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<東京怪談ノベル(シングル)>


reminiscence

 …何処から話せばいいでしょうか。彼の事、そして彼のお姉さんの事。まだ…色々と信じ切れ無い事が多くて――いえ、認めたくないだけなんでしょうね。何にしろ、頭の中が混乱している事は隠しようの無い事実ですから――今の僕にそれらの事を訊かれても、纏まらない話になるかもしれません。正直今、貴方にきちんと伝わるように話せる自信が、ありません。
 元々、誰にも言わずに――ずっと心に秘めておこうと思っていた話でもありますし。…何も、無ければ。それが彼の為にもなると思っていました。
 ですがこうなってしまった以上、これは――事件と、関係するかもしれない話になりますから。
 話します。

 警察大学時代、になります。
 彼のお姉さんに初めてお会いしたのは。
 同居していた彼のお姉さん――いえ、当時は同居していた訳では無いんですが。警察大学は全寮制になりますから…正確には同居していたのは彼が警察大学に入学する前まで、そして卒業後から――亡くなられる一年前まで、と言う事になりますね。
 少なくとも、お姉さんは彼の『帰るべき本来の家』で待っていてくれる方、でした。
 ともあれ、そんな寮生の頃にですね、僕も――同級生である彼の家へ訪れる機会があったんです。
 彼のお姉さんと言うその人は、とても綺麗な方でした。
 とても綺麗で優しくて…憧れを抱いたものです。
 そんな事もあって、その後も何度かお邪魔していました。ええ。何かと理由を付けては彼にくっ付いて行きましたね。帰省する時、何かの用で立ち寄る時。警察大学を卒業してからは時々しかない暇を見て。…楽しみでしたよ。言葉を交わすだけで、その姿を見るだけでも――僕の胸は弾みました。

 ですが…ね。

 その内。
 薄々ですが――気付いてしまったんです。
 …彼、も――お姉さんに憧れを抱いている事に。

 自分も、同じ想いを抱いてしまっていたから…気付く事が出来たのかもしれません。
 同じ目で、見ていたから。
 思春期故の姉への憧れ、その延長――それだけでは済まないだろう、目、でした。
 憎まれ口は照れの裏返し。放っておかれたくないからこそ。…そんな風で。

 …居辛くも、なりますよ。
 それは、僕には確かにお姉さんへの憧れもありましたが――僕は彼当人の事も大切な友人だと思っていましたから。彼の方も彼の方で僕の事をそう思っていてくれたからこそ、僕が自分の家に来る事を拒まなかったんだと思いますしね。
 彼とは事情聴取…と言う名目で、貴方も直にお会いしてますよね。…あの彼が、本気で自分の意に沿わない人間を側に近付けると――家に入れると思いますか? 思えないでしょう?

 それがわかっていたからこそ、余計に居た堪れなくなったんです。
 彼は――彼女の実の、弟ですしね。
 それは…僕はその事でどうこう言うつもりもありませんでしたが――どう考えたって、絶対に報われないでしょう?
 …彼自身も、その事は自覚しているようでも、ありました。

 だからこそ、僕はその場にいる事が――出来なくなりました。彼の想いに気付いてしまえば――姉と弟のその関係が『家族として、姉弟として』仲が良さそうに見えれば見える程、見ていられなくなったのかもしれません。
 疎遠になったのは、それからです。
 …彼とは配属先が違った事もありましたしね。彼は捜査一課に、僕の方は――超常現象対策本部設立準備会に配属になったんです。その際に特殊強化服の適性を見込まれて、そのまま新設された超常現象対策本部、対超常現象一課に配属されました。
 彼はこの部署の設立には反対みたいだった事も、疎遠になった原因のひとつでしょうか。
 以後、あまり、お互い連絡を取る事は無くなりましたね。
 今回の公園での事件で顔を合わせるまで、一年以上のもの間、お互い、音沙汰無しだったんです。

 …僕は今でも彼の事を友人と思っていても、彼の方ではどうか、わかりません。
 彼もまた、当時の僕の…お姉さんへの想いに――気付いていたような気が、しましたし。
 それに、僕が――『気付いていた』事も、ひょっとすると知っていたかもしれません。

 彼のお姉さんが、一年前に亡くなった事。
 その事すらも僕はつい先日まで知りませんでした。
 彼は知らせてさえくれませんでした。
 それは――今は僕は、彼のお姉さんへの憧れは思い出として大切に仕舞ってあるに過ぎません。ですが、憧れ以上に、単純にたくさんお世話になった事も確かですから――そんな重大な事ならば、知らせてくれると思っていました。
 なのに。
 …知らせてくれませんでした。
 その事自体が、彼の想いを伝えているようにも思えます。死を認めたくなかったからかもしれません。何も考えられなかったのかもしれません。…当時同じ想いを抱いていた僕だからこそ、知らせる事を躊躇ったのかもしれません。わかりません。その時の彼の気持ちは僕には計り知れません。…ですが彼はきっとまだ、今も――…。

(………………そこで話し手――葉月政人の顔色や様子を見兼ねた聞き手の方から制止が入り、聴取終了)