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<鬼【バグ】退治>
●勇者として
アリアンロッドの陣営。
そこにひょんな事から所属してしまった桃太郎こと高梁秀樹は、『勇者』という職業意識で寄せられる仕事に就いていた。
時には只のガードマン、時には重労働と……
「よく考えれば、これはおさんどんと言うのではござらぬか……」
と、考えに至るまでに既に数日が経過していた。
仕事をこなしては『勇者の泉』で一日の疲れを取る為に食事し、仲間の勇者達からと歓談して戻る。
そんな日々を過ごしていた秀樹の元に、非常に珍しい……いや、本来の彼なら普通の筈の相談があった。
何でも【東野村(とおのむら)】と呼ばれる場所にアサルトゴブリンの集団が出たというのだ。
それも、尋常な数ではなく、地域が占拠されるには時間は掛からなかったという。
「小鬼でござるか……数も50とは……多いでござるな」
鬼退治と聞いては、彼は無下に断る事が出来なかった。出来るだけ多くの人数を集めたいのだが、彼を含めて10人まで位が適当だろうと、この依頼を持ってきた人物は語った。
愛刀を手に、久々の戦に武者震いを覚えながら秀樹は仲間達と共に東野村に向かうのだった。
●鬼を斬る者達
電脳世界という中でも、自らが感じれば風は吹いているし、土煙が上がっていると感じれば肌に小さな粒が飛んでくる感触も感じることが出来る。
そして、血の臭いがすると思えば、やはりあの鉄の錆に似た香りが鼻腔の奥までぬめり付くようにして流れてくるものだ。
アサルトゴブリンの群れが村を襲ったと聞いて数時間後に来て、既に村は壊滅に近い状況だった。
「阿鼻叫喚の地獄絵図とは、よく言ったもので……」
汚らわしい物を見たとでも言いたげに、モーリス・ラジアルは緑の瞳を細めて視界に広がる東野村の惨劇を見つめていた。
「占拠しただけでは飽きたらず、ここまでの破壊活動を行うとは……やはりバグはバグですね。それ以上の価値も、存在意義も見いだせない」
「手厳しいわね。でも、今はそれが敵よ」
シュライン・エマがモーリスに並ぶようにして村の状況を見つめていた。
現地に到着して散開した者達が徐々に包囲網を縮めている筈で、一斉に四方からアサルトゴブリンの群れを駆逐する作戦を取っている。
自分達に注意を向けさせて、これ以上の村の破壊を食い止める為にも、彼等は一瞬で敵を壊滅させなければいけなかった。
「シュラインさん、この地図だと橋を落とせばゴブリン達を一網打尽に出来ますが?」
「出来そうね。でも、その後の村人の事を考えれば巧い案じゃないわ」
それにと、口の中で続けてシュラインは組んでいた腕を外す。
強制終了の前に、少しでも多くの人を助けられやしないかと願っている彼女には、橋を落としたことが強制終了に繋がりかねないという懸念も心の何処かにあったのかも知れなかった。
「では、後でこの流入してきたと思える地点を遡りましょう。歯止めになる何かがそこにあるかも知れませんからね」
モーリスも地図を見ながら彼なりに対策を試みていた。
地形を利用し、多くの敵を一気に、確実に屠る為の手段を数十手先まで読みながら試算していたのだ。
「……確実と言えませんが、九割九分、壊滅させる手段はあります」
「あら、良い確立ね。もう少し低くても良いんじゃないかしら?」
不敵に笑うシュラインの唇に引かれたルージュが、電脳世界の太陽に照らされて深紅に輝いていた。
「一応言ってみただけよ。良いかしら?」
すっと、シュラインが差し出した≪妖精の花飾り≫を使って、水鏡に周囲の敵を映し出すように操作した。
「……固まっていますね。では、矢張り問答無用で行かせて頂きます」
モーリスの言葉は氷室に入れられていた刃のように凍てついた物で、アサルトゴブリンで無ければ相対する物が哀れとシュラインも考えたかも知れない程の凄みがあった。
「……でも、妙ね……あの炎が上がっている辺りにはアサルトゴブリンは集まっていない……」
自分達の位置からすれば、正反対の方角に位置する炎の上がる場所。
そこには既に仲間達が突入したのか、それまでは知れないのだがシュラインは緊張を解くことなく東野村に向かうのだった。
●消去−Delete−
群れ成すアサルトゴブリン達。
歩く姿は家畜の頭に肥大した巨躯、そして醜悪な動きに連なる要に稼働する身体に埋め込まれた砲身に、ただ敵を殺す為だけに握られた武器。
「見ていて苦痛ですね」
明らかに不愉快なことを隠そうとしないモーリスが不敵に笑う。
アサルトゴブリン達の有効射撃範囲は既に知っている。それから割り出した位置に、既に仕掛けは設置してきているのだ。
「さぁ、来なさい。私は此処だよ。お前達は殺したくて仕方がないだろう? 勇者と呼ばれる存在だ!」
指一本をかるく自分達に向けて曲げてみせる。
明らかに挑発の行為であるそれは、深い思考を持たない筈のアサルトゴブリン達にも爆発的な感情を芽生えさせたのか、咆吼と共に地響きを立てて突進を始める。
「鬼さんこちら……ね」
シュラインも予め用意しておいた仕掛けの発動を待つ。
確実に相手を仕留める為の手段は、最も効果的な頃合いを見計らって行われるべきだからだ。
それは間もなくやってくる。
怒号と、咆吼と、そして狂気の叫びを上げて突進するアサルトゴブリンの醜悪な面構えを視界に収めた時、モーリスの手が仕掛けに通じる紐を強く引き上げる。
「! こちらも!」
束縛によってアサルトゴブリンの逃亡を押さえる為に、シュラインは駆ける。
同時に、モーリスが仕掛けた罠が地面ごとアサルトゴブリンを吹き飛ばす。
「現実世界であれば、本気で4キロ四方は灰燼ですね……」
ガソリンスタンドの地下タンクに引火させて爆発させるなど、現実世界では考えられない攻撃手段だが、電脳世界でそこまでの詳細の設定が行われていないのが彼等に味方していた。
平原のプログラムその物が消去されると同時に、その周辺に展開していたバグであるアサルトゴブリンの群れも一斉に消滅し、欠損した箇所を埋める為にワクチンプログラムが走るのをモーリスとシュラインはそれぞれの視覚と、意識の中で確認すると東野村に向かって残ったアサルトゴブリンが居ないか確認しながら進み始めた。
●遠野村というフィールド
それぞれの担当地区を制して東野村にたどり着いた者達は東野村の住人、NPC達と遭遇して違和感に襲われた。
「……日常を送っている者が居ると思えば、あのアサルトゴブリン達を恐れているって言うNPCも居たわね」
シュライン・エマが首を捻りながら言うと、武藤・静もうむと頷いて変じゃなと上月・美笑を促している。
「そういえば、変ですよね。<統一されていない>って言うんでしょうか?」
「そうだね。これでは、まるであのアサルトゴブリンの襲撃も予めイベントに組み込まれていたように思えてしまうよ」
モーリス・ラジアルの言葉に、皆もその点が気になっているという風に顔を見合わせる。
「でも、ここでこれ以上の情報が得られるとは思えないんだけれど?」
あくまでも冷静に綾和泉・汐耶が続けて言う。
それは確実な、そして目に見える真実だった。
「……崩壊していく……」
今、彼等の目の前で東野村を飲み込もうとする破壊の波が押し寄せていた。
現実世界ではあり得ない、プログラム消滅によるフィールドの崩壊。
それは電脳世界での消滅を意味している。
「何かに気付いてしまった、それがまるで気にくわないといった感じの消し方ね……」
シュラインが悔しげに歯噛みする。
何かが、そこにあったのかも知れないのだ。
だが、既にその≪何か≫を得る機会はないだろう。
崩壊して行く東野村の景色を、最後まで見送ってから現実世界からの≪勇者≫達は帰途に就くのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2318/モーリス・ラジアル/男/527歳】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳】
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