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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:黄昏の街  〜東京戦国伝〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「武彦のバカっ! なにやってんのよっ!!」
 罵声を飛ばしつつ、新山綾が踵を返す。
 目前には阿倍晴明という強敵がいるが、いまはそんなことにかまっていられない。
 もう‥‥もう二度と目の前で友を亡くすのはごめんだっ!
「愚かな。敵に我を向けるか」
 伝説の陰陽師の符が追撃し、式鬼の姿をとる。
「うるせぇっ!!」
 綾の声とともに爆発する魔力。
 押しつぶされ引き裂かれ粉々になる式鬼。阿倍晴明の肉体も暴風の中に消えてゆく。
 それだけではなく、味方であるはずの機動隊の一角も吹き飛んだ。
 暴走である。
 常は沈着な女学者。
 彼女が友人という存在をどれほど貴重に思っているか、多くの人は知らない。
「女。欲しくなったぞ」
 立ちはだかる影。
 第六天魔王と名乗る男。
「邪魔すんなっ!」
 美しい茶色に染め上げた髪が狂風にまかれて逆立つ。
 瞬間。
 路面のアスファルトが剥がれて剣のように起きあがった。成分組成に干渉しているのだ。
 回避不可能な速度で織田信長に迫るアスファルトの件。
「北の魔女と言われるだけのことはある。だが」
 だが、やすやすとそれを避けた信長が、綾の懐に飛び込む。
 信じられない速度だった。
「冷静さを欠いた隙だらけ攻撃だ」
 一閃する刀。
 コト、と、意外なほど軽い音を立てて、魔女の身体が地面に崩れた。

「間に合わなかったかっ!?」
 上空。
 輸送ヘリコプターのハッチで無念の臍を咬む男。
 サトルと名乗る、綾の忠臣のひとりだ。
「いや。まだそうと決まったわけじゃねぇ。死ぬなよ! 綾!」
 言うがはやいか空中に身を躍らせる。
 ごくわずかな希望を胸に。




 
※東京戦国伝です。
 続き物ですので、前回の「冬の終わり、戦いの始まり」を読んでいないと、何が何やら判らないと思います。
 現在までの東京戦国伝の精読をおすすめいたします。
 前回から引き続き参加の方はダメージが持ち越されています。
 新規に参加の方は、援軍としてということになります。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30分からです。

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黄昏の街  〜東京戦国伝〜

 膝をついた草間武彦。
 倒れたまま動かない新山綾。
 背格好も性格も違う二人だが、いまは共通点がある。
 地面に赤黒い地図を広げつつあるということだ。
 この地図が広がれば広がるほど、彼らの命の灯火も小さくなってゆく。
 誰しもがさの事実を認識していた。
 認識しながらも、凍結したかのように動けない。
 否、動いたものがいる。
「綾っ!!」
「武彦さんっ!!」
 巫灰慈とシュライン・エマだ。
 前者は北の魔女の恋人であり、後者は怪奇探偵の夫人である。
 すべてをかなぐり捨てて大切な人へと向かう。
 折しも、織田信長が魔女にとどめを刺そうと刀を振りかぶった瞬間である。滑り込むように割り込んだ巫。
 自らの身体を盾として使う。
 それしか防御の方法がなかった。
「ぐわっ!?」
 大きく切り裂かれる浄化屋の背中。
 鮮血が吹き出す。
「てめぇ‥‥よくも俺の綾を傷つけやがったな‥‥」
 致命傷に近いダメージを受けたはずなのに、彼は倒れなかった。
 肩越しに第六天魔王と名乗る男を睨みつける。
 赤い瞳に血が重なり、凄絶としかいいようのない眼光を放つ。
「たいした精神力だ。そこまでこの女が大事か」
 皮肉な笑みを浮かべる織田信長。
 彼にとって女性とは常に道具だった。
 野心のための、あるいは、血統を残すための。
 命がけで女を護ろうとした浄化屋の気持ちなど、おそらく永遠に理解できないだろう。
 もちろん巫は、理解してもらおうなどと思わない。
「てめぇだけは‥‥必ず‥‥殺す!」
 闇色に染まってゆく愛刀の貞秀。
 怒りに共鳴しているのだ。
「邪神どもを斬ったという剣か」
「この闇は黄泉平坂への道標だ‥‥」
 猫科の肉食獣を思わせる精悍な顔に笑いが刻まれる。
 仮面の笑い。
 彼の職業は浄化だ。
 魂を安らげることにこそ意義を見出したから、それを生業としたのだ。
 しかしいまは‥‥。
「てめぇの魂に安らぎはいらねぇよな!!」
 白銀の刃と漆黒の刃が絡み合い無明の火花が散る。
 青年の背中からは、絶え間なく血が流れていた。


 崩れ落ちた草間へと駆けるシュライン。
 露わになった胸を隠そうともせず、織田信長に背中を見せることを躊躇いもせず。
 彼女の頭にあるのは最愛の夫のことだけだった。
 ずぼらで、けちくさくて、甲斐性なしで、助平で、時代に逆行したヘビースモーカーで。自分が好きになってあげなかったら誰も好きになってくれないような貧乏探偵。
 その愛する男の腹から、切っ先が生えている。
 明哲と言って良いシュラインの頭脳は、真っ白になっていた。
 ただ頭にあることは、あの剣を抜かせてはならないということだけだった。
 刀が引き抜かれた瞬間、これまで以上の失血が草間を襲い、最悪の場合は死に至るだろう。
 それだけは防ぎたい。
 防がなくてはならない。
 端麗な顔に鬼の形相を浮かべて真田昌幸に突進する。
 彼女のファンが見たら卒倒してしまうような顔だ。
「凄まじい執念だ。女を怒らせるものではない、と、つい思ってしまうな」
 柄を持つ手に力がこもる。
 横に薙ぎ払うつもりだと、理由もなく悟るシュライン。
「だめぇぇぇぇ!!!」
 必死だった。
 恥も外聞もなく真田昌幸に組み付いてゆく。
 殴られ、蹴られるが気にしなぜずに刀を持った手首に噛みつく。
 普段の彼女からは想像もつかないような行動だった。
 もともとシュラインは戦士ではなく、戦いの場面でも後方にいることが多い。シルフィードを得てからは実戦に参加することもあったが、それでも支援がほとんどだった。
 悪い表現をすれば、美しく戦ってきたのだ。
「はなせっ!」
「死んでもはなすもんかっ!! 武彦さんを殺させたりしないんだからっ!!!」
 その思いに応えるように輝くブレスレット。
 霊感のあるものなら、半透明の妖精が四体、飛び立つのが見えただろう。
 そして、
『あたしたちも、本気にならないとね』
 という声を耳にしたかもしれない。
 膨れあがる魔力。
 荒れ狂う風。
 綾の暴走に似ている。
 違うのは、あれは魔女の魔力で自然法則がねじ曲げられているのに対して、これは自然精霊そのものが力を貸している点だろう。
『あたしたちの友達に涙は似合わない』
『涙を流させるお前は、悪いヤツだ』
『滅びろ』
『滅びろ。滅びろ。滅びろ!』
 狂風が唸り、真田昌幸の身体を切り刻む!
「なんだこれはっ!?」
 はじめて稀代の軍師が動揺した。
 理解不能の力場に包まれているのだ。呼吸することすらできない。
『消えて、なくなれっ!!』
 シルフたちの声。
 滅びの風の中、土塊へと変わってゆく真田昌幸。
 やがてその土塊も風に溶けてゆく。
「武彦さん‥‥」
 シュラインが必死に抱え込んだ右手首と刀だけを残して。


「はぁはぁ‥‥」
 荒い息をついて、不動修羅が宮本武蔵と対峙していた。
 降ろしている斉藤一も、彼自身も、限界に近づきつつある。
 土方歳三という味方がいながら、なお宮本武蔵は難敵だった。
 さすがは最強の名をほしいままにした男だ。
 しかも不動は刀を折られ、素手になってしまっている。
 斉藤一は卓抜した剣士ではあるが、武器がなくてどうやってこの剣豪と渡り合えというのだ。
 武器がない‥‥。
 はっ、と、不動の脳裏に天啓が閃く。
 いるのだ。
 無手のままで宮本武蔵に抵抗できるかもしれない神霊が。
 それは、冬に実験した成果。
 いつか必ずくる信長軍団との決戦のために、身を削り命を削って備えてきたのだ。
「強力招来! 超力招来!!」
 叫びながら突進する少年。
 奇襲が通じるのは一回だけ。
 それにすべてを賭けるしかない。
 宮本武蔵の剣が一閃する。回避できる速度ではない。
 そして不動は、回避しなかった。
 左肩に食い込む刃。
「ぐぅぅぅぅっ!!」
 凄まじい苦痛に耐え、獣のような叫びをあげながら、右手ががっしりと剣豪の腕を掴む。
 ぐきり、という鈍い音。
 どさり、という重い音。
 ひとつは剣豪の腕がへし折れる音だ。
 もうひとつは、不動の腕が切り落とされ、地面と接吻した音である。
「ぐぁぁぁぁぁ!!!」
 気を失いそうなほどの激痛。
 それでもなお、少年は攻撃の手を緩めない。
「だぁぁ!!」
 大きく翻る宮本武蔵の身体。
 地響きを立ててアスファルトに叩きつけられる。
 柔術だ。
 少年が降ろしていたのは西郷頼母。幕末の柔術家である。
「がぁぁぁっ!?」
 剣豪を投げ飛ばした後、自らも地面を転げ回る不動。
 みるみるうちに変身が解けてゆく。
 いくら変化霊媒体質とはいっても痛覚はちゃんとあるのだ。しかも、彼の本体そのものは高校生の少年にすぎない。
 左腕切断の痛みに耐えられるわけがないだろう。
 失禁してもおかしくない激痛なのだ。
 むろん、宮本武蔵のダメージも相当なものである。戦闘不能に追い込んだといっても過言ではない。
 だが、
「まだだ‥‥」
 土方歳三が呟く。
 涙でゆがむ視界の隅で、剣豪がゆらりと立ち上がるのを少年は見た。
「うそだろ‥‥?」


「兄貴っ! 大丈夫かっ」
 背中合わせになった弟が問う。
「お前の方がぼろぼろだろ」
 両手に剣を持った兄が応える。
 北斗と啓斗。
 彼らの敵は、真田幸村と前田利家。
「ここは俺が引き受ける」
「はぁ? なにいってんだ兄貴。一対一でも勝てなさそうな相手なんだぞっ」
「いいから、お前は官邸に戻って榎本さんの指示を仰げ」
「‥‥‥‥」
「このままじゃ全滅するんだ。ききわけろ」
 どん、と、弟を蹴り飛ばす啓斗。
 やや躊躇った後、首相官邸の中へと駆けてゆく北斗。
「‥‥それでいい」
 肋骨を骨折したお前が戦い続けても殺されるだけだからな。
 とは、口には出さぬ思いだ。
「見事なお覚悟」
 感嘆の言葉を前田利家が紡ぐ。
「‥‥あんたは、名君になる」
 直接には、啓斗はこたえなかった。
 語ったのは史実である。
 織田信長が明智光秀の謀反によって滅びた後、織田家は羽柴と柴田によって激しい後継者争いをおこなった。
 このとき、柴田勝家の副将格だったのが前田利家である。ちなみに彼は羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の親友でもあった。
 それでも柴田勝家の前田利家に対する信頼は揺るがなかった。また、羽柴秀吉は単身で柴田陣営まで出かけていって、親友と面会までしている。
 結局のところ、前田利家は柴田勝家のもとを離れ羽柴陣営に付く。そのときの態度もまことに堂々としており、陰湿さはまったくなかったという。
 秀吉が天下統一を果たすと、彼は五大老の一人に任じられ、加賀を所領とした。俗にいう加賀百万石のスタートである。
 利家が築いたこの地は、徳川の時代になっても盤石であり、地方大名の力を削ごうとした徳川家康や孫の秀光の圧力をもはねのけ、明治まで続く繁栄を謳歌する。
 気さくな人柄の利家は領民に愛され、彼の墓所にはいまもなお献花が絶えることはない。
 天才の鋭気も犀利な謀略も神算鬼謀も持ち合わせなかったが、民たちとともに汗を流して働き、自らが陣頭に立って開墾をおこない、ともに労苦と収穫の喜びを分かち合った名君主として後世なで名を残した。
「個人的には尊敬に値する‥‥と、思う」
 啓斗の言葉。
「それは痛み入る」
 やや鼻白む前田利家の魂を持つ男。
 まさか敵から称揚されるとは思わなかった。だが、むろん啓斗はただ褒めただけではない。
「けどな。北斗や、仲間たちを傷つける連中を、俺は無条件で憎むことができるんだっ!!」
 瞬間。
 左右の手に持った双剣、雌雄一対の剣から紅蓮の炎が吹き出す。
 少年の感情の昇りに感応しているのだ。
 焔の剣。
「これが‥‥この剣のチカラ‥‥?」
「チカラの一部でございますよ」
 いつの間にかそばに寄った嘘八百屋が告げる。
「サトルさまと北斗さまが負傷者を官邸に運び込みました。わたくしも、そちらを手伝いにまいります」
「‥‥そうか。よろしく」
 返答の前に一瞬の空白が挿入される。
 明敏な彼には判ってしまったのだ。草間や綾が予断を許さない状態だということが。でなければ、目前の戦闘を放棄してまで嘘八百屋が後退する理由がない。
「ここは、俺が引き受けた」
 火焔の魔剣を握り直す啓斗。
 否、この呼称は相応しくないだろう。いつしか炎は姿を消し、刀身は深紅の輝きを放っている。
「どうやらそれも、啓斗さまを主人と認めたようでございますね」
 くすりと笑った和装の男が踵を返した。
 同時に、
「いくぞっ!!」
 少年が突進する。
 迎え撃つ前田利家。
 槍の穂と剣が絡み合う。それは一瞬の交錯。
「なにっ!?」
 驚愕の表情のまま、前田利家の身体が上下に切断された!
 鋼鉄で作られた穂先とともに。
「ヒートソードというわけか‥‥」
 自分でやったことながら、やや唖然とする啓斗。
 雌雄一対の剣に宿っているのは炎の精霊。
 超高熱の刀身は、すべてのものを灼き斬るのだ。
「つぎは‥‥貴様だ!」
「‥‥‥‥」
 たじろぐ真田幸村に、切っ先を向ける。


「啓斗が押し戻した。たいしたものだ」
 首相官邸の屋根の上。
 狙撃銃を構えたクミノが無表情に呟く。
 褒めるならもっと感情を込めた方が良いのだが、そこまで彼女に求めるのは酷というものだろう。
 戦闘ヘリで戦場に降り立ったクミノだが、むろん激戦が続く前庭に着陸するわけにはいかない。
 サトルのようにヘリから飛び降りるというのは、当然のように無理だ。
 どこか近くに降りて、というのも時間の無駄である。
 そこで彼女がとった行動は、ギリギリまで官邸の屋根に接近してもらい、飛び移るというものだった。
 かなり勇気の必要な作戦ではあるが、パイロットの自衛官は絶倫の技量を示してくれたし、クミノの自身の体術も数メートルの跳躍をするには充分である。
 とはいえ、ここからが正念場なのだ。
 スコープに織田信長の姿を入れる。
 彼女の戦闘能力はけっして低くない。サンシャインビルでの戦いでも、ヴァンパイアロードとの戦いでも、それは証明されている。
 ただし、同時に彼女の力量では怪物級の連中を相手にするには役者不足だ、ということも自分自身で悟っていた。
 もっとも、悟っているのは巫も守崎兄弟もシュラインも不動も同じだろうが。
 違うのは彼らには前戦に出るべき理由があるということだ。
 護るべきもののために。
 誇りのために。
「わたしはきっと置き去られるわ。というところだな」
 呟くが、屋根の上では突っ込んでくれるものもいない。
 寂しい限りだ。
「寂しいついでに、この世から消えてくれ」
 引き金を絞る。
 何の感情も示すことなく。
 連続する銃声。
 スコープのなかで第六天魔王の頭が弾け‥‥飛ばなかった。
 ふっと姿が消える。
 回避されたのだ。
 非常識な話ではあるが、
「予想されていたことではあるけど」
 驚きも嘆きもしない。
 ただ、クミノの場合は、たとえ信長を討ち取ったとしても感情を示すかどうかわからない。
 そういう性格なのだ。
「さて。どうしようかな」
 バックパックを漁る。
 まともな相手でないことは最初から判っている。
 だからこそ前戦に赴かず、後方支援を選んだのである。
 とはいえ、こうも乱戦になってくると、狙って当てるのは難しいかもしれない。なにしろ銃弾は敵味方を区別してくれないから。
「対人ロケット‥‥は、剣呑すぎるか」
 あきらめて、もう一度スコープを覗き込む。
 今使っている狙撃銃だって五〇口径ある。弱くなどないのだ。
 が、
「最初の攻撃でこちらの場所が判ってしまったようね。食えないヤツ」
 肩をすくめた。
 射線上に、必ず巫が入ってしまう。
 そうなるように信長が動いているのである。
「いっそ巫ごと撃ってやろうか」
 危ないことを考えつつ狙いを変える。
 このあたり、シャープな実戦感覚をもつ少女である。攻撃できない相手にいつまでも拘泥してはいられない。
 ここは、少しでも敵の数を減らしておいた方が良い。
 屋根から俯瞰してみれば、現状、護り手の方がやや有利だ。
 数でいうと、信長軍団が二〇〇。機動隊を含めた護り手たちは三〇〇というところだろうか。
 質では信長軍団が勝るものの、護り手には官邸がある。
 籠城戦にもちこめば、まだかなりの時間もちこたえることができるだろう。その間に自衛隊なりを呼び寄せれば、敵を挟撃することもできる。
「ここに展開している連中がすべて、という仮定だけどね」
 信長は尊敬に値する敵ではないが、かといってその能力を否定することはできない。城攻め難しさは現代人以上に知っているはずだ。
 戦闘開始から三時間ほどが経過して、彼らの勢力はまだ官邸に雪崩れ込めない。
 そろそろ引き時だとクミノなどは思ってしまうが、信長軍団は攻撃の手を緩めない。
「どういうつもりなんだ?」
 呟きは、疑念と不安のあらわれだろうか。


「これは‥‥困りましたね」
 嘘八百屋が言った。
 首相官邸の最深部。
 草間と綾が運び込まれている。二人とも致命傷を負っていた。
 怪奇探偵は背中から腹へ刀が突き抜け、内蔵を大きく損傷している。北の魔女は胸から腹にかけてを切り裂かれ、肋骨の一部が露出している状態だ。
 まだ生きているのが不思議なくらいなのである。
「わたくしの回復術では‥‥せめて玉藻の前でもいてくれれば」
 呟いてから苦笑を浮かべる。
 やきがまわったものだ。
 さっきから愚痴しかでないとは。
 いずれにしても、二人とも救うのは無理かもしれない。
 となれば、一人だけでも救うしかなかろう。
「‥‥つらい選択ですね」
「おれ‥‥シュラ姐を呼んでくるっ!」
 痛む身体を引きずり、北斗が飛び出そうとする。
 戦っている場合ではない。
 シュラインだけではなく、巫も呼んでこなくてはならないだろう。
 彼らにそ決める権利がある。
 したくもない決断だが。
「北斗くん」
 そのとき、榎本武揚が口を開いた。
「護り手たちを、いったん官邸の中まで後退させてくれ。正面玄関で迎撃戦を展開すれば、前戦に張り付いていなくてはいけない人数が減るはずだ」
 それは、きわどい決断だった。
 退却戦がそのまま潰走に直結することなど、べつに珍しくもない。
 平行追撃で敵が侵入してきたら、布陣する前に戦線が瓦解してしまう。
 それでも、こうしなくては、巫とシュラインという使い手を解放する方法がない。現状のままで彼ら二人が抜けたら、残っている啓斗、不動、土方に負担がかかりすぎる。
「私も、すぐに前戦へ行くから」
「‥‥わかった」
 踵を返しかける北斗。
 いまは譲り合いをしている余裕はないのだ。
「北斗さま。これを持って行かれてください。なにほどかの役には立ちましょう」
 嘘八百屋が包みを放る。
「これは‥‥?」
「秘剣グラム。無手よりはマシでございましょう」
「恩に着るぜっ」
 レイピアのように細い剣を抜き放った北斗が駆け出してゆく。
 鞘を室内に残して。
 これは誓いだ。
 古来、刀とは自分自身。鞘とは帰る場所を意味する。それを置いてゆくのは、必ず生きて帰ってくるという誓約なのだ。
「もうこれ以上、誰も死なせないっ!」


 ゆらりと立ち上がった宮本武蔵。
 対峙する土方歳三。
 左腕をへし折られてなお、剣豪の威圧感は圧倒的だった。
 唇を強くかみしめ、不動も大地を踏みしめて立つ。
 切り落とされた腕からの出血に加え、口からも血が流れる。
 歯が唇を破ったからだ。
 絶え間ない痛みが、気絶するのを阻んでいる。
「失神できたらいっそラクなんだけどな。そうもいってられねぇだろ」
「覚悟ができたか」
 土方の声。
「おうよ」
「じゃあいこうか。鬼退治に」
 言うがはやいか、幕末の剣士が駆ける。
 無謀なまでの突進から繰り出される鋭い突き。
 難なく回避する宮本武蔵。
 が、
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 刀を後ろに放った土方が剣豪の腕を抱え込み、巻き込むように投げる。
 天然理心流には投げ技も絞め技もある。
 実戦剣術なのだ。
 宙に躍る宮本武蔵の身体。
 そして土方が投げた刀は、恐るべき正確さで不動の右手に収まっていた。
 否、不動ではない。
「覇ぁぁぁぁ!!」
 裂帛の気合いともに振り下ろされる太刀。
 心形刀流。
 これを使う隻腕の勇者は、伊庭八郎。
 一日に三回の降霊。
 限界などとっくに超えているが、無茶をしないで勝てる相手などではない。
 土塊へと変わってゆく宮本武蔵。
 勝敗は決した。
「‥‥この神霊は、宮本武蔵に憧れて剣士になったんだ‥‥」
 たった数秒の憑依。
 それすらも多大な苦痛を伴う。
「やったな」
 土方が笑った。
「ああ」
 応えて、不動が硬直する。
「土方さん!? あんたの身体っ!」
「投げるときにばっさりやられた。これまでのようだ」
 声とともに戦場の風に溶けてゆく土方歳三。
 鬼と怖れられ、悪名を轟かせ、榎本の理想に賛同し、最後は仲間を助けるために死んだ男は、やはり今度も、仲間のためにその命を散らした。
「く‥‥っ」
 ふたたび唇を噛む不動。
 これが、戦いなのだ。
 良い人間、立派な人間が意味もなく散ってゆく。
「そうまでして、どんな理想郷を作るつもりだっ! 信長!!」
 敵の総大将を睨みつける少年。
 形見となった和泉守兼定を掲げて。


 巫とシュラインが後方にさがり、かわって啓斗と北斗が前戦を支える。
 この交代は、当初うまくいかなかった。
 黒髪赤瞳の浄化屋は完全に熱くなっており、近づくものは味方でも斬り捨てそうな勢いだったからだ。
 それでも、
「アンタにとって一番大事なものの側にいろっ!」
 北斗の一言が事を決した。
 背中を切り裂かれ、ぼろぼろになりながらも官邸へと転がり込む。
 シュラインもまた、瞳の蒼さが顔中に広がったかのような蒼白な顔で駆ける。
「さって兄貴。ちょっとばかしきついけど頑張ろうぜ」
「お前が言うと説得力があるな」
「そうかよっ」
 雌雄一対の剣と秘剣グラムが閃くたびに、不死者たちが滅びてゆく。
 この局面だけ見れば、圧倒的だった。
 双子の戦闘力もさることながら、解放されたマジックソードのチカラは凡百の武器を遙かに凌ぐ。
 焔の雌雄一対。
 氷のグラム。
 あるいは、ここで押し戻せるか。
 若い二人がそう思ったのも無理はない。
 屋根からはクミノの援護もある。
 早計というのは、少しばかり酷だろう。
 攻撃が集中し、双子の身体に無数の傷を刻んでゆく。
「く‥‥」
「でも‥‥絶対に‥‥」
「後ろには倒れないぞっ!!」
 叫び。
 そのとき、啓斗の瞳に土煙が映る。
 バイクの集団がこちらに向かって突進しているのだ。
 暴走族だろうか。
「それにしては統率された動きだけど‥‥」
 疑念。
 旗を掲げているから、暴走族という考え方もたしかにあるのだが‥‥。
「なんか毘って書いてあるぜ。旗に」
 目の良い弟の言葉。
 冷たい汗が、啓斗の背筋を伝う。
 彼は知っているのだ。
 その旗を掲げた軍団が、かつて存在したことを。
 それは、野心のない戦闘集団。
 義のために戦った戦国中期最強の男。
 神の心、鬼の軍略と怖れられた武将。
「軒猿がいたんだ‥‥ありえないことではなかったはずだ‥‥」
 無念の臍をかむ。
「なんだよ? いったい」
「上杉謙信‥‥」


 傾きかけた太陽が、血の赤さで首相官邸を照らす。
 黄昏。
 夜を招く時間。
 明けない夜はない。
 誰の言葉だっただろうか。
 希望に満ちた台詞だ。
 だが、黎明を迎えるためには、夜の闇を通過しなくてはならない。
 来るべき夜の長さと冷たさを予言するように。
 烏たちが不吉な鳴き声を奏でていた。


















                      つづく


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
2592/ 不動・修羅    /男  / 17 / 高校生
  (ふどう・しゅら)
1166/ ササキビ・クミノ /女  / 13 / 学生?
  (ささきび・くみの)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「黄昏の街 〜東京戦国伝〜」お届けいたします。
なんとまあ、また続いてしまいます。
いい加減にしろって感じですよね☆
そして登場した毘軍団。
はたして、敵か、味方かっ
それは次回のお楽しみで☆
次回も、時間経過はない状態で再スタートです。

さてさて。気になる今回のダメージは、

草間    瀕死。かなりやばい状態。
綾     瀕死。かなりやばい状態。
土方    消滅。
シュライン 官邸内へ。軽傷。こっそり着替え終了。
巫     官邸内へ。背中に大きく裂傷。
北斗    肋骨2本骨折。
啓斗    軽傷。
不動    左腕切断。重傷。
クミノ   無傷。

と、あいなりました。
不動くんはさっさと治療しないと、くっつかなくなっちゃいますよ?

楽しんで頂けましたか?
それでは、またお会いできることを祈って。