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VD&WD攻防戦2005・補遺
●思い出してしまった
オレンジデーという日がある。
多くの者にとって、オレンジデーとは恐らくは耳慣れない日であろう。聖バレンタインデーやホワイトデーなどは、嫌というほど耳にしていても。
オレンジデーは4月14日だ。実はこの日は、聖バレンタインデーやホワイトデーと関係があったりする。聖バレンタインデーで告白、ホワイトデーで返礼、そしてこのオレンジデーで2人の愛情を確かにするのだそうだ。
しかし何故にオレンジなのか。これは何でも、欧米では多産であるオレンジは繁栄のシンボルだそうで、花嫁がオレンジの花を飾る風習もあり、結婚と関係の深い物であるとのこと。そこから来ているようである。
ちなみにこういった恋人たちにまつわる記念日はこの後もやたらとあり、メイストームデー(5月13日)だとか恋人の日(6月12日)だとか恋人たちの日(11月11日、靴下の日ともいう)といった物から、サマーバレンタイン(7月7日、七夕だ)やセプテンバーバレンタイン(9月14日)なんていう『それは無理矢理だろ』と言いたくなるような物まであったりする。
閑話休題。このようにやたらとある記念日だけれども、知っている者は意外に知っているもので――この日のシュライン・エマもそうであった。
「あ……そういえば」
草間興信所にていつものように書類の整理をしていた最中、不意に顔を上げた視線の先にあったカレンダーに、シュラインの目がふと止まった。
「どうかしましたか、シュラインさん?」
棚のファイルの整理をしていた草間零が、シュラインのつぶやきを耳にして手を止めた。草間武彦は出かけていて留守であった。
「ううん、何でもないわ。こっちの話」
とシュラインは答え、視線を書類へと戻した。零はほんの少しきょとんとしていたが、またファイルの整理のため手を動かし始めた。
(そうよ、もうすぐオレンジデーなんだわ)
数日後にオレンジデーを控えたこの日、シュラインはその存在を唐突に思い出していた。年度末や年度始めのこの時期は忙しいため、オレンジデーの存在を知ってはいてもついつい忘れてしまうのである。ゆえに思い出す時は、ほとんどの場合唐突だ。
(……本来の意味はこの際置いておいて、今年の攻防戦を労ってみるのもいいかも。せっかく思い出したんだしね)
書類にペンを走らせながら、ぼんやりとそんなことを思うシュライン。少しして、そのペンがぴたりと止まった。
「あれ……?」
おかしい、何かが心に引っかかっている。今年の攻防戦で、1つすっきりしていないことがあったような……。
「あっ!」
短くシュラインが叫んだ。はっとして零が振り向いた。
「どうしたんですかっ?」
「あ、何でもない、何でもないっ! ちょっと書く所間違えただけっ……あはは……はは……」
ぶんぶんと頭を振り、慌て気味にシュラインは言った。
「そうなんですか? シュラインさんにしては珍しいですね……」
少し首を傾げたものの、零はまたファイルの整理に戻った。シュラインがふうと溜息を吐く。
(あれよ、もう1つの贈り物……!)
何が引っかかっていたのか、思い出したのだ。それはホワイトデーの時、草間からの問題に正解出来なかったためにお預け状態となってしまったプレゼント。結局それが何なのか、分からないままで――。
(ああ……思い出すと妙に気になっちゃうじゃない……)
困るシュライン。世の中、忘れたままの方がよかったことも多々ある訳で。案外これもその1つだったかもしれない。
(わざわざ用意してあった物だったら、何だかもったいないし……うー)
シュラインは机に伏せた。頭の中がもやもやとしてきて、もはや書類整理どころではない。
「……具合が悪いんですか?」
シュラインの異変に気付いたか、零が心配そうに尋ねてきた。そんな零に、シュラインは顔だけ向けて問いかけた。
「ね、零ちゃん。聞いていいかしら」
「はい?」
「武彦さん、先月何か変わった物とか購入してなかった?」
「え」
零がシュラインから視線を外した。あからさまに怪しい。
「……買ったのね」
そうシュラインが言うと、意外なことに零は首を横に振った。
「違うの?」
「買ったというか、その……もしかしたら売ったんじゃないかなと思うんですけど……」
零は言っていいものかどうか、思案しているようにも見えた。
「どういうこと、零ちゃん?」
「見たんです。質屋さんの名刺を」
「……は?」
シュラインは零の言葉の意味を、一瞬飲み込めなかった。質屋の名刺って何?
「お仕事の依頼主の人の物なのかもしれないんですけど……どうなんでしょうか? 黙っててごめんなさい」
頭を下げ、シュラインに尋ねてくる零。そうは言われても、シュラインもどう答えていいものか分からない。第一、シュラインだって寝耳に水の話だ。
(武彦さん、何かお金が必要だったのかしら。あ、まさか、言えないようなお金とかじゃ……)
あれこれと考えるシュライン。気のせいか、次第に怒りのオーラを帯び始めたような――。
●問い詰めましょう
「武彦さん、ちょっといいかしら」
シュラインは外から戻ってきた草間が机についた所で、つかつかと目の前に行った。
「ん、何だ? ……俺、怒られるようなことしてないぞ」
シュラインの怒りのオーラを感じ取ったか、草間は言葉を付け加えていた。
「質屋さん」
ぼそっとつぶやくシュライン。草間はさっと目を背けた。これまた分かりやすい反応である。
「言えないようなお金が必要だったの? 変わった衣装を買い込んだり、隠し子に養育費を送ったり、外にお妾さんを囲ったりとか……!」
……シュラインさん、考え過ぎて妙な方向に想像がいってしまったようです。というか、半分暴走してます、想像。
「待てっ! ちょっと待て!! どこをどうやったらそんなことになるんだ!!」
当然のことながら、草間が反論する。
「あのな……質屋はどういう所か、もう1度落ち着いて考えてみろよ」
「落ち着くも何も、品物を担保にお金を借りる所でしょう?」
「……返せなかったら担保の品物はどうなる」
「それはもちろん、質流……れ……あ……」
今度はシュラインが視線を外す番であった。言っている途中で気付いたらしい。
「俺はな、質流れの品を買いに行ったんだ」
ぶすっとした表情で、草間がシュラインに言った。
「ご……ごめんなさいっ!」
慌てて謝るシュライン。
「質流れの品は、意外と掘り出し物があるんだよな……たく」
多くの場合は中古品となってしまうが、腕時計やら貴金属などだとそれも味となる。また、ホステスさんなどが客から貰ったプレゼントを換金するために持ってくることもあるため、場合によっては新品だったりもする。
「……でも、何を買ったの?」
もっともな疑問をシュラインは口にした。いったい草間は何を買ったというのだろう。
「ん? ……まあ、言ってもいいか。こないだのプレゼントだよ。かなり小さい物だが、それなりに金はかかったか……。ま、こないだの問題が不正解だったから、当面は渡す訳にはいかないけどな」
草間はそう言うと、ニィッとシュラインに意地悪く笑ってみせた。
「ね、それって……いつかは渡す気があるってこと?」
「さーて、どうなるだろうな」
シュラインの質問に対し、草間は笑って誤魔化した。
●そして4月14日
4月14日、オレンジデー当日。
シュラインは日本の味のマルボロ2カートンを、オレンジのリボンで結んで草間に手渡した。今月末で製造停止になるのでこれは貴重な物である。
草間は非常に喜びながら、さっそくリボンを解いてそれを吸い始めた。
「……もうちょっとあれしてくれると……」
そんな草間の姿を見て、シュラインは苦笑するより他なかった。
【了】
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