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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


[ 足りない調味料 ―愛憎と調味料編― ]


「……遅い」
 脚を組み、右手はペンを持ち、左手の人差し指は机をトントンと叩き続けていた。
 その音は編集部中に響き。編集部員は俯き、慌ただしいはずの編集室では現在長い沈黙が守られている。
「遅いわ…三下君」
 やがてトントンと机を叩く指が宙で止まると同時、綺麗に組まれていた脚が解かれ椅子から立ち上がる。
「たかが幽霊病院如きの調査でどうして三日も帰ってこないかしら!? もう締め切りまで日もないってのに……」
 言いながら彼女が徐に取った書類は、今回月刊アトラス編集部編集長である碇麗香が、編集部員である三下忠雄を向かわせた場所について書かれた物である。
 元は結核病棟か何かだったのか…詳しいことは不明だが、既に廃病棟と化した病院の話は良くある事だろう。しかし今回麗香の下へ流れてきた情報は、本当に怪奇現象の類か疑いたくなるような内容であった。
「――その病棟には、夜な夜な調味料を求める幽霊が出る、と。病院で調味料求める幽霊って……あら?」
 ポツリ呟きながら、捲った最終ページに気になる一文を見つけ麗香はゆっくり眼鏡を押し上げる。
「調味料を持っていない場合……何らかの危機が訪れる――三下君、何か持っていたかしら?」
 天井を見つめ、そういえばメモとペンとカメラしか持たせなかったなと……麗香は編集室を見渡しながら、徐に電話にも手を伸ばした。

「――噂にたがわぬ……パシリっぷりなんだね、三下さん」
 麗香からの連絡を受け、電話を切ると共に出た言葉と浮かべた苦笑い。
 とは言え、放っておくことなど出来ないという心情が現在殆どを占めていた。
「でもなぁ、夜の廃病院ってちょっと……というか、かなり怖い気が、する」
 結局は麗香に言われた調味料の瓶を片手、準備をしながら彼は思わず項垂れるが、すぐさま勢いよく顔を上げ、拳を作ると声を上げる。
「いや、ここで見捨てたら男が廃る!! 絶対に助けますからね、三下さんっ!」
 思わず片足で床を踏み鳴らし、ガッと天井を仰ぎ言うと、一息吐き彼は出かける準備を始めた。
 胡椒に山椒、唐辛子に塩や砂糖等の調味料は勿論、カロリーメイトまでもをバッグに詰め込み。最後になんと言っても外せない今川焼き。
「……途中でいっぱい買っていこっと」
 手早く準備を終えると、既に日の暮れた外へと飛び出した。そして戸締りをしっかり確認すると、まずは白王社を目指す。


 数十分後。麗香の前に集まった四人は、書類を見つめたまま窓際に立つ麗香の言葉を待っていた。しかし余りにも長い時間待たされるため、それぞれはソファーで出された茶を片手に寛ぎながら自己紹介を始める。
「まずはあたし、ウラ フレンツヒェン。よろしく」
 最初に名乗り出たのはウラ・フレンツヒェン。ゴシック・ロリータでその身を包み、西洋・東洋どちらとも取れる容姿に加え、腰まで伸びた綺麗な黒髪と厚底ブーツが印象的な少女だった。
「人造六面王 羅火、じゃ。まぁ、よろしく頼むの」
 ウラに続いたのは人造六面王・羅火(じんぞうむつらおう・らか)。現在ライダースーツで身を包み、その足元にやたら大きなザックを置いている。じじくさい言葉遣いなものの見た目は二十そこら、この中では一番の年上だ。
「えっと、葛城ともえです。よろしくお願いします!」
 ソファーから立ち上がり、深々と頭を下げ挨拶をするは葛城・ともえ(かつらぎ・―)。元気いっぱいの声とその笑顔は、感染力を持つ。否、彼の場合元からもあるのだろうが……
「おれは葉室穂積! みんなで絶対に三下さん助けてあげないと!」
 やはりソファーから立ち上がり、ともえ以上に声を上げたのは葉室・穂積(はむろ・ほづみ)。彼の足元には形のいびつなバッグが置かれ、大事に抱える袋からはいい匂いが漂っている。勿論先ほど買ってきた今川焼きだ。
「そう言うにしてはおまえ、脚が震えてるじゃない?」
 しかしそんな彼に、ウラはお茶を片手にサラリと言い、ソファーに座りかけの穂積はもう一度立ち上がると正面に座るウラに言い返した。
「むっ……これは武者震いだよ!」
 穂積が再びソファーに座りなおすとほぼ同時、ようやく書類から顔を上げた麗香が皆の前に立ち言葉を告げる。
「さてと――まずは電話でも話したけどこれ、資料ね」
 言われ一同は資料へ目を通す。書かれているのはまず病院の場所――編集部から電車とバスで一時間程度――そして、一番後ろには病院の見取り図がA3紙に印刷され、丁寧に折りたたまれホッチキスで留められていた。
「ちゃんと見取り図つきとは、気が利くわね」
 言いながらウラはペラリと見取り図を広げ、なにやらチェックを始める。
「問題の件なのだけど、三下君を連れ帰ってくるのは勿論、ついでに調査の報告も後でしてくれると助かるの。よろしく頼むわよ」
 そして依頼を告げ終わり作業を始めた麗香に、四人はそれぞれ目を合わせると、ソファーから立ち目的地へ向かうことにした。

    ■□□□

 編集部を後にし移動すること一時間。着いた病院は遠目に見て確かに残っているが、辺りは多くの草木に覆われ、明かりなど一つもない。
 そんな場所へ向かい、皆は廃病院へと続く長く緩やかな坂道をゆっくりと登っていく。
 途中、左右に植えられた桜が風に揺れていた。短い桜並木道。その光景は、僅かながら今の四人を和ませてくれた気がした。

 バキッと、入り口に足を踏み入れた瞬間何かを踏んだ音。
「大分散らかっとるのう」
「うん、厚底履いて来て正解だったわ」
 言いながら平然と木材を蹴り飛ばしガラスを踏み、中へ入っていくのは羅火とウラ。それに続きともえと穂積も中へ足を踏み入れた。
 狭い敷地に立っているものかと思われたが、本館と別館に分かれるこの病院内部は意外に広い。見取り図に書かれているのは一階から三階まで、そして屋上。一階に外来、二階に病室・ナースステーション、別館に外来と食堂・調理場。三階は病室・ナースステーションと手術室。入り口は此処一つの造りだ。
「うっわー、暗いなー……なんも見えないよ」
 辺りを見渡す穂積の言葉が終わる前、何かに気づいたともえが足を止めた。
「えーっと――ナンか見えちゃった、かな?」
 ポツリ呟き、二階へ続く階段を見つめるともえに、他の三人は一体何を見たのか問いかける。その答えは簡単なもので、変なものが見えた、ということだ。もっとも、その"もの"と言うのはたまたま同じ方向を見ていたウラは見ていない。
 目の錯覚かと問えば、ともえは「多分幽霊ってヤツかも?」と小首を傾げながらも答え、同時に自分は後を追うと告げてきた。
「おれも行くよ! 誰か居るなら会って話も聞きたいし」
「うむ、わしも行くかの。ぬしに着いていけば何かしらに出会えそうじゃし、こりゃ早々に戦り合えそうじゃのう」
「あたしは悪いけど独りで行動させてもらうわ。何かあったらちゃんと知らせるからね」
 ともえに続き穂積、羅火が同行を告げ、ウラが単独行動を告げる。
 待ち合わせ場所を決めるべきか考えたが、動き回ってればそのうちどこかで合流するだろうという考えもあり、結局そのまま四人は二手に分かれた。
 ともえを先頭に穂積と羅火が向かうは二階だ。

    □■□□

 多くの木材やガラスの散らばる階段を上りきり二階に到着すると、そこは一階よりは少し明るい…そんな気がした。
 よく辺りを見渡せば、割れた窓から注ぐ月明かりにこの辺りは包まれている。そんな今宵、空に浮かぶは弓張月。
「えっと、どっちに行ったかな?」
 辺りをきょろきょろと見渡すともえの隣、穂積は床に散乱していた医療器具の一つであるメスを拾い上げた。既に錆び付き試しに親指に刃を宛がうが、やはりざらざらしていて切れる物ではない。
「……」
 しかし少し思い悩んだ末、穂積は瞳を閉じメスに神経を集中させた。触れた物体の記憶を読み取る、サイコメトラーとしての能力を持つ穂積は、何か深い考えがありその過去を読み取ろうとしたわけではない。しかし、そこには意外な情報が含まれていた。
 一つは二三日前、これに触れた人物が居た。紛れも無くそれは忠雄だった。しかしそれよりも遡る事二十年近いのか……このメスは人を傷つける道具として使われた。決して手術の利用としてではない。何人もの人間がこれで怪我を負わされ、ある者は殺された。
「っ……っはぁ…な、なんだよ、コレ…!?」
 思わずそこで読み取ることを止め、穂積は頬を伝う汗を拭い取る。
 羅火はそんな二人から一歩離れ、二階の様子を見渡していた。
 その時…‥
「居た! 居ましたよ!!」
「わわっ!?」
「なんじゃ、一体誰がじゃ!?」
 ともえの声に背を向けていた羅火は勢いよく振り返り、穂積は思わず手の中の物を落とした。辺りにはカチャンと、メスの落ちる音が響く。
「あそこ、今気づかれちゃって逃げようとしてますけど……えっと、追います?」
 羅火を振り返り確認するともえに、彼は勿論のこと穂積も頷いた。同時に迷い無くともえの走り出すは、外科病棟病室方向。見取り図によれば手前は大部屋、奥まで行くと個室が有る。
「こんな場所に一体誰が居るんだろうねー? 話し相手探してるだけー、な人だったらおれ相手してあげられるんだけどな」
 僅か楽しそうに呟く穂積に、先行く姿が見えているともえが苦笑いを浮かべ、羅火は笑って見せた。
「徴兵逃れで醤油を飲み続けて死んだ――そんなあほう者の幽霊じゃったら呆れるのじゃがのう。時代的に有りえんかの」
 言った言葉の意味。それはともえと穂積にはよく判らず、二人は走りつつも首を傾げた。
 薄暗く乱雑とした廊下には三人の足音と何かを蹴り飛ばす音が響き、次第に暗闇に慣れてきた目は、様々な様子を映し出していた。
 メスを始めとした手術道具が散乱している廊下。注射や新聞紙まで落ちている。見間違えであれば良いが、得体の知れない黒い染みも見えた。
 そして何故か、壁に突き刺さっていた注射。それに僅か触れた途端、何故か勝手に流れ込む凄惨な記憶。
「――うわっ、嘘だろ!?」
 先ほどのメスと同じような状況が垣間見えた。もっともこっちの情報はそれ以上読み取ることは出来ず、振り返る気も起きなかったが。
「っ、病室に入りました!」
「どこじゃ!?」
「っと、羅火さん!?」
 何らかの存在が病室に入ったことをともえが叫ぶと、羅火は俊敏な動きで穂積の横をすり抜け、彼女の真横に並んだ。
「そこ、多分305号室って書いてある部屋です――って、他にも誰か居ますよ!?」
「……むっ」
 言われるなり急停止した羅火に、負けずと追いついた穂積はぶつかりかける。
「わわっ!? ちょっ、急に止まん――な……っ?」
 しかし文句を呟きかけたその言葉は、途中で静止した。視線の先の光景に思わず、と言えばいいだろうか。
「……嘘っ!?」
「なんじゃ…この有様は?」
 それはともえだけが見ている光景ではなく、羅火も穂積も目の当たりにしていた。錯覚かと思い目を擦るが状況は変わらない。その部屋だけが、どうしてか特別だった。
 荒れた様子は何一つ無く、こんな病院の中でその部屋だけが病院として機能している…そんな印象を受ける。
 患者は四人ばかり。明るく看護婦と会話をする様子は、この病院が廃病院となる前がそのまま蘇ってでもいるのか。
 そんな中、ともえは一歩を歩みだした。向かうはこの大部屋の中央に立つ看護婦。今は羅火と穂積も、ともえが追っていたその看護婦を目で見ていた。
 しかしそれ以上に穂積が気になったのは、現在ベッドの上に起き上がり、寂しそうに窓の外を眺めている一人の男性だ。歳の程は四十も近い程か。窓の外といっても、そこは木々に塞がれ景色など欠片も見えない。その向こうに彼は何を見ているのか……気になりそっと近づいた。
「こんにちは。いやこんばんは、かな?」
「……なんや、人間の若僧めが」
 男は窓の外を眺めたまま、穂積には興味関心もなさそうに言う。その言葉には微妙な関西弁が混じっていた。
「うっ、おれ穂積って言うんだ。おじさんは? 外、なんか見える?」
 一瞬怯みながらも、穂積は自己紹介と質問を次々とぶつける。そしてベッドに片手をつくと男の顔を覗き込んだ。多少厳つくはあるが、どこか温かく見える顔だった。
「わいは一人でいたいんや。放っとけい」
 しかし穂積を突っ返す言い方は変わらず、顔を覗き込まれ背ける仕草は完全に壁を作っている。
「でも……なんか寂しそうに見えるよ? おれでよければ話し相手になるし! あ、よかったらコレ食べる? 今川――」
「御座候か、一個くれや」
「えっと、それって大阪辺りの呼び方?」
 言うと男が嬉しそうに頷いたのを穂積は見た。しかしその表情はすぐさま、元のぶっきら棒で無愛想なものに戻ってしまう。
「ん、幽霊って食べられるの?」
「今の間だけはな。ほれ、よこせ。それが美味けりゃ相手の一つでもしたるわ」
 それじゃあと、穂積は片手で抱える袋からお勧めのうぐいす餡を出し手渡した。
「どう、おいしいでしょ?」
 言葉は無いが頷く男に穂積は喜び、「おれもっ」とベッドの隅にと腰掛け、袋の中からやはりうぐいす餡を一つ出しぱく付く。その後ろ、男は既にそれを平らげ横目で穂積を見た。
「――穂積とか言うたか。姿勢ええやん……歳なんぼや?」
 ベッドに腰掛けながらも決して猫背にはならず、常に背筋の伸びている穂積が気になったのか男は言う。
「十七の高二。姿勢は弓道のおかげかな?」
 しかしそれ以来、言葉を失った男に穂積は食べかけの今川焼きを食べきり呑み込むと、再び男が見つめていた窓の先を見た。暗く、一筋の光も差し込まぬその先。もう少しすれば月明かりが差し込むかもしれない。もし、木々の間に隙間があれば。
「――やっぱり、その先には何か見えるの?」
 不意に、もう一度紡ぐ言葉。今度はすぐに流さず、俯きため息を吐く男。
「そうやな……自分に見えんでも、わいには十八年前の桜が見えとるわ」
「十八年、前?」
 男は重い口を僅か開く。
 全ては家族を医者に殺された――そんな考えを持った男が十八年前のこの時間、一人で引き起こした出来事だった。執刀医は勿論、担当看護婦や同室だった患者、挙句には目に付いた人物を手当たり次第に殺して回ったという。そのおかげでこの病院は此処まで追い込まれ。
 今、穂積の前に居る彼も単に巻き込まれた患者の一人に過ぎない。
「桜がなぁ、綺麗な朱に染まっとった……今もそれが目に焼きつい――」
「そんなのダメだよ!」
 男の言葉を遮り穂積は力強く言った。そして今川焼きの入った袋をベッドの上に置くと、立ち上がり窓際へと歩み寄る。
「もっと……もっと外は綺麗だからさ! 今ならきっと夜桜が、今日の月は盃みたいで……すっごい綺麗だった。だからっ――」
 割れた窓。既に中に入ってきているような小枝もあった。不躾かとは思ったが、窓枠に足を掛けると目の前の枝をパキパキと、手ごろな物から折っていく。男は呆気に取られ、何事かという様子で穂積を見ていた。
 やがて開けていく視界。微か、星空の覗いた窓。本当に微かだが、木々の間から覗く星空と月、桜の一部はなんとも不思議な光景だった。
「十八年前がどうだったかおれにはわからないけど、今は今でこんな綺麗な景色があるってこと…知っておいて欲しいな」
 足を下ろすと、穂積は両手をパンパンと叩く。掌を見れば木の枝で多少の擦り傷が出来てしまったが、弓を曳くことに問題は無いだろう。
「この世話焼き小僧が……わいを成仏させてくれる気やったらな、根本をどうにかし」
「根本?」
「此処の全てを解放するには、たった一人を停止させるだけや。そいつはわいたちとちごうて、夜の間はずっと病院におる。出来るもんならどうにかしてみ……今みたいにしゃかりきに、な」
 穂積が頷くと同時、男の体を薄い光が包み込んだ。
「もし自分がやってみせれば、明日わいはもう此処に現れへん。現れたら恨むわ。ほな、御座候美味やったで――」
 言葉と共に辺りは光に包まれ、それが収まる頃病室は元の廃病院の一部に戻った。
 ともえと羅火も変化に気づき顔を上げる。
 夢のような時間だったが、今この時間、確かに得た物は多かったはずだ。天井を仰いだまま感傷に浸っているとともえに呼ばれ、穂積はそちらに駆け出した。

    □□■□

 ともえの話によると本館地下に居る看護婦が全ての元凶らしい。調味料を求めているのも彼女、忠雄を捕まえているのも彼女、と言うこと。
 三人揃って一階まで戻ったとき、丁度いいタイミングで正面から来たウラの姿にともえが手を振った。
 互いの情報交換の結果、共に行く場所は地下で一致する。
「問題は地下室とやらが何処にあるか、じゃな」
 見取り図を広げた羅火にウラも同意した。そこには描かれておらず、しかし確かに存在するらしい地下室。
 紙と対面する二人とは別に、ともえと穂積は辺りを見渡しそれらしき場所を探すことに専念している。が、不意にともえの片手が上がった。
「あのぉ、ごめんなさい」
「え、もしかして?」
 控え目な言葉だったが、何処か見据えているともえの視線に気づき穂積が問う。彼女はゆっくり頷き皆を見た。
「あたし……また見えちゃいました」

 今目の前にある地下室へと続く扉。それだけは恐らく当時のまま残っており、尚且つ目立たない場所にあった。
 ともえが聞いた話では霊安室だったと言われるだけあり、やはり人に見られると不味いと言うのがあるのだろう。とは言え、十分目立ちそうな外来診察室、そこにまぎれた部屋の一つ。その裏口から行けた地下室は、少しじめじめしていて黴臭い。
 階段は意外に狭く、結局結局ウラ、穂積、ともえ、羅火の順に一列に並んで降りていくことにした。恐らく階数にしたら今下りている階段は二階分の長さだろうか。やがて階段を下りきり一枚のドアの前で立ち止まった。
「開けるわよ!」
 ウラの声と同時、開けられたドアはギィッと嫌な音を立て。その先に見たのは、何十何百と灯る蝋燭と――
「あ、サンシタね。調味料求めてるヤツはどこ?」
「三下さん!!」
「大丈夫ですかっ!?」
「なんじゃ? 戦り合える相手はどこじゃ?」
「うわぁん、みなさぁん!!」
 五人の言葉がそれぞれ入り混じり、狭いらしい地下室に煩いほど響き渡る。
「皆さん、塩ぉ! 塩は有りますかぁ!?」
 発見されるまで床に寝転がっていた状態の忠雄は、慌てて起き上がると同時喚き散らし、眼鏡の下から涙まで流し懇願するかのように言った。まるで彼が調味料を求めていると言う幽霊だ。やつれているようには見えないが、蝋燭に照らされた顔は相当青白く見える。
 ウラとともえは生憎それを持たなかったが、穂積と羅火は互いに頷いている。
「じゃ、じゃあ…早くそれ持ってその看護婦さんに渡してくださいよぉ」
「その?」
 羅火と穂積の声は綺麗にハモリ、向いた視線もほぼ同時。その先に映し出したものも勿論同じだった。
「――いらっしゃい」
 一体何時の間に彼女はこの部屋に居たのか。部屋の中央、丁度忠雄の真後ろに、今一人の看護婦が立っている。その片手には注射を持ち。もう片手には壊れた血圧計を持ち。にっこり微笑んでいた。実年齢の分からない、すっかり痩せこけた顔で。
「持っているなら頂戴、お塩」
「あ、はいこれ!」
 看護婦の言葉、素直に塩の瓶をバッグから取り出し手渡そうとした穂積に、ウラが一歩前に出ると同時制止の声を上げた。
「ちょっと待って! おまえが塩を求める理由はなんなの?」
「……どうしてそんな事を? 私が此処で何しようと勝手でしょ? 貴方たちなんて、勝手に踏み入ってきただけなのに」
 そして看護婦に問いかけるが、すぐさまそれに答えることは却下される。
「勝手じゃないです! 三下さんを探しにきましたから!」
 確かに勝手に踏み入ったのは事実だが、問題はそれ以前にあると、今度はともえが主張する。
「このさんした、を? そんな役立たず、塩が手に入るならいらない…それに、もっと若くてイイ男が来たし」
 そう、彼女の視線は穂積へと向けられた。しかし向けられた本人はその視線の意味に気づかず、塩の瓶を片手に持ったまま看護婦とウラとを交互に見る。
「……ヒヒッ…言わないなら、おまえの欲しい塩が鉄屑になるわよ?」
 言いながらウラは穂積の手の中から今、素早く奪い取った塩の蓋を開け、中身を少しだけ掌に出すと一度握り締め……それが開かれたとき、手の中から出てきたのは勿論光る鉄の砂。塩を金属へと変えたのだ。
「わぁっ!! すっげー! 手品みたいだね!」
「っ、おまえね…そんな安っぽい物と一緒にしないでよ!」
 しかし塩をそんな形に使われた本人はその様子に酷く感動し、ともえもその光景に見入っている。羅火は四人から一歩離れ、今は関係ないといわんばかりに頭を掻いていた。

 結局何が決め手だったのか。確実にウラがして見せたことだとは思うが、一同は今居る部屋から更にドア一枚向こうの部屋へと案内された。今まで居た部屋よりも広く、多くの木箱があった。言うならば棺桶に似ている。そしてそこもやはり蝋燭の灯りに照らされていた。
 彼女は何も語らない。ただ、その中の一つを悲しそうに見据えていた。
「一体……どうしたんですか?」
 思わずともえが問いかけると、彼女は皆に背を向けたまま。棺桶の一つを開けた。
「遺骨、にしてはなんじゃ? 放置されて白骨化したような」
「しかも二体、ね。面白い! 一つはおまえの物?」
 ぼろぼろの看護服と白衣を着ている骨の姿は、何処かドラマで見るような光景だった。そして不謹慎にも単刀直入に言うウラに、問われた看護婦は苦笑いを浮かべながらも頷いた。
 ゆっくりと開かれる口。そして知る。二人は十八年前此処で亡くなったと言う事。彼女が彼を殺し、此処に隠したと言う事。しかしその後、病院内を無差別に殺しまわった男により彼女も命を絶たれ此処で尽きた事を。
 だがそれでどうして塩なのか。自分たちの成仏の為の塩かと問えばそうでもないらしい。ならばと続きを問うと、彼女は切なげな表情でただ一言――
「私は生前彼を清めていた。塩で…全身を毎日揉んで。その途中、殺された……揉み足りない――」
 異常な答えが返ってきた。
 それに対する答えは誰の口からも出てこないが、代わりに穂積が一つ質問を投げかける。
 塩を渡さなければどうなるか、返ってきた言葉は「力尽く」のただ一言。
「おもしろい。わしはそれで願うところじゃ。このまま塩だけ渡して帰るのはちと無駄足でのう」
 ようやく面白そうに、後ろに立っていた羅火が前へと出てきた。
「ぬし、腕には自慢があ――っと、これまた突然じゃの」
 羅火が彼女へと近寄った瞬間風を切る音。羅火は何かを避けるが、当然避けたものは後ろにいる四人の方へと向かってくる。
「わっ、危ないなあ!!」
「ちょっ、と! 危ないわよ!」
「――っ!? 危ないっ!!!!」
「ひいいぃっ!?」
 口々に声に出し、飛んできた何かが落下……否、突き刺さった壁を皆で振り返った。壁にはメスが。そして突き刺さった衝撃の大きさとでも言うのか、未だビイィンと音を立てながらそれは揺れている。しかしどうしてそれが皆を避けて壁にあるのか……。明らかに途中、何かにぶつかり弾き返されたような音を四人は聞いた。
 皆が不思議に思う中、ただともえ一人が自分の両手を見つめ目をぱちくりさせている。
「それだけかの?」
 羅火が遠くで挑発するかのよう言えば、次は注射器が飛んでくる。実に看護婦らしい攻撃法だろう。ただし仮にも元・看護婦。職業道具を武器にするのは如何なものかと疑問に思うが、よくも考えればニュースの中で看護婦が注射器を使い殺しなど見た覚えもある。まぁ、そんなもんなのだろう……。
 恐る恐る点滴針に触れると、目の前の看護婦が笑顔で患者算としゃべっている姿が見えた。
「……そっか、元はやっぱり優しい人なんだね――」
 小さく呟く穂積の声はこの状況の中誰にも聞こえない。
 しかし、やがて次々と飛んでくるメスや注射や点滴針は、時折四人の服を切り裂き頬を掠め。大怪我さえ無いが、幾つかの掠り傷を負い始める。
 そんな中でもたくましく生きるのが穂積だった。飛び交うメスと注射器の嵐の中、此処まで守りきってきた今川焼きの袋を再び開けると、忠雄にはカロリーメイトとセットで勿論のこと、ウラとともえに「どうぞ」と今川焼きを手渡す。途中、手渡し途中のそれに点滴針が刺さったときは心底驚いたが……。
 全ての攻撃を避けていた羅火だが、やがて後ろに被害が出てきていることを察知してくれたのだろう。少し振り返るなり地を蹴った。元々さほど距離の無かった二人。それが恐らく目と鼻の先まで迫るが、四人からは正確な遠距離感が掴めない。
 そのまま唐突に彼女の頭上を飛び越え後ろに回った羅火は、そのまま彼女の首に片手を回し締め上げた。
「しかしぬし、何時までも塩揉みして成仏せんつもりか? ぬしの強い恨みみたいなもんが晴れんと困るんじゃがの」
「…くっ……っぁ、なたには関係な、い……」
 首を絞められ、挙句羅火に体を持ち上げられ始め。看護婦の足は地を離れ、ばたついた。
「わしはよくても、この病院には大勢の成仏できん輩がおる。恐らくぬしは無意識に全員を縛っとるんじゃ。ちいと気になる輩も居ての、皆揃って大人しく成仏してくれんかのう?」
 言いながら羅火は、首を絞めていたのとは逆の掌を開く。その中にはいつの間にか白い粒子――塩、一握りがある。
「遺骨は後で誰かに葬りを願おう。勿論、二人揃ってじゃ」
「でもっ、成仏しても…彼と結ばれるわけじゃっ、ない……ならば、此処で‥揉んで……いたい」
 その考えは十八年間変えようの無かったもの。
 しかし会話を聞いていたウラが不意に思い立ったかのよう立ち上がり、二人の下へと歩み寄った。
「――なら、コレを使えばいいわ。塩の代わり、特別にあげる。だから消えなさい? もう此処に用は無い筈だわ」
 しかしそれを見た看護婦の目の色が確かに変わったのを皆は見た。
「むっ!?」
 終いには締め付ける羅火の腕の中からするりと逃れ、看護婦はウラの元へと駆け寄っていく。
 今は空っぽになってしまった腕を見つめ頭を振ると、羅火は息を吐くと同時に肩を竦めた。
「ま、不本意じゃがこれで終わるなら――それもありかのう」
 そう言った彼の背中。近づいた穂積は「お疲れ様」と今川焼きを手渡した。その袋は、いつの間にか今の分を最後に空っぽとなっていた。

    □□□■

 看護婦の消えた部屋。そこには五人と、ただ白骨化した遺体が残る。
 最期、彼女は哀しい笑みをようやく消し、静かに消えていった。羅火は開けてしまった塩の袋をしっかりと縛りながら、ウラにあれは何だったのかと問う会話に耳を傾ける。
 それは途中、自分が出会った薬剤師が役に立つはずだとナツメグから作ってくれた媚薬だと、ウラは言った。あの薬を使い、恋人をあの世で自分の虜にしてしまうのかもしれない。
 揃って一階へと上がり、出口付近。空はいつの間にか朝を知らせる色へと変化していた。闇は消え、光が上る頃。
「もうそんな時間なの!?」
「あ…あたし寮抜け出してきたんでした……」
「うわー、朝練あるのにっ! これじゃ寝れないよ!?」
「帰ったら朝食の準備じゃのお」
 呟きながら、五人揃ってまずは白王社に忠雄を返しに行くことにした。
 途中、桜吹雪舞うその坂道で…‥
穂積は看護婦と医者――恐らく恋人、と関西弁交じりだった男が並び手を振る姿を見た。
 桜の前に立っていた三人は、やがて天へと昇りゆっくりと消え。
 その光景に、穂積は大きな声でさよならを告げた。


 ――後日
 病院は取り壊しが決定された。それから数ヵ月後、その地は一度更地となる。
 しかしそれから間もなく、新たな工事が始まり、今そこは…‥

「元気にしてた? 今川焼き、持って来たよ! 今日はやっぱり……うぐいす餡!」
 袋一杯のまだ温かいそれを穂積は一つの墓石前に置いた。
「あ、おれも一緒に食べていい? んぐ、やっぱ美味しい…あ、実はこないだ新発売の今川焼き見つけたんだけどさ、その中身がなんとっ――――!」


 そこは今 桜の木々に囲まれた墓地となっている――…‥

  〔fin..〕

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手]
 [1538/ 人造六面王・羅火 /男性/428歳/何でも屋兼用心棒]
 [4170/  葛城・ともえ  /女性/16歳/高校生]
 [4188/  葉室・穂積   /男性/17歳/高校生]

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■         ライター通信          ■
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 お疲れ様でした! 長々となりましたが、何処かしらお楽しみいただけていれば幸いです。
 ご挨拶が遅れましたが亀ライターの李月です。この度は足りない調味料、ご参加ありがとうございました。
 今回2部隊進行となりましたこのお話。後に来られましたこちらの四人はプレイングや能力より少々戦闘寄りになりました。突っ込んでいったのは羅火さん、実はサポート(バリア)でともえさんとなってます。少々掠り傷や人によっては怪我を負っていますが、すぐ直るものですのでご安心ください!
 共通部分もお一人お一人にあわせ出来るだけ変化させてあります。個別部分がかなり多くなってしまい、得ている情報に大差はありませんが、それぞれ色々な物語で進行しました。時間のお許しする限り、他のと併せお楽しみ頂ければ幸いです。
 と、極力注意していますが、誤字脱字、説明違い等ありましたら申し訳ありません。気になりましたらお知らせください。

【葉室・穂積さま】
 初めまして! ご参加ありがとうございました。大好きな年代の男の子なので、とても楽しく書かせていただきました。が、元気すぎにさせてしまったか…と、やや不安の残るところで。口調・行動・考え方(特に途中個別部分ですね..)等、こんなの違う!と言うのがありましたらお気軽にどうぞ。
 そして正解の塩をお持ちいただきありがとうございました! 少し使われた上、結果的には必要無くなってしまいましたが、手ごろな塩がありとても助かりました。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼