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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


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 「おい、クロ」
 それは、とある日の昼下がり、店はまだ開店前で、そこには黒鳳と玲璽しか居なかった。いつもの玲璽の声に、俺はクロじゃないと反論しようと振り向いた黒鳳だったが、そんな玲璽が、いつもとは何か違うような感じがしたので、首を浅く傾げて、そこに立つ男の顔を見た。
 「なんだ、レージ」
 「ほらよ」
 無造作に投げられたそれを、黒鳳は反射的に両手の平を皿にして受け取る。それは鈍く銀色に光る指輪だった。髑髏をモチーフにしたもので、いつも玲璽が右手の中指に嵌めていたものだ。受け取ったその指輪はまだほんのりと暖かく、ついさっきまで玲璽の指に収まっていた事が容易に知れる。黒鳳は、その厚みのある指輪をころころと手の平で転がしながら、視線を玲璽へと戻した。
 「…なんだ、これは」
 「なんだ、って指輪も知らねえのか、おまえは」
 「それぐらい知っている!」
 激昂して怒鳴り付ける黒鳳を、玲璽は軽く声に出して笑いながら分かった分かったと適当にいなす。まだむくれている黒鳳に、玲璽は未だ笑いながらも、女の手の中にある髑髏と、女の顔を交互に指差した。
 「おまえにやるよ」
 「俺に?」
 どうしてだ、との意図を込めてそう黒鳳が聞き返すと、玲璽は少しだけ考える。小さく口許で笑い、目を細めた。
 「お守り、だ」
 「…お守り?」
 何の、と付け加えて黒鳳が問う。ニヤリ、とさっきのとは全然違った類いの、意地悪な笑みを浮かべ、玲璽が言った。
 「安産祈願」
 ガツ!
 鈍い音がし、黒鳳の拳が玲璽の顔面で炸裂した。どんがらがっしゃーんと派手な音を立てて玲璽が後ろにすっ転ぶ。倒れた椅子の下敷きになっている玲璽は無視して、黒鳳はそのままスタスタと店の奥へと消えていった。


 カーテンを引いたままの薄暗い部屋の中、黒鳳は部屋の隅で両膝を抱え、しゃがみ込んでいる。抱き込むようにして己の身の近くへと引き寄せた両手の中には、先程、玲璽に貰った髑髏の指輪があった。
 この指輪を見るのは勿論初めてではない。だが今までは、玲璽の指に嵌まっているのを見ていただけだから、こんなに近くでじっくりと眺めるのは初めてだ。片手の平の上に乗せ、逆の手の人差し指で指輪に刻まれた模様をなぞる。さっき、鈍い色だと感じたのは、この指輪が安物だからではないようだ。ちゃんとした純銀製なのだが、以前は滑らかであっただろうと思われる面にも細かい傷がいっぱい付いていて、その所為で、充分に光を反射できないだけのようである。いつ頃から身に着けていたものかは知らないが、かなり年季の入っているものだと言う事は分かる。
 「…こんなキズモノ、俺に寄越して……」
 そう呟く黒鳳の表情は、言葉程には玲璽を罵ってはいないようだ。寧ろ、その口許にほんのりと浮かんでいるのは明らかに笑みであって、黒鳳は、この玲璽からの予想外のプレゼントを、心から喜んでいたのだ。…ただ、それを素直に表現できない…と言うよりは、黒鳳自体、自分のその気持ちに気付いていないと言うか。
 黒鳳は、その指輪を自分の右手中指に嵌めてみる。指輪は何の抵抗もなく、すとんと黒鳳の指の付け根まであっさり落ちた。
 「…大きい」
 黒鳳が呟く。それは男の玲璽の指に普通に嵌まっていたものだ。嵌めていたのをそのまま抜いて投げて寄越したのだから、女の黒鳳には大きくて当たり前だ。
「指輪のサイズぐらい、確かめてから渡すもんなんじゃないのか、フツー…?」
 そうは言ってみたものの、黒鳳も、世間一般的な男から女へのプレゼントのお約束を知り尽くしている訳ではない。第一、この指輪が、どのような意図で自分に贈られたのかさえ、黒鳳には解らないのだ。
 指輪を嵌める指には、それぞれ意味があるのだと誰かに聞いた。五本の指、その全ての意味を覚えている訳では無いが、少なくとも、左手の薬指にする指輪は婚約、そして結婚の証なのだとか。もしも、玲璽がそう言う意図を持ってこの指輪を俺にくれたのなら、俺の左手薬指に合うサイズで渡してくれないと俺としても……
 「…って、何を考えているんだ、俺は!」
 ぶるぶると頭を激しく左右に振り、黒鳳は荒々しい溜息をついた。ついうっかり、訳の分からぬ妄想に引き込まれそうになり、ついでに、そのシーン(どうやら、玲璽が黒鳳の前に跪いてプロポーズしているシーンだったらしい)を想像してしまい、羞恥と動揺に思わず悶絶してしまいそうになったのだ。室内には誰もいないのに、思わずきょろきょろと辺りを気にしてしまう。自分ひとりである事を再確認して、ふーっと深く長く息を吐いた。
 「と言うか、さっきそう言えば俺が殴り倒した後…」
 椅子に埋もれた玲璽が、掠れた声で『ホワイトデーの…』と何か言い掛けたような気がする。
 「ほわいとでー」
 黒鳳は思い起こすよう、その言葉を声に出して繰り返してみる。そう言えば、この間テレビで観たような気がする。女が男にチョコレートを渡すのがバレンタインデー。そして、その礼に男が女に高価なプレゼントを渡すのが、ホワイトデー(かなり見解の偏っている情報だが)
 「…この間の礼か……」
 思い当たる所がある黒鳳は、天井を仰いでその時の事を思い出す。それは、今から約一ヶ月前の事であった。

********************

 「レージ」
 「あ?」
 呼ばれて玲璽が振り向く。その鼻先に、何か茶色い板状のものがずいと突き出された。
 「なんだ、こりゃ」
 「見て分からないか。チョコレートだ」
 「んなこたぁ分かってる」
 鼻に皺を寄せて不満げな表情を作り、玲璽が差し出されたチョコレートと黒鳳の顔を見比べる。黒鳳に言われずとも、それがチョコレートである事は一目瞭然だ。そのうえ、今日がバレンタインデーだと言う事も分かっている。さっき店のママに、バレンタインだからとアーモンドチョコを一粒、有無を言わさず口の中に捻じ込まれた所だ。だが。
 「…一応聞いておくが、これはバレンタインのチョコレートか?」
 「そうだ」
 「…おまえなぁ……」
 玲璽が呻いて額を押さえる。今すぐ受け取れと言わんばかりに差し出されたままのチョコレートを受け取り、まじまじとパッケージを見る。茶色い包装紙に『CHOCOLATE』なる金色の文字。薄っぺらいその長方形は、それがチョコレート以外の何かに間違えようもないくらいのチョコレートそのもの、俗に言う板チョコだったのだ。
 「あのな。一応教えといてやるが、バレンタインのチョコにこれはねえだろ」
 「……。何故だ?」
 きょとんとした目で玲璽を見詰める黒鳳の瞳は、いっそ無邪気と言っていい程、罪の意識がない。
 「おまえ、これをどこで買ったかは知らねえが、この時期、コンビニに行こうがスーパーに行こうが、どこもかしこもバレンタイン向け商品が山積みされているだろうが!こんな、色気も素っ気もねえヤツじゃなくて、こう、ハート模様付きの、ピンクとか黄色とかの包装紙でちんまりとラッピングされた…」
 「……レージ、おまえ、そんなシュミがあったのか…」
 「ある訳ねえだろ!」
 見てはならないものを見た目で退き掛ける黒鳳に、玲璽は思わず怒鳴り付ける。もうイイ、と無言で片手をひらりと振った。
 「クロに、人並みの常識を求めた俺が馬鹿だったぜ…これは有り難く貰っておくよ」
 サンキュ、と付け足して玲璽は板チョコをシャツの胸ポケットにしまう。片手をひらひら振りながら、酒の在庫を確かめに店を出て行ってしまった。

********************

 その時の顛末を思い出し、黒鳳は思わずくすくすと小さな忍び笑いを漏らす。あの時のチョコの代わりに貰った、玲璽の指輪。それを指先でくるくると回しながら、黒鳳は目を細めた。
 「…レージの馬鹿め、本当に俺が、何も知らずに渡したと思っているのか……?」
 黒鳳の囁き声が聞こえたのか、銀の髑髏がきらりとオレンジ色の夕陽を弾いた。


 「っしょ、と」
 掛け声つきで玲璽は全て空瓶になったビール箱を、店の裏口横に積み上げる。息を一つ吐くついでに肩をぐるりと回し、閉めた扉の外側の面に背中を預けて夜空を見上げた。
 何か物足りないような気がして、玲璽は自分の右手を持ち上げ、眺める。そこにいつも嵌まっていた髑髏の指輪は、もうない。あるべきところにあるべきものが無いから、どうも手持ち無沙汰のような気がするらしい。
 「…普段はそれ程、気にしちゃいなかったんだがなぁ…」
 無くなってみて、改めてその存在を思う。何かに似ている、と玲璽は思った。
 「そう、それは愛……なんつって」
 ニャー。
 ひとりで冗談を言ってひとりで笑っていると、不意に足元から猫の鳴き声が聞こえた。まるで、自分の冗談を咎められたような気がして、玲璽はその場にしゃがみ込み、痩せた子猫の額を指先で撫でた。
 「なんだよ、猫の分際で俺の意見に反対する気か?こんな狭い額しやがって…って猫だから当たり前か」
 にゃー。
 「だよな。…別に、特別な意味があった訳じゃねえんだぜ。ただ、他に思い付かなかったから、あの指輪をやっただけだ」
 …にゃー。
 「…その金色の目はお見通しか。そうだよ、あれは俺の気に入りの指輪さ。相棒だと言っても過言じゃねえ。俺はな、こうみえてもこれまでに死にそうな目にも何度か遭って来てんだよ。それでも今でも、こうして俺は生きている。自分の足でちゃんと立って歩いていける。あの指輪は、そんな俺と一緒に幾度と無く修羅場を越えてきたんだぜ」
 あの指輪に護られたと言う特別な記憶は無い。願掛けした覚えも験を担いだ覚えも無い。だが、紛れも無くあの指輪は、玲璽と共に数多の騒動を潜り抜けてきた指輪だ。ツキがいい、とは思っていた。
 「ツキの指輪が髑髏ってのもおかしいだろ?だがな、これにもちゃんと理由があるんだぜ。髑髏はな、俺にとっては死の象徴なんだよ。死の象徴を身に着ける事で、俺は死を味方にする。常にすぐ傍に置く事で死と仲良くなり、死から見逃して貰う為なんだよ」
 ナイショだぞ、と玲璽は子猫に向かって片目を瞑る。ニャン、と子猫が小さな声で鳴いた。
 「こんな事、誰にも言ったこたぁねえけどな。言う必要もねえし。言った所で、…納得すると思うか?」
 誰が、と言う主語が抜けているが、誰かに聞かせている訳ではないのでそれで充分。子猫はそれを見透かしたかのよう、ごろごろと喉を鳴らしながら額を玲璽の膝に擦り付けた。
 「…俺と一緒に死線を潜り抜けてきた指輪だ。あいつにも、その恩恵があればいい、…そう思っただけだ」
 金を惜しんだ訳じゃねえんだぜ?そう小声で囁く玲璽に、分かってるよと子猫は一声鳴いた。


 「…おう」
 「…ああ」
 玲璽が店に戻ると、黒鳳も丁度、奥から出てきたところだった。反射的に、玲璽は黒鳳の指を見る。両手とも見渡した後で、目的のそれがない事を黒鳳に問おうとしたが。
 「…あ」
 微かな声と共に、玲璽の視線がとある一点で止まる。黒鳳が、所在なさげに視線を彷徨わせた。玲璽が贈った指輪が、銀のチェーンに通されて黒鳳の胸元で揺れていたのだ。
 「ペンダントヘッドにしたのか」
 「…ああ」
 指にするのは恥ずかしかったから…とはさすがに言えず、黒鳳は憮然としたまま短い返事を返す。玲璽は指先に引っ掛けて指輪を持ち上げ、弛んだ銀のチェーンをゆらゆらと揺らした。
 「へぇ、いいじゃねえか。おまえにしちゃ上出来だな」
 「余計なお世話だ」
 ぷい、と黒鳳がそっぽを向くと、指先に引っ掛けていた指輪が落ちて弧を描く。重量感のあるそれは、黒鳳の胸元で跳ね、その重みを項に伝えた。
 そんな黒鳳の態度は、玲璽にとって予想の範囲内だったらしく、特別何も突っ込まずに、そのまま歩き出そうとする。その背中に、黒鳳の小さな声が聞こえた。
 「…アリガトウ」
 「……へ?」
 玲璽が振り返る。ぎこちない礼を告げたその相手は、既にそこには居なかった。ただ、その場でたゆとう風に混ざる匂いが、ついさっきまでそこに黒鳳が居た事を教えてくれただけだった。


おわり。


☆ライターより
 いつもいつもありがとうございます!碧川桜でございます。
 …なにやら今回は、玲璽氏が妙にひょうきん者になってしまいました…(汗) 楽天的とお調子者は違うと思うのですが、今回はその境目があってないようなものに…(滝汗)…って、黒鳳嬢も今回はひょうきん者になってますって?……やっぱり(ぇ)
 ま、まぁ今回はこのような展開になりましたが…少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、遅くなりましたがホワイトデーのお話・第二段でした。またお会いできる事を楽しみにしています(礼)