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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜小噺・演目〜



 草薙秋水は足を止める。
 ちょうど通りかかった公園の入口で足を止め、「ん?」と振り向く。
 公園のベンチに腰掛け、困ったように溜息をついている少女がいた。
 あの長い髪は……。

 ざ、と目の前に止まって彼は声をかける。
「月乃」
 声に気づいて月乃が目を見開き、慌てて立ち上がろうとした。そして顔をあげて安堵する。
「……なんだ、秋水さんでしたか」
「なんだとはなんだ」
「いえ。ちょっと考え事をしていたので秋水さんに気づかなくて……」
 苦笑する月乃の横に、秋水は座った。
 珍しく私服の月乃は、いつもと雰囲気が違う。ジーンズに桃色の服だ。
(……なんだ?)
 なんだか気まずくなって目を逸らす。わけがわからなかった。
「考え事?」
「はい。実は……その、劇をお手伝いすることになって……」
「げき?」
 怪訝そうにする秋水の横で、月乃は「あはは」と軽く笑う。
「はい……。あのですね、助けた方が劇団員の方でしたので……頼まれてしまって」
「月乃がか? でも……月乃は演技、できるのか?」
「たぶんできます」
 あっさりと肯定した月乃に、ついつい驚いて動きが停止する秋水。
「……できるのか?」
「まじめに取り組めば大抵のことはできますよ」
「…………」
 大真面目に言う月乃であった。
(そう……いうもんか……?)
 ちょっと違うような……。
 まあでもプロの舞台というわけでもないだろう。
「へえ……で、どういう劇なんだ?」
「実は創作ものなんです。読ませていただいたんですが」
 月乃は持っていた鞄から台本を取り出した。タイトルは、確かに秋水も知らないものだ。
「隣国に侵略され、滅亡しようとしている国のお話なんです」
「……盛大な設定だな。舞台でできるのか?」
「さあ……?」
 よくわかりませんという顔をする月乃は、拳を握りしめる。
「それでも、頼まれたからには頑張りたいと思います!」
「そっか。応援するぞ、俺」
「本当ですか?」
 ぱっと顔を輝かせる月乃は、台本をぱらぱらと捲った。自分のセリフのところは赤線が引いてあるようだ。
「それで、月乃はどんな役をやるんだ?」
「その国の姫君だそうです」
「……姫君?」
 秋水が想像したのは西洋の城の窓から覗く儚いイメージのお姫さまだ。目の前の月乃を見る。
「…………」
 美人なのは認めるが、月乃はおとなしいタイプではない。それは今までの経験からわかっている。
「なんか心配だな……」
「失礼な。私は確かに姫は似合いませんけど」
 むっ、として眉根を寄せる月乃は、自身の胸をどんと叩く。
「やってみせます!」
「できないとは、誰も言ってないだろ」
「そ、そうでした」
「でも案外似合うんじゃないか? 月乃は美人だしな」
 刹那、月乃の顔が真っ赤に染まってしまう。
「あ……そ、そうですか? そ、それは、ど、どうも……」
「……いや」
 つられて秋水も頬を染める。
(まさか照れるとは……思わなかったな……)
 冗談半分で言ったのに……。
「あの、よければ秋水さんもやってみませんか?」
「は?」
「実はあと一人足りないって言われてるんです。よければどうですか?」
「……俺?」



(いや……普通は、主役が降板だったら劇とかは中止するんじゃ……)
 月乃が助けた相手というのは、劇のリーダーらしく……。
 地域でやるものということで、近くの小学校の体育館を借りてするそうだ。
 秋水は唸った。
(なぜなんだ……どうして俺が騎士なんだ。しかも、月乃に片思いの)
 なにかの策略か、はたまた謀略か。
 練習に参加するためにやって来ていた秋水は、ジャージ姿で迎えてくれた月乃に仰天した。
「つ、月乃、その格好……」
「え? 変ですか? 練習には適していると思うんですが」
 髪も頭の上でおだんごにしている。どうやら邪魔でまとめたようだ。
「さ、秋水さん!」
 笑顔で手を引っ張る月乃の手の暖かさに、秋水は苦笑するしかなかった。



 秋水は騎士の鎧を着込み、剣を片手に舞台狭しと動き回っていた。
 同盟を結んだのに裏切った隣国への罵り。憧れと、愛しさを姫に向け、その想いを封じていること。
 秋水は演じていて、どうにも自分が演じる騎士に同情してしまった。
「このままでは国が……! 攻められてはひとたまりもない! 兵の数はこちらが圧倒的に少ないのだ……この戦は命を懸けることになる!」
 苦悩する騎士は顔をあげた。
「何を迷うことがあろうか! 私のこの命は彼女を守るためならば捨てられると誓ったではないか!」
 秋水は拳を握りしめる。
「姫に最期の別れを……。私のこの気持ちは……伝えぬままのほうがよいだろう」

 場面は姫の部屋だ。
 ローブで全身と顔を隠し、姫は窓から外を見て溜息をつく。
「もうすぐ戦が始まる……。我が国が戦火に……なんということでしょう」
「姫」
 出てきたのは秋水だ。全身を鎧で固めた彼は姫の前で跪く。
「お逃げください、姫。私が時間を稼ぎます」
「なにを言うのです、騎士よ」
 驚いた姫が振り向いて秋水を見下ろす。
「私はこの国の姫です。最期まで、国と共に……」
「国の再興も、姫がいなければ……」
 秋水は顔をあげた。
 じっと、見つめる。
 見下ろす月乃の顔は、こちらからだとあまりはっきりと見えない。
「どうぞ、お逃げください。私の最初で最後の願いです……」
「そなたが戦うというのに……わたくし一人で逃げろと……?」
 声を震わせる月乃。
 唇を噛み締める月乃は、ローブを脱いだ。
 思わず素で驚く秋水。
 交互に舞台に出ていたため、秋水は着飾った月乃を見るのは初めてだった。
 薄い布地のドレスの月乃は正直、ものすごく美人だ。
 硬直している秋水の頬に手を添え、月乃は泣きそうな表情で言う。
「わかりました。ですが、必ず生きて帰ると……わたくしに誓ってくれますか……?」
「姫……」
 秋水は彼女の手をとる。その甲にキスをする。
「誓います……必ず戻ると」
 そして、彼女の掌へとキスを落とす。

 秋水は単身で敵陣へ突っ込んでいく。
 剣を振り上げて声を大きく響かせて。
 その戦いの最中に腕を負傷する秋水。舞台が赤い光であふれる。
 そう、彼は片腕を失ったのである。

「あれから一年……わたくしは遠い異国まで逃げ延びた……。やっと安心して過ごせるようになったというのに」
 ローブ姿の月乃は舞台の中央へと歩み出る。
「国は占領されたと聞いた……。あの人は……あの人は無事だろうか」
 その時だ。舞台の隅をライトが照らす。汚らしいローブ姿の者だ。
 その者は立ち上がり、ゆっくりと月乃に近づく。
 そして口を開いた。
「やっと……やっと見つけました」
 月乃がびく、として動きを止める。
「姫……。ご無事でしたか」
 振り向く月乃。
 ローブのフードを脱ぎ、秋水は微笑む。
「腕一本であなたの命を守れたのなら、私は誇れます……。よくぞご無事で……!」
「ああ……! あなたこそ無事で!」
 月乃が秋水に抱きついた。
 二人は強く抱き合う。



 秋水の横を歩くのは月乃だ。
「秋水さん、とっても素敵でした。騎士の姿、よくお似合いでしたよ」
 彼女の笑顔を見遣り、困ったように笑みを浮かべる。
 あの騎士が掌にキスをした意味を、彼女はわかっていないだろう。
(確か……甲のほうは忠誠で、掌は……)
 愛情だったはずだ。
「月乃も似合ってたぞ、お姫様」
「本当ですか? ああいう衣服は初めてでしたから、似合ってなかったらどうしようかと思いました」
 観客がなぜ月乃が出るシーンで息を呑むか、秋水だってわかる。
 月乃が一生懸命練習していたのをこの目で見ているし、彼女の美貌なら当然だろう。
(愛情……か)
 愛なんて。
 月乃は横で何か懸命に喋っている。表情がくるくる変わる。
 ふ、と秋水は笑った。
「? どうかしたんですか、秋水さん?」
「いや……。最初に比べると、月乃は変わったなと思って」
「そ、そうですか?」
 困ったように言う月乃は、俯く。
「よく笑うようになっただろ?」
「……そ、そうかもしれません。私……こんなふうに誰かを頼ったこと、なくて」
「そうなのか?」
「はい。遠逆家は閉鎖的ですし、結構内部で色々ありますから……。私は次期当主候補で一番有力なんですけど、やっぱり色々あるんです」
 曖昧な言葉を使う月乃は苦笑する。
「あんな家で、ずっと妖魔のことだけ考えて生きていく……そう、思っていましたから」
 ぽつりと言った月乃は、遠くを眺めた。
 秋水は思い描くことができる。
 彼女が孤独であると。あのいつもの濃紺の制服姿で、一人で戦う様子を。
 怪我をしても、弱音を吐く相手すらいないのだろう……おそらく。
(いつも、一人ぼっちで……いたのか……?)
「あのさ」
 秋水は上着のポケットに両手を突っ込む。照れ隠しだ。
「東京にいてもいなくても、月乃が実家に帰っても……俺はおまえの味方だぞ、これからも」
「…………」
 無言で秋水を見つめる月乃は、頬を染めてきょとんとすると、微笑む。
「はい。どうもありがとうございます。私も秋水さんの味方です」
「そりゃ百人力だな」
「そうですよ。百人と言わず、千人でも!」
 笑顔で言う月乃は「任せてください」と胸をどんと叩いた。
「…………劇、成功して良かったな、月乃」
「はい。でも、もう懲り懲りですよ。私はああいうのは向いていないと思います」
「そうか? いっそ女優でも目指したらどうだ?」
 笑って言う秋水を、月乃がむっとして見てからそっぽを向いた。
「なれるわけないじゃないですか。それに、ガラではありません」
「ははは。大丈夫だ。呪いさえ解ければ、なんにだってなれるだろ」
 その言葉に月乃の動きが止まる。足さえ。
 秋水は足を止めた。
「…………この呪い、解けるんでしょうか?」
 不安そうに月乃が秋水を見遣る。
「解けると聞いていますけど……本当に?」
「月乃……」
「いえ。なんでもないんです。考えすぎですよね。秋水さんにこの間言われたばかりなのに、私」
「解けるさ。俺がいるんだ。大丈夫だ」
「……秋水さん、なんでそんなに優しいんです?」
 不審そうな月乃から、秋水は思わず顔を逸らしてしまう。彼女は近づいて顔を覗き込もうとする。
「どうして顔を逸らすんですか!?」
「どうして覗き込むんだ!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 今回から少し恋愛色を強くしました。月乃は無意識に、草薙様を異性として認識し始めています。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ嬉しいです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!