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幽霊ビルと心霊写真
アトラス編集部。
年中忙しくて賑やかなここは、やはり今日も騒がしかった。
忙しく仕事をしている編集部内の一角には仕事の後や待ち時間の間の休憩、特に目的はないまま来ている人が多々いる。
ようするにその一角にいる場合は、自動的に暇人だと見なされてしまうと言う訳だ。
「ちょうど良いわ」
ソファーに座っていた遊那に向け、ニコリと微笑みかける。
何が良いのかが解るのは、恐らく麗香のみだろう。
背後で騒いでいる声に一瞥を送ってから、何事もなかったように話を続ける
「面白い話があるのよ、とある廃ビルにありがちな幽霊が出るって話なんだけど、どうやら凄く質が悪いのよ」
口を挟みにくいタイミングで話しながら地図と車のキーを手渡す、一体何事かと聞こうとしたタイミングはまさに相手の思うつぼだったようだ。
「当然取材に行くべき所なんだけど、写真は腕のいい人が行った方が良いでしょう。そこであなたを見かけてこれだと思ったのよ、行けるわこの企画」
「ええと、一体どういう」
「詳しくはちゃんと話してあるから、出来たら心霊写真もね」
言ってしまってから、このタイミングで尋ねた場合は話の詳細を聞いたようにも取れる事に気づかされる。
改めて日本語のと会話のタイミングの恐ろしさを思い知らされた、ではなくて。
「よろしくお願いするわ」
本気で断らせるつもりは一ミリもないようだった。
まあ、偶々この場に居合わせたぐらいであるのだし、ちょうど時間はある。
「行くのは構いませんが」
問題は話が事実であるなら、一人で行くのは流石に危険だ。
「そうね、だったら……」
誰が良いかの算段を練り始めたその直後。
「いい加減にしろよこの人でなし!」
「お前が馬鹿だから悪いんだろう。この間抜け、愚図、阿呆」
「うっわー、えぐい! お前えぐすぎ!!!」
「これぐらい言わないと解らないだろう、馬鹿だから」
「また言った!」
突然始まった怒鳴り合いは、これもまたいつもの事であるらしい。
周りの反応はまたかと言いつつ距離を取り、足下にいる大型犬が一匹困ったように肩を落としているだけだった。
軽く溜息を付く麗香の横で、これはいいと目を付けたのは遊那である。
ちょうど良いとばかりに喧嘩をしている二人の首根っこをがっしと掴む。
「そんなに暇なら一緒に護衛に付いてきてくれない」
「は?」
「俺は今から予定表の修正を……」
「編集長、お借りして良いですよね。二人と一匹」
「構わないわ」
即答だった。
「だから仕事が……」
「俺なんて遊びに来ただけなのに」
やはり確認すら取られなかった二人がなにやら呟く。
「嫌なら戒那ちゃんに言いつけるわよ」
「………」
「………」
ピタリと口を閉ざした。
なんて解りやすい力関係。
後は黙っている間に引きずっていくだけの事である。
半ば強制的ではあったが、本当に嫌でならちゃんと断れるはずだ。
この二人には聞きたい事があるから遊那にとっては都合がいい。
「よろしく」
知りたい事は向こうに着いてからでも尋ねれば良い、二人なら知っているだろう事を聞こうと、そう思ったのだ。
幽霊ビル前。
「うっわ、俺の家より質が悪い」
車から降り、ビルを見上げつつりょうが声を上げる。
「確かに凄いけど、もうちょっと静かにしないと誰か来ちゃうかも」
「まったくです」
同意した夜倉木に遊那がひょいと荷物を渡す。
「気を付けてね」
「構いませんよ、別に」
りょうでも良かったのだが、霊に対応しやすいのが彼であり、自然と先頭を歩くことになるのだ。
その場合何かあって鞄を落とされでもしたら事であるという理由で、こういう事になったのである。
「そうだ」
前を歩くりょうを、何か使うかも知れないと一枚撮っておこうとカメラを向け……。
「って、ピースをしない」
「なんとなく、つい」
状況は怪奇とはほど遠いようである。
入れそうな場所を探しながら遊那が話を切り出す。
まずは軽く関係ない辺りから。
「さっきどうして喧嘩してたの?」
「ああ、それならこいつが悪いんですよ。人のパソコンのパスを勝手に破ったんです」
「偶々開いたんだって」
「だからって予定を書き替える馬鹿が何処にいる」
このまま放って置けば延々と続いてしまい、本題に入れなくなってしまう。
「一つ聞きたいんだけど、良いかな?」
「?」
どうしたのだろうと耳を傾ける様子に、話は出来るようなので安心して続ける。
「戒那ちゃんの同居人の事なんだけど、知ってる?」
いたって普通の口調で尋ねた瞬間。
「………」
「………」
水を打ったかのように静まりかえった。
「知ってるのね」
「さあ?」
「あ、入り口あった」
いかにも知ってますと言うような表情なのにもかかわらず、シラを切り通すつもりなのは明白である。
「教えてくれない気?」
誰かが開けたのだろうフェンスの穴へと、火の点いたタバコをくわえつつ通り抜けるりょうとナハト。
「先にどうぞ」
後に続くように促されて遊那が続き、最後に夜倉木の順で中へと入っていった。
中は予想通りの廃墟具合。
人は居ないのにもかかわらず、そこら中から視線を感じるという噂通りの幽霊ビルだった。
足下の瓦礫に気を付けながらライトで照らし先へと進んでいく。
「さっきの質問なんだけど」
「うわー、いっぱいいるなぁ」
「誤魔化しにもっなってないし」
潔いまでの棒読み口調に半眼で呻き、話が逸れけかけている事に気づき今度は夜倉木の方へと問い掛ける。
「本当は知ってるんでしょ」
「いいえ、俺は何も。あそこら辺一枚お願いします」
「もうっ」
なかなかに口は堅い。
通路や部屋を回りつつ、シャッターを切っていく。
「ヒントだけでも良いのよ、歳とかイニシャルとか」
「ノーコメント」
「お答え出来ません」
多少譲歩してみても、口を揃えてこれである。
よほど固く口止めされているらしい。
「みんなして隠し事ばっかり」
次は少しひねってみようか?
でもどうやってと考えつつ、いかにもなもな場所を撮りながら……ふとした思いつきでカメラを構えたまま後を振り返りシャッターを切る。
「なっ!?」
不意を付いたはずなのに、フラッシュが光る瞬間にはバッチリ顔を隠されていた。
「おしい」
「あー、お前写真取られるの嫌いだよな」
「………」
その一言に夜倉木が解りやすく嫌そうな顔をする。
「どうして嫌いなの?」
「確か記録に残るのが嫌だとか、フラッシュが嫌だとか聞いたけど……かなりどうでもいい理由でトラウマとかじゃない事だけは確か。毎回言ってる事違うし」
なんとなく写真が嫌いという人はたまにいるのだ。
「とにかく写真は勘弁してください」
カメラを構えたままの遊那から逃げる訳にも行かないためだろう、ナハトを持ち上げて盾にし始めた辺りで諦める事にする。
最も夜倉木がどうのではなく、迷惑そうなナハトが可哀相になったのだ。
「大人げない事するわね」
「何とでも言って下さい」
「つーかナハト下ろしてやれよ、可哀相だろうが」
だらりと伸びた胴が投げやりな雰囲気を漂わせ、そこはかとなく哀愁を誘う。
「504号室。ここだな、自殺者がでたってのは」
崩れ落ちかけた扉を開き、中に踏み入れかけたりょうをナハトが止める。
「ワン!」
「……えっ?」
振り返りかけたのは扉を開いてからだった。
戸の隙間から伸びる手。
「手を離して!」
「前を見ろ!」
忠告も虚しく一瞬で引きずり込まれるりょうをナハトが追っていく。
「あの馬鹿……」
「盛岬君っ」
「待ってください」
追いかけようとする遊那を、夜倉木がどこからか取りだした手袋をはめつつ制止する。
「いいの?」
「あっちはそんな大事になりませんよ、それよりも回りに気を付けて下さい」
事実、戸を開ける前と比べて霊の数があきらかに増えてきているのだ。
「ぶはっ!」
勢い良く扉から転がり出てくるりょうとナハト。
多少薄汚れてはいたが、特に怪我もしていないようだった。
「大丈夫?」
「なんとか。ああ、ビビった」
戸を閉めつつ、夜倉木がいたって冷静に問い掛ける。
「中はどうだった」
「一杯いる!」
どうやら落ち着いて会話の出来る状態ではなくなってしまったようだ。
「本当に沢山いるわね」
あっという間に囲まれるが、数が多いだけでそれ以外は特に問題ではないようである。
「写真お願いします」
「大丈夫なの?」
「その為に来たんですから、写真おねがします。盛岬、とにかく数を減らせ」
遊那の護衛を務めながら辺りの霊を蹴散らし始める。
「解ってるっ! ナハト手伝え!」
近づけないように気を付けてくれているらしく、どうやら安心して写真が撮れそうだった。
次々と数が減っているのに気づき、今の内にと写真に納めてしまう。
あれほど静かだった幽霊ビルが一気に騒がしくなり、辺りに埃が立ちこめ始める。
「急いだ方が良さそうね」
「警察が何時来るか解りませんし」
確かに祓うためとはいえ、火はまずいと約一名に視線が集中した。
「もう少し火力抑えられない? 写真に光不自然な光りが入っちゃう」
「どうやって!?」
「自分で考えろ」
手早く撮影を済まし、幽霊ビルから撤退する頃にはくたくただった。
ようやく編集部に戻り、一息入れる。
「力の使いすぎで眠い……寝よう」
「まだ仕事があるので、お疲れさまでした」
「お疲れさま……って!」
そう言われたら、反射的にそう返してしまうものなのだ。
「ちょっと、待ってっ」
いまだに何も聞けていない事を思い出し、呼び止めた時には二人と一匹の姿はすでにない。
なんとまあ素晴らしい逃げ足だろう事か。
「また聞けなかったっ」
こうしてすべてはうやむやにされ続け、同居人が誰なのかは最後まで聞き出せないままだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1253/羽柴・遊那/女別/35歳/フォトアーティスト】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
本当はもっと二人と一匹をこき使いたかったりもします。
口調とか性格とか大丈夫だったでしょうか?
書いていて、一番霊が写ってそうなのが
夜倉木の後ろだと思ったのはここだけの話です。
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