一つの能力もわかったし』
「ああ、でも」
『ん?』
「一番あの時に僕らを救ってくれたのは千早だよね。本当にあの時は助けてくれてありがとうね、千早」
「キュゥィー」
 って、何がキュゥィー、だ。
 縁樹にむぎゅっと抱きしめられる千早にボクは頬を膨らませるけど、でも縁樹の言う事はもっともで、だけどなんか釈然としなくって……
 ―――あれ?
『あー、もう。縁樹、千早を甘やかしすぎ! それからもう時間。さっさと行かないと、あの怪奇探偵たちの会議に遅れるよ』
「はいはい。もう、ノイったら焼きもちを妬いちゃって、やーね、千早」
『って、違う! でもとりあえずはいはい、そこ、縁樹から離れる!』
「キュゥー」
 どうやらこの『白銀の姫』では次々とイレギュラーな問題が起こっているようだけど、とりあえずこうやって縁樹とボク、千早は楽しくゲームをプレイしていた。
『だから縁樹は千早を甘やかしすぎ!』
「キュゥィー」
「あははははは。はいはい。僕はノイも千早も同じぐらいに大好きだよ」



 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、如月縁樹さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回もご依頼ありがとうございました。^^
 トレジャーハントのお話を、という事でしたので、このようなお話を書かせていただきました。
 お気に召していただけましたら幸いでございます。^^

 鍵は赤い鍵を選ばせていただきました。能力は作中通りに。その状態に錠をかけ、流れる時間を止めるようなそんな能力です。^^


 でも縁樹さん、大モテですけどその分大変そうですね。^^
 男の子二人を平等に愛してあげないと、大変です。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼ありがとうございました。
 失礼します。