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<東京怪談・PCゲームノベル>


とりかえばや物語?

■酔いから醒めずに〜狩野・宴〜■

 今朝は早く目が覚めた。
 軽く酒を飲み、酔い覚まし―別に酔っていたわけではないが―に散歩に出ることにした。
 早朝から開いている古書店なんて珍しいと何となく足を踏み入れてみた店「めるへん堂」。
 この先の展開を誰が予想できただろう。
 まったく、これだから人の世というのは面白い。


「まさか、こんなことになるなんて・・・・・・」
 めるへん堂の前。清々しい朝の空気の中で、谷戸・和真は頭を抱え込んでいた。
 ふらふらとめるへん堂の看板がある方へ歩いていくので狩野・宴は注意しようと口を開く。標準ならともかく、190も身長があれば額にぶつかる。
「ああちょっとキミ、そちらに行くと危な―――」
 ごんっ
 という大きな音が響き渡った。少々遅過ぎたらしい。
 今は宴の姿をしている和真は額を押さえ、溜息をついた。
「何でこんな無駄に馬鹿でかいんだ、この体・・・」
「新たな世界が見れて楽しいだろう?」
「楽しいも何も・・・」
 和真は複雑な表情だ。
 めるへん堂にて、宴とこの和真という青年は店長である本間・栞に1冊の本を差し出された。
『これをお二人で一緒に開いてみてくださいませんか?』
 随分と古ぼけた表紙には「とりかえばや物語」というタイトル。なかなか胡散臭い。
 そうは思ったものの、美しい女性の頼みだ。何の躊躇いも無く従った。
 そうしたらこれだ。
 つまり宴と和真の体が入れ替わってしまったのである。
『まあ、一日もすれば元に戻るでしょう。それまでお互いの振りをして乗りきってください』
 それはそれでなかなか面白いと思ったので宴は特に何も言わなかったが、和真は何やら不安があるようだった。
「はあ・・・何だかなあ・・・」
「まあまあ、こういうものは楽しんでしまった者勝ちだよ。異性になれるなんてなかなか体験できるものではないからね」
「そりゃ確かにそうですけど・・・・・・って・・・はい?」
 和真が宴を凝視する。宴は「くくく」と笑った。まだ気付かないとは随分と鈍い青年だ。
 和真は胸に手を当て、やっと気付いたらしい。
「あ・・・あの・・・ひょっとして女の子・・・・・・?」
「子と呼ばれるような歳ではないけどね」
 宴が肩を竦めて見せると、和真は狐につままれたような何とも情けない顔になった。


 和真のその日の予定や振舞い方、その他諸々をしっかりと聞かされたはずなのだが数分歩いた頃にはほとんどの内容を忘れてしまっていた。
 足はすでに勤務先の学園へ向かっている。
 宴は何の躊躇いもなく学園に入り、何の躊躇いもなく女生徒に声をかけた。
「あの・・・どちら様ですか?」
 そう聞かれて、自分が和真の体だということをようやく思い出す。
 まあ、そんなことは宴にとってはあまり関係無い。逆に好都合だ。
 和真は19歳。女生徒達と歳が近い分、いつもより対等に会話ができる。
 ――そうそう。こういう状況は有効活用しないとね

「どうかな?今度はうちでゆっくり話をするというのは」
「やだ〜、もうっ」
 女生徒達が無邪気にクスクスと笑う。決して美形というわけではない和真の容姿でも、宴によれば充分女性を魅了することができるのだ。
「ん?」
 視線を感じたと思ったら、和真がこちらをぽかんとした顔で見ていた。すぐに顔を引き締めたと思うと、こちらへと歩いてくる。
 宴は軽く手を上げた。
「ああ。1時間ぶりだね」
 和真は無言で宴の手を掴み、そのまま人気のない所まで引っ張っていく。誰も周りにいないのを確認すると宴に詰め寄ってきた。
「こんな所で何やってんですか!?古書店の店番を頼んだはずでしょう!?」
「ああ・・・そういえばそうだったね。ついついいつも通りに来てしまったよ」
「しかもそれ!それは何ですかっ」
「これかい?」
 宴は手に持ったグラスを傾けてみせた。中には透明の液体が入っている。
「お酒」
「俺・・・未成年なんですけどね・・・」
「まあまあいいじゃないか」
 そう言いつつ、宴はグラスの酒を喉に流し込んだ。和真が止めようと手を伸ばしてくる。
「あああああ。そんなに飲んだら・・・」
 和真の言葉はそこで途切れた。甲高い女性の悲鳴と何かが割れる音が聞こえてきたのだ。
「何だ!?」
 和真が弾かれたように走り出す。宴もその後を追おうとしたが、どうにも足が上手く動かず、追いつくのにかなりの時間を要した。
 食堂がかなりの騒ぎになっていた。窓が割れ、生徒達が逃げ惑う。その中心にいるのは・・・鬼。
「宴さんっ」
 こちらを振り返り、和真が叫ぶ。
「これはまた・・・凄いことになっているね」
「宴さん、切裂丸を抜いてください」
「ん?」
「俺の体ならあいつを何とかできます。早くっ!」
 切裂丸とは和真が仕事に使用している刀のことだ。
 宴は頷くと切裂丸を構えた。が、剣先が震えてしまう。実は先程から頭がくらくらしているのだった。
「・・・宴さん・・・?」
「うーん。これは困ったねえ。キミ、もしかしてお酒弱い?」
「そんなこと聞かれても・・・」
 和真は一度考え込むような仕草をし、すぐにはっとしてこちらを不安げな顔で見つめてきた。
「あの・・・まさか・・・?」
「これはかなり酔ってるね。ハハ」
 自分の体の時と同じようにお構いなしに飲んでしまったのが不味かったか。
「笑い事じゃないですよっ!」
「まあ、これくらいなら大丈夫だよ」
 宴は一歩前に出る。飛び出す前に、和真に囁いた。
「でもね、和真くん」
「はい?」
「手加減なんて器用なことはできないからね」
「え・・・」
 床を蹴る。鮮やかに跳躍し、テーブルを飛び越え鬼の前に降り立った。刀を勢い任せに振り下ろす。
 そして―――
 

 ぽつんぽつんと赤い液体が床に滴り落ちた。
「まさか素手で掴むとは思わなかったな」
 宴の呟きに和真は苦笑する。和真が刀から手を離すと、宴はゆっくりとそれを鬼の体から引き抜いた。深く刺さる前に止めた為、致命傷にはならなかったはずだ。
「はあ・・・ギリギリセーフ・・・」
「だから言ったろう。手加減はできないって」
 宴はあまり呂律の回らない舌で言った。きちんと立っているのも辛いのだ。手加減なんて神経を使う真似事はできるはずがない。
「それにしても・・・そこまでして鬼を助けるとはねえ」
 宴が呟くと和真は倒れた鬼の方をちらっと見てからはっきりとした口調で言う。
「殺すわけにはいかないですよ。そりゃ・・・ちょっと皆を混乱させたりしたかもしれねーけど、まだこいつは誰も傷つけていない。あるべき場所に戻してやれば、ここに来ることは二度とないですよ、きっと」
「なるほどね」
 宴はクスクスと笑う。和真の目を真っ直ぐに見て言った。
「キミはなかなか魅力的な人間なようだ」
「そんなこと・・・」
「いやいや、本当に。キミを好きになる女の子は幸せ者だろうね」
 基本的に女性が好きな宴だ。男を気に入ることなどそうあることではない。
 ただ今回は本当に・・・本音でそう思ったのだ。
 微笑む宴に照れたのか、和真は頭をかこうとし―自分の手が血に染まっていることに気付いたらしい、「あ」と小さく声をあげると、頭を下げてきた。
「あの・・・すいません、宴さん。手、怪我させてしまって・・・」
「それくらい構わないよ。多分・・・こちらも迷惑かけるだろうからね」
「え・・・?」
 和真はきょとんとしていたが・・・まあ、明日になればわかるだろう。
 宴は経験したことがないものだが、酷い二日酔いに襲われるはずである。


 その後、学園の騒ぎがすっかり落ちつき、生徒達が家に帰るころには体は元に戻っていた。
 そしてその次の日―――
「先生!その手、どうしたんですか?」
 女生徒達に囲まれ、そんなことを訊かれる。どうやら彼女達は真っ先に避難したようで、昨日のちょっとした戦闘は見ていなかったらしい。
 宴は包帯が巻かれた手を撫でながら言った。
「まあ、名誉の負傷って所かな」


 昨日の別れ際、宴は和真にこんなことを言った。

「20歳になったら会いにおいで。キミにぴったりなお酒をご馳走しよう」

 和真は少し戸惑ったようだったが、小さく礼をして答えてくれた。

 和真は今19歳。あと一年だ。
 その日が来るのが自分でも不思議なくらい待ち遠しい。

「少し酔っているのかな?」
 苦笑しながら、宴はグラスを傾けたのだった。


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【4648/狩野・宴(かのう・えん)/女性/80/博士・講師】
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男性/19/古書店『誘蛾灯』店主 兼 祓い屋】

NPC

【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
このシナリオはまだまだ始めたばかりなので色々と手探り状態で書いています。

和真さんと入れ替わってもどこまでもマイペースな宴さん。
かなり楽しく書かせて頂きました。
どちらかといえばコメディなノリでしたがいかがでしたでしょうか?
楽しんで頂けたなら嬉しいです。

本当にありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いします!