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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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奏笛〜消えない想い〜
------<オープニング>--------------------------------------
雑多なものが満ち溢れるこの店内に於いても、それはひときわ異彩を放っていた。
「笛……?」
30センチほどの細い棒にいくつかの穴が開いている。
おそらく横笛だ。
ちょうど、雛飾りの五人囃子が持っているような。
「ああ、その笛はやめといたほうがいいかもしれないよ」
店主・碧摩蓮がパイプを燻らせながら、けだるげに声をかけてきた。
笛を手に取ろうとしていた客はその姿勢のまま店主を仰ぎ見る。
「ありがちな話かもしれないけどさ。……勝手に鳴るんだよ」
客は思わず眉をひそめた。
その様子を見て、店主は少し楽しそうな顔になる。
「なんか取り憑いてるのかもしれないね。鳴る音には一貫性がないらしいんだけど」
「……と、言うと?」
「ただピーピー鳴るだけかと思えば、やたら綺麗な曲を奏でることもあるらしい。
気味が悪いって言う人がほとんどだけど、中には曲に感動した人もいたみたいだね」
「……」
「まあ、欲しいならもってお行きよ。
昼と言わず夜と言わずいきなり鳴り出すから、心臓に悪いかもしれないけどさ」
うっすらと笑いながら店主は言う。
「もしその笛に秘められた『何か』を解決できたら、ただの笛になるかもしれないね。
あるいはそのまま、自動演奏機だと思っててもいいかもしれないけど。
ま、それもこれもあんた次第さ」
最後の方は吐き出す煙と共に、吐息のような声で店主は囁いた。
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笛を手に取り、くるりと回した将太郎は、先端の穴からその中を覗いてみた。
「へ〜……勝手に鳴る笛、ねぇ」
当たり前かもしれないが、見ていても音の鳴る仕組みなどはまったく分からない。
そもそも、本当に勝手に鳴るのかどうかもにわかには信じられない話だ。
「御店主。……これ、タダ?」
眼鏡の奥から悪戯っぽく見遣ると、店主たる碧摩蓮はあからさまに眉をひそめた。
「バカをお言いでないよ。欲しいなら相応の対価をきちんと払っていきな」
「あ、やっぱり」
言われた途端、将太郎は肩をすくめた。
もちろん本気で無料だなどと思っていたわけではないので、素直に金額を尋ねる。
そして言われた額をきちんと払い、引き換えに将太郎はその不思議な笛を手に入れた。
* * *
何故それを買ったのかと、もし誰かに訊かれたら。
なんだか興味を惹かれたから、と答えるだろう。
勝手に鳴る笛。
もちろん気味が悪いと言えばそのとおりかもしれないけれど。
「この笛にも何か悩みがあるのかもしれないもんな」
そう呟いたときだった。
「ん……?」
微かに、震えるような音が耳元を撫でた。
「うわびっくりした! ――ほんとに鳴りやがった」
はっきりと驚きを感じながらも、眼は笛から外せない。
実際に体験してみてもまだ信じられないほどだ。
――奏でる者もいないのに、笛は確かに音を紡いでいる。
「しっかしこれはまたなんと言うか……」
知らず音に耳を傾けていた将太郎は、なんとも言えない気持ちになった。
笛の奏でているのは、胸が締め付けられるような物悲しい音色だったのだ。
「どうせなら楽しい曲のほうが良かったんだが……ま、そんなこと言っても仕方ないか」
やれやれと肩をすくめる将太郎。
「そうだな、上手く言えんが……死んだ恋人を想い続ける気持ち――みたいな感じか?」
切なく胸を揺さぶる音色は、静かに空(くう)を舞い、やがて消えた。
それからしばらく笛を眺めていたが、再び鳴り出すことはなかった。
「ふぅん……確かに何か曰くがありそうだな」
指先で突付くように笛を確かめる。
概観や感触には特に変化は無いようだ。
「明日にでもさっそく調べてみるとするか。何か分かるかもしれない」
恐ろしいとか気味が悪いとか、そういった感情は不思議と湧かず、
ただ将太郎の胸には純粋な好奇心が浮かんでいた。
「何かがあるなら、解決してやらんとな」
* * *
「……それ、ホントの話なのかい?」
顔馴染の骨董店店主は笛をいろいろ調べた後、胡散臭げにそう言った。
ひとりでに音の鳴る笛だ、と言った将太郎の言葉を頭から疑っているのがありありと見て取れる。
とはいえ、それも仕方の無いことであろう。
なにしろ将太郎とて笛の音色を聞いたのは、昨日の自宅でのあの一度きりなのだ。
今この場で鳴ってくれればこれ以上はないほどの説得力になるのだが、
笛にも鳴りたいときとそうでないときがあるのかもしれない。
「う〜ん、見たところ普通の笛にしか見えんな。申し訳ないが」
「そうか。分かった」
笛を受け取りながら短く礼を述べ、将太郎は骨董店を後にした。
*
その足で将太郎は図書館へ向かった。
街でいちばん大きな総合図書館だ。
蔵書の量と種類はそれこそ星の数と言えるほどの、知識の館。
「すまん、笛に関する本はどこらへんにある?」
単刀直入に尋ねると、司書は表情を動かさないまま手元のパソコンを操作した。
「十二番から十五番の棚が楽器に関する蔵書になっております」
機械的に答える司書に礼を言い、将太郎は目当ての場所に向かった。
そして司書に言われた十二番の棚を見上げた途端、思わず溜息が落ちる。
はっきり言って、対象となる書物の数は半端ではない。
しかしそれでも将太郎はくじけることなく、
ざっと見て笛と書かれている背表紙を片っ端から引き抜いていった。
まず目次や見出しを大雑把に読み、笛にまつわる逸話などの本だけを手元に残していく。
そうやって厳選していっても、最終的に残った本の数は軽く三十冊を超えていた。
「よし、こっからが本番だ」
頭をひとつ掻き、上に積まれた本から順に目を通していく。
流し読みでありながらも大体の内容は頭に入ってくる――が、
十冊を消化してもこれといった成果は見られなかった。
ちらりと時計を見遣る将太郎。
閉館時間まではあと三時間ほどだ。
この図書館は一度に十冊まで借りられるから最大限に借りていくとして、
あと十冊は読んでしまわなくてはならない。
「速読の技術でも身につけておくべきだったかな」
いささか呑気にそんなことをひとりごちながら、将太郎は次の本に手を伸ばした。
窓の外が薄闇に包まれる頃ぎりぎりに二十冊目を読み終え、その場で大きく伸びをする。
こんなに短時間でこの量の読書をしたことはさすがに初めてなので、
なんとも言えない疲労感が全身を取り巻いているのがはっきりと分かった。
しかし嫌な気分ではない。
それどころか、何が何でも解明してやろうという決意がますます固まったような気さえする。
「さて……とりあえず今日のところはこいつを借りていって――と」
残った十冊の本を律儀に借り出し、図書館を出る。
しかし将太郎はそのまま帰宅の途にはつかなかった。
「やっぱ時代はインターネットだしな。本とは違った情報が手に入るかもしれん」
将太郎が向かったのは、インターネットカフェだった。
夕刻過ぎということもあってかなり混雑していたが、なんとか一台は空いていた。
滑り込むように椅子へ身体を預け、電源をオンにする。
思いつく限りの検索ワードを入力し、出てくる情報を拾い読みしていったが
夜中に勝手に鳴る音楽室のピアノの話は出てきても、
ひとりでに音を奏でる笛についての情報は残念ながら皆無だった。
*
結局、数時間ほど手を変え品を変え検索を試みてみたが、有益な情報は得られなかった。
仕方なく帰宅し、夕食もそこそこに図書館で借りた十冊に目を通してみる。
しかし残念ながら、将太郎の望む情報はそこにも存在しなかった。
「う〜ん、収穫は無し、か」
知らず零れ落ちる溜息を止めることができなかった。
丸一日奮闘しても結果がゼロだったことが、将太郎の胸に暗い雲を漂わせる。
「しかし……まだたった一日だもんな。また明日から何か方法を考えるか」
ガリガリと頭を掻き、なんとか前向きに気持ちを切り替えてみる。
「……ま、最悪の場合は自動演奏機だと思うしか――」
いささか冗談めかしてうそぶいた、そのときだった。
――どうして?
「………ん?」
空気を柔らかく撫でるような、微かな声が耳をくすぐった気がした。
思わず辺りを見回すと、机の上の笛からまた昨日と同じ悲しげな曲が響いてきた。
――どうして、そんなに一生懸命になるのですか?
今度ははっきりと、言葉として聞こえた。
透き通るようで耳に心地良い、女性の声。
「……もしかして、おまえさんか?」
半信半疑ながらも胸のどこかで確信めいたものを感じながら、笛を手に取る将太郎。
その瞬間、悲しい音色が少しだけ大きくなった気がした。
――はい。わたしは遙か昔に命を無くした身ながら、今はこの笛に魂を寄せている者です。
荒唐無稽としか言いようの無いそんな告白も、何故かすんなりと将太郎の胸に染み込んできた。
勝手に鳴る笛などという現実離れした代物なのだ。
そこに何が存在しようと、今さら驚くことではないような気がする。
「なんか……深い事情がありそうだな?」
指先で笛を撫でながら、問うてみる。
しばしの沈黙の後、女性の声は小さく語り始めた。
今から数百年も前のこと。
この女性には恋人がいた。
だが、いろいろな事情で周りから猛反対された二人は、
ある日、駆け落ちを決意したのだという。
――あのひとと生きていけるなら、それだけでよかったのです。
誰も知らない土地で、静かに暮らしていけるなら……。
そう語る女性の声は、微かに震えていた。
なんとなくその先の展開も分かってしまったが、将太郎は黙って耳を傾けた。
――けれど、あの日は雨で。視界も足場もとても悪く、わたしは……。
言葉の切れ目で、また悲しい旋律が小さく響く。
――逃げる途中の崖から足を踏み外して転落し、命を……落としました。
逃げるとき懐に入っていたのがこの笛で、
無念から成仏できなかった魂がここに宿ってしまったのだと女性は語った。
将太郎は無言でゆっくりと息を吐いた。
顔も名前も知らない女性なのに、何故か不思議なほど胸を締め付けられる。
はじめにあの旋律を耳にしたとき、死んだ恋人を想う気持ちのようだと感じたけれど。
微妙な差こそあれ、それはあながち間違いではなかったらしい。
「……相手の男も?」
一緒に亡くなったのだろうか。
けれど女性の声は寂しそうにひとこと、いいえ、と呟いた。
――わたしを助けようと手を伸ばしてくれましたが、一瞬のことで……。
そのあと追手に捕らえられ、家へ連れ戻されたと風が教えてくれました。
「そっか……」
笛に指を滑らせながら、呟く。
と、女性の声が僅かに苦笑のような音を零した。
――あなたは不思議なひとですね。
「ん? そうか? なんで?」
――あなたの手に触れられていると、不思議と気持ちが穏やかになっていきます。
この笛と共に在るようになって以来、こんな心地になったのは初めて……。
ああ、と将太郎は思った。
クライアントや生徒たちからも言われたことがある。
門屋先生の手に触れられると不思議なほどに心が落ち着いていく、と。
自分ではよく分からないが、そう思ってもらえるのはもちろん悪い気分ではない。
「そうか。ありがとな」
――お礼を述べるのはわたしのほうです。
こんな話を静かに聞いてくれて、ありがとうございます。
「そんなこた別に構わんさ。……けど、なんで見ず知らずの俺に話してくれたんだ?」
それほどまでにつらい記憶を、言葉にするのはどれほどの痛みを伴ったろう。
だがそれを聞いた女性は、また小さく笑った。
――あなたが……あまりに必死だったから。
あなたなら耳を傾けてくれるかもしれないと……そんな風に思ったのです。
「はは、認めてもらえたってわけか。そいつは嬉しいな」
将太郎の頬にも笑みが浮かんだ。
と、それをすぐまた消して真面目な顔になる。
「そっか、でもつまり……あんた成仏できないからここにいるんだよな?」
――はい、そういうことになりますね。
「だったらあんたを――この笛を、ってことだが――寺に持っていって供養してやるよ。
その出来事からもう数百年経ってるんだろ?
あんたの恋人もとっくに天に召されてる。
現世(ここ)で彷徨っていないで、そいつのところへ行きな」
――そんなことが……できるのですか?
思いもよらなかった言葉を聞いたように、呆然と女性が呟く。
将太郎は自身たっぷりに頷いた。
「できるさ。あんたがそれを望めば」
――もちろん……ああ、もちろんです! まさか再びあのひとに逢えるなんて……!
途端、笛を取り巻く空気がそれと分かるほどに明るくなったのを将太郎は感じた。
「よし、決定だな」
* * *
翌日、知る中で最も大きな寺へ笛と共に赴いた将太郎は、
事情をかいつまんで話し、手厚く笛を供養してくれるよう頼んだ。
人のよさそうな住職はしっかりと頷き、丁重に笛を受け取った。
「あー、そのー……供養に立ち会うことってできるか?」
遠慮がちに申し出た将太郎に住職は不思議そうな顔をしたが、快く承諾してくれた。
将太郎は心底から礼を言い、住職についていった。
その瞬間を、どうしても見届けてやりたかったのだ。
偶然の出会いとはいえ、彼女の運命の片鱗に触れたのは将太郎にとって大きな出来事だった。
胸が締め付けられるようだった、悲しみに満ちた旋律。
だがきっと女性はいつも、愛する男には
もっと楽しくて美しい音色を吹いて聴かせていたのではないだろうか。
あんなに切ない音は、もう奏でる必要は無いから。
(どうかこの先は――想う相手と幸せにな)
あの世でも来世でも、きっと幸せは訪れるはずだと、願っているから。
――ありがとう。
耳元を撫でる風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。
あとに残った古い笛は、もう二度と悲しみを奏でることはないだろう。
〜END〜
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1522/門屋 将太郎/男性/28歳/臨床心理士】
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■ ライター通信 ■
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このたびはご依頼いただきましてまことにありがとうございました。
お届けするのが大変遅くなってしまいまして申し訳ありません…!
門屋様の持つ優しさや癒しの心を上手く表現できたか不安なのですが…
とても興味深いプレイングのおかげで、楽しく執筆させて頂きました。
ありがとうございました。
ご縁がございましたら、またよろしくお願い致します。
2005年4月 緋緒さいか・拝
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