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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 13 featuring セレスティ・カーニンガム

 春である。
 開花の時期が例年より多少遅れはしたようだが――それでもやっぱり桜は咲くもので。
 そして、遅れたとは言え――咲き始めたら今度は見頃になるのが早かった。
 と、なると…ここは逃がすまいとお花見に誘われる事も、多くなる訳で。

 で。
 リンスター財閥総帥であるセレスティ・カーニンガムも――そんな春の便りに誘われて、表に出てみたくなっていた。日本の風物詩。…一応、興味はある。



 と、セレスティがお花見一緒に如何ですか、と声を掛けてみた相手は――この手のお軽い話の場合、そろそろいつもの事になるかもしれない(?)画廊『clef』の店主、真咲誠名。お花見にかこつけて様々な種類のお酒を飲み比べ、と言うのも楽しいかと思うのですが…。身体の方の年齢ではお酒は駄目なように思えますが、人の少ない場所でしたらどうでしょう、と悪戯混じりに誘いを掛けている。
 が。
 …いや俺、あんま呑めませんよ、と――今回の誠名は妙に、乗り気で無い風である。いつもならお遊びのお誘いにはさくっと乗って来てくれるのだが――今回に限っては妙に、奥歯に物が挟まったような妙な歯切れの悪さが残る口調で。いえ、今更言ってもどうしようもない話でもありますし実際構わない話でもあるんですがね、とよくわからない言い訳をしながら、んじゃ、ちょっと遠いですがいい穴場知ってますからそちらまでお連れしましょう、と続けている。
 一応、断りは――しなかった。

 けれど。
 それでも何か引っ掛かる風であったのは確かで、まずいお誘いをしてしまいましたかね、とセレスティは少し考え込んでいる。
 …その理由は、実際に当日行った時に判明した。



 当日――夕方。
 折角なんで夜桜見物と洒落込みませんか、と誠名から提案され、時間帯を遅く設定。
 誠名がセレスティお付きの運転手さんをナビゲートしつつ向かった先は、都会の喧騒とはやや離れた――緑の多いところ。確かに、車の通る道からは見えないが――少し中に分け入ると、唐突に桜がある開けた場所がある。よく見れば付近にも車や人の気配がちらほら。…穴場としてそれなりに知られたところでもあるらしい。
「ここは夜の方が綺麗なんで」
 にやりと笑いそう告げる誠名。そろそろ日が落ち、辺りが暗くなり始める時間帯だが――確かに、奇妙に周囲が薄明るく、その中にごく淡く染まった桜の花弁が映えている。…まるで雪明かりのような、そんな邪魔にならないさりげない明るさが周囲にある。夜の帳が落ち始めれば――それこそ桜の白さが、怖いくらいに美しく映えてくるだろう。セレスティも小さく感嘆の声を上げた。
「夜に、と仰っていた理由がよくわかりました」
「…どういう加減でかはよくわからないんですがね、ヒカリゴケの一種がところどころ群生してるんですよ」
 この辺り。
 …普通に考えると、苔が生えるにはあまり条件良さそうじゃない場所なんですが。
 ともあれ、そのおかげで――ライトアップしてある訳でもないのに、暗くなっても桜がよく見える。
 さりげなくそう説明しながら、誠名はビニールシート片手に、何処に落ち着くか場所を物色。セレスティらとあまり離れていない場所、決めたとばかりにシートを広げると、セレスティに黒服二名――クーラーボックスを持っている――を手招いた。



「…ところで、今日は無理をお願いしてしまったようですね」
 シートの上に落ち着き、粗方用意し終えたそこで――セレスティはぽつり。
 と、誠名からはきょとんとした顔を返される。が、何事かすぐに察し、ああ、すみませんと笑いながら謝って来た。
「いえ、何も無理な事は無いんですよ。こちらこそ変に気遣わせちまいましたね。…セレスティさんは何も悪くありません。別に何か用事が入ってた訳でもありませんしね。勿論お花見が嫌い、ってんでもありません」
 こんな場所ひっそり確保してるくらいですし。
「でしたら…お誘いしたあの時、何か――不都合でもあったのでしょうか。…君があんな反応をなさる事は滅多にありませんから…私のお誘いで困らせてしまっていたように思えてしまって」
 否定する誠名に対し小首を傾げつつ、セレスティ。何も無いにしては――どうも気になる反応で。
 そんな態度に、誠名は指先でぽりぽりと頭を掻きつつ、苦笑した。
「うーん。総帥様にゃ隠せませんね」
「やはり何か?」
「ええ。少し困ってた、ってのは当たりです。でもそんな深刻な話でも何でも無くって――困ってた理由は単に俺の意地の問題なだけなんですけどね」
「意地ですか」
「…ええ。全然、大した事じゃないんですが」
 と、誠名曰く――酒がまったく駄目と言う訳ではないが、なるべくアルコールは避けている、と言う話で。
 更に言えばアルコールのみならず刺激物を体内に入れる事は極力避けているらしい。とは言え何処ぞの興信所に行けば煙草の副流煙は確実、ちょっとした珈琲やお茶は何処ででも。更にこの都会の街中では――外気自体が刺激物と言えば言える訳でもあり。それまで避けていたら切りがないし実際そこまではさすがに無茶でしょうから俺が口で言ってるだけではありますね、と何処か自嘲気味に続けている。…それに、状況次第でアルコールの類も呑んではいる訳で、ともあっさりと。…全然呑まない訳でもない。
 が。
 呑む事『それ自体を本題』に持って来られると、少し…本当に少しだが、困る――らしい。
 理由はひとつ。
 ――沙璃に申し訳無いから、と。
 自分自身を――自分の身体を指して、誠名は静かに告げている。

 …沙璃とは今の彼の、身体の方の本来の持ち主である少女の名。
 彼女が『死』したそのタイミングと同時――直後から、誠名は彼女のその身体で生きている。
 だから、自分がその――本当はもっと色々と生きたかっただろうにそれが叶わなかった他者の身体に、それも直接身体に作用する嗜好品で、好きなように楽しんでしまうのは。

「…それは、やはりこちらの誘い方が、悪かったかもしれませんね」
 セレスティは静かに目を伏せる。…が、誠名はあっさり頭を振る。
「いえいえ。全然悪くありませんって。そもそもこれ言うと多分…沙璃当人がここに居たら彼女にも怒られそうな気がしますし」
「…動いて生きていられる身体があるのだから、それで遠慮する方が勿体無い、と?」
「ま、そんなもんです」
 でも、それでも――譲ってもらったこの身体、出来る限り大切に扱ってやりたい訳ですよ。
「お優しいんですね」
「や、結局――自己満足の世界ですからねえ」
 優しいってのとは違うと思います。
 …何と言いますか…これは『自分の身体じゃない』、って事、常に意識してたいんですよ。…どうしたって、沙璃のものですから。身体がある事に甘えられない。甘えたくないってその辺が――ちょっとした意地、なんです。
「…そうでしたか」
「あ、変な話をしちまいましたね」
「いいえ。誠名君のお考えはよくわかりましたから。…でもやっぱり、ここは――敢えて沙璃嬢の出来なかった事をして差し上げるのもまたいいんじゃないかと思いますよ?」
「そうですかね?」
「ええ。言わば沙璃嬢の代わりに今誠名君が生きてらっしゃるようなものなんでしょう? でしたら――今生きている君こそが、やりたい事をやりたいようにやった方が――沙璃嬢もお喜びになると思いますよ?」
「………………実を言うとですね」
「はい」
「…中でもアルコール出されて困ったのは、実は俺個人は酒、好きなんですよね」
 だから余計に沙璃に悪いなーって反射的に思っちまう訳でして。
 沙璃当人は多分アルコールの類は飲む機会も何も無いままだったと思いますんで…何でそんなトコに拘るのか首傾げられそうですが。そんな風に告げつつ、誠名は苦笑。
「でしたら、それこそ余計に、です」
 と、セレスティがそう言ったそのタイミングで――黒服の方から中身の入ったグラス――こんな場所であるのに器からして本格的である――が誠名へと差し出される。…ちなみにセレスティの手には既に同様のものがある。
「折角のお花見ですから色々と厳選して来たんですよ」
 私の故郷のものもありますし、今回初めて開ける年代のものもあります。稀少品もこっそり持ってきました。
 呑み過ぎなければお酒は薬になりますし。日本でも――百薬の長、とか言いましたよね?
 言いながら、静かに桜を見上げるセレスティ。…そろそろ本格的に暗くなってきた。
 誠名も――セレスティ同様、桜を見上げている。

 少しして。
「…じゃ、折角ですから――頂く事にしますよ」
 そう言い、誠名は黒服から差し出されたグラスを取ると、セレスティに向け、恭しく戴いて見せる。
 どうぞ、とセレスティも同様にグラスを取り上げた。

 軽く、乾杯。

 夜の帳が落ちた中、白く映える静かな威容が、彼らを静かに見下ろしている。
 …散り始めた花弁が、はらり、はらりと、落ちている。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

■NPC
 ■真咲誠名/遊び相手(え)
 ■刑部沙璃/誠名の身体の本来の持ち主、故人(名前だけ登場)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回のお遊びはお花見で呑み比べ…(遠)とのお話でしたが、実は普段誠名があまり酒を呑もうとしない理由は身体が未成年ってのとは若干違うところにありました。そんな訳で最後はしんみり夜桜見物になってしまっております。…お遊びとは言えあまりすぽーんとは突き抜けませんでした…。
 …ところでつい先日、桜…五分咲きくらいかと思っていたら――いきなり夏日でいきなり一日にして桜満開に移行しておりましたね…。しかも何だか我が家近辺では桜どころか五月に入って咲くような花までが皆一気に咲いてしまってむしろ散る心配した方が良いような状態になっており…(汗)
 そんな訳で…あまりお渡しが遅くなると時期が完璧に過ぎ兼ねないと少々焦りました(汗)

 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。13とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝