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<東京怪談・PCゲームノベル>


招く手 〜七つの怪異〜


「その写真、どうされるんです?」
 とぼとぼと後ろをついて歩いてくる中田の問いかけに、マリオン・バーガンディは小さな笑みを浮かべつつ振り向いた。
 マリオンが手にしている写真は数枚。その中に映りこんでいるものは、つり竿やらロープやら、あまりオカルトな事象を調査しに来ているとは思えないような、そんな品ばかり。
「これですか? えぇと、これはですねぇ」
 やんわりとした声音でそう返しながら、マリオンはおもむろに写真の一枚に手をかざした。
その手をそのまま写真へと当てると、マリオンの手は手首ほどまで写真の向こうへと沈む。
中田は驚嘆しながらマリオンの手を見守っている。間もなくマリオンが掴み取ってみせたのは、真新しい一本のつり竿だった。
「こうやって写真に撮っておけば、いつでもどこでもこうやって取り出せるようになってるんですよ」
 微笑むマリオンに、中田は感嘆の声をあげる。
「ハァ、今時便利な道具が出まわってるもんですねェ!」
「いえ、これは市販されているものではなくって……」
 中田の言葉に苦笑しつつ、マリオンは再びきびすを返して歩き出した。
「いやはや、便利な世の中ですなァ」

 都市伝説や噂といったものは、いつもそこかしこに転がっている。
マリオンが耳にしたものもその内の一つに過ぎないものではあったが、彼はその噂に興味を覚え、さっそく現場へと足を運んでみたのだった。
その噂とは、とある場所に在る廃校にまつわるもの。正しくは、その校庭の隅にある沼にまつわるものであった。
『真白い腕が沼から生えるように伸びている』
『腕は見る者を誘うように揺れ動いている』
『夕方、沼を覗きこむと、そこに子供の顔が浮かぶ』
と、いったようなもの。
 マリオンはいそいそと中田を連れ出すと、所有している車の一台を走らせたのだ。

「それで、その道具はどのように使うんです?」
 中田の問いかけを耳にしつつ、マリオンは膝を屈めて沼の表面を確かめる。
「思っていたよりも小さな沼なんですね」
 明るい口調でそう告げて、曲げていた膝を伸ばす。
 沼から少し離れた場所に、朽ちてしまった木造の校舎跡が見える。校庭もまた、雑草が好き勝手に伸びている。
 沼の広さは、小学生ほどの子供が十人ほどで手を繋ぎ、輪をつくれば、一周出来てしまえるであろうほど。
膝を屈めて確かめてみるが、沼の水面はマリオンの顔を映そうとはしなかった。
映っていればおそらく、楽しそうに微笑んでいるマリオンのその表情をも映したのだろうが。
「おやまあ、泥ばっかりですねぇ」
 中田がマリオンの後ろから覗きこむように体を屈め、静かに風がいきわたっている水面の様相を確かめる。
「ここに来る前、情報なんかを調べてきたはずですよね。それを確認させてもらっていいですか」
 振り向き、中田の顔を見据えて小首を傾げる。中田はそれに応じて胸のポケットから小さな手帳をとりだし、慣れた手つきで頁をめくり始めた。
「えぇーと、まず、この辺りは戦時下ひどい空襲を受けたという事と、その際たくさんの子供さん達が犠牲になった、ということですねぇ」
 中田の声音は淡々としているが、その表情はめずらしく神妙な色を浮かべている。
「そのお話とこの沼と、何か関わりがあるのかもしれないですね」
 マリオンは小さく頷き、手にしていたつり竿をポチャリと沼の中へと沈めた。
「……何をなさっておいでなんです?」
 中田が問うと、マリオンはのんきな笑みを浮かべて口を開けた。
「この沼からは、真白な腕が生えてくるっていうじゃないですか」
「……ええ、そのようで」
「その腕が、空襲でなくなった子供達のものなのかどうか、釣り上げてみれば分かるんじゃないかなって思うですよ」
 答え、つり竿をゆらゆらと揺らす。
「なにが出てくるのか、楽しみじゃないですか」
 
 マリオンが糸を垂れてから、ほんの数分が過ぎた頃。
それまで音もなく静かに流れていた風が、徐々に呻き声のような声を伴い始めた。
「――――なにか聞こえるですね」
 糸を巻き取りながら、マリオンはふと顔を持ち上げる。
 沼に着いた時はまだ明るかった空の中には、今や薄い夜の気配が滲んでいる。
端のほうから暮れていく空を仰ぎ眺め、マリオンは横に座って”しるこ”をすすっている中田に視線を向けた。
「はぁ、そうですか? 夕方は風の勢いも強くなりますからねぇ」
 中田はのんきな声を返して、のっそりと立ち上がった。
「……いえ、ほら、聞こえますよ」
 マリオンはそう呟き、嘆息する。
 確かに呻き声にも似た声はマリオンの耳を撫でていく。
しかしそれはなんの前触れもなく突然凪いだ。
「おや、風がやみましたね」
 中田は二本目のしるこを開けている。
 それまでどこか退屈そうにしていたマリオンが、表情を変えて微笑んだ。
「ほら、見てください、中田さん! なにかが引っかかったみたいですよ!」
 
 風が凪いだのと同時に、釣り糸が強く引っ張られたのだった。
針もなにもさげていない糸は、見る間に沼の中へと引きこまれていく。
「アハハ、なにが引っかかったんだと思います? 中田さん!」
 マリオンの小柄な体は見る間に沼の傍へと寄せられていくが、マリオンの表情は恐怖のかけらも浮かべない。

 風が再び吹き始めた。
ウ、ウウゥ、アアァ、ア、ア
呻き声にも似た音が沼の上を撫でていく。
「マリオンさん、沼に」
 中田が沼を指差した。マリオンは黙したままで頷き、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 沼の上には、数知れぬ真白な蓮、否、腕が伸びている。
泥の中から顔を覗かせているのは、どれもが痩せ細った子供の顔。
ウウ、ウウゥ、ウゥアアア
 風が泣き声を響かせている。
 マリオンのつり竿の先端は、数多の子供達の手が握り締めていた。
「なるほど、沼に生えてるっていう腕の主は、やっぱり子供達だったんですね」
 楽しげに口の端を引き上げながら笑う。風の声は徐々に大きくなり始め、生温い湿度を伴ってマリオンの頬を過ぎていく。
「中田さん、調査の結果はメモしましたか?」
 沼の傍で子供達を見やりながら訊ねると、中田は大きく頷きながら言葉を返す。
「もちろんですよ、マリオンさん。 やっぱり空襲で亡くなられた子供さん達だったみたいですね……」
 沼に向かって手を合わせている中田を確かめて、マリオンはつり竿から手を離した。
「噂は噂のまま、そこにあった方がいいかもしれませんよね」
 振り向き、笑う。
 子供達の腕が絡み取っていたつり竿は、見る間に沼の中へと引きこまれて消えていった。


「結論としては、空襲で亡くなっていった子供さん達が、いまだに浮かばれていなかったっていう事ですよねぇ」
 中田が手を合わせたままでそう呟くと、マリオンもまた頷き、微笑する。
「また機会を作って、お子さん達を助けにきてあげるです。――今日はもう帰りましょう」
 そう首を傾げてみせるマリオンに、中田ものんびりと笑って頷いた。

 去っていくマリオンを見送るように、真白な腕が沼の中から伸びていた。 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】


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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっております。
お届けするのが少し遅くなりました…。納期直前ですね。申し訳ありません;
また、いつも中田をかまってくださり、ありがとうございます(敬礼)。
このノベル中では、噂の元となっていることなどには、あまり触れずにおきました。
いただいたプレイングが明るめなものでしたので、雰囲気もホラーっぽくないですね(笑)。

今回のノベルで、少しでもお楽しみいただけていればと思います。