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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



 小さな練習場にやって来た嘉神真輝は、「ん?」と目を細める。
 なんだろう。見知った人物が、いる?
「……か、かずひこ?」
 恐る恐る。
 名前を呼ぶと彼は振り向いた。黒髪眼鏡の鉄面皮でお馴染み、遠逆和彦その人だ。
「ほ、ほんとに……おまえとは意外っつーか、妙っつーか……変なとこでよく会うよな。退屈しなくていいけどよ……」
「そういう先生こそ。どうしてここにいる?」
 下は赤のラインの入った黒いジャージ。上は黒いシャツと……普段の制服姿とたいして変わらない和彦の私服姿に真輝は微妙な笑みを浮かべた。
「え? 俺か? 俺は大学の後輩に呼び出されたんだが……」
 先輩、ケーキおごりますから。
 そう電話で言われて、あっさりと承諾してここまで来たなどと……言えない。
 きっとコイツのことだから、鼻でフンとか、ハンとか笑うに違いない。最近コイツは性格が悪いのだ。いや……元々はこうなのかもしれないが。
「後輩?」
「ここの劇団員なんだよ。用までは聞いてねーんだけど……。そういうおまえは、こんなとこで何してんだ?」
「…………」
 無言で真輝を見遣ると、台本で真輝の頭を軽く叩く。
「見てわからないのか? 先生は鈍いな」
「おまえに言われたくねーよ!」
 台本を奪った真輝は、そのタイトルを見て無言になった。かわいい絵まで入った表紙の一番上には『シンデレラ』の5文字。
「…………なにおまえ。憑物退治人から、劇団員に軽やかに転身したのか?」
「馬鹿なこと言ってないで」
 台本を真輝から取り戻し、和彦はパラパラとページを捲る。
「ちょうど妖魔に襲われてた人を助けたら、頼まれたんだ。ケガをしていたし……」
「……おまえ、いいヤツなんだな。意外に」
「一般人には優しくするさ」
 あっさりと言う和彦の言葉に真輝は肩をすくめた。
「あ、先輩!」
「お? よお!」
 振り向いて挨拶した真輝の手が止まる。松葉杖でこちらに近づいてくる後輩の姿に、今の会話がよみがえった。
 なるほど。
(和彦が助けたのは、俺の後輩か……)
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ちょっと足の骨にヒビが入ってる程度なんで」
「ヒビ!? ちょっとじゃないだろ!」
 心配する真輝を台本の陰からちらりと見た和彦が呟く。
「あれくらいで大げさだな……やはり心配性だ」
 傷などすぐに治ってしまう和彦からしてみれば、彼の言葉は仕方のないことなのかもしれない。後輩のことで頭がいっぱいの真輝に、彼の呟きは届いていなかった。
「で? 俺に用って?」
「実はこのケガでしょ? 先輩に手伝って欲しくて」
「おう、任せとけ! なんでもやるぞ!」
 ドン、と力強く胸を叩く真輝は、次のセリフで凍りついた。
「実は先輩には、ヒロインを演じて欲しいんです」
「………………………………なに?」
「だから、ヒロインを……」
「バカ言ってんじゃねー! なんで俺がヒロインなんだ! というか、なんで俺が劇に出るんだ? それにヒロインって、女装しろってことかよ!」
「だって先輩、似合うし……。お願いします、まきちゃん」
「こらぁ! 誰がまきちゃんだ!」
 怒声を放つ真輝は、くすくすと笑い声が耳に入ってぐるんと振り向く。真輝が振り向いたと同時に笑いが止まった。
「和彦……?」
 彼はコホンと軽い咳払いをし、台本から瞳を覗かせる。
「なんだ、先生」
「おまえ……いま笑ってなかったか……?」
「まさか」
 にたり。
 と、台本の後ろで彼が笑ったのがわかった。
「おまえ面白がってるだろ! ぜーったい、そうだ!」
「失敬な。それに、先ほど先生は『任せろ』『なんでもやる』と豪語したじゃないか」
「う……」
「呼び出された時点で怪しまないあんたにも落ち度はある。諦めるんだな」
 非情な彼の言葉に、真輝はその場に崩れ落ちたのである。



「なんで俺がシンデレラで、おまえが王子なんだ……?」
 台本をもらってげんなりしている真輝に、和彦は首を傾げる。
「さて……。何故かは俺にもわからないな」
「……ふつー逆じゃないのか。先輩の俺がどうして女装を……」
 ふとそこで気づく。
 和彦が怪訝そうにこちらを見返した。
(……まさか)
 まさか。
 自分が女顔だということは、まあこの際置いておくとして。
 ショックを受けたように険しい顔で硬直している真輝は、ごくりと喉を鳴らした。
(わかった……。し、身長だ……!)
 160くらいの自分より10センチも和彦は高い。これではどうあっても自分が女役になってしまう。
 ぎり、と歯を軋ませて和彦を睨む真輝。
(くそ……! こいつ年下で高校生のくせに、なんで身長あるんだ!)
 憎い……憎いぞ、和彦!



 子供向けの公演と聞いて、真輝は安堵していた。元々劇団員でもない自分の演技など、誰かに見せられるようなものでもない。
 ……赤っ恥をかきたくはなかった。
 衣装を着ていた真輝が、大仰に溜息をつく。もうすぐ公演開始だ。
 横に立つ和彦が、いつものように無表情でいる。
「そうだ……」
「ん? どうした、先生」
「おまえに訊きたいことあったんだ、俺」
「なんだ?」
「ずっと気になってたんだが、おまえ……蕎麦を手打ちしてるとか言わないよな?」
「は?」
 驚いたように和彦は目を丸くする。
 真輝は振り向いた。
「いや……煎餅だって自分で焼いたんだろ? おまえなら、やりそうだな〜って。今度食わせろよ」
「フン。わかってないな、先生」
 バカにしたように彼は目を細める。
「趣味で食べる程度だから自分でやるんだ。本場の職人に敵うわけないだろ。自分でやっても、虚しくなるだけだぞ」
「…………」
「だいたい、先生は何か勘違いしてないか? そこらのスーパーで売っている、簡単にできる手打ち蕎麦セットと、職人が打った蕎麦のどちらが美味いかなんて……誰が食べても一目瞭然じゃないか」
「愛情があれば……」
「……なるほど。愛が香辛料か? 残念だが、愛で美味い蕎麦は打てない」
 きっぱり。
 真輝は和彦を凝視する。好きな麺に関して彼はかなり……いつも以上に手厳しい。
(お、恐ろしいヤツ……。彼女になる女が可哀想だ……)
「蕎麦は打ち方一つで味が変わる繊細なものなんだ。全国にある蕎麦屋で、同じ味の蕎麦などあるわけないだろ? それこそ、バレンタインの時に先生が言っていた『個性』と同じで」
「そりゃそうだろうけど。自分で打ったら美味いのができるかもしれないんじゃないのか?」
「その道何十年の職人と、素人を比べるのか? 先生は酷なことを言う」
「……も、もういい」
 肩を落とした真輝がストップをかけた。
「おまえ、そういう性格だったのか……?」
「は?」
「いや、いい。今度本場仕込みのパスタ食わせてやるよ……。文句つけんなよ」
 和彦は嘆息する。
「料理を批判するつもりはない」
「いや、だっておまえ麺が絡むと性格怖いし……」
 いや待て。バレンタインさえ知らない和彦が、パスタを知っているか謎だ。だが大好物の麺に関しては怖いくらいしつこい。
(……し、勝負だな。色んな意味で)



「なあ、なんでアイツが王子なんだよ?」
 城の舞踏会で、王子だけの出番の際に、真輝は後輩に尋ねる。
「だって美形じゃないですか。目を惹くと思いますしね」
「そうかぁ?」
 いや。
 そう言われて真輝は舞台を見る。おかしなくらい堂々と演じている和彦は、意外に……上手い。
 どうやら頼まれ事は真面目に取り組む性格のようだ。
 それに。いつもの陰にいるような希薄な存在感ではない。
(そういや……練習中、存在感なさすぎって言われてたな、あいつ)
 それからだ。念入りに自分と練習場にも結界を張って、日陰のような存在感を消してしまったのは。
 圧倒的な存在感がある。それを今まで隠してきていたのだ。わざと。
(あいつも苦労してんだよな、なんだかんだ言っても)
「先輩も美人ですよ」
「嬉しくねーよ!」
「あ、出番ですよ!」
「おうよ」
 真輝は頷いて舞台へと進み出る。

「ああ、憧れの舞踏会……!」
 瞳をきらきらさせる真輝に、和彦が近づく。
「そこの姫、よろしければ私と踊っていただけませんか?」
 優しく微笑する和彦に、真輝は内心冷汗が出る。
(こ、こいつこういう顔もできるのか……!)
「よろこんで……」
 そっと和彦の手に己のそれを重ねる。曲が変わった。
 二人は踊る。
 練習中の和彦とは動きが全く違う。あんなにダラダラと踊っていたくせに。
 しかも、女口調で喋る真輝を見て「ぶくく」と笑いを毎回堪えていたくせに。
 子供の一人が「きれーだね、しんでれら」と言っているのが聞こえた。瞬間、ふっ、と和彦が鼻で笑う。今のはどう見ても笑い出すのを堪えたものだ。
(なに笑ってんだ……!)
 怒りがこみ上げてくるが、今は演技中。和彦を怒鳴りたかったが、それはできない。
 足を踏んづけようとしても、彼はきっと避けてしまうだろう。
(小憎らしいなぁ……)
「姫は笑顔が似合いますよ」
 眉間に皺が寄りかけた瞬間、先回りして和彦が言う。アドリブであった。慌てて真輝もそれに合わせた。
「ま、まあ……! 嬉しいです、王子様」
「いいえ。本当のことですよ、姫」
 にっこり。
 二人とも微笑み合う。
 とりあえず真輝は、終わったらコイツをしこたま殴ってやろうと……決めた。



 無事に終了して、真輝は和彦と一緒に帰っていた。劇は大盛況であったのだ。保護者にも、子供にも。
「ったく。おまえってヤツは……!」
「怒られる筋合いはない」
 しれっとして言う和彦に、真輝は顔が引きつった。
「おまえーっ! 本気でうちの高校に来い! その根性叩き直してやる!」
「ははは。先生は冗談が好きだな」
 軽く笑う和彦の言葉に、地団駄する。
「ちーがーうー! 冗談じゃねえって!」
「わかったわかった。そういうことにしておこう」
「なんだその言い方! おまえ、俺を全然敬ってないだろ!」
「あっはっは!」
 爆笑する和彦がお腹をかかえて笑い出す。
 唖然とする真輝の前で、口元を手でおさえて喉を鳴らす和彦であった。
「いやいや。敬ってるぞ?」
「……笑いながら言われても、説得力ねぇんだよ」
「くくくっ……」
 目を細めて嫌味ったらしく笑う和彦の様子に、真輝はむぅ、と顔をしかめたのであった。
(出会った最初の堅物のコイツのほうが、まだ可愛げがあった……)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼ありがとうございます嘉神様。ライターのともやいずみです。
 今回は嘉神様がシンデレラ、和彦が王子様ということで、楽しい演劇が完成しました。いかがでしたでしょうか?
 打ち解けて大爆笑までしてしまう和彦ですが、嘉神様との親密度があがっている証拠です。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!