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<東京怪談ノベル(シングル)>


意地っ張りさんの事を思えば。

 昨年、末の事でした。

 かの人が、オーバーワークの為に風邪をひく、なんて事は――永きに渡る生の中でも、ろくに無かった筈の事なんですが。
 ここに来て、そんな事態に陥ってしまうとは思いませんでした。
 …驚きましたよ。
 そして同時に――少々、かちんと来てしまいました。
 いえ、怒っている――と言う訳ではないのですが。
 …他でもないこの私が、この人に対して怒りなど覚える事があろう筈もありません。
 ですが――傍から見てそう思えてしまうくらい、深く深く案じてしまった事は、確かです。

 もっと御自分の事を考えて下さい、と。

 …くどくど説教したりするのは本気で心配しているからこそなんですよ。
 普段は――そのような事は無い筈です。ええ、決して。
 …ですから、貴方は特別なんですよ。

 ――私にとって、一番、大切な方なんですから。

 契約者として優先順位の最上位に居る、それだけが理由じゃ、ないんですよ?
 純粋に、貴方が大切だから、なんですよ。
 もっとも、私も元々ひねくれた性格だとは自覚していますから――あまりそう見えないのかもしれませんけれど。
 ですがそれでも、私の本心は常にそこにあります。
 それは、私は色々と――男女関らず楽しく遊んでいたりするのが好きな面もありますが。
 いざとなれば――それよりもずっと大切な事は別にあるんです。
 …それもまた、傍目にはそう見えないのかもしれません。
 享楽的に、気まぐれに見えるのかも。
 私は、人がすぐ側に居ると――計算高いのかも知れませんね。
 自分の、ほんの一面しか決して他者には見せようとはしない。
 それでいいとも思っていますしね。

 理解して欲しいその相手に理解してさえ頂ければ。
 それだけで、他はどうでも構わないんですよ。
 私は。



 その日は珍しく、かの方が戻って来るのが遅い日でした。
 …それは、私の大切なあの方が忙しい立場に居る方である事は当然承知です。時期も時期でしたし、普段よりも忙しいのかもしれないとは思っていました。ですが――それでも、予定していた時間よりも帰還がこれ程遅い――と言うのは、あまり無い事で。出先から屋敷までもこれ程掛かるような距離に無い。お任せした運転手は信頼出来る人物でもありましたから、何か不測の事態が起こった、と言う事は考え難かったのですが…少々心配ではありました。
 渋滞に巻き込まれたのかとも考えます。…それならば一番問題の無い話ですから。あの方もいつも御自身の身体の事を考えて、あまり予定を詰める方でもないので、遅れても後の業務には特に差し障りはない筈ですし――。

 と。

 思いながら、それでも気に懸かり――改めて、かの方の本日のスケジュールを確認したら。
 少々溜息が。
 …詰め過ぎです。
 自分の事をわかっているようで――実は一番わかっていないのではと疑いたくもなります。
 それは今は忙しい時期なのはわかりますが。
 近頃、来訪する御友人の皆さんとお話なさっているおかげか――身体の具合が宜しかったのも、理由と言えば理由なのでしょうかね。
 ですがそれでも。
 無理は禁物でしょうに。
 こんな調子で予定を詰めていたら、その内に身体を壊しますよ?

 …思ったところで、案の定。
 鳴り響く電話の音。ベルが一度鳴り終わる前に私は受話器を取っていました。…予感のようなものがあったのかもしれません。聞こえて来たのは途惑う声での連絡。大切な方を預けた運転手の声。主は明らかに体調が優れないらしい事。けれどそれを自分には隠しておきたいらしい風である事。そして休憩の為、通りすがりのホテルに立ち寄り、そのまま長々とホテルの一室に篭り切り――恐らく寝込んでいるのではとの推測――である事。今掛かって来たのは――そんな主の行動に、どうしたら良いものか困惑し、お付きの医師でもある私に助けを求めてくる電話。…運転手の立場では確かに如何ともし難いか。
 私は勿論、すぐに答えました。
 わかりました。拝見しに行きましょう、と。

 かの人の事ならば、否やなどあろう筈もありませんから。
 やはり無理が祟りましたか。
 改めてスケジュールを見直します。
 …元々、身体が弱い方なのですから特に気を遣って頂かなければならないのに。いえ、かの方の体調とスケジュールのすり合わせを怠っていた私の責任でもありますか。それでも――隠すなんて。
 素直に診せて下さればいいのに。
 貴方が健在である事こそが、重要なのに。
 どうせ、私たちに要らぬ心配をかける――などと思ってらっしゃるのでしょうが。
 溜息が出ます。

 が、そんな場合でもありません。
 すぐに、運転手から連絡のあったホテルへと向かいました。

 とても大切なあの方に、御自分の御屋敷で、確りとお休み頂く為に。

【了】