コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


非科学事件 ♯1


 正体不明のなにものかに追いかけられる夢をみた。
 目覚める直前、彼は追いかけてきていたものの顔を見る。
 それは、金の目の、よく知っている顔だった。
 夢の中でも、彼は彼女に頭が上がらなかったというわけだ。


 不愉快な夢をみていた和馬を、目覚まし時計が救った。はあ、と長いためいきをつきながら、彼はベッドから抜け出す。伸びをすると、身体のあちこちがばきばきと鳴った。
「なまってやがる」
 藍原和馬の今日は、その一言からはじまった。
「そろそろ暴れたいもんだねエ」

 夢の内容は、もはやぼんやりとしていた。ただ、ひどく疲れる内容だった、ということだけは覚えていた。悪夢だったことはまちがいない。
 そうして彼は顔を洗い、コンビニのパンの朝食をとりながら、今日の予定を確かめようとした。目覚まし時計をセットしていたのだから、何か予定があったかもしれない。
 と、そのとき、まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、彼の携帯電話が着信したのである。相手は――夢の中の女だった。彼に、よく用事を言いつけてくるのだ。しかも唐突に。
『起きてたのかい』
「あう、師匠! おはよーございます」
『昨日言ったこと、忘れちゃいないだろうね』
「昨日――」
『忘れてたってのかい!』
「い、いえいえいえ! まさか! そんな!」
 慌てて言葉を濁しながら、和馬はスケジュール帳を確認した。忘れかけていたが、確かに、予定は書きこまれていた。10時までに、ある骨董品屋へ行かなければ――。

 言いつけられていた用事というのは、高峰心霊学研究所への届け物だった。身支度を整え、和馬は車を走らせる。電話をよこしてきた女師匠のもとに寄り、曰くありげな白木の箱を受け取ると、まっすぐに研究所に向かった。
 高峰心霊学研究所というのは、何とも不可思議なところだった。謎めいた所長が、この世の謎を集めているのだ。所長は高峰沙耶といい、東京の暗黒部への案内役をつとめる存在である。和馬ははじめ、彼女の胸の大きさにだけ気を取られていたが、何度か会っているうち彼女に対する奇妙な畏怖のようなものを抱くようになっていった。彼の中に流れる獣の血が、きっと本能的に高峰沙耶がただものではないことを感じ取っているのだ。
「やれやれ……とっととすませるに限るね……ん?」
 研究所前に車をとめた和馬が見たのは、玄関前で立ち話をしている男女だった。ひとりは、この研究所の所長、高峰沙耶だ。もうひとりは――和馬の知らない、白髪の男だった。
「ちわー……っス」
 御用聞きのような挨拶をしながら、和馬は白木の箱を手に、沙耶に近づく。沙耶と男は話をとめて、和馬を見た。
「来たようね」
 沙耶は目を閉じたままだったが、まっすぐに和馬を――見ていた。初老の男が、沙耶にちらりと漆黒の目を送る。
「彼かね」
「ええ」
 勝手に納得しあっているふたりの顔を、和馬は交互に見つめた。それから、首を突き出す。
「……はい?」
「藍原和馬君だな」
「はあ」
「私はこう云う者だ、よろしく」
 話を見出せない和馬に、男が名刺を差し出した。
 帝都非科学研究所所長――物見鷲悟。

 高峰沙耶の話によれば、和馬はここに携えてきた白木の箱と、物見鷲悟とともに、ある怪奇事件の調査へ赴く手筈になっているらしかった。らしかった、というのは、和馬が初めて聞く話だったからだ。和馬は終始呆けた顔で説明を聞いていた。
「あなたのお師匠さまから話があったはずだけれど」
「なんも! なーんもっスよ!」
「私からは何も礼が出来ないが、高峰君がいくらか出してくれるそうだ。私はことの顛末を見届けられたらそれで満足でね。しかし、立ち回りには自信が――」
「立ち回り?!」
「少し身体を動かすことになると思うわ。ちょうど動きたかったところでしょう?」
「それはそうだが!」
「頼む。きみは腕が立つと聞いている」
「うううぬぬぬ!」
 さっさと用事を終えて帰宅し、一日中ネットゲーム三昧としゃれこもう――和馬のその予定は、儚く揺らめきながら消えていった。


「しっかし師匠も、わざわざ寄り道させなくてもなあ……」
 ぶつぶつと文句を言いながら車を走らせる和馬、その隣には物見がちゃっかり座っている。彼は表情がすこしばかり乏しかったが、腰は低かった。
「私を拾っていってほしかったのだよ」
「おい、それってつまりアッシーじゃねエか!」
「すまない、免許も車も持っていないのだ」
「『いないのだ』ってずいぶん渋く言い切りますな!」
「悪いと思っている。足手まといにはならないから、どうか許してくれ」
 物見は妙に優雅な態度の男だ。足を組んで助手席に座る男を、和馬は初めて見た。鼻でためいきをついて、和馬は車を走らせ続ける。
 いつしか、雨が降り始めていた。春先の、どこかけちくさい、ぱらぱらとした降りだった。しかし雲はかなりの厚みであるようで、空は暗く、辺りはまるで黄昏どきのような薄闇につつまれているのだった。

 建物もまばらな田舎町を通り過ぎ、和馬は、突然開けた視界に目を細めた。とめてくれ、ここだ、と物見が小さく和馬に告げる。
 ふたりの男は、車を降りた。しずまりかえった荒野が――いや、更地が広がっている。申し訳程度にロープが張られ、『立入禁止』の立て札があった。立て札は傾いており、和馬がたわむれにちょんとつつくと、むなしく倒れてしまった。
「調査するのって……ここか?」
 立て札を直しながら、和馬は物見にたずねる。当然の質問だ。周囲にはなにもなかったし、ふたり以外に人影も見当たらないのだから。
「ここには少し前まで林があった。サッカーチームのホームグラウンドを作る予定だったらしい」
 物見はそこでいちど言葉を切って、和馬に意味深な視線を送った。
「周辺の住民は、400年もの間、林には手を加えなかったというのだよ」
「はあああ、なるほどねえ」
 深いためいきをついて、和馬は白木の箱を抱え直し、ロープをまたいだ。
「で、この箱はどうすりゃ……」
 雨が止み、分厚い雲は昼下がりを黄昏どきに変えた。風向きが変わり、和馬は台詞をのどにつまらせた。
 掘り返されてならされた大地が歪み、闇の中に、音もなく浮かび上がる気配と影があったのだ。
「う、お――」
 驚愕の声すら、驚きのあまりひきつっていた。和馬は思わず圧倒されて、一歩後ずさった。太股に、ロープが当たる。

 つわものたちは、夢の跡から立ち上がっている。よろりとよろめきながら、甲冑を身につけた姿で。どの武者も、肉はすっかり顔や身体から腐り落ち、骨ばかりになっていた。しかしその暗黒の眼窩の中に、白い光が宿っているのだ。更地が星空になったかのようだった。
 禍々しい星ぼしは、明らかな殺意をたたえてまたたき、和馬と物見をねめつけている。殺意の中にこめられているのは、生けるものへの妬みだろうか。
「こっ、こんなとこでサッカーしようなんて考えたの、どこのどいつだ?!」
「何というチームだったかな……」
「ンなこと思い出してる場合かー! こんな数相手にしてらンねエぞ!」
 和馬が叫ぶと、亡者たちもまた咆哮した。その声は、この世のものではなかった。和馬は唸り声を上げながらジャケットを脱ぎ、ネクタイをゆるめる。
「持っててくれ!」
 黒いジャケットが宙を舞い、物見がそれを受け取ったとき――
 和馬めがけて振り下ろされた赤鰯は、ガツッ、と獣の手に受け止められていた。
 物見が目をしばたいた――傍観者の目の前で、和馬は黒の獣人と化していたのだ。

 ……ガルルル。

 獣人は白木の箱を小脇に抱えたまま、亡者を3体ばかりまとめてなぎ倒した。獣の唸り声とともに、彼は物見を振り返り見る。
『なんか、手はあンのか』
 和馬の面影を残した声の獣に、物見は頷く。
「その白木の箱だ」
 そして彼は、合戦場の彼方を指差した。
「それは一度しか使えない。この兵たちは忠実に命に従っているだけだ。総大将を討てば崩れるだろう」
『よし! あんたはほっとくが、それでいいんだな!』
「かまわない。ついていく」
『フン!』
 会話は矢継ぎ早の攻撃の中で交わされていた。和馬は物見をかばう必要がないことを知った。武者たちの得物は、物見に対すると、まったく力を持たぬ霊体に成り下がっていたのだ。どういう理屈かは不明だが、物見の黒い瞳が白銀いろに輝けば、刃や穂先はすいすいと物見の身体をすり抜けていく。
 和馬に対しても、亡者たちはあくまで無力だ。刃と穂先はがつりがつりと確かに身体に当たっているのだが、獣人を傷つけるには至らない。どれも、銀製ではないのだから。和馬がひとたびその腕を振るえば、武者たちはあえなく砕け散り、夢のように消えてなくなっていった。
 がうるるる!
『きりがねエ!』
 和馬は涎をぬぐいもせずに吠えると、白木の箱を片手で抱え、周囲のものを蹴散らした。そうして、片膝をついて右手の拳を大地に叩きつける。

“KICK OFF !!”

 戦国時代の男たちは、フットボールなど知らぬ。
 しかし、まるでルールを知っているかのようだった。
 箱を抱えて突進する和馬の行く手を阻むために、得物を捨てて組みつこうとする者までいた。しかし和馬は、阻むものを容赦なく吹き飛ばした。飛び散る白骨と鎧兜には目もくれず、和馬は走り続ける――だいぶ遅れて、彼に物見が続いていた。
「藍原君! 本陣旗だ!」
『おウ!』
 応、は獣の咆哮。ぼろぼろの旗印をみとめ、和馬は箱を両手に抱え持った。
 ――タッチ・ダウンだ! もらったッ!
 本陣に座していた将軍もまた、猛る黒の獣に気がついたようだ。ゆらり、と余裕の様子で立ち上がった。和馬の二倍はあろうかという巨体――見上げた和馬は、ぎょっとした。将軍には、首がなかったのである。
『なんだかわかンねエが、』
 和馬のするどい爪が、白木の蓋にかかった。
『食らえ!』
 朱の紐は千切れ、蓋は開け放たれた。


≪喝――――――――――ッッ!!!!≫


 更地じゅうに響きわたった気合に、ぎゃいんと悲鳴を上げながら、藍原和馬は吹っ飛んだ。吹っ飛んだものはなにも和馬だけではない。首なしの将軍も、骨のつわものたちも、もろともだった。いや、和馬のほうが、もろとも吹き飛ばされたのか。
 将軍の姿が消え失せると、衝撃波をのがれた霊たちも、呻き声を上げながら消えていった。
 軽く10メートルは吹き飛んだ和馬は、獣の姿から人間の男の姿に戻ってしまっていた。無傷の物見が箱を拾い上げてから和馬に駆け寄り、その顔を覗きこむ。
「……すまない、これほどの威力とは思わなかったんだ」
「おまえぇ……箱の中身……『有り難い』モンだな……。俺はなァ……見りゃわかるだろうけど、『負』なんだぞ……」
「謝る」
 耳をいじりながら身体を起こした和馬は、すっかり打ちのめされていた。その彼に、物見が箱の中身を見せる。中に入っている、『有り難いもの』は――
「即身仏だ」
「正確に言え、即身仏の首だ、そりゃ。この罰当たり!」
「いや、これは、もともときみのお師匠が……」
「ああああ、そうだった」
 この場に師はいないというのに、暴言を吐いたことを和馬は悔いた。
 しかし、見上げた空を見て、胸が透いたのである。
 分厚い雲が、この更地の上空だけ、まるく切り取られていたのだ。光が差し込み、どこからか念仏が聞こえてきた。数多の燐の焔が、昼下がりの空に上っていく。念仏は空耳だったのかもしれない――ともかく、和馬は、ぽかんと空を見つめていた。
 それから、なまった身体を動かせたことに、即身仏に、何もかもに、感謝した。

「また、協力してもらえるかな」
 物見がようやく微笑していて、座りこんでいる和馬を見下ろしたのだった。
「身体がなまったら、行かせてもらわア。えーと、帝都……」
「非科学研究所、だ。私の名前も覚えてもらえたかな」
「物見……」
「鷲悟、だ」
 彼の黒い瞳は、和馬の黒い瞳とはちがうものだ。
 けれども、その瞳を見つめ返して、和馬は差し伸べた。
 握手がてらに、物見が和馬の腕を引いて、彼が立つのを手伝った。




<了>


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   非科学事件調査協力者
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
               物見鷲悟より
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご苦労だった、藍原和馬君。初顔合わせにも関わらず、調査協力ありがとう。これでまたひとつ、私は怪奇事件を見届けることが出来た。
 ……なに、私が白木の箱を抱えて本陣に突入したらよかったのではないか、と?
 それが、そう都合がよくないのだよ、私の能力は。怪我をしたり死んだりしないというだけでね。押さえつけられると手も足も出ないというわけだ。
 だから、おかげで助かったのだよ。きみは強い。これから頼りにさせてもらっても、構わないかな?

 きみのお師匠にもよろしく。
 それでは、また会える日を楽しみにしているよ。
 せめて今度は、紅茶でもご馳走しよう。