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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Do you love me?


"わたしのことすき?"

 絶対に、そんな言葉は、聞けない。
 聞けば聞いたで、微笑う表情が返ってくるだけ。
 曖昧な言葉が返ってくるだけ――……自分自身のことで傷つくのも傷つけられるのもイヤだ。

 なのに。

 何でかな――……、

『イヤにココロが締め付けられるように痛いんだ』




 夜。
 いつもの公園、いつもの場所に座る影が、ひとつ。

 此処に居ても来る事など無いように思うのに、未だに繰り返し来ては同じように座り、朝を待っている。
 おかしい、と思う。
 屋敷に帰るべきだ、とも。

 なのに、こうして――意味も無く延々と。

「……無様、だな」

 そう、凪塚響夜は一人ごちた。

 一方、一ノ瀬羽叶は、公園の近くを通りかかろうとしていた。
 からんからんと風で道端に落ちている缶が、鳴く。

(鈴の音にちょっと似てる)

 不意にそんな事を考えた瞬間、

 ――人形が、踊る。
 ――暗闇の中で、静かに。
 ――誰に見せるとも無く、主に見せるでもなく。ひらひらと、舞うように。

 映像が頭の中を巡り廻る。
 逢ったら、殴ろうと思える奴だった。
 変な時に触れてくるし、変な時に言う事を聞いてくれる。

 決して、こちらの言う事など聞いてそうでなくて、聞く。
 頷く。
 何も言わずに。

 なのに。
 懐かしく思えるほどに、彼が操る人形に逢いたい、と思った。
 本人じゃない、人形だ。

 そう、羽叶は結論付ける。
 でなければ、逢いたいと思う気持ちが可笑しいのだ。

「……居るのかな」

 今日に限って彼と、彼の操る人形を思い出してしまう自分を笑おうとして笑えない自分に気付き、羽叶は近くのコンビニへと向かった。
 こう言う時、コンビニが近くにあるのは助かる。
 眠れなくても明かりがあればそこに引き寄せられるし、そこに行けば何かがある。

 以前なら「助かる」等とも思わなかったかも知れない場所。

(どうかしてる)

 此処のところ、そんな風に思うことが多くなった。
 目覚めてから、何かが可笑しい。

 振り切ったはずだった。
 必要ないと決め付けたはずだった。

 自分など信じられないし、氷翠が何故自分を生かしてくれてるかも解らない。

 氷翠の冷たさは自らの冷たさでもある、筈だったのに。

 冷たさは安らぎ。
 温かさは回避すべきもの。
 優しさは――フヨウナモノ。

 なのに。

(……ずっと居るんじゃ寒いかもしれない)

 缶コーヒーを一つとカイロを一つ。
 温かなものを取る自分が居る。

『本当に可笑しいね』

 誰に言う言葉でもないから、心の中でのみつぶやいて、会計を済ませると日向は再び公園へと向かった。




 来るか。
 来ないか。

 どちらかのみが結果としてある。

 右か左か。
 その判断のみで結果は反映されるのだ。
 そうして、それは繰り返し行われる。
 気付くことなく、気付かせることもなく、全ては悩みと決断の繰り返し――決断すべきは一人。
 誰もが、そうだ。
 誰もが自分自身以外の何者でもないから。

 他者の事に関与できる権利は無いから。

 だから。

 人の言葉を聞くしかない。決断されたことは、覆されることが無いのだと聞くしか出来ない。

 響夜は、そこまで考え、頭を振る。

(どちらか、だ)

 目覚めたと聞いた。
 聞いた時に、何故逢いに行かなかったかは響夜自身にも解らない。

 ただ『兄』に、そう聞いた時、何故だか逢ってはならないような気がしたのだ。
 それは兄が見せた珍しい表情ゆえであったからかもしれないし、そうでないかも知れなかった。

(理由は、自分自身にも解らない)

 風が、吹いた。
 冷たさを感じる風に響夜は顔をあげる。

「………随分とお久しぶりだ」
 呟く言葉に羽叶は苦笑を浮かべる。彼の傍らには人形はなく、ただ、彼一人だ。
 久しぶり、と響夜は言うがお互い逢わずに居たのだから、それは当然でしょう?
 そう言う様な表情で、ただ笑うでもなく侮蔑するでもなく、苦く、笑う。
「ホントにね。はい、バレンタイン」
「バレンタイン? ……今が何月かご存知か? それにこれは……」
 袋の中身を見ると缶コーヒーとカイロが一つずつ。
 どういう意味での贈り物やら響夜も戸惑いを隠せない。
 が、
「らしくていいでしょ?」
 と、羽叶は言い、響夜の隣へと腰掛けた。「まあ、確かに」と言うと響夜はカイロの袋を開ける。直ぐに暖まるそれに、暖かさを感じながら響夜は初めて逢った日の事を思い出していた。
 この公園のベンチ。
 此処が私の場所、と言う言葉が、出逢いの瞬間だった。
 何を言われてるか最初は良くわからず、場所を指してるのだと気付いた時には座っていたけれど。
 良く見ると羽叶は手袋もカイロも何も持っておらず、寒そうだ。
「では、お返しに」
 カイロを上着のポケットに入れ、羽叶の手を自分の手と一緒に突っ込む。
 触れた手は、やはり冷たく、何処か羽叶の持っている刀――氷翠と言ったか――、に似ていると思った。
 所有されるものは持ち主に似ると言うが羽叶は逆だ。
 羽叶が、持ち物に似せる。
 それらは、羽叶が対応する人によって少しずつ変化を見せるのと同義であり、また、これこそが羽叶を羽叶として在らしめる方法であるのかも知れない。

 あまりにいきなりの行動に止まっていた羽叶だったが、漸く何をされてるか理解すると、突っ込まれていない片方の手をぷらぷらと振る。
 すると、手で作られた風が僅かに出来、肌寒さを羽叶へと伝える。

(行動すれば、結果が返る……)

 不思議だ。
 起きてからは色々なものが不思議に包まれているような気さえする。
 隣に座る人物の手の温かさ、カイロの仄かな温もりでさえも。
「……これもまた、奇妙なお返しだね」
「らしくて良かろう?」
「ま、確かに……あのね?」
「ああ」
「色々、あったんだよ……目が醒めてから」

 起きてから、奇妙に寂しいと感じることが多くなったんだ。
 何を失ったわけでもないし、何かがあったとも思えないのに……不思議だね。
 だから、時々誰かと話すし、話し相手が居ないと夜にふらふらと出てしまうこともある。
 この癖だけはどうしようもなく変えられない。

 誰も居ない場所に立って寂しさを実感してしまう。

 ただ、そうやって寂しくても誰かの視線を感じるのも怖いし……私自身の気持ちを言葉にするのも怖い。
 何を言っても信じられないからとか、そういうことじゃなく――、

「いつか、気持ちが変わることを恐れるより、今、寂しいから」

 だから。
 どうしようもないから。

(寂しさに押し潰されない様に)

 ―――誰かと一緒に居るんだね。

 そこまで言うと羽叶は、響夜が頬に触れてるのを感じた。
 ただ、そこから先はどうしていいのかわからないのか、止まったまま、だったけれど。

「……何?」
「……涙」
 指が、眦に触れ、何かを拭う。
 水滴が夜目にも明らかで、羽叶は自分が涙を流していることに気付いた。
「え? ――ああ……泣いてたんだ……、気付かなかった」
「気付かれなかったとは、また……」
 指を離すと響夜は再び、元の位置に戻る。
 触れるけど、それ以上は触れない。
 戸惑いがあるからなのか、それとも他に思うことがあるのか――、どちらかだ。
「どうも私は自分の涙は解り難いらしくて……って言うか今の話聞いてどう思った?」
「どう、とは?」
「何て言うか……可笑しくない?」
「特に可笑しいとは感じられないが?」
「良かった……眠っている時もずっとずっと、考えてたんだ……」
「何を?」
「この選択で良かったのかな…って。親友にも夢の中で怒られたし」
「…夢の中に出てきてくれるとは随分律儀な方のようだ」
「かも知んない……でも、まあ……」
 彼女とは夢の中でしか逢えないから。

 苦笑を浮かべ羽叶は空を見上げる。
 東京の空は、夜であろうと明るい。
 ネオンの照り返しが空を本来の色ではなくし、星さえも見えぬものに仕立て上げる。

(わたしのことすき?)

 親友に聞いてみれば「嫌いじゃない」と答えた。
 曖昧な答えだと言うと、彼女は笑っていたけれど。

 子供に戻っていたから聞ける言葉だった。
 現実にそんな言葉は聞けない。

 聞いた所でどうしようもない。

 曖昧さが返ってくるだけなら、聞かない方がいい――、と考えると響夜が「そういえば」と問い掛ける。

「ん?」
「バレンタインで、私もお返しも返したと言うことは、少しは親密な仲になれたと思ってもいいのだろうか?」
「んー……良いんじゃない? そういう風にいうんなら嫌いじゃないんでしょ?」
「嫌いよりは好きでないと、まず寒いはずの公園で待とうとは思わないだろうな」
「………ああ、そっか………」

 不思議だ。
 何度も羽叶は思う。

"不思議だ"、と。

 何故逢おうと思ったのか、人形さえも持たずにここに居るのなら羽叶には踵を返し帰る自由があった。

 なのに、此処に居て。
 話を聞いてもらい、好きだと言ってもらえている。

(――不思議だ)

 痛いと思っていた、刺が消えているような気がする。

「何だかさ――……」
 羽叶はポケットの手を思いっきり握り締め、声を出す。
「うん?」
 いつも聞いていた相槌が、返る。
「いいね、こういう風な会話って言うのも……今までは苦手な部類だったんだけど……」
 これも心境の変化って言う奴かもしれない。
 笑い、ポケットに突っ込まれていた手を響夜の手、もろとも出すと、その手の甲へと口付けた。
「今日、逢えて良かった」
「私もだ」

 互いに、笑いあう。
 夜の闇さえも明るく光る公園の中で、ただ楽しそうに、声を顰めながら内緒話のように。

"わたしのことすき?"

 繰り返し問い掛ける、自身の心へ晴れやかな笑顔を向けながら。

 もう、心の痛みに泣くことも、無い。





―End―