|
<鬼【バグ】退治>
●勇者として
アリアンロッドの陣営。
そこにひょんな事から所属してしまった桃太郎こと高梁秀樹は、『勇者』という職業意識で寄せられる仕事に就いていた。
時には只のガードマン、時には重労働と……
「よく考えれば、これはおさんどんと言うのではござらぬか……」
と、考えに至るまでに既に数日が経過していた。
仕事をこなしては『勇者の泉』で一日の疲れを取る為に食事し、仲間の勇者達からと歓談して戻る。
そんな日々を過ごしていた秀樹の元に、非常に珍しい……いや、本来の彼なら普通の筈の相談があった。
何でも【東野村(とおのむら)】と呼ばれる場所にアサルトゴブリンの集団が出たというのだ。
それも、尋常な数ではなく、地域が占拠されるには時間は掛からなかったという。
「小鬼でござるか……数も50とは……多いでござるな」
鬼退治と聞いては、彼は無下に断る事が出来なかった。出来るだけ多くの人数を集めたいのだが、彼を含めて10人まで位が適当だろうと、この依頼を持ってきた人物は語った。
愛刀を手に、久々の戦に武者震いを覚えながら秀樹は仲間達と共に東野村に向かうのだった。
●妖しいアサルトゴブリン集団
「統率は取れていないといっても、集団ですか……」
指揮官が居る場合など、統率が取れているのなら、頭を叩くべきだと主張していた綾和泉・汐耶だが、話を聞くにつれてアサルトゴブリンの状況はこの世界を支える基盤となるプログラムにとっても重大なエラーを引き起こす可能性を秘めている。
小さなバグといえど、ワクチンプログラムが追いつかない程の大量に発生した場合に、根幹に及ぶ負荷はシステムその物の動きを重鈍にして、プレイヤーである存在の死に繋がりかねないと、今の彼女にも容易に想像がつくのだ。
「私は直接戦うのは得意じゃないけど、弓なら十分出来るから……」
凡河内・絢音に頷いて見せて、早々に担当地区を終わらせてきた高梁・秀樹と組んで貰ったらいいわねと汐耶は続ける。
「ただの集団としても、50体がこの小さな村に集まってきたのは異常ですから、十分に注意していきましょう」
汐耶の言葉に頷く絢音の前衛に付く秀樹の横で、汐耶は先に殲滅したというアサルトゴブリンの群れについての情報を聞いていた。
「拙者にもよく判らなかったでござる。ただ、切った感触は鈍い敵の存在で、やはりこの世界にいてはいかぬのだとしか言えないでござるな……拙者も、同じかも知れませぬが……」
「……そう、か……そう考える時もある……」
同じように、存在の意義を考える者が居たのかと汐耶は唇の端を上げるようにして苦笑する。
「でも、今は目の前の現実に対処しよう」
「ええ、宜しくお願いするでござるよ」
二刀を手に、アサルトゴブリンの前に立った秀樹の背後から風を切って矢が飛来する。
「今です!」
「承知!」
麻痺の矢がアサルトゴブリンを縫いつけたように留めて、そこに刃が走る。
「追い込んで下さい。あと少し」
「……よろしく、でござる!」
駆け抜ける秀樹の後を追い込んだと錯覚したアサルトゴブリン達が追う。
「引きつけて……一気に叩ける」
「はい」
汐耶に言われて、深呼吸する絢音が握った弓を静かに構えて待つと、早すぎず、遅すぎず、アサルトゴブリンの速度に合わせて後退する秀樹が絢音の狙う先を通過した。
「まだ」
「?!」
射掛けようとした矢先に汐耶に止められて、一瞬迷った絢音の視界に、制止した訳が飛び込んできた。
「大きい……」
「完全に範囲に収めるには、まだ?」
「はい、もう少しです」
トーチハウンドの巨体が一体だけ、混じってアサルトゴブリンの中に居たのを汐耶は見逃さなかったのだ。
その巨体が突進するのに合わせて慎重に狙い定め、絢音が炸裂する矢を放つ。
「……」
爆音と劫火が渦巻く土煙を噴き上げる中に、消えていくアサルトゴブリンと爆散するトーチハウンドを見て、胸をなで下ろした絢音に汐耶は冷静に次の指示を与えると、村に残った人々を救出に向かうのだった。
●設定の外・裏の設定?
アサルトゴブリンの群れに襲われた村の中に侵入した汐耶は、初めに出会った村人に話しかけて落胆の吐息を吐いた。
「ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ…………」
「……馬鹿にされている訳ではない、これが通常なのだと判っては居ても……」
村人と別れて歩き出し、汐耶は異常に気が付いた。
「ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ。ここは東野村だよ…………」
振り返っても、まだ件の村人は誰も居ない空間に向かって話し続けている。
「……何故だ……あのような設定を行われた筈がない」
少しゲームを学んだのだが、あの様な異常な行動はNPCとしての設定としてはバグに相当する物だ。
それは、完全な世界を模索していた創始者たる存在が見逃すはずのない、初期といって良いプログラムのミスだ。
「何があったというのだ……」
呟いて、彼女に向かって走ってくる村人を止めて汐耶は何があったのだと尋ねる。
「アサルトゴブリンの群れが! 逃げなくっちゃ。アサルトゴブリンの群れが! 逃げなくっちゃ。アサルトゴブリンの群れが! アサルトゴブリンの群れが! アサルトゴブリンの群れが! アサルトゴブリンの群れが! アサルトゴブリンの群れが! 大変だ!」
「……狂っているのか、それともその設定が正常なのか……」
考え始めると、自身も無限の輪の中に落ち込みそうな物だった。
だが、東野村の中を歩いてみて判ったことは、アサルトゴブリンに襲われた時の行動を取る村人と、全くの平和の元での行動を取るものとの二者に完全に別れているということだった。
「汐耶さん、大丈夫ですか?」
「キミか。私は大丈夫だが……」
絢音も村の中まで来たので、汐耶は深く考えることを放棄した。
「あの、汐耶さん大変なんです。早く此処から逃げないと」
「逃げる?」
絢音に言われたことが理解出来ないという風に首を捻る汐耶に、絢音はあれを見て下さいと、遙かに山の向こう側に広がる黒い雲を指さした。
「あの黒い雲がどんどん近付いていて、雲がかかった辺りの世界が消えてるみたいなんです」
「!?」
部活で鍛えられた視力が絢音にはある。
その絢音が告げた異変は、今まさに山を越えて東野村に迫る勢いで近付きつつあるのだった。
●遠野村というフィールド
それぞれの担当地区を制して東野村にたどり着いた者達は東野村の住人、NPC達と遭遇して違和感に襲われた。
「……日常を送っている者が居ると思えば、あのアサルトゴブリン達を恐れているって言うNPCも居たわね」
シュライン・エマが首を捻りながら言うと、武藤・静もうむと頷いて変じゃなと上月・美笑を促している。
「そういえば、変ですよね。<統一されていない>って言うんでしょうか?」
「そうだね。これでは、まるであのアサルトゴブリンの襲撃も予めイベントに組み込まれていたように思えてしまうよ」
モーリス・ラジアルの言葉に、皆もその点が気になっているという風に顔を見合わせる。
「でも、ここでこれ以上の情報が得られるとは思えないんだけれど?」
あくまでも冷静に綾和泉・汐耶が続けて言う。
それは確実な、そして目に見える真実だった。
「……崩壊していく……」
今、彼等の目の前で東野村を飲み込もうとする破壊の波が押し寄せていた。
現実世界ではあり得ない、プログラム消滅によるフィールドの崩壊。
それは電脳世界での消滅を意味している。
「何かに気付いてしまった、それがまるで気にくわないといった感じの消し方ね……」
シュラインが悔しげに歯噛みする。
何かが、そこにあったのかも知れないのだ。
だが、既にその≪何か≫を得る機会はないだろう。
崩壊して行く東野村の景色を、最後まで見送ってから現実世界からの≪勇者≫達は帰途に就くのだった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3852】/凡河内・絢音/女性/17歳】
【1449】/綾和泉・汐耶/女性/23歳】
|
|
|