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<東京怪談ノベル(シングル)>


願い高く


 俺は不敵に笑う。門屋・将太郎(かどや しょうたろう)の影としてだけ生きてきた俺が、裏で存在し、決して表に出る事なく過ごしてきた俺が。
 表へと出る時が近付いてきたのだ。
(それは、確かな事だな)
 くつくつと俺は笑う。それはとうに決まってしまった決まり事で、揺るぎようの無い事実になったのだから。
(残念だったな、門屋)
 必死で俺を閉じ込めてきた門屋。精神コントロールをものにし、確実に俺を影の存在にしてしまった門屋。
 だが、その門屋が再び俺を影の存在にする事は無い。
(心を、閉ざしてしまったんだからな)
 笑いは止まらない。否、止めてなるものか。俺がこうして不敵に笑っていられるのも、門屋が心を閉ざしてくれたお陰なのだ。
(長かったな、本当に長かったぜ)
 虐げられた存在である自分は、表である門屋に何度憎しみを覚えた事か。押さえつけられたという感情は、決して拭う事は出来ない。
 そんな門屋は、今や心を閉ざしたままなのだ。
(そうだ……礼代わりに教えてやろうか)
 俺はふと思いつく。門屋に聞こえているのか聞こえていないのかは分からない。だが、教えてやってもいいだろうと思ったのだ。
(教えてやるよ、門屋)
 俺が何故、門屋を屋上に行かせたかを。


 空、はお前にとって特別な場所だった。そうだよな?門屋。
 読心能力に目覚めたてのガキの頃、お前は公園のジャングルジムに登って、空をぼーっと眺めていたよな。
 流れ行く雲を。
 どこまでも続く青い空を。
 さんさんと照りつける太陽を。
 そっと手を伸ばしてみたりもしていたっけな。ははは、今思い出して愉快だ。
 そうやって、お前はよく空に近い場所に行っていたな。お前にとって、空というのは自分が存在できる唯一の場所とも言えた。
 お前の望みは、そうでしか叶えられないから。
 そうして、再びお前は地上を見て絶望していたな。空にいけるはずも無いし、かと言って地面に降りない訳にも行かない。
 絶対に行けぬ憧れの場所が空ならば、絶対に戻るしかない足枷のような場所が地上だったのだから。でも、それは仕方の無い事だ。お前は、地上に生きている存在なんだから。
 空を飛ぶ鳥を見ては、羨ましそうにじっと見ていたっけな?ははは、俺はそんなお前が可笑しくて仕方なかったぜ?お前が鳥になんてなれるわけないじゃないか。
 お前は疎まれ、嫌われていたじゃないか。そんなお前が、お前の望むものになれるわけが無い。
 ま、最後のは俺の私見だけどな。……何か思い当たったか?ははは。
 話を元に戻そうか。お前が小学校に上がってからは、立ち入り禁止の屋上に行っていたよな。必ず、こっそりと。立ち入り禁止の場所だというのに、大それた行動だよな。ご立派ご立派。
 だが、もし立ち入り禁止の場所に行っている事がばれたら、何て言い訳するつもりだったんだ?空が好きだから、とか理由にならないぜ?
 尤も、俺はそれを望んではいなかったけどな。意外か?俺は、お前が屋上に上がれなくなる方が嫌だったんだぜ?
 勘違いして貰っては困るけどな。俺は、お前の事を思って言っているんじゃない。お前が屋上に上がれない、という事が俺にとって不利益だからだよ。
 分かるか?不利益だ。完全なる不利益。
 お前にとって特別だったあの屋上は、俺にとっても特別な場所なんだぜ。……知らなかっただろう?お前がお前の意思で行っていると思っていたその行動が、俺によるものだったなんて。何て事は無い、なんて思わないほうがいい。
 俺にとって、それはとても大事な事なんだからな。
 お前の意思ではなく、俺の意思が作用していたというのが、特に大事だ。俺が操れるっていう事の証だからな。くくく、驚いたか?……聞こえていないか?
 まあ、どっちでもいい。
 お前が聞いていようがいまいが、俺には関係の無い事だ。
 ただ、俺はこうして親切に教えてやっているんだからな。後で聞いていなかったっていうは無しだぜ。そこだけはしっかり植え付けておけ。ははは、お前が聞いていなかったからっていう理由は無しだぜ。
 お前の意思なんて、関係ないんだけどな。そこは決めていたほうが良いだろう?お互いに、な。
 結局何が言いたかったかって?……あのな、俺は知っていたんだぜ?お前が、望んでいた事を。
『誰も知らない遠い町に行きたい』
 ガキらしくねぇな。全くもって。
『誰も自分の事を知らない場所に行きたい』
 そんな場所に、お前一人でいけるわけないのにな。
『普通に過ごしたい……!』
 あはははは!俺は笑ったね。大声で、笑ってしまったぜ。
 そんな事がお前の望みか。
 そんな事がお前の願いか。
 だから、誘ってやったんだよ。連れて行ってやったんだよ。お前の望む、誰も知らない場所に、普通に過ごせる場所に。
 それは一つしかないよな?そう、誰もいない場所だ。
 そう囁いてやったじゃないか。もう忘れてしまったか?覚えていないかもしれないな。その時に囁いた俺は、お前を既に支配していたのかもしれないのだから。そうなれば、お前の知った事ではないし。ははは、どっちにしたってお前は自分の意志で屋上に行ったんじゃないってことだ。
 何故屋上に誘ったかって?何故そのように囁いたかって?
 お前、屋上で一人になって空を見上げて、どう思っていた?どのような言葉を呟いていたっけ?
 そう……お前は絶えず暗い感情を抱き、じめじめとした言葉ばかり呟いていた。
 お前の吐き出すネガティブの感情が、言葉が、俺をお前に同調させていった。操れる確率をどんどんあげていった。
 お前がネガティブであればあるほど、俺はお前と同調した。お前を操る事が出来たんだぜ。滑稽で、おかしな話だ。笑いしか出てこない。
 そんなネガティブを生産し続ける屋上は、お前一人しか居ない世界は、俺にとって最高の場所だったという訳だ!
 どうだ?大分、分かってきただろう?お前にとっての屋上とは、俺にとっては別の意味で素晴らしい場所だったんだ。俺としては、お前にどんどん屋上に行って貰えばそれでよかったんだ。お前がそこでどのような思考を巡らそうが、どのような言葉を口にしようが、全く以って問題なかったぜ?
 お前の中身は、全てがネガティブだったから。
 どろどろとした、じめじめとしたまるで底なし沼のようだった。だからお前、嫌われていたんだぜ?……おっと、これも俺の私見だ。無視してもらっても構わないぜ?
 お前にはっきりと、否、と言えるだけのものがあるんならな……。


 俺はそこまで語りかけ、ふと口を噤んだ。
 そう、俺は奴がよりネガティブになるように、何度も屋上へと誘ったのだ。そうすればより一層同調する事が出来たし、操る確率も高くなっていった。
 だが、それは奴が11歳までだった。
(あの女……)
 門屋は、手に入れてしまったのだ。読心能力を完全にコントロールする術を。その力を。そうなってしまっては、俺が同調したり操ったりする事が出来ないというのに。
(女医め……)
 俺はぎり、と奥歯を噛み締める。門屋にその方法を教えたのは、一人の精神科医だった。その女医が門屋に俺を封じ込める為の力を与えてしまったのだ。
(全く以って、忌々しい……!)
 その時に芽生えた俺の憎しみは、未だに消える事は無い。こうして、門屋が完全に自らの心を閉ざし、俺が表に出る事が出来る絶好の機会を与えられた今でも。むしろ、増殖しているのだ。
 憎しみが。恨みが。憎悪が。
(あの女医さえいなければ……!)
 俺は再びぎり、と奥歯を噛み締めた。女医に向けられた憎しみを、噛み砕こうとするかのように。

<負の感情は砕かれる事なく・了>