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<東京怪談・PCゲームノベル>


White Maze


 ことことと、鍋の鳴る音がする。その蓋を開けて中身を覗き込んだ玖珂・夜月(くが・よづき)は「よしっ」と呟いて満足げに頷いた。
 振り向いて時間を見る。もう少しで兄が仕事を終えて帰って来る時間だ。その頃にはこの料理は一番の食べごろになっているはずである。夜月は落ちてきた袖を捲くり直して、洗い物に取り掛かった。スポンジに洗剤をつけて、料理で使ったフライパンを洗う。
 と、そのとき、目の端にちらりと白いものが見えて、夜月は上を見上げた。すると、どこからか一枚の白い紙が落ちてきて、泡だらけのフライパンの上に落ちる。
「あっ」
 濡れちゃう、と思って、夜月は慌ててその紙を指先で摘み、乾いた場所に置いた。手についた泡を水で流し、しっかりとタオルで拭いたあとで紙に向き直る。
 その紙は泡の中に落ちたにも関わらず、少しも濡れていなかった。夜月が摘んだ部分すらも何の変化もない。防水加工されているわけでもない、一見普通の紙なのだが、夜月は首を傾げてそれをまじまじと見つめた。
 紙には身体のないピエロのイラストと、可愛らしい桃色の文が書いてあった。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路? というか、この紙はどこから落ちてきたのかしら。兄さんのかな?」
 でも何だか面白そう。そう思った瞬間、夜月の足元から白い光が溢れ、瞬きをした一瞬でキッチンを真っ白に染め上げてしまう。気付いたときにはそこは、天地の境目も判らない、白の世界だった。
「……え?」
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ」
 突然のことに呆然とする夜月の目の前に、身体の透けたピエロが現れ、優雅に頭を下げる。
「白い迷路? ここが?」
「はい。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです」
「はぁ……」
 楽しそうに浮いた身体をふわふわと揺らしながら説明するピエロに、夜月は半分混乱した頭で相槌を打った。
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
 言って、ピエロが夜月の前に五枚のカードを広げる。それを見て夜月はだんだんと冷静な頭を取り戻していった。
「突然何が起こったのかと思ったけど、まあいいか。楽しそうだし」
 そして五枚から適当に三枚選ぶ。すると、ピエロがくるりと回転し、後ろにあった『START』と黒文字で書かれた場所を指し示した。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります」


 夜月が『START』の文字を踏む。瞬間、周りに影が出来て壁が現れたことに気付いた。夜月はその壁に手を触れながら感心したように溜息を吐く。
「凄い……どうなっているのかしら……」
 そうして壁に手をつきながら、夜月は道を歩いた。分岐は「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」と指で交互に道を指し、最後の文字になったときに指が指していた道を選ぶという、何とも適当なやり方で進んでいく。
 暫くして、夜月は奥の道に何やら黒い点が浮かんでいるのを見つけた。小首を傾げて近づいてみると、それは黒いカードだった。それがぐるぐると狂ったようなスピードで回っている。
「何かしら?」
 意味が判らずにそのまま見上げていると、カードはボンッという爆発音と共に黒い煙に包まれた。夜月が慌てて後退ると、煙の中から炎のような模様の上着を着た和服姿の少年が現れる。少年は夜月は見るとにこりと笑った。
「ごめんね、お姉さん」
「……え?」
 言われたと同時に、目の前に炎が迫る。咄嗟に避けるが、次々と火球が飛んできて、夜月はわたわたと壁に隠れた。
「い、いきなり何なの!?」
「だって、敵だからー」
 ごめんねーとすまなそうな顔で少年はどんどん火球を繰り出してくる。それに夜月ははっと気付いてポケットから一枚のカードを取り出した。少年に向かってそれを投げつけると、カードは青く輝いて、姿を変えていく。
「……何、あれ」
 青い光が消え、現れたのは蜜柑をぐにーっと縦に伸ばしたような形の、オレンジ色の物体だった。それは細い手足にぐっと力を入れ、少年の前に立ち塞がる。
「えーい」
 少年はオレンジ色の物体に向かって、火球を放った。だが、オレンジ色の物体はそれを身体を曲げて避ける。次に来た火球も同じように身体を曲げて避け、どんどん飛んでくる火球をぐにぐにと避ける。何だか腰を振っているみたいに見えるなぁと、夜月はぼんやり思った。
「く、くそー」
 少年はぜぇぜぇと肩で息をして、これでも喰らえとばかりに巨大な火球を作り出し、オレンジ色の物体に向けて思いっきり投げ飛ばした。それに向かうオレンジ色の物体は、どこからか巨大な先割れスプーンを取り出し、ホームランバッターの如く打つ気満々で構える。そして、オレンジ色の物体の目がキラリと光った瞬間、火球はスプーンによって打ち返され、カーンッという小気味よい音と共に少年へと帰っていった。
「え? うわあ!」
 火球は直に少年にぶつかり、少年は地面にばたりと倒れる。夜月が恐る恐る壁の後ろから出てくると、オレンジ色の物体が夜月に向かってグッと親指を突き出した。それに夜月も戸惑いがちに親指を返し、そろそろと後ろを通り過ぎていく。
「……何だったんだろう、今の……」
 しきりに首を傾げながら、夜月は道を走った。すると、また道の奥に黒いカードが浮かんでいるのが見えて、夜月は慌てて足を止める。そして、ポケットからまた一枚のカードを取り出すと、黒いカードに向かって投げつけた。カードは黄色の光を放ちながら、煙に飛び込んでいく。
「行っくぞー!」
 少しずつ晴れていく煙の中から、狩衣を来た男の子が飛び出した。男の子は狐の尻尾を揺らしながら、煙に向かって炎を繰り出す。炎は煙を囲むように円になり、怪しげにゆらゆらと揺れた。けれど、さぁっと晴れた煙の中には、誰もいない。
「あれ?」
「甘いな」
 目をぱちくりとさせた男の子の後ろに、女性が現れる。頭の上で纏めた紺色の長い髪を簪で留めた女性は、男の子の首の後ろに軽く手刀を打ち込んだ。男の子の身体がぐらりと傾いで、地面に倒れる。
「……どっちが」
 敵? 味方? と聞こうとした夜月に、女性がにっこりと笑う。その笑みにちょっとだけほっとした夜月が一歩近づくと、女性はしゃきんっと指の間から鈍色に光る太い針を出した。
「悪いわね」
「敵ー!?」
 慌てて逃げ出す夜月に、無数の針が迫る。駄目だ、当たる。そう思った瞬間、世界から壁がなくなり、元のただ真っ白なだけの世界に変わった。
「……あれ?」
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
 恐る恐る顔を上げた夜月の後ろで、ピエロがふわふわと浮かんでいた。ゲームオーバーの言葉に夜月がちょっとだけ落胆したように溜息を吐く。
「そっか……残念ね」
「また機会が御座いましたらご利用下さいませ」
 ピエロがそう言って夜月に頭を下げた途端、白い世界はまるで風船が割れたように弾け飛び、一瞬にして見慣れたキッチンに変わった。ことことと鳴る鍋の音に、夜月はぼんやりと周りを見渡す。
「ただいまー」
 と、そのとき、聞き慣れた声が玄関から聞こえて、夜月は慌ててそちらを振り向いた。そこには仕事帰りの兄がぼんやりとしている夜月を見て首を傾げている。
「どうした?」
「え? ううん、何でもない」
「お、美味そうじゃん。もう、腹減ってさぁ」
 そう言って、兄が鍋の中を覗きこみ、中にあったじゃがいもを一掴み掴んで口に入れる。
「うん、美味い美味い。何か夜月、だんだんお袋の味に似てきたな」
「え? そ、そう? そうかな」
 言われて、夜月は鍋の前を陣取る兄を軽く押しのけ、火を止めた。そして食事の支度をするために、皿を取り出す。普段通りの夜月の姿だが、その口元は嬉しさに緩み、頬には微かに赤みが差していた。










★★★

ご来店有難う御座います。緑奈緑で御座います。
今回はゲームオーバーという結果になってしまいましたが、結果に関わらず楽しんで頂けていたなら幸いです。
私も幼い頃に母を亡くし、お袋の味というものを覚えぬまま育ってしまったので、夜月さんの願いは叶えて差し上げたかったのですが、でも子供っていうのは親に似るものですよ。きっと、夜月さんの作る料理は、お母さんの料理と一緒で、とても美味しいのでしょう。沢山お兄さんに作ってあげて下さい(笑)

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
青色のカード→いよかんさんさま
黄色のカード→狐族の銀さま
困難1→桐鳳さま
困難2→尭樟生梨覇さま

★★★