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学校怪談・未だ見ぬ給食室
１．
「ねぇ、知ってる？」
そう言って、月神詠子（つきがみえいこ）はニヤリと笑った。
「この神聖都学園って今は学食や売店でのお昼ご飯になってるけど、昔は給食があったんだって。
そこの給食が超不味くて、学校側は今の制度にしたらしいんだ。
でもね、ここからが問題なんだけど…」
詠子は一旦言葉を切ると、少しの間をおいた。
相手が自分の言葉に興味を持つことを意識した話し方だ。
「まだこの神聖都学園には給食室が残ってて、今でも給食を食べてくれる生徒を待ち続けてるんだってさ。
給食のおばちゃんは未練を残したまま死んじゃって、きっと全部完食してくれる生徒を待ってるんだろうね」
そう言うと、詠子はにっこりと笑った。
「ボクさ、この間その給食室見つけちゃったんだよね〜♪ どう？ 行ってみない？」
２.
「おばちゃーん！ 給食食べに来たよ〜！」
詠子がカウンター越しのキッチンへと声をかけたるとすぐに反応は帰ってきた。
「はーい！ 今すぐ行きますから〜」
そう言って出てきたのは年の頃なら４０歳ほどの小柄な女性だった。
「ちょっと待っててね。えーっと、４人？ ５人？ すぐに用意するわね」
いそいそと中に引っ込んだおばちゃんを見送り、詠子は席に着くように促した。
春休みの学校内は部活動にいそしむ生徒たちの声が響きながらもいつもより静かだ。
そんな校内、少し薄暗がりの廊下の突き当たりにあった地下への階段。
そこを降りていくと、そこにはやはり薄暗がりの大きなホールがあった。
平行に並べられた長机と椅子が、寂しげに着席してくれる生徒を待っていた。
「私が拭きましょう」
と、どこからともなく雑巾を取り出し、シオン・レ・ハイが埃の積もった椅子や机を掃除した。
そして、詠子に連れられやってきた面々は着席した。
「給食、それは青春以前の水色の春…」
そう言ったのは小柄な少年・鈴森鎮（すずもりしず）。
…とは言ったものの、その言葉が意味するところは本人にもわからない。
「風流ですね〜。私、給食という物を食べたことがないので…あぁ、楽しみです」
ぽわわ〜んと意識は遥か夢の国、シオンは実に嬉しそうに笑った。
「あ、俺も俺も！」
鎮がシオンの言葉に声をあげた。
「ていうか、何でシオンさん学ランなんだ？」
シオンの服装が学生服だったことにツっこんだ葉室穂積（はむろほづみ）。
それは実に素朴な疑問だった。
穂積に問われたシオンは心なしか『待ってました！』といった顔で答える。
「是非学生気分で給食を食べてみたかったんです！」
「ふふっ。面白い人ですね。シオンさんって。でも、給食ってなんだか言葉だけでも懐かしいですよね」
優しく笑った月夢優名（つきゆめゆうな）。
彼女はどうやら神聖都学園の生徒のようだ。
「給食がマズいなんてさ、ある意味お約束だよな。…ってことで、実は結構イケるんじゃないかと思うんだけど」
穂積は道すがら考えてきたことを口にした。
と、鎮がチッチと舌打ちした。
「不味いとかさ、不味くないとかは二の次なんだって。こーゆーのは、腹をすかしまくって詰めこめばいーんだって！」
見た目小学生の鎮にそう言われ、穂積は口をへの字に曲げた。
「鈴森〜。子供ならもっと夢や希望を抱こうよ」
子供はもっと子供らしくてもいいと思うのだ。
美味しいものを素直に美味しいと感じられればその方がいいじゃないか。
ちょっとひねくれた考え方の鎮の頭を穂積はポンポンと叩いた。
せめておれだけでも、子ども扱いしてやろう…。
「子ども扱いすんな！」
だが、鎮にはそんな穂積の心が伝わっていないらしい。
「まぁ、子供ってのは皆そういうさ。よしよし」
再び頭を撫でた穂積に鎮はとても不満そうな顔をしていた…。
３.
「さぁ、お待ちどう様〜！」
おばちゃんがカチャカチャとお盆にのせた給食を持ってきた。
「それじゃ、これ５人分の給食ね。今日のは自信作なのよ〜」
おばちゃんはにっこりと笑うとお盆にのせてきた給食をそれぞれの前に置いた。
筑前煮に鯖の塩焼き、豆腐とわかめの味噌汁に定番の玉子焼き、そしてご飯。
どれもこれもとても美味しそうに盛り付けてある。
…見た目は。
「いただきます」
優名がまず手を合わせて、箸を持った。
何もいわずに給食に手をつけようとしていた鎮は、それを聞いて慌てて手を合わせた。
「あ、私マイお箸でいただきます」
シオンは誰に訊かれるでもなく、そういって懐からシャキーンッと箸箱に治められて箸を取り出し構えた。
「いっただきまーす！」
穂積はパチンと勢いよく手を合わせ、声高に宣言した。
そして、各者いっせいに料理へと箸をつけたのだった…。
４.
穂積は箸をつけたのは一番美味しそうに見えた筑前煮。
少し具の大きさが小さめに切ってはあるが、穂積はためらわずにニンジンを口へと放りこんだ。
ひと噛み、ふた噛み…。
ごっくん。
さらに今度は皿ごと筑前煮を持ち上げると一気に口へと流し込んだ。
もぐもぐもぐ…も…ぐ…。
波が静かに、しかし確実にその強さを増していく。
そして時は来た。
「！？？！」
血の気が一気に引いた気がした。
いや、きっと引いたのだ。
端から見たら、青を通り越して深緑色に見えたかもしれない。
全神経が胃の中と口の中に未だ残る筑前煮に集中する。
そうすると、余計に不味さが体中を駆け巡り脳は命令する。
吐き出してしまえ！ と。
だが、それは許されないのだ。
穂積は意識をそれに集中させぬよう他の事を考えた。
そしてゴクリと飲み込んだ。
だ、大丈夫。きっと筑前煮だけだよな。
他のものはきっと美味いさ！
前向き思考で穂積はご飯に手をかけた。
これならどう考えても不味いなんてありえないだろう。
また１口放りこみ、その後全てを口に流しいれる。
「！！？！？」
二度目の衝撃に、口の端が痙攣しているのが自分でもわかる。
口がうまく噛み合わないほど動揺する穂積。
それでも何とかそれを飲み込む。
そしてまた思うのだ。
これだけがきっと不味かったのだ…。
５.
「うん、お、美味しかったよ！」
自分でも、きっと顔が引きつっているであろうコトをわかっていながら、穂積はそう言った。
「お袋の味がしました。ありがとうございました」
涙目ながらも微笑を浮かべ、シオンもどうやら完食したようだ。
「ご、ごちそさ…ひでぶ」
ぱたりと突っ伏した鎮。
「ごちそうさまでした」
優名はそう言って、行儀よく手を合わせた。
こちらの皿も全て綺麗になくなっていた。
「おばちゃん、お腹いっぱい…」
詠子がお腹をポンポンと叩いた。
本来ならきっと、この場合の場の空気というのは和やかでまったりとしたものではないだろうか？
だが、今この場での空気は微妙に違うのだ。
いかにおばちゃんを傷つけないように、不味かったことを隠すか。
その場の悪い雰囲気が、皆の上にあまりにも重くのしかかる。
と、口火を切ったものがいた。
「鯖は塩を振らずに焦がさないようにじっくりと焼いた方がいいと思うんです。あと、筑前煮は具を小さく切りすぎずに味は薄めで煮るといいですよ」
優名の口調はとても優しげで、けして責めているわけではなかった。
だが、その言葉で穂積が内心焦ったのは言うまでもない。
「ゆ〜なってば、どうしたの？ 突然」
困惑気味の詠子に、優名はにっこりと笑った。
「もっとおいしいものを作った方が生徒さんは喜ぶと思いますし、その方がおばさんもお世辞で『美味しい』って言われるより嬉しいと思うから」
そういうと、優名は呆然と立ちすくむおばちゃんに体を向けた。
「きっと、もっと美味しい給食が作れると思います。あたし」
そうはっきりと言い切った優名に、穂積は大きく頷いた。
「そうそう。料理に一番大事なのは愛だよ！ おばちゃんの作ったものはちゃんと愛情入ってたからさ！」
「美味いの作れたら、俺また食べに来るよ！ そうだ！ 兄ちゃんとかも連れて来るから！」
やや復活した鎮がそう言って加勢する。
「お袋の味…愛情料理…。泣かせる話です」
シオンはそう言うと、そっと目頭の涙をハンカチで拭いた。
「ありがとう。こんなにきちんと食べてくれたのも、励ましてもらったのもあんたたちが初めてだよ…。おばちゃん、頑張ってみるよ！」
涙をぽろぽろと流しながらも、力強いおばちゃんの声が返ってきた…。
―― それから間もなく春休みは終了した。
６.
あれから、幾日かが過ぎた。
学校の中庭の芝生の上で寝転がって穂積は空を見ていた。
詠子とも会っていないし、神聖都学園に行く用事もなかった穂積は通りかかった同級生たちの噂話を耳にした。
「神聖都学園には、給食のおばちゃんの幽霊が出るらしい」
今更になって出てきた噂に、穂積は少し耳を傾けた。
なにか、心に引っかかったのだ。
「それがさ、どうも悪霊らしいぜ？」
「なんでよ？」
「通りすがりの生徒引きずりこんで、給食の試食をさせるらしいんだよ。しかもチョ〜不味いらしいぜ？」
「なにそれ？ なんか自縛霊とかそんな感じ？ 変な噂だね」
「いや、最近になって物すげ〜被害者でてるらしいぜ？ 俺の友達の友達が被害者になったっていってた」
「それって又聞きだろ？ そういうのを噂って言うんだよ」
どこかで聞いたような話に、穂積は少し考えてうんうんと１人頷いた。
ヘタでも一生懸命作って給食を食べてもらおうとしているおばちゃん…。
その努力がいつか叶うといいな。
今度行ったら、きっと美味くなってるよな！
ふとそんな考えが浮かんだ。
穂積は近いうちに、神聖都学園を訪ねてみようと思った…。
−−−−−−
■□ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） □■
2320 ／ 鈴森・鎮 ／ 男 ／ 497 ／ 鎌鼬参番手
2803 ／ 月夢・優名 ／ 性別 ／ 17 ／ 神聖都学園高等部２年生
3356 ／ シオン・レ・ハイ ／ 男 ／ 42 ／ びんぼーにん（食住）＋α
4188 ／ 葉室・穂積 ／ 男 ／ 17 ／ 高校生
■□ ライター通信 □■
葉室穂積 様
初めまして、とーいと申します。
この度は『学校怪談・未だ見ぬ給食室』へのご参加ありがとうございました。
強烈に不味い給食を皆様に食べていただき、本当に申し訳ないやらありがたいやら…。（笑）
給食の味はいかがだったでしょうか？
なお、４章と６章がそれぞれ個別となっております。
明るい前向きな少年…とお見受けしましたので、そこはかとなく前向きに書かせていただきました。
好き嫌いのない穂積様が美味しくないと感じるほどの給食…でも、穂積様ならきっといい思い出にしてくださると信じております。
今度行ったら…本当に美味しい給食は出るのでしょうか？？
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
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