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<東京怪談ノベル(シングル)>


■残心■



 ………つまらない
 御崎・綾香(みさき・あやか)は最近………いや、ずっと前からそう思う事が多くなっていた。どうもこの頃は、何をするにしても身が入らない。

(どうして、私はこうなのだ)

 一人、弓に矢を番えて、射る。矢は僅かに中心部を外れ、しかしそれでも的に突き立った。

(………やっぱり…………)

 心の中で落胆する。周囲では感嘆の声が上がっていた。先輩、同級生、下級生……皆して綾香に感心し、尊敬の念を向けている。弓道は、的の中心部に近い所に当てればいいという競技ではない。中心部に当てるのではなく、的自体に当てられれば、それで良いのだ。
 だが狙った箇所に当たらないのでは、綾香にとっては失敗であった。イメージ通りに飛ばせなくては、また大会で負けてしまう。
 綾香は静かに礼をすると、後ろの方に戻り、正座した。心の中で落ち着きを取り戻す。
 次の大会はまだ先だが、それでも毎回のように一位にはなれず、二位、三位に入っているだけ合って、周囲からの期待が重い。何故一位には成れないのかは、その期待に応えるだけの“強さ”が、綾香にはないからだった。どうしても今一歩という所でそれを意識してしまい、ここぞという所で外してしまう。
 最近は、それが日常でも出てきて……重い。

「流石先輩です。見事な腕前で……」
「ありがとう」

 話しかけてきた後輩に、素っ気なく言ってしまう。心の中では、もっと素直にお礼を言いたい所だ。だがそれが出来ないのも、また自分なのだ
 綾香の家は、旧い神社である。幼い頃から厳格に育てられたため、口調は堅く、親しい友人の類も作れなかったために、対人関係も不器用だった。感情が暴走しやすいのを押さえるために、心の中は出来るだけ平常心を保つように勤めている。そのため、表情の方も薄く、容姿端麗でもあったため、学友達からは“高嶺の花”としてみられ、近付いてくる者は稀だった。こっちからも話しかけたいが、それも出来ない。人の心中は分かっているつもりなのだが、自分の気持ちをどう表現して良いかが分からない。勿論そんな彼女は、人並みに恋愛をした事もない。およそ、この年頃の少女としては、酷く“薄い”青春時代だと言えるだろう。

「先輩、次の大会でも頑張ってくださいね!」
「分かっているわ」

 彼女が答えると、後輩の少女は、「で、では、私は順番ですので」と言って去っていった。綾香は、そんな後輩をチラッと見ただけで、すぐに彼女の言った言葉を思う。

(大会か…………次は優勝するわよ)

 心の中でだけ、自分の「分かっている」に付け足しておく。そろそろ、顧問の教師や、家からの優勝の催促が強くなってきていた。次には、本気で優勝しなければならないと思う。第一自分でも、大会で優勝するのは重要な意味合いを持っているのだ。

「次、御崎 綾香!」
「はい」

 …………また、自分の番が回ってきた。弓を持ち、矢を番える。






 矢は的を外れ、後ろの安土に突き立った………







「一体どうしたと言うんだ。もっとしっかりしてくれ、お前は内の部の期待なんだからな」
「はい。すみません」
「まぁ、今日はサッサと家に帰れ。ほれ、明日もちゃんと来いよ」
「はい。すみませんでした」

 顧問の教師にお辞儀をして、部室に戻っていく。あれから、数本の矢を外しただけでこれだ………正直、これが負担になっているという事が分かっていないのだろうか?

(つまらない)

 ここのところ、大抵そう思ってしまっている。スランプが来たのか、最近は、的中率が半減…………もっと悪くなってしまった。この下降線を見て、顧問からわざわざ呼び出しを食らって叱咤され、更に意気を削がれる。綾香の成績が下がる事で、あの顧問の評価が少しだけ下がるからだろうが、そんな事は知った事ではない。早々に帰り支度をする。部室で着替えを済ませ、校舎を後にした。
 学校の校庭に出ると、まだ周りにはたくさんの人が居た。部活動の終わる時刻は、大半が一緒だ。中にはこれからどこかへ出かけようと、親しそうに語り合っている者達もいる。
 綾香は、それを羨ましいと思った事はある。しかし、実際に誘われても、困惑するだけで、どうしてもその誘いに乗る事が出来なかった。彼女には、クラスメイトの少女達のように、恋愛や遊びを楽しむような余裕や、理解がいまいち欠けていたのだ。更に、他の人達に関わる勇気もあまりない。厳格な家で育ってきたのが、何処までも後を付いてきていた。
 それを置いてくるようにして、綾香はその場から駆け出した…………






 自宅に帰る前に、近くの公園によって、ブランコに腰を下ろして空を見上げる。ここは、いつもこの時間帯には人が居ない。だからなのか、ここで時間を潰している時には、酷く落ち着く事が出来た。
 綾香は、見上げた赤い空に流れる雲を見つつ、思考を少しだけ緩ませた。綾香が気を張っていない時は、こうして外でボォッとしている時か、自室で休んでいる時だけだ。
 気が緩むと、いろんな事を考え始めてしまった。溜息を吐いて項垂れる。

「〜〜…………今日もダメだったか」

 ん〜、と伸びもしてみた。普段の彼女からはこれだけでもイメージ出来ないだろう。表向きは彼女はとても凛々しく、品行方正才色兼備という、『高嶺の花』である。だが内面は………普通の女の子だった。
 また息を吐き、今日の失敗を考え始める。どうも最近、いざという時に集中力が切れる。周りの人を意識してしまったりと、どうしても心の弱さで失敗してしまう。

「もっと強くなりたいな…………」

 精神的な強さが欲しかった。学校でも、家でも、もっと……もっと期待に応える事が出来る自分になりたい。せめて、友人が出来るぐらいに強くなりたい。そう強く思っている。
 彼女は、しばらくの間考えていた。自分の出来る事は何か。したい事は何か………周りに押されているからやる、と言うのではなく、自分の意志で、やりたい事は何なのか…………
 しかし、彼女には、たった一つしか思い浮かばなかった。

「結局、私がやりたいと言える事は、これぐらいしかないのだな」

 彼女はブランコから飛び降り、颯爽と公園を出て行く。ブランコは、まるで主人を見送るように、そこに儚げに揺れていた…………






 トシュッ…………

「…………ふっ」

 もう一本、矢を射る。矢を無心に射り続けていた。
 あの後、顧問の教師に頭を下げて道場の鍵を貰うと、戸締まりと後片付けをしておくのを条件に、たった一人で居残り練習をさせて貰っていた。
 『強く』なるための方法は、これぐらいしか思いつかなかった。そう言う不器用さに苦笑しながらも、次、次と矢を射っていく。

(『強く』なりたい………今の自分から、変わりたいんだ)

 綾香は、暗くなるまで矢を射続けた。凛々しく毅然としている少女の顔には、動作と自問から生じた汗が伝っている。

 五十本目。これでタイムアウトだ。辺りは既に暗い。放課後から、ずいぶん長い間射っていたものだと思う。既に門限が過ぎてしまっているから、家に戻ったら大目玉を食らうだろう。

「まだまだダメか…………どうすれば、私は『強く』なれるのだ」

 綾香は片付けの最中に、フッと息を吐き出した。多少顔が晴れ晴れとしているが、まだ悩みが無くなったわけではない。
 的へと近付いていく。片付けの最後にとって置いたが、的に突き立った最後の矢を「よっ」と呟いて抜き取った。

 ………的の中心部に、穴が開いている。
 彼女は、穴と矢を視界に収め、微かに微笑を収めてから、手に持った矢筒の中へと収めた。
 彼女が残心を収める時は、まだ、少しだけ遠い…………










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5124 御崎・綾香(みさき・あやか) 女性 17歳 高学生

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■         ライター通信          ■
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どうも初めまして。メビオス零です。今回のご依頼、誠にありがとうございました。流れも書いて頂いた御陰で、とても書きやすかったです。まぁ、ちょっと綾香殿が柔らかく、思春期の女の子っぽくなってしまったかと思いますが………

さて、突然ですが、
【ざんしん 0 【残心】
(1)不満や未練が残ること。未練。
(2)武道における心構え。一つの動作が終わってもなお緊張を解かないこと。剣道では打ち込んだあとの相手の反撃に備える心の構え、弓道では矢を射たあとその到達点を見極める心の構えをいう。】
この言葉が大好きです。いえ、何となくなんですけど………主に(2)の意味で好きです。いきなり何言ってんだって思ってるでしょうが、なんだか言いたくなりました。スミマセン。
この仕事が終わっても、次の仕事が来るように頑張っていこうと思ってます。これからも、よろしければよろしくお願いします。(・_・)(._.)

参照:goo 辞書