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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


少年禁猟地帯2

●Connection1
 夕焼けに染まる空の下、三浦鷹彬は日の出桟橋で暮れなずむ港を眺めていた。『NIGHT CHILDREN RENTAL SHOP』の本拠地に向かうまでに残された時間は少ない。
 三日前にUSBメモリーの情報は手に入れ、今日はそのUSBメモリーを手に入れる日だ。随分と前から鷹彬はここにやって来て待っている。
 今はその情報を提供してくれた人間が実物を持ってくるのを待っているのであった。
「遅いな…」
「待たせわね」
「ん?」
 不意に聞こえた声に振り返った鷹彬は、そこに一人の女性を見出した。髪はショートカットで冷たい美貌が印象的な女だ。
「あなたが依頼人?」
 女は言った。
「多分」
「そう…」
「あんたが上條羽海でいいんだよな?」
「えぇ…そうよ。随分と臆病ね、少年」
「慎重と言って欲しいね。普通、相手のことは知りたいもんだしな。特に『あのこと』ならさ」
「そうね…そうだわ。あなたの言う通り…。あなたはスリルが欲しいの? 他の子供達のように」
「いいや…友達を助けに行く」
「まぁ、友達思いなのね」
 そう言って女は微笑んだ。
 まったく中身の無い、綺麗な微笑だった。見事なまでに情の無い、形だけの笑み。情報を扱い、子供にまで売る女だ。それも普通の事なのかもしれない。
 自分はこういう大人になるのだろうか?
 鷹彬は胸の奥が凍る思いだった。そう感じるだけ、自分はまだマシなのかもしれないし、引き返せるのかもしれない。それでも自分はこの先に行く必要があった。後戻りは出来ない。
 たとえ、自分がどんな大人になろうとも。
「約束の金はこれだ。メモリーをくれ。報酬の内容は、メモリーの譲渡と追加注文の確約。それに、情報の保護と凍結だ」
「あら、随分とおねだりするのねぇ」
 女は喉奥で笑った。
 そんな皮肉さえ、この女は華がある。
「追加料金は持ってきた。それで良いだろう? これ以上、犠牲者が出るのは…」
「私が渡さなくても、他の人間が渡すかも知れないでしょ?」
「そんなことは関係無いさ」
「まぁ、いいわ。その話に乗ってあげるわよ。貴方はリンスターと繋がりが出来たみたいだし。下手に欲張ったら私が大変な事になりそう」
 上條という名の女は笑った。そして紙袋を鷹彬に見せる。鷹彬はそれを受け取り、中身を確認すると、持っていたモバイルPCの電源を入れ、それを接続した。ソフトが自動的にインストールされ、確認画面が出る。
「本物だ」
「勿論よ、偽物なんか渡さないわ。そのソフトで、残り時間と新しい情報の書き換え場所が自動的にダウンロードされ、表示されるようになるわよ。そのUSBが接続されている間は他のPCにハッキングされることは無いと思うの。私の時はそうだったわ…より強力な攻撃を受けない限りわね」
「変わった機能だな」
「そうね…それ以外のことは調べてる暇が無くってね。あとはご自分でお調べなさい」
「あぁ」
 鷹彬はUSBメモリーの入っていた箱を見た。そこには知らない会社の名前が書いてある。別に中国産でも韓国産でも無いようだが、一体何処の会社なのだろう。鷹彬は溜息をついた。
「じゃぁ…さようなら、少年」
「あぁ、さよなら…二度と会わなくてよいことを願うよ」
「お互いにね」
 女は言うと振り返り、去って行った。
 きっと女はいつか、また情報を売る。
 女が名を変え、同じようにこの情報を他の子供に売ったとしても、鷹彬には止める事は出来ない。何とも言えない気分になったが、鷹彬は草間興信所の方へと歩き出した。
 今日はこの日乃出桟橋から『向こう側』へ出立する日だ。
 友と仲間を連れ、戦うために…

●草間興信所にて
「谷村夏樹と相原理香子…あった、うちの学校の生徒よ」
 月見里千里は報告書を読んで言った。
 その報告書にはNCRS事件に関わると思しき生徒たちの名前と住所が書いてある。その中に自分の学校の生徒を見つけて、千里は食い入るように見つめていた。
 異界突入前に、事件が発生し始めた時期からつい最近までの『千里と同世代の子を対象に』警察から公開されている家出人リストを草間に頼み込んで取り寄せてもらっていたのだった。
 本来ならそのような報告書は手に入らないのだが、最近起きた『ウィルス性貧血および循環器系不全症候群(仮名)』事件と秘密裏に警察が捜査していた事件のために、その報告書は手に入ったのだった。
 獅子堂綾に連れられてここまでやってきた千里は情報を得て、自分の学校に起きていた事を想像している。
「黒い子供を白い子供で狩ってるのだと…話に聞きました」
 千里の向かい側で紅茶を飲んでいたセレスティ・カーニンガムは何かを考えながら呟くように言う。
 つい先程、他の事件の捜査を済ませ、車でやって来たのだった。少し疲れているらしく、ソファーに凭れて皆の話を聞いていた。
「セレスティさん…大丈夫?」
 シュラインは気になって訊いてきた。
 セレスティは苦笑しつつ頷く。
「えぇ、大丈夫ですよ。ちょっと眠いだけです」
「それなら良かったわ」
「ご心配おかけしましたね」
「いえいえ…」
「ねぇ、白い子供って何よ? それ」
 千里はその言葉に隠された韻が分からずに、報告書から顔を上げた。
「彼らの常識では、白い子供は黒い子供を支配するべきなのだそうです」
「支配とかそういうこと言う奴に、まともな奴って居ないと思うんだけど」
 千里は眉を顰め、嫌悪を露にしている。
「それには賛同します。しかし、どういった人物が『白』と判断できるのでしょうね?」
 セレスティはカップをソーサーに戻しながら独りごちた。
「白と黒って一体どの地点で分けられるのかしら。『向こう』に着いてからなのかしらね。それなら特別な何かを手に入れたコが白…? それとも血統に関係するのか…関係ないのかしら?」
「わからないですね…どの子供達の調査書を見ても共通点なんて見当たらないですしね」
「この子達が、本当にこの事件と関わりがあると言い切れないしね」
 そう言って、千里はその中からNCRS事件と関係がると思わしき学生を20人程度ピックアップした。
 地域的に言っても、北海道、四国、大阪、沖縄など、居なくなった子供たちの出身はバラバラだ。
 『向こう側』に行く前後の状況についてできるだけ詳細に、例えば心理状態や、交友関係、行動パターンを重点的に調べていたが時間が無い。ただ、分かるのが谷村夏樹と相原理香子の両名は自己主張が激しいタイプと言うことぐらいだ。
 仕方なく思いついたまま、どんな些細な事でも共通点が無いか確認しつつ、WGNーU55に入力していた。
 そして、同じようにセレスティから貰った専用のPCを弄っていた黒榊魅月姫が顔を上げる。どうやら気に入ったらしく、先程から、情報類を全てこの中に打ち込んでいた。
 『向こう側』に行く数時間前で全てが終わるわけではないが、出来うる限りの準備はしておく必要があった。出立ギリギリまで、それまでに収集した十代の行方不明者の情報をシュラインは熟読する。特に桟橋方面に目撃情報有り者に関しては、より念入りに記憶しようとした。
「こんにちは〜」
 ドアを開けて入ってきたのは隠岐明日菜だ。
「おや、明日菜さん。どうしたんですか?」
 零は明日菜を見ると言った。
「お母さんに頼まれてきたのよ。いなくなった吸血鬼が見つかったと思ったら、この事件でしょ?新たに発見された世界とNCRS事件の調査を手伝って欲しいって」
「なるほど…」
 明日菜の言葉に、セレスティは苦笑する。
 その吸血鬼が今、自分の邸宅にいる。姉であるヒルデガルドが何も言わない限り、その話は不問なのであった。
「もしかして、事件って解決したのかしら?」
 事務員をしているシュラインは、その吸血鬼事件に関しての書類も見ている。それゆえに気になって訊いてみた。
「いえ、事件自体は解決していませんよ。ただ、彼が敵対する事は無いと、それだけの事ですから。紫祁音さんが現れるであろうことは、多分、変わりがないと思うのです」
「なるほどねぇ」
 シュラインは頷く。
「鷹彬君が今の所窓口になって頂いていますが、彼以外から購入して異界へと入った人物は居るのでしょうか?」
「それはいるだろうな。でなきゃ、こんな事件起きてないさ」
 そう言って武彦は苦笑する。
「そうですね」
「今、手に入れて頂いた物だけではいずれリミットが来ますよね? 継続して入手を依頼したいと思うのですが」
「ん?」
「行方不明者候補と考えられる事として、メモリーを調達や情報を提供した人物は居なくなった可能性は高いですよね。他に情報を明かさないという事で購入者全員の名前を教えて頂いてリスト作成するというのはどうでしょう」
「いや、もうこの時間だ。あと二時間もしないうちにここを出なきゃいけないんだからちょっと無理だな」
「そうですね…そうなんですよね。時間が無い…」
「でも、何で先の事件が終わったばっかりなのに、お手伝いに来たんですか?」
 零は首を傾けて言いつつ、紅茶の入ったカップを明日菜に渡した。
「私がかり出された理由? NCRSがUSBメモリーを使用してコンピュータに関連しているらしいって分かったからよ」
「あ、そうなんですか…」
「母さんも忙しいしね」
「裕介さんはどうしたんですか?」
 零はお代わりの紅茶を皆に振舞いながら訊ねる。
「裕介? ヒルデガルドさんと一緒にいるわよ。まだ事件は終わってないみたいだから護衛ですって」
 そう言って、明日菜は仕度を始めた。
 関係者から話の内容を聞いた後はこれから届くであろうUSBメモリーを解析するつもりなのである。
 準備が整った後、宮小路皇騎、谷戸和真、アリステア・ラグモンド、紅月双葉がやってきた。テーブルを囲み、皆は今まで集めた情報を交換する。皇騎は向かう前に行動方針について打ち合わせした。
 情報の収集を主とし、無理な戦いは仕掛けない事などを提案する。ただし、避けられない事態では撤退戦として深追いにならない様にするとの方向で話は決まった。
 時計は夕方四時半を指している。
 あとは、USBメモリーが届くのを待つばかりであった。

●学徒
 三浦鷹彬は手にしたメモリーを鞄の中にしまうと、自宅へと一旦戻った。そして、父親宛てに置き手紙を書く。それをテーブルの上に置き、荷物をまとめ始めた。
 手に持った荷物をディパックにまとめ、もらったWGNーU55のバッテリーパックの充電が終了すると、それも鞄にしまった。
 鷹彬は立ち上がる。
 ゆっくりと部屋を出て行き、誰もいない家の廊下を進んだ。ドアを開け、外に出る。そして閉め、立ち止まった。
 NCRS事件に関わる子供がこの家に出るとは、家族は誰も思わなかっただろう。鷹彬は苦笑して、そして、もう一度家の方を振り返る。
――じゃあな…俺の現実。
 鷹彬は呟くと、皆が待っている草間興信所へと歩き始めた。

   ***   ***   ***   ***   ***

 不動修羅は目の前にいる弟の尊を説き伏せ、『向こう側』に同行してもらう事にした。もうすぐ、鷹彬がやってくる。
 そこで何が起きるのかは誰にも分からないが、テーブルの反対側に座った桐生暁だけは楽しそうだった。
「ねえ、どんな世界なんだろうね。うまく他の学校の生徒とか見つかると良いよね」
 そう言って暁は笑っていた。
 金色に染めた髪と整った容貌が恰好良いと言うよりは、まだ幼く可愛らしいといった印象が残る少年であった。一方、尊と修羅は充分に青年らしくなってきた年頃で、暁よりは大人と言った雰囲気がある。
 暫くすると、鷹彬がやってきた。
 遠くでドアベルの音がする。
「あ、来た」
「よう…鷹彬。準備はOKか?」
 修羅の言葉に鷹彬は頷いた。
 修羅の隣に座って、喫茶店のマスターにコーヒーを注文する。
「まぁな。…ところで修羅、尊も一緒なのか? つーか、この隣にいるのは誰だ?」
 鷹彬は暁を指差して言う。
「酷いなあ、暁じゃん♪」
「知っとるわ! 誰だよ、情報をリークした奴は!」
「俺は知らないからな」
 修羅は手を上げて言った。
 何処で聞きつけたのか、神聖都学園の前にある喫茶店で待ち合わせをしていた修羅たちを見つけた暁は、面白そうだと参加を表明し始めたのだという。
「メモリーの数が足りん!」
「え〜」
 ブーブーと頬を膨らませ、眉を顰める暁に鷹彬は溜息を付く。そんな鷹彬を見て、尊は苦笑した。
「大丈夫だ。俺に考えがある」
 尊は言った。
「本当か?」
「あぁ、大丈夫だ」
「やり〜ぃ☆」
「バカ暁! 来るなら、先に言え。物品が用意できないだろうが」
「だって、ついさっき知ったんだもーん」
「責任は自分で取れよ。下手すりゃ、命も単位も危なくなるかもしれないんだからな」
 と言ってみるものの、暁の方はあまり学校の単位の方を気にしていないようだ。あとは自分でどうにかしろと、鷹彬は呆れたように言い、暁にメモリーを渡した。
「パソコンは自分で用意しろよ」
「えー、そんなものもあるのか?」
「俺が用意するものじゃないから、自分で交渉しろよ」
 そう言って、鷹彬は肩を竦めてみせた。
「まぁ、道具とかはいろいろ有ったほうが良いよな。『向こう側』で何が起こるか分からないし、どんなことにも対応出来る様にしたいし。そこら辺は考えてあるけどな」
「何か貰えるのか?」
 暁は首を傾げた。
「交渉次第だな。向こうがどんな所か分からないし」
「ふーん」
「まぁ、行ってみりゃわかるさ…行くぞ」
 そう言って鷹彬は立ち上がり、伝票を持って会計の方へと歩き始める。他の三人もそれにならって立ち上がると店を出るために歩き始めた。

   ***   ***   ***   ***   ***

 不動望子はキーを打ち続けていた。
 最近、神聖都学園界隈で多発している行方不明事件が、超常現象がらみではないかと所轄より超常現象対策本部に要請があったのである。
 消えた子供達に共通点が無い事、聞かれる名前などから一般事件でないということは判っていた。それ以外の根拠は、物的証拠、目撃者が不自然な程皆無な点、行方不明者に家出の動機が無い事等が上げられる。
 望子は捜査資料の分析を纏め上げる際、警察の捜査に進展が無いことに責任を感じ、超常現象の専門家である草間を訪れたのであった。
 草間興信所では情報屋として草間の意見を聞くと言う事に専念し、そこでNCRSの話を知ったが、その時でも自分が警察の人間であるとは言わなかった。
 だが従弟の双子が参加してることを知って、情報交換という形で警察の情報をリークしようとしたのだが、聞いてみると自分の持っている情報とあまり変わりが無かったので黙っていた。 
 仕方なく草間興信所を後にし、警察へ戻ると、調査書を書くために机と向かう。
 そして、日にちが変わるその時間まで書類を作成していた。

●リミット 〜草間興信所〜
 明日菜は鷹彬がやってくると事情を話し、譲って貰ったUSBメモリーを自分のノートPCでプログラムの解析を始めた。念入りに調べるために、オリジナルの対呪詛&魔術プログラム『スペルブレイカー』を走らせて魔術妨害を無力化して解析しようとした。
 しかし、その時点で行き詰まってしまった。
「な、なにこれ…」
 明日菜は吃驚してそれを見る。
 USBメモリーは何も反応を示さなかった。
「仕方ないな…俺が試してみるか」
 そう言って尊はそのメモリーを手にする。PCに繋いで読み込みを始めた頃にアクセスした。暁に自分の分のUSBメモリーを渡してしまったため、会席しておく必要があったのである。尊自身が人間USBメモリーとでも呼べる能力者。兄のUSBメモリーの内容を自分自身にコピーすれば問題無いと思っていたのだった。
「何? で、出来ない…そうか」
 これで向こう側に行ける筈と思ったのも束の間、プログラム解析に失敗した尊は目を瞠った。自分の能力を上回るUSBのプロテクトに尊は逆に楽しげであった。
「兄さん、これを持っていてくれ。俺が自分をプログラム化してパソコンの中に入る」
「分かった」
 それを見ていた井園鰍は尊の方を見る。
「…でも、大丈夫かいな?」
「あぁ、多分…大丈夫だ」
 そう言うと、尊は瞬時に自分自身をプログラム化してパソコンの中に入り込む。バッテリー切れを起こさないようにと、修羅はノートパソコンの電源を落とした。
「準備はOK?」
 シュラインはそう言って笑った。
 草間興信所総出で事件に向かうことに緊張しないわけではないが、武彦と一緒なら大丈夫だと思えた。今回は零も一緒だ。
 草間武彦&零兄妹、シュライン・エマ 、月見里千里、宮小路皇騎、セレスティ・カーニンガム、不動修羅&尊兄弟、井園鰍、隠岐明日菜、アリステア・ラグモンド、紅月双葉、黒榊魅月姫、谷戸和真、桐生暁、三浦鷹彬、獅子堂綾…以上十七名は、今日最後の船が出る日乃出桟橋へと向かった。

   ***   ***   ***   ***   ***

「私はどうしましょうか…話を聞いてしまった手前。知らないふりはしたくないのですが…」
 吸血鬼の城の一室で田中裕介は言った。
 母親に頼まれ、世間で言う所の『ウィルス性貧血および循環器系不全症候群(仮名)』事件…つまり、紫祁音と言う女が麻薬を作った事件のために裕介はここにいるのだった。
 教皇庁と警察とIO2…そして吸血鬼たちの足並みを揃える為、裕介はヒルデガルドの護衛をかってでていたが仲間の事が気にかかってしょうがない。
「何がだ、裕介?」
 ヒルデガルドはソファーから上体を起こして言う。
「『NCRS』という事件の事ですよ。ともに真相を解明したいのですが、母の依頼で貴女から離れられません」
「では、自由にするがいい」
 ヒルデガルドは言った。
 俄かに裕介の表情は明るくなる。
 しかし、ヒルデガルドが返した答えは喜ばしいとは言い難いものだった。
「人間の世界に戻るというのなら送ってやろう。しかし、お前の母親からの依頼はどうなるのだ? 私は我が身を守る事も充分できるが」
「う……」
「私には、そこにいくお前を止める理由が無いからな」
「仕方ないですね…護衛を続けながら情報集めをしますよ。それで、草間興信所の方に情報を送ればいいかな」
 裕介は溜息をついて肩を落とす。
「愛い奴だのう…裕介は」
 そう言ってヒルデガルドは笑った。

●船上 〜アクアシティーへ
 谷戸和真は船の乗り口へと歩いていった。
 後からは武彦達が歩いて来ている。集団で行動すると怪しまれるので、互いは互いに話し合うようなことはしなかった。
 シュラインは夕焼けに染ます東京湾を眺めながら、眩しそうに目を細める。
「良い天気ね…武彦さん。出立には丁度良いって言いたいけど、楽しいところかどうかも分からないしね」
「そうだな…向うもこっちみたいに綺麗な夕焼けが見れるところなら良いんだけどな」
「うん…そうね」
 そう言って歩いて行けば、ゲートのところに『特別便入り口』との張り紙が貼ってあった。そこには遊覧船の時刻表貼ってある。後から歩いてきたセレスティはそれを発見して首を傾げた。
「これが最終ではないのですね…」
「そうみたいね。八時ごろまで船があるわ。向こうについたら時刻表を各自で持っていたほうが良いかも」
 セレスティの声に緊張が解れたシュラインはさっきまで他人のふりをしていたのにもかかわらず笑いかけてしまう。そんなシュラインにセレスティも笑いかけた。
「でしょうね…では、乗り込みましょうか」
「そうね」
 シュラインは言うと歩き始める。
 普段なら、券売機はある場所にはUSB端子の差込口があるだけだ。なんとも殺風景な光景に皆は苦笑した。
 武彦がメモリーを差込口にさすと、自動改札口が開く。無断乗船できそうだなと思った武彦は、見えた隙間に手を差し込もうとした瞬間に電撃をその身に浴びた。
「うあッ!」
「大丈夫、武彦さん!」
「あ…あぁ、大丈夫だ。くそっ、ここまで影響してるのか…」
「そうみたいですね」
 見ていたセレスティは冷静に答える。後ろを歩いていた紅月神父は驚いて目を丸くしていた。
「これって…どうなってるんでしょうね?」
 紅月神父は自分のUSBメモリーを見ながら首を傾げた。隣にいたアリステアはにこにこ笑って答える。
「まぁ、考えたってかわりませんよ。早く中に入りましょう。私、すっごく楽しみで♪」
 嬉しそうに言うアリステアを眺め、皆は笑った。深刻ぶらないで、そう言った気持で乗船するのもよいかもしれない。
 次々とUNSBメモリーを差込み、皆は乗船する。
 大丈夫かと修羅は渡されたノートパソコンを見たが、電源が落ちてしまっている所為なのか、それに以上を見ることは出来なかった。
 今、尊は完全にプログラム化されている。スキャンしたところで、相手のコンピューターにも分からないのかもしれない。
 憂慮することを止め、修羅は船に乗り込んだ。
 相変わらず暁は楽しそうに武彦に話し掛けたりしている。皆が乗った頃、アナウンスが入り、船が出航への準備を始めた。
 表情の無い作業員が機械のように作業を進める。ドアを閉め、ゲートを閉鎖し、鎖を巻き上げる。エンジンが回り始め、陸と船を繋げていたタラップが外されると、スクリューが回って船は方向転換し始めた。ゆっくりと後進し、そして方向を変え、港から離れていく。
 夕焼け色に染まる街と港は美しかった。成熟した光が最後の光を街に放ち、一瞬だけ栄光の姿を浮き彫りにする。そして凋落の兆しを夜空に染め上げ、光は次なる朝のために落ちてゆくのだ。
 美しい光景を鰍は見つめていた。
 最も美しい芸術家。それは世界。その現実を目の当たりにしながら、はじめてみる世界へと旅立っていった。

●もう一つの東京
 向こう側に着いた一同は、辺りをそっと窺いながら移動する事に決めた。
 シュラインはアクアシティーからの船の時刻表控える。それから案内所を探し、パンフのような物や周辺地図があればチェックしようと辺りを見回した。
 あたりは見るからに『自分達のいた場所』と変わらない。蘇鉄の木がいたるところに植わっていて、港らしい雰囲気があるいつものお台場そのものだった。
 アクアシティーの中には、グルメのためのレストラン街があり、都心では初の大型マルチプレックスシネマまである。その建物の中にあるパンフレットを人数分持ってくると、シュラインは皆に渡した。
「はい、パンフレット」
「ありがとうございます、シュラインさん。わぁ〜…『TO THE HERBS』に『Milk Parlor MOUMOU』。『ホブソンズ』もありますよ♪」
 アリステア神父は嬉しそうにパンフレット片手に言った。
 勿論、パフェやらの写真を見て目が輝いている。
「私は『KIRIN Water Grill』の方が…」
 それを聞いていた宮小路皇騎は、夕飯の時間というのもあってアメリカンビア・レストランを勧めた。もうちょっと上品な感じの店でも良いかと思ったが、シュラインは二人の意見に、暫し考えてから答える。
「私は『アンナ・ミラーズ』の方がいいなぁ……って、そう言う問題じゃないわよ」
「え? 違うんですか?」
 シュラインの言葉を聞いてアリステア神父は小首を傾げた。
「今は捜査の最中! こう…何て言うのかしら、もうちょっとシリアスにできないのかしらねぇ」
「あはは〜☆ 俺はマックがいいな。お金無いし♪」
 暁はへらっと笑って言う。
 シュラインは暁の様子に溜息をつく。
「あのねぇ…遊びじゃないのよ〜。捜査なの」
「でも、腹が減っては戦はできないよ」
「うー…そうなんだけどね。どういったら良いのかしら…」
「じゃぁ、ご飯食べながら作戦立てましょう」
 アリステア神父は幸せそうに笑って言った。脳裏にはご飯かデザートが浮かんでいる。すでにレッツ、ディナータイムのはじまり。
「それは良いですね」
 セレスティも甘いものに目がいっていた。
「行くなら『La Cantinetta DELL'ENOTECA PINCHIORRI』で夕食をとりたいと思うのですけれど…あ、この『CINNABON』というお店のチェリーボンが美味しそうです」
「せ、セレスティさん??」
「まぁ、何も作戦立てないまま突っ込んでいってもな…失敗するだけだろうし。個室ありそうな店に行くかして、今後の事を話そう」
 皆の様子に苦笑し、武彦はそう提案する。
「賛成です〜♪」
 アリステア神父は両手を上げて喜んだ。その光景を同僚の紅月神父は頭を抱えて見ている。
「あ、アリステア神父…そんな能天気な…」
「だ、大丈夫かしら…公園とかで話し合ったほうが良くない?」
「まぁ、こんなに暗くなってきたらさすがに外で話をしても可笑しいよな」
 武彦はシュラインにそう言って返す。
「そうだけど…レストランとか危険じゃないかしら」
「うーん…そうだなぁ、相手の出方を見るのは丁度良いのかもしれないぞ。大人数をチェックできるほどの組織かどうかも分かるしな」
「なんで?」
「だってそうだろう。ここに来て一時間も経ってないのに、誰かが襲ってきたらそれだけの情報網ってことだからな」
「あ、なるほど…」
「準備も全くしてないし、とりあえず夕飯食いながら今後の予定を立てよう」
 武彦の意見に皆は賛同し、結局、La Cantinetta DELL'ENOTECA PINCHIORRIに行くことになった。

   ***   ***   ***   ***   ***

 皆は5Fの『La Cantinetta DELL'ENOTECA PINCHIORRI』に向かうと、個室席で食事をする事にした。
 クリーム色のテーブルクロスを広げた席に着きながら、シュラインは恐る恐る辺りを見回す。しかし、大聖堂風の大理石のモザイクの壁が綺麗な部屋は、普通のレストランでしかなかった。
「はぁ〜〜〜〜、良かった」
「何がだ?」
 武彦は言った。
「だってねぇ、緊張するじゃない」
「俺はこれから出てくるワインとかのメニューの方が緊張するよ」
「まぁねぇ…」
「あたし、鯛のグリルかカルパッチョが食べたいわ」
 シュラインの横に座った千里はナプキンを広げていった。
「とりあえず作戦会議ができるなら何でもいい」
 千里の反対側に座る綾はぼそりと言う。
「美味いデザートが出るなら、私は何も言いませんわ」
 魅月姫はにっこりと笑って言った。
 食前酒にキールをいくつか頼み、高校生達には紅茶かコーヒーを注文する。飲み物がきたところで作戦会議を始めた。
「ただ、似ているとはいえ知らない世界らしいな。最初のうちは、俺はこちらとの差異を調べその世界へ溶け込めるようにするつもりだ。異界での自分はどんな人間か気になってもいる」
 和真はそう言ってコーヒーを飲んだ。
 同時に、敵に感ずかれぬように『N.C.R.S』について調べるつもりでもあった。
「そうやな〜。私も通常世界との差異って、小さくとも必ずあると思うんや。それでな、それを確認する為に、自分達がよく行く場所を見て回った方が良いんじゃないんちゃう?」
 鰍は草間興信所付近、神聖都学園、ゴーストネット付近、アンティークショップ・レン、アトラスの順に、よく騒ぎの起きるポイント付近を確認してまわることを具体的に提案した。
「私は瞬間記憶能力があるしな。大抵の違いは判る」
 高峰研究所が無くなっている事から、そういう場所のほうが変化が顕著に出ている可能性が高いと推測するのであった。
「どんな自分か…か。それは気になるな」
 武彦は頷いた。皆も頷く。
「そう言う情報も送ったったらええんやね。確認できた部分は、まめにモバイルにて記録を送信しようかなと。万が一私に何かあっても情報を残せるやろ?」
「そうですねぇ…それと同時に、行方不明の方たちの手がかりを求めて、元の世界におけるその方たちの生活域……立ち寄りそうな場所や学校、自宅などをまわりたいですね」
 紅月神父はこう茶を飲みながら言った。
 事件の最中でもなければワインを飲みたいところだが、酔ってしまっては捜査はできない。仕方なく諦めた。
「じゃぁ、決まった時間に情報を送るって言うのはどうかしら? 何も無くてもメールするとか」
 千里はそう提案した。
「それは良いな。じゃぁ、時間を決めてメールしよう」
 修羅はそう言うと、立ち上がってボーイを呼びに行き、椅子をもう一つ持って来てもらった。そして、自分の弟を電脳世界から出すためにパソコンを立ち上げる。プログラム化していた尊は人化すると席に座る。
「どうだった、この世界は?」
「あんまり変わらない感じがするな。でも、まだ調べてない」
「何でだ?」
「今、作戦会議中」
「なるほど」
「時間を決めてメールの交換だってよ」
「OK」
「取り合えず、主要な建物の位置関係を調べてこの世界の地図を作製するべきね」
 明日菜はキールを飲みつつ言った。
「できれば、白と黒の子供の仕掛けがある程度わかればいいのだけど」
「ここでは、『黒い子供』と『白い子供』に手掛かりがあると考えますね。その線で調査を進め鯛と思いますが。何か手がかりとかありますかね」
「白い子供ですか…」
 明日菜の言葉にセレスティは溜息を吐いた。
「どうしたんだ、綺麗なお兄さん?」
 鷹彬は笑って言う。
 その声に、セレスティは俄かに笑みを滲ませた。
「えぇ、気になるんですよ。知り合いの喫茶店のマスターに言われた言葉がね。『黒い子供が近くに居ると容赦無く襲ってくる』『黒い子供の近くに居る時は、白い子供には見つからないように』そう言っていたんです。今はどんな子供が『白』いのかわかりませんし。それに…」
「それに…?」
「ここには子供と呼べる年の…と言っても高校生ですが」
「悪かったわね、子供で」
 千里はぷうっとふくれて言った。
「いえいえ、法律的に見てということですよ。つまり、高校生か何人もいる。もしも、敵だと思われたら教われますでしょうし、仲間と思われたら…」
「近付いてくるわよね」
 千里はむくれつつ言う。
「そうだな…敵対するにしても何にしても、俺たちのところに奴らは遣ってくる可能性があるってことか」
 綾は納得して頷いた。
「自分は学生ほってしもうたからなぁ……出来れば無茶しないで、表の顔きちんとしてるのんは、大事にしてほしいんや」
 鰍は鷹彬の方を見て言う。
「あのぉ〜…」
 アリステア神父がこっそりと手を上げる。
 鷹彬はアリステア神父が手を上げると、ぱっと顔を向けた。そしてにっこりと笑う。
「ん? 何だ、綺麗なお姉ちゃん」
「はい〜? 私、男ですけど……」
「がびーん☆」
「はいい??」
「〜ったく、また夢が一つ壊されたよ……」
 そう言うなり、鷹彬はがっくりと肩を落とした。
「久しぶりの金髪美人だったのに…男だなんて詐欺だ」
「確かに、このメンバーって異様に美人度高いわよね…男の」
 千里が鷹彬にトドメを刺し。あえなく鷹彬は撃沈した。
「俺は男に興味は無い〜〜〜〜〜〜〜! おねーさんがいい」
 鷹彬はそう言うとシュラインのほうを見る。
「あァ……眼福」
「な、何が…」
 自分を見つめる鷹彬の幸せそうな笑顔にシュラインは焦りつつ、ついっと視線をそらした。悪意なんぞは全く感じられないのだが、いささか恥ずかしいものがある。
「えっとですねぇ…工場跡地で起こった事なんですけど」
 アリステアの声に皆が注目する。
「……魅月姫さんが『麻薬の保管場所』に飛ぼうとして工場跡地に出てしまったことあったじゃないですか。何も無い場所にもかかわらず警戒されていて」
「あのディサローノとかいう子が出てきた時ですね? これとは違う事件の事でしょう?」
「そうです。そうなんですけど…気になるんです。攻撃してきたことやディサローノさんの消え方などから、別の世界の工場跡地に件の麻薬が保管されているんじゃないかとか、もしくは手がかりがあるのではと…」
「なるほど…では、それが一体どういう関係があるというんだ?」
 綾は気になってアリステア神父に訊いた。
「ディサローノさん…子供でしたから。関係あるんじゃないかとか思えまして。勿論子供が関係してるからって、その考えが浅慮なことかも知れませんが。そこが『NCRS』関連の場所の可能性もありますし。どうしても無関係とは思えないので」
 アリステアはそう言ってそのときの言葉を思い出そうとした。

――『やぁ〜なこったぁ! 血の匂いのする女は嫌だよ。ホント、頭くるよ。あいつってば、捕まっちゃうんだもん。面白いことになりそうって思ったのにさぁ』

「確か…ディサローノさんは『血の匂いのする女は嫌』と言っていましたわね」
 魅月姫も思い出しつつ言う。
「そうです。『ウィルス性貧血および循環器系不全症候群』事件…吸血鬼のロスキールさんが関わる事件のことですが、その時にディサローノさんは現れました。捕まったというのはロスキールさんだとして、血の臭いのする女は嫌い=吸血鬼等の女性の知り合いがいて、その方が彼に指示を出したと思しき方では? その方が嫌いなのに従っているのかわらないのですが…首謀者とも言える紫祁音さんは吸血鬼ではありませんが、吸血鬼との関係を示唆する言葉ですよね」
「えぇ、そうね」
 シュラインは頭の中で話をまとめつつ言った。
「ディサローノさんは子供です。そして超常能力を持つ。しかも、事件が起きた場所はここからそう遠くは離れていない場所です。どれもこれもが必ず湾岸地域で起きてます。もしも、関係が無かったとしても、折角ですし、調査してみたいと思うのですが」
 アリステアの意見に鷹彬は頷いた。
「まぁ、そういうのも良いんじゃないか? それで見えてくるものがあるなら、互いに助かるしな」
「では、私は工場跡地を捜査する事にしますよ。皆さんはどうしますか?」
「そうねぇ、大雑把でもこの世界の地形差異を調べたいと思うわ。相手の出方が分からないから、なるべく接触は避けたいけど。…で、泊まる所どうしよう?」
「「「「「「「「「「「「「「へ?」」」」」」」」」」」」」」」
 綾以外の人間はシュラインの言葉に驚いた。
「そうよ! 泊まる所! あたし、地べたに寝転がったりしないわよ。汚い所も勘弁」
 千里はホテルあたりに泊まる気満々で言った。
「そうですね…ホテルとかが安全なら泊まりたいところですが」
 セレスティは頷く。
「しかし、こちらの世界の私たちがどんな存在かわからないと、お金を使うのもままならないと思うのですが…」
「なんで?」
「個人情報の差ですよ。私たちの世界であれ、こちらの世界であれ、個人の情報は密接に関係しています。もしも、この中のメンバーがこの世界にいなかったら…とか」
「そ、それは怖い考えね…いえ、現実だわね…。まず、それを調べなきゃいけないわ」
「っていうことは。あたしのキャッシュカード使えないかもしれないの?? わー、やだぁ!」
 千里は吃驚して言う。
「っていうことは…携帯は使えるのか?」
 綾が言い出し、皆は互いの顔を見る。
「その可能性も充分にありえます…ね」
 紅月神父は難しい顔をして電話をかけ始めた。相手はユリウス・アレッサンドロ枢機卿だ。しかし、彼には繋がらなかった。
「電話…繋がりませんよ…」
「ちゃんと今月の料金払ってます?」
「当然です」
「じゃぁ、ユリウスさんの方は?」
「払ってると思いますよ」
「ケーキ代とかになってませんかね…」
「………うぅっ」
 がっくりと紅月神父は項垂れる。
「多分、星月さんが支払ってると思うん…です…よ」
「じゃぁ、大丈夫ですね…。…と言うことは、誰のところにかけたのでしょう?」
「「「「「「「「「「「「「「「あ…」」」」」」」」」」」」」」」
「今、とっても怖い考えになったわ…」
 シュラインは眉を顰める。
「その電話番号が本当に知ってる相手にかかるとは限らない」
 和真はボソッと言う。
「お願い、それ以上言わないで…」
 それだけ言うと、シュラインは電話をかけ始めた。草間興信所に電話をかけたのだが、無論誰も出ない。しかし、繋がる事だけは分かって安心していた。
 しかし、互いの携帯電話が繋がる事だけは分かり、一安心できた。
「でも、あたしのキャッシュカード使えるの?」
「使えるかどうか、ここの支払いの時に試してみれば良いだろう。多分、使えると思うぞ。携帯があるんなら」
 千里を宥めようと綾は言った。
「あ、そうか…」
「持ってる金を銀行から引き落とすか、キャッシュカードが使えることを確認するか、こっちの世界のEdyカードあたりに換金しておくかで乗り切れると思うんだが」
「確かにそう…綾ってば、役に立つじゃない」
「俺を馬鹿にするなよ」
 そう言って、綾は千里に笑いかけた。
 皆はこれからのことを話し合い、食事が終わると一旦は千里にキャッシュカードで支払ってもう。そして、手持ちの現金で千里に食事代を返した。
 今夜は深夜まで聞き込みなどをしてから、JR神田駅周辺のビジネスホテルに偽名を使って泊まる事にする。調査員達は深夜十二時に駅に戻ってくる約束を交わし、終電が無くなるぎりぎりまで調査に乗り出した。

   ***   ***   ***   ***   ***

 シュラインは通常の店舗や人通りを隠れるように進んだ。現状は謎だが、足音や心音、呼吸音等注意しつつ人との接触は今は避け、この世界の情勢を知ろうと新聞を買う。同時に会話等に注意していた。
 大人たちはいつも通りに会社に行き、『NCRS』の姿など存在しないかのようだ。
「居ないわね…」
 シュラインは呟いた。
「そうだな」
 武彦は頷く。
 シュライン達と一緒に行動していた皇騎は『黒い子供』と『白い子供』に手掛かりがあると考え、その線で調査を進めた。聞き込みをする一方で、ネットを介した各種関連情報の収集も行ったが、大きな差に出会うことは今のところなかった。
 この世界ののネット下で、自分達の現実社会とは違った情報に接触する事が出来る可能性があると考えたのだが、何処が違うのか、そこがいまいち分からなかった。
 一方、問題のUSBメモリの内容の独自解析を試み、本来なら設備の整った研究所で解析を行うのだが捜索関係を優先させる為、皇騎が独自に開発したウェラブルPC『ウィザード』を駆使した。
「…やっぱりだめです。このUSBメモリーの解析が出来ません」
「一体、何がそうさせてるんだろうな…」
「分からないですねぇ…研究所の中でもありませんしね」
 皇騎は辺りを見回した。
 大人たちの方に異常は感じられないようだったが、子供達はどうなのだろう。そのあたりは別々に行動している鷹彬たちに聞いてみなければ分からないだろうか。
「その子達にとって、何が上位で何が下に見られているのかしら。独自のルールとかあるのかしらね」
「そうだな…」
「明日あたり、登校する子供達の態度とか会話で状況把握したほうが良いのかしらね。不明者のコ達…現界での行動範囲周辺行ってみる?」
「この時間じゃ、神田周辺には学生は少ないだろうからな。明日にするか」
「そうね…」
 そして、シュラインたちはビジネスホテルへと歩いていった。

 修羅は動物霊・蝙蝠を降霊し、超音波で周囲の様子・動くものがあるか等を探ったが、神田駅周辺ではそういったものは多すぎて収拾がつかなくなっていた。仕方なく、周辺調査のために風摩小太郎を降霊して周囲の様子を調べる。それで大体の周辺状況を知ったが、澄臣の事は分からない。
 修羅にとって澄臣の行方が気になっていたため、予め学校からくすねておいた澄臣のジャージを取り出して、動物霊の犬を降霊して澄臣の匂いを嗅いでさがした。
 周辺に匂いが残ってる可能性があるから嗅いでまわってるのだが、一緒に行動していた鷹彬や綾、弟の尊、千里は恥ずかしいのか真っ赤になっている。
「に、兄さん…恥ずかしい」
「そうよ…」
 周囲の目が気になる千里は綾の後ろに隠れていた。
「わんわんわわん!」
――何を言うんだ。
「兄さん…日本語喋ってくれ」
「うー…わわん! し、仕方ないわん。調査にはそんなこと関係無いのわん。澄臣を探すのが先だわん」
「う…見事に犬言葉」
「う〜〜わおん…」
――ぬー、トイレ。
「へ?」
「トイレ行くわん」
「ゲッ! ちょ、ちょっと待ってくれ兄さん」
「わお〜ん…」
 慌てた尊は兄を引っ掴むと駅のトイレに無理矢理連れて行った。
 暫くして帰ってくると、尊はカーナビソフトを使い、現在位置と周辺情報を確認した。衛星からのデータを元に現実世界と比較する。
 この世界の回線に接続し『Nihgt Children Rental Shop』を調べたが、その情報は手に入らなかった。
 その後、シュラインからの電話でホテルに戻る事に決めた。タイムアップと言ったところなのだが、今日はたくさん動いたから明日にしようということなのである。
『もしもし、千里ちゃん?』
「あっ、シュラインさん」
『何か見つかった? 菊池くん、三浦くんが来る事見越してどこかに足跡残してないか気になってるんだけど。この世界のゴーストネットオフとか、三浦くん達情報屋内で独自に繋ぎ取る方法ないのかな』
「ちょっと待って…」
 千里は電話口を押さえて鷹彬に言う。
「ねぇ、あんたたち情報屋の繋がりで菊地って子、見つけられないの?」
「ああ? うーん、いつもの情報で手に入るかもしれないけどな。まだ試してない…。ゴーストネットオフにでも行くか…」
「そうね、今は無理だから明日だろうけど」
「OK…。ん? そういや、魅月姫って奴は?」
 鷹彬は魅月姫を探して辺りを見る。
 魅月姫は『NCRS』の調査が主目的だったため、鷹彬に付いている方が何かを都合が良いと考えていたのだが、あまりにも自分達の現実社会と似ているのが面白くて気の赴くままに街中を彷徨っていってしまったのである。興味が失せれば鷹彬の元に戻ってくるだろうと思い、鷹彬も綾も何も言わなかった。

 その頃、魅月姫は新宿に居た。
 黒を基調にした西洋アンティーク人形の様なドレスを身に纏い、人込みを彷徨う姿は霧の街を彷徨う少女の負うな印象を与えていた。
 二丁目近くの喫茶店に入ると、魅月姫は紅茶を頼み、一番奥の席に着いた。
「さて…何処から探しましょうか」
 魅月姫は呟いた。
 鷹彬と離れている間も彼の動きを見失われないよう、彼の動きのトレースを意識下で行っていた。もしもの事態には、影もしくは闇を介して彼の影をゲートにして駆け付けるつもりでいたのである。
 ただ、不思議な事に新宿あたりなら深夜でも学生が歩いていそうなものだが、殆ど学生を見ることは無い。魅月姫は不思議に思い、USBメモリを使用するにあたり入手したモバイルPC、WGN−U55をネットに繋いで情報を皆に送ろうとしていた。
――ここに来るまでにも、学生はほとんど見ませんでしたわね…
 魅月姫は黙ってメールを打つと、皆に送信した。
「ん?」
 不意に気配を感じて顔を上げれば、そこには紅茶を持ってきた店員が立っていた。
「あのう…紅茶をお持ちしました」
「あぁ、ありがとう」
「あのう…」
「何?」
「貴女は…『白い子』?」
 恐る恐ると言った風にその店員は言った。
「はい?」
 魅月姫は目を瞬かせる。
 まだ十七・八ぐらいの少女とも見えた。
「どうしてかしら?」
 魅月姫はそ知らぬふりして言う。こんな風に核心に迫る事ができるとはラッキーかも知れない。
 店員の表情はパアッと明るくなって嬉しそうに言った。
「よかったぁ…私、『白い子』になりたかったの。もうすぐ十九だから、『白い子』になれなくなっちゃう」
「そう…」
「こんな時間に歩き回るのは『白い子』しか居ないわ。やっぱり貴女はそうだったのね。『白い子』って、いつもクールなんだもん。恰好良いし」
「恰好良い…」
 その言葉に魅月姫はふと苦笑した。
「ねぇ、私も仲間に入れてよ」
「そうねぇ…」
 『白い子』の定義がわからない魅月姫はそれに答えることも出来なかった。それどころか、自分はその『白い子』の調査に来ているのだ。
「『黒い子』じゃだめなの?」
 魅月姫は言ってみた。
 『黒い子』がいると襲ってくると聞いていたが、恐れずに魅月姫は訊いてみた。相手から視線を外さずに見つめる。店員は恐れ、振るえながら言った。
「お、怒らないで…ごめんなさい。私、貴女を怒らせたいんじゃないの。貴女、私を狩りたいの?」
「いいえ」
 魅月姫は注文した紅茶に砂糖を入れ、カップを持つとのんびりと飲み始めた。
「じゃぁ、何で? 私をからかってるの?」
「いいえ」
「別にどっちでも良いと思っただけだわ」
「やっぱり…『白い子』ってクールなのね」
「さぁ…私、貴女に興味ありますわ」
「ほ、本当ッ!?」
 店員は驚喜し、魅月姫を見つめる。
 もちろん誤解なのだが、それは丁度良いと魅月姫は思っていた。『白い子』に興味があるなど非常に有用な人材だ。
「私、またここに『来るかもしれない』わ。今日はこれから用事があるの」
「ま、また来てちょうだいね!」
「えぇ、時間があったら…」
 そう言うと、魅月姫は立ち上がり、千円札一枚をテーブルに置く。WGN−U55の電源を切ると、魅月姫は鞄にしまった。
「じゃぁ…」
 魅月姫はその喫茶店から去って行った。

●邸宅の夜
 そこは闇の中だった。
 正確には、夜が世界を覆い尽くす時間になっただけだ。その中で何かが動いた。たくさんある部屋の一つで、それは背伸びをしたようだった。
「あぁ…退屈だよ」
 人影は言った。
 部屋の明かりは消えている。分厚いカーテンは閉ざされたままだ。ベットから這い出てきたそれは、恐る恐るカーテンの隙間に注目する。
 隙間からは太陽の光ではなく、街の灯りが見えるだけだ。それは満足したように頷くと、カーテンを開けた。
「やっと夜だ」
 それは呟くと、電気を点けて夜着を脱ぎ始める。
「まったく…酷いことしてくれるよ」
 ブツブツと文句を言いながら、与えられたシャツを着始めた。上質のシルクシャツとブランド物のスーツを身にまとうと、鏡の中に映った自分の姿ににっこりと微笑んだ。
 そのスーツは夜着のままではみっともないと、執事から渡されたものだ。この屋敷の主人の客人に対し、警戒しながらそれを渡した執事の顔を思い浮かべる。ロスキール・ゼメルヴァイスはふと笑みを浮かべた。
「ホント、可笑しかったなぁ…でも、セレスティが居ないのはつまらないよ。あいつが好きにしてくれるし…」
 この邸宅の主人が外出してから二日か過ぎた。会いたいのに、会えない。そのことが何より辛かったが、帰ってくるのはもうすぐのはずと思い込んで我慢していた。
「でも、あの子は可愛かったな」
 食事を運んでくれた料理人を思い出してロスキールはまた笑った。ロスキールが吸血鬼である事を知る者が『血を吸えない者』…つまり、血の流れていない者に食事を運ぶように頼んでいたのだった。
 まったくもって、ロスキールは厄介者でしかない。
 それは、ロスキールも重々承知の上だ。
 人間の中で自分が生きていくのは並大抵の事ではないだろう。太陽は自分を焼き殺すし、さすがに貴族といえども血は必要だ。無論、食事も口にする事ができる。しかし、それは嗜好のレベルでの話だった。
 最悪なことにセレスティの部下は切り刻まれて体力の消耗の激しいロスキールの体を治さない。傷は再生能力で元に戻ったが、魔力と体力は元に戻るのが難しいのだ。それどころか、その部下はしっかりと夜の教育をしてくれる始末。
 部屋から出れないことでストレスの堪ったロスキールは、その部下がいない間に邸宅から抜け出そうと計画していたのであった。
 ベットの隣に置いてあった靴を履くと、窓を開ける。白々とした月が青い闇に浮かんでいた。
「あぁ……とても良い天気だ。おや、桜の花まで咲いているよ。本当に花見には丁度良い。行ってくるね……セレスティ」
 窓枠に手をかけると、ロスキールは軽い動作で跳躍し、邸宅を抜け出した。

 青い闇が続く街を抜け、吸血鬼の青年は一人の少女と出会う。

――これで私の夢が叶うのよ

――へぇ、どんな夢?

――自由になるの。そこは子供達の楽園なんですって…

――ふうん…僕も行けるかな?

――貴方の分は無いでしょう。でも、手に入ったら貴方も行けるわ。一緒に行きましょう。貴方は綺麗だから…先に行った私の友達達は、きっと羨ましがると思うの。

――君の事を?

――そうよ。貴方みたいな人、見たこと無いわ。

――ありがとう…でも、君は向うにはいけないよ

――何故?

――それはね……

 青年の微笑が見える。桜の花の下で、少女は鬼を見た。
 白い髪の赤い瞳の…血吸い鬼。
 少年のように微笑んで、少女の首から命の雫を奪ってゆく。

 青い闇、白い月。
 紅い血。
 人形のように壊れた少女。
 蒼い瞳の美しいあの人しか愛さない鬼が

 今、海を渡る……

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生
0461/宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師
1098/田中・裕介/ 男 /18歳 /高校生兼何でも屋
1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/ 財閥総帥・占い師・水霊使い
2445/不動・尊/男/17歳/高校生
2592/不動・修羅/男/17歳/神聖都学園高等部2年生 降霊師
2758/井園・鰍/男/17歳/情報屋・画材屋『夢飾』店長
2922/隠岐・明日菜/女/26歳/何でも屋
3002/アリステア・ラグモンド/男/21歳/神父(癒しの御手)
3452/不動・望子/女/24歳/警視庁超常現象対策本部オペレーター 巡査
3747/紅月・双葉/男/28歳/神父(元エクソシスト)
4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)深淵の魔女
4757/谷戸・和真/男/19歳/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋
4782/桐生・暁/男/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当                                       (PC整理番号順 十五名)
 *登場NPC*
 草間武彦、草間零、三浦鷹彬、獅子堂綾、菊地澄臣、上條羽海
 ロスキール・ゼメルヴァイス、ヒルデガルド・ゼメルヴァイス

 こ ろ さ れ た し ょ う じ ょ  


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■         ライター通信          ■
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 こんばんは、朧月幻尉です。
 約一・五倍の参加人数が集まって吃驚しております。
 誠にありがとうございます。

 それでは今回のアナウンスを始めます…
>桐生暁様
 何故に参加したのか出来たのかを書いてませんでしたので、このような登場の仕方になっております。
 作中でそういった役割をふっただけですので、お気になさらないで下さい。
 皆が一様に同じ立場や行動をしても面白くないなと思って、書き分けとしてこのような方法を取っただけです。
 たくさんのキャラを効率よく、最も適した方法で表そうとした時に効果的ではないのだろうかと考えての事ですので。

>谷戸和真様
 無口ながら、少しづつ行動に移していっているように思っておりました。
 描写は目立たないかもしれませんが、充分に雰囲気を醸し出すように務めております。
 今後の戦闘シーンが楽しみです。

>田中裕介様
 情報伝達が今後の鍵になると思われます。
 ご参加ありがとうございました。

>隠岐明日菜様
 『スペルブレイカー』での解読不可は何故起こったのでしょう?
 そこがポイントです(笑)

>不動・修羅&尊様
 ちょっと遊んでしまいました(笑)
 プログラム化が有効だった理由が分かれば、少し楽かもしれません。

>黒榊魅月姫様
 なにやら可笑しな女の子がやってまいりましたが、これからどうなるのでしょうか。
 そこらへんを捜査すると何か起こるかも?

>アリステア・ラグモンド様
 お菓子に目がいってるアリステア神父を思わず書いてしまいました(笑)
 今後のご活躍を楽しみにしています。

>シュライン・エマ様
 こんばんはです。
 シュラインさんの着眼点に「おぉ!」とか思っております。
 その視点で、色々と疑問を投げかけてみました。

>月見里千里様
 こんばんは〜♪
 今日も元気なちーちゃんでした。
 今回は綾の出番が少なくて、すったもんだの大騒動が書けませんでした(死)
 おや?と思う事柄を提示してみましたが、参項になれば幸いです。

>宮小路皇騎様
 解読不可と出ましたが、理由は他のPCさんと同じです。
 今度はもう少し、書き込んでみたいなと思いました。

>セレスティ・カーニンガム様
 こんばんはです〜。
 今回もしゃべりまくっていたような…
 えーっと…ロス君、脱走しました…(死)
 遊びたかったようです(えー;)
 すみません…当初の目的である行動でしたので、一週間ほど悩んだのですが実行いたしました。
 どうなるのかは、お楽しみです(笑)

>井園・鰍様
 すみません、塔乃院兄弟は出てきませんでした。
 後々に登場予定です。
 ちょっとプレイングの進み具合にあわせて登場を遅らせました。

>不動・望子
 ご登場ありがとうございます(礼)
 捜査情報の転送先は何処になるのかで、今後の結果がわかるかと思われます。

>紅月・双葉
 今回も参加ありがとうございます。
 今のところ狂戦士化の必要が無さそうでしたので、狂戦士化させませんでした。
 今後のご活躍を期待しております。

 そして、作品作成中、一部の方々にご迷惑をお掛けいたしましたことを、ここでお詫び申し上げます。
 ちょっと体の調子が悪かったせいもあり、充分な描写が出来なかった事が残念です。
 次回はもう少し頑張ろうと思っております。
 感想苦情等、何かありましたら、ご連絡ください。
 それではご参加ありがとうございました。
 あらすじ、地図の作成更新はもう少しお待ちください。