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夢の狭間・兄の涙
桐生暁のこんな話をする。
織田義明と兄弟である。不思議現象もない世界での話。
織田兄弟は幼いとき、両親を殺された。
犯人はわからなかったが、引き取り手がいてくれたため、生活に困ることはなかった。
引き取り手で傷を癒すながら生活していたときの頃。
暁は夢を見て泣きながら起きた。
「どうした? あき」
寝ぼけ眼で兄・義明が起きて弟の頭を撫でる。
深夜2時。
「おかあさんがころされたゆめ……ううっ」
思い出すのもおぞましい夢。凶悪犯が、暁の目の前で母親を滅多刺しにしたか、それとも其れより酷い殺し方をした夢。生きているモノが只の肉塊になると言うことを間近に見たとき、子供の心には深く刻み込まれるトラウマであり、恐怖だ。
「また、見た……のか?」
泣きやまない弟をずっと頭を撫でる兄。
その手は小さいが、暖かさで暁は大きく感じて嬉しかった。
「大丈夫、お兄ちゃんがいるから。大きくなれば……」
「ほんと?」
徐々に泣きやむ、暁。
暫く、思い出話。
それは、両親と楽しく過ごしていたこと。
大切な人がいっぱい居たこと。
楽しかった、悲しかったこと。
暁は義明と、ずっと話している。
「兄ちゃん……」
心が落ち着いたのか、眠たくなる暁は、義明に訊く。
「なに?」
「もし、ボクが死んだら泣いてくれる?」
「……あたりまえだよ。でも、そんなことを言うな。悲しいじゃんか」
「うん……」
「たった1人の“おとうと”だもん」
兄弟は眠りについた。
――それから数年後。
2人は「あの事件」以外のほかには幸せであった。
暁が「あの夢」を見たとしても、泣くこともなく、精神的にも強くなった。
義明も然り。
兄弟趣味が似ていることから、ロックを好み一緒にライブに行ったり、バカ騒ぎしていたり、ぼうっとしている義明をからかう楽しい日々。
兄は怒るときは恐ろしい。しかし反面、暁に対してかなり優しく、寛容だった。ブラコンと言われても反論しようがないほど。暁も其れがわかっているのであまり、下手なことはしない。
見た目は不良、しかし義明は成績がよい方だし、頼り甲斐のある兄貴である。脳ある鷹は爪隠すとか何とか言うが、天然さがあるので、いつも義明は暁にからかわれる。
「こんな兄不幸な弟に育って、俺は悲しい」
「何言ってんだよ、バカ兄貴。泣き真似もやめろよ」
「そのバカは余計だ」
と、こんな感じである。
ある、春なのに夏並みの暑さの昼休み。
「なあ、兄貴」
と、屋上で寝っ転がって、午前の授業をサボリ倒していた義明を起こしに来た暁がいる。
屋上で水を満杯にしたペットボトルを持ってきて。暁の友だちが後ろにいる。
「なんだ? 昼寝を邪魔するなよ」
「昼寝じゃねぇじゃんか。それは丸々サボりだ」
「お前もそんな感じじゃん。つまらなかったんだろ? 授業」
「う、兄貴は良いよな。そんなにサボっても成績は良いのって」
「日々努力しているたま……うわ!」
と、義明の話をさえぎるように水をぶっかけた。
「この! やりやがったな!」
暁がもう一本持っていたボトルを奪う義明。其れを合図に一斉に水浴び合戦がはじまった。
「この!」
「うひゃ――! つめてぇ!」
「わははは」
何もかも忘れて、制服をびしょ濡れにして遊ぶ兄弟と仲間。
ただ、場所が悪かったか、そこは屋上だった。フェンスは低く、所々錆び付いている。
敵味方関係なく水遊びが白熱したとき、義明は水で滑ってフェンスにぶつかった。
「どじだぁ」
暁が笑い近寄って水をかける。
「うるさい! これでも、くらっ……?!」
フェンスは義明の体重に堪えきれず……そのまま……義明もろとも下に落ちていく。
「わ! バカ兄貴!」
――って俺もバカかな?
そう、義明が落ちるところを助けようとして、暁も身を乗り出していたのだ。しかし、彼もまた足場が無い場所で兄を助けようとしたため、一緒に落下しているのだ。
運動神経などは一般人程度。4階建ての校舎の屋上の落下はまず死を意味する。
――兄貴は死なせない!
その想いだけで、彼は兄である義明を頭も背中も庇う。
義明は状況を把握していない。落下の時に混乱しているか失神しているらしい。
そんなことは暁にはどうでも良かった。
――あの夢のように……
――何も出来ないまま……
――生きていたくない!
兄さえ、今はこのバカ兄貴だけでも!
鈍い音。骨が折れる音。
モノが壊れるというのは、音でわかる。
――それ以外の音も聞こえた。
サイレンの音。良く深夜に訊くサイレン。
そして……本当は一生聞きたくなかった、自分を守ってくれた兄の泣き声。
「こっちだ! 生徒が落ちた!」
遠くが騒がしい。
「暁! 暁!」
義明は、打ち身と擦り傷だけだが、暁だけは頭から大量に出血している。
暁は、身体の感覚と、意識がどんどん無くなることがよくわかる。
痛みも苦しみもあるが、辛いのは目の前で泣いている兄・義明だ。
「死ぬな! 死ぬな!」
「ばかだなあ……バカ」
「無理するな! じっと…じ…」
既に助からないとわかっていても、義明は叫び続ける。
もろに、首と背中を強打して身体はボロボロだ。
「死」を間近に見た暁も義明もわかっていた。悲しいし嫌いだった。しかし何故か……
――暁は笑っていた。
「何で泣くんだよ……兄貴……それぐ…」
笑いながら、動かない腕で義明の頭を撫でようとする。
当然動かない腕。そんな事わかっている。もう身体が死に始めているわけだし。即死じゃないのが奇跡だ。
その時、暁の脳裏に昔を思い出す……。
――……あたりまえだよ。でも、そんなことを言うな。悲しいじゃんか
――たった1人の“おとうと”だもん
「バカ兄貴……」
――夢でもあの時、母さんが俺に残した言葉が……「いつも笑っててね」だったっけ?
誇らしいのか、笑う暁。
約束なんだと思ったか自分でもわからない。ただ、笑って、笑って、大事な人を安心させてやりたかった。
それと、大事な人を庇って死ねることがこれほど気持ちいいものと、誇らしいと思った事も事実。
――ああ、母さんもそうだったんだ。
意識が徐々にとぎれて行く。
かろうじて、兄の声が聞こえる。もう顔も見えない。
「笑えといわねぇ。思いっきり泣け、バカ兄貴」
と、彼は最期に満面の笑みを浮かべ……目を閉じた。
「あき――っ!」
兄の絶叫も聞こえない。永遠の夢の中に。
目を閉じたらそこは夢の狭間。暁にとって今までその中で生きてきた感じだった。
しかし、その夢の狭間に一つの通り道がみえる。
その先に、死んだ両親がまっていた。
「ねぇ……母さん、父さん、もう、眠っていいよね?」
と、何時までも笑いながら、彼はその道を歩いて、両親の胸の中で眠った。
夢の狭間から抜け、彼は永遠の眠りについた。
――安らぎと誇りを得た気分を抱いて
End
■人物紹介
【4782 桐生・暁 17 男 高校生】
【NPC 織田・義明 18 男 高校生 暁の兄】
■ライター通信
滝照直樹です。
初参加ありがとうございます。
文章の中で、暁様が思っていることを込めたつもりです。
短い通信ですが此で失礼します。
では機会があれば、お会いしましょう。
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