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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 12 featuring シュライン・エマ

 シュライン・エマ。
 職業、翻訳家。…語学に長けており、大抵の言語は扱える。やはり英語の小説を日本語に翻訳する事が多いが――それ以外の言語の翻訳を持ち込まれても問題は無い。日本語から英語、などと言った逆は当然、独語や仏語や伊語に露語、中国語――最近は韓国語、ハングル等も需要があるか。
 大抵の言語を問題無く扱える――しかもあまりお目に掛かった事はないが稀少数言語もいけるらしいと言う話まである以上、お仕事先の『その筋』からは困ると頼られる翻訳家でもある。需要があっても上手に翻訳ができる人間がいなければどうしようもなく、原書のまま扱うしかない。が、そんな時でも彼女が噛めば、使い慣れた言葉でその文献を使用する事が出来るようになる訳で。…色々と、重宝されている。
 ちなみに翻訳は言語が出来ればそれでいい――と言う訳でもない。文才も要る。そして、原書作家の文化的背景や考え方、嗜好等を知っておく事も――翻訳の際に細かいニュアンスを付けるのに必要だったりする。
 そんな訳で、彼女は色々と知識も豊富だ。…また、他の作家の特徴を把握するのも、実は、上手い。
 …結果、秘密裏に、『困った作家さん』のゴーストライターも時々頼まれている程だ。それも――彼女は、怪しまれさえしないくらいの出来に仕上げる。知っているのが作家当人と担当編集だけと言う時すらある。
 彼女はそんな裏仕事をひっそりやってもいる。そしてそちらでもまた、信頼されていたりする。
 …ともあれ、彼女の本業は翻訳業。
 その傍ら――実は、とある外国語教室の講師もしている。
 色々と、忙しい毎日を送っている事になるのだろう。

 …え? いつもの草間興信所はどうしたんだって?
 それは――まぁ、あまり細かい事は気にしないで頂きたい。
 後になれば多分わかります。はい。



 シュラインがその外国語教室で講師をしているのは週三日。
 その、受け持ちの日の受け持ちの時間帯。
 …近頃、気になる兄妹が生徒として入学した。
 彼らが来校する時間帯は夕方。兄の方は会社帰りに直接来ているような…疲れたサラリーマン風、妹の方は学校から一度帰宅して寛いでから余裕を持って来校している…と言ったところである。
 受講はどちらも、英語を希望。それも、アメリカンイングリッシュの方の。
 曰く、妹の方は学業の為――延いては留学も視野に入れている(?)との事での受講、兄の方は――上司に英語しか話さないのかもしくは話せないのか不明だが――何にしろとにかく英語しか話すつもりのない異国の人が来た為、仕事場で日本語の肩身がどんどん狭くなり英語が共通語になりつつある現実を見、渋々ながらそんな現場に付いて行く為妹と同じここでの受講を決意した模様。…ここは日本だと時々遠い目で愚痴ってもいるが、仕事場の方針を曲げるまでには至らないらしい。
 その話を聞き、シュラインの方でもさすがにそれ――降って湧いたように仕事場で突然英語が共通語――ってのもどうかとは思うが、まぁ、それで生徒さん一名確保と言うのも事実である。気の毒だなあと思いはするが、彼女の方では特に不都合も無いので突付きもしない。取り敢えずある程度気遣い、確り教えてあげようと思いはするが。
 ただ。
 …そこで愚痴りたくなるのがわかるくらい――こう言っては何だが、このお兄さんの方――草間武彦と言う人物は英語が苦手らしい。…最早英語アレルギーと言っても過言では無いかもしれない。
 質問するとすぐ詰まる。それでも何とか話させてみると発音がなってない。間違ってても構わないから自信を持たなきゃ駄目だと言ってもどうも難しい模様。発音のちょっとしたコツを教える。舌の位置、口の開き具合等々。やっぱり難しい模様。…って、それ程難解な事を求めているとも思えないのだが。
 ちなみに、妹さんの草間零と言う彼女の方はその辺りは卒無くこなしている。…むしろ兄とは逆に飲み込みが良い。…ただ、敵性言語ですけど今時必要ですもんね、などと仕方なさそうに微笑みながら言ってくる辺り――御年はおいくつですかと疑いたくなるような発言も時々あるのが引っ掛かる程度だ。取り敢えず御勉強の方に直接関る話では無い。それに、素直で可愛い子でもある。
 兄の英語に関する物分かりの悪さと比較すると時々、兄妹であると言う事が疑わしく思えるくらい。



 で。
 そんなこんなで暫し後の受講日。
 …妙に晴れ晴れした顔の草間武彦がいた。ちなみに妹の零の方は普段通り。
 曰く。
 …会社の方で早期退職希望者が募られたとの事で――あっさりと申し出、即決退職が決まったらしい。
 それでもって、この英語教室の受講も今日限りと言う。…受講は清々しいまでに仕事上の便宜の為だけだったらしい。
 で、これからどうするのかと聞いてみれば――前々からやってみたかった事がある、と不敵に告げられた。

 そして。
 その日の教室、武彦はどうも上の空の様子で――ずっと別の事を考え続けていたらしい。それはこれからの展望か。何を考えているかは知らないが話し掛けてもすぐ気付かない事は確か。ついでに言えば――この英語教室を受講するようになってそれなりに経ったが、この武彦、あまりにも上達する気配が無い。他の生徒は皆それなりに形になっている、と言うのに。…嫌がらせかと思うくらいに変化無し。
 …その実、武彦が実は講師の気を引きたかったんじゃないか――と言うのは内緒の話だ。…幾ら英語アレルギーとは言っても、ここまできっぱり変化無しが続くのはさすがにわざとでもなければ無理である。成績優秀の方で気が引けないとなれば出来ない方で気を引く、訳だろうか。
 理屈が幼い気がするがそこはまぁ御愛嬌。

 ………………とも、言い切れない。
 いい大人が。

 ともあれ、そんなこんなでその日の教室は終了。武彦にとってはこれでここに来るのは最後になる。が、別にこの手の教室としてそれは特別な事でも無く。いつものように御誘い合わせの上ぽつりぽつりと生徒さんたちが帰り出し、最後に残ったのは――シュライン講師と草間兄妹。近頃ではどうも、教室が終わると彼ら三人が一緒に居る事が多いので自然とそうなる節がある。そして――彼らにすると、その内のひとりがやめる、と言うのは少し特別な事でもある。
 本当に今日でやめるのね、と確認するシュライン。ああ、だが零は続けるとさ、とあっさり言う武彦。はい。と頷く零。お前に会えなくなるのは寂しいが…色々と世話になったな、と、武彦はぽつりと漏らしてもいる。
 そして。
 じゃあな、と…言葉と態度だけはやけにハードボイルドに、武彦は去って行こうと席から立ち上がった。

 …だが。
 よくよく考えてみて欲しい。
 この元会社員はここに何しに来た。
 英語を習いに来た訳では無かったか。
 そして、それは――表向き、この教室内では――完璧と言って良いくらい、無駄に終わっている。

 しかし。

 それは――明らかにわざとなのだと妹の零から直接聞いている。
 …実は零の方から、兄さん、私が英単語の綴り間違えた時とか、家で音読している時に発音が違った時とかあっさり指摘してくれるんですよ、なのに何で教室だと何も出来ない振りしてるんでしょう、と…講師であるシュラインの方に相談がてらひっそりと進言されているのだ。

 それだけでもシュラインにすればちょっとかちんと来る。
 だったら、素直に講師の私にも成果見せてくれても良いんじゃないの、と。
 …教えている当の私にだけ見せないで――本当に、終わりにしようなんてどう言う了見。

 武彦が席を立ったそこで、シュラインは――ばん、とテーブルを叩いた。
「ちょっと待ちなさい!!」
 武彦の背を叫ぶよう呼び止める。
 唐突な剣幕に武彦も思わず振り返った。
 と。
「会社止めようが他に何をしようが構わないけど、私の講義受けといてしかも真面目にやらないで諦めるってのはどー言う事よ!?」
「ま、待て、ちょっと待て、おい――」
 食って掛かってくるシュラインに、慌てる武彦。
 が。
 残りその場に居るもうひとり、零は平然と紙コップのジュースを呑んでいる。
「…確かに先生の言う通りだと思います。私でも兄さんがここではわざと真面目にやってないのは見ててわかりますし」
 ん、とシュラインは零のその様子を見、重々しく頷く。
「妹さんもこう言ってる事だし、さすがにちょっと許せないのよね…」
「って俺はここの受講止めるんだが…?」
「そんなの関係無いわ」
 折角だからみっちり仕込んであげる。
 そんな、凄みさえ垣間見える微笑みを見せてのシュラインの科白に、げ、と思わず武彦が言ってしまったのは――良かったのか悪かったのか。
 …その実、シュラインとしては――単にこの相手とはこれっきり、と言うのが惜しかったと言う理由も――無い事も無いのだが。
 それは、言わない。

 ともあれ。
 …この後、草間武彦はその時の早期退職金で小さいながらも興信所を開業し――なしくずしにシュライン・エマもそちらに良く顔を出すように、なる。
 曰く、探偵と言うなら余計に英語くらい知ってても損は無いわよ、とか何とか。

【了(…オチは決して信じないで下さい。決して)】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/データの職業/今回の職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/翻訳家&幽霊作家+外国語教室講師

■NPC
 □草間武彦/本業は会社員(…?)・外国語教室の生徒(あまり優秀でない模様…?)
 □草間零/本業は学生で武彦の妹・外国語教室の生徒(優秀…?)

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          ライター通信
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 今回は発注有難う御座いました。
 いつぞやは若干の勘違いもあったようで申し訳ありません(汗)
 …取り直しまして。
 草間興信所が無くて外国語教室の先生をやっているとしたら…と言う事でしたが…やっぱりそれでも武彦さんや零ちゃんは外せないような気がし(考)…こんな感じになってます。
 …だからと言って幾ら何でも草間武彦に会社員やらせてみるのはさすがに無謀でしたか…(遠)
 今回は…『草間興信所ができるまで』捏造編って感じですね(おい)
 ライター通信でも改めて念押ししますがオチは決して信じないで下さい(笑)

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。12とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝