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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『未来予想図 ― 二人で見る光景 ―』


【悠香】

 そこは本当にとても桜の花びらが綺麗な場所だった。
 さほど高くは無い緑のフェンスに囲まれた小さな広さの公園だった。
 遊具はブランコだけ。鉄錆びた鎖に繋がれたブランコに乗って私はよくきょうちんと一緒に遊んでいた。
 私がブランコに座って、きょうちんが後ろから押してくれて………
「どうした、ゆう?」
「ちょっと嫌な事を思い出しただけ」
「嫌な事? 何かあったのか?」
「あー、うん、えっと、きょうちんは多分もうこれ以上は訊かない方がいいよ」
 そしたらきょうちんは渋い表情をして話題を切り替えた。
 ―――多分、きょうちんには思い当たる節が多いのだろう。
 私は溜息を吐いて、たまたま通りがかった場所にあった公園を見つめた。
 もう私ときょうちんの想い出の公園は世界のどこにも無い。
 消えてしまったのだ、そこは。
 区画整理。大人の勝手な言い分で。
 わかっている。区画整理だから、多分それをする事でこの街に暮す人たちのためになるのだろう。
 それに実際にはあの鉄錆びの匂いがするブランコや小さな砂場で遊ぶ子どもらの姿はそうは見ることは無かったし。だからきっと大人たちにとってはあのまま公園にしておくよりもその方が有意義な使い道だったんだと思う。
 それでも思うのだ、私やきょうちんからあの場所を取り上げた人たちは酷い、って。
 それぐらいあそこは私にとっては心温まる大切な場所だった。
 私は隣を歩くきょうちんの顔を見る。
 きょうちんは食べていたクリームパン(買い食いはシスターから厳禁されているのに、きょうちんはいつもこうやって買い食いするのだ)を口から離すと小首を傾げた。さらりと揺れた前髪の奥にあるきょうちんの茶色の瞳はきょとんとした感じで私を見つめる。
「どうした、ゆう? ああ、ゆうも食いたい、クリームパン?」
「ち・が・い・ま・す」
「何だよ、羨ましそうな眼でクリームパン見てたじゃん?」
「違う。私は…」
「私は?」
 きょうちんの顔を見てたの。
 きょうちんの顔を見て、きょうちんもあのブランコから想い出の公園を思い出しているか判断したかったし、ちょっと遠回りして公園の跡地に行こうって提案したくって………
 なのにきょうちんったら!
「何だよ、ゆう? どうしたんだよ?」
「だから何でもないよ」
 私はそう言いながらきょうちんの手からクリームパンを取ると、ぱくぅ、っとかぶりついた。
 クリームパン、美味しいじゃない。
「って、食ってるし。ダイエットはどうしたんだよ、ゆう」
「だったら食べないでよ、隣で」
「いや、それはだってお約束だろう! ダイエットしてる人間の隣で食べるのは」
「うわ、きょうちん、最低」
 私たちは梅の花が咲く下を笑いながら歩いていく。
 心くすぐったくなるようなそんなとても大切で愛おしい時間。
 そして私もきょうちんも最近、この時間はおかしい。
 最初はきょうちんだった。
 きょうちんは皆と一緒に居る時は何でもないのに、私と二人で一緒に居る時は何だか落ち着きがないというかよそよそしくって、無口になってしまった。こんな風に前と同じようにバカを言い合えるようになったのは少し前から。
 多分その時からだと思う。私がきょうちんの隣に居る事に臆病になったのは。
 私はその時、とても胸が痛かった。
 私はその時、とても哀しかった。
 私はその時、とても怖かった。
 きょうちんが私を独り残してどこか遠い場所へ行ってしまうような気がして。
 その感情の名前は私は知らない。わからない。
 きょうちんは、大切な人。友人とも違う。家族とも違う。ううん、きょうちんは友人で家族。
 だけど私は私が抱くきょうちんへの想いに名前を付けようとしても、その名前の言葉が思い浮かばない。
 心焦がれるような熱い想いを感じる時もあれば、まるでほんの少しだけ触れただけでも壊れるようなそんな罅だらけの繊細な硝子細工に触れるような怖さもそれに感じる。
 ああ、あれは何時だったろうか?
 橙色が一色の世界で気付いたら公園に独りきりで、私は必死になってきょうちんの名前を呼んだ。
 あの時に感じていた怖さ以上の怖さが私を包み込んでいたあの時期。
 だから私は笑う、きょうちんに。
 きょうちんと私の間にある夕暮れ時の空間というモノを他愛の無い私の言葉で埋めるように。
「きょうちん、あのね、今日学校でさ」
 まるで子どもが仕事先から戻ってきた母親の元へ駆けて行って、今日学校であった事を話す様に。
「きょうちん、それでね………」



【京也】


 例えばもしも俺にちゃんと親が居て、ちゃんとした家族があったら俺はもっと満たされていただろうか?
 例えば俺とゆうが普通に学校の先輩と後輩とかってそういう出会い方をしていたら、そしたら俺はもっと簡単に彼女に告白をしていて、ひょっとして上手くいけていたらゆうと付き合っていただろうか?
 だけどそれでも俺はこうやってゆうと一緒に歩いていられるこの時間や空間が好きだった。何よりも変えがたいモノだと俺は想う。
 俺とゆうが居るこの夕暮れ時の空間は心地良い彼女の声に満たされる。
 まるで二人一緒に居るこの空間を埋めてしまおうとするように彼女は喋っていた。
 俺はそんな彼女の言葉に、彼女の近さに感じる胸のドキドキを必死に押し隠して彼女の隣に居るのだ。
 ゆうは気付いているだろうか、俺のこの想いに。
 この想い………
 そう、俺の中にはゆう、矢島悠香への恋心があった。
 いつ頃から俺の中には彼女へのそういう想いがあったのだろうか?
 彼女は俺にとっては2つ違いの妹だった。
 血は繋がっていないけど妹としてかわいい女の子。
 心配で、そっそっかしくって、目が離せなくって、そしていつも俺の事を呼んでくれる女の子。
 ああ、そうだ。だから俺はゆうの事が好きになっていたんだと想う。
「ゆう」
「ん?」
「さっき、食ったクリームパン分のカロリー、消費しない?」
 さらさらの黒色の前髪の下にある青色の瞳を訝しげに細める彼女に俺は苦笑して、それからほんの一瞬だけ躊躇ってから彼女の手を握る。
「行こう」
「きょうちん、一体何よ? 行くってどこに?」
 俺はそう言う彼女に微笑んで、公園があった方へと足を運んだ。ゆうのとても小さく温かな手を握って。



【悠香】


「きょうちん、一体何よ? 行くってどこに?」
 きょうちんは私に何も教えてはくれなかった。
 ただきょうちんはにこにこと笑うばかりだった。
 だけどきょうちんが私の手を握って、歩む方向が答えを教えてくれていた。
 顔が熱い。
 手なんか本当にちっちゃい頃からきょうちんと繋いでいるのに何故か私は私の手を握るきょうちんの手の大きさと力強さ、それから伝わる温もりにドキドキとした。
 夕方の静かな空間に私の心臓の音が流れ出してしまうんじゃないかって心配になったけど、でも私は何も言葉を紡ぐ事ができなくって、二人居る空間を埋め尽くすのは橙色だけ。
 それでも私はそれが嫌じゃなかった。
 私は恥かしさと名前のわからない何かの感情を抱きながらきょうちんと手を繋いで思い出の場所へと向う。
 そう言えばこうやって手を繋いで思い出の場所…公園があった所へ行くのはあの時以来だ―――
 そう、あの時もこうやって一緒に手を繋いで帰った。



 シスターときょうちん、皆とで暮す教会や孤児院にも遊び場所や玩具なんかがあって、皆は上手にそれで遊ぶけど、でも私はよく孤児院から外に出て、あの小さな公園に遊びに行っていた。
 きこきこと漕ぐ度に錆びたブランコの鎖が軋む。
 だけどそれでも私はそのブランコが大好きだった。
 ひとりでブランコに乗って、思いっきり地面を蹴って、足をふってブランコを漕ぐのだ。ゆったりと、ゆったりと。
 ただきこきこと緩やかに小さく揺れているのが好きだった。
 お気に入りのブランコ。
 お気に入りの公園。
 ただブランコと砂場があるだけの場所。そんな場所。だけどそこが私は大のお気に入りだった。
 最初は私だけ。
 私がいつもひとりでブランコに乗って遊んでいる。ゆったりと、ゆったりとブランコを漕いで。
 そしたらいつも………
『おーい、ゆう。なに、ひとりで遊んでいるんだよ?』
『きょうちん。いいの。わたしはここでこうやってブランコに乗って遊んでいるのが好きなんだから』
『だったら俺が後ろから押してやるよ』
『って、わぁ、やだ。きょうちん、怖い』
『まだまだぁー。ほら、ゆう。もっと高く揺らしやるよ』
 そうなのだ。
 私はひとりでブランコに乗って、ゆらゆらと遊んでいるのが好きだったのに、きょうちんはいつもこうやってブランコを高く揺らしたり、やっちゃいけないのに私と一緒に二人乗りなんかをしてくるのだ。
 きょうちんは多分私を喜ばせようとか、自分が楽しもうとかそういうつもりでそれをやっていたんだろうけど、私は本気でそれが怖かった。
 時には二人一緒にブランコから落ちてわんわんと泣いて帰って、それから何故か私までシスターに怒られたものだ。
 そういう事があったけど、それでも私はいつもそこで遊んでいた。雨の降った後でも、運動会や遠足の後でも。
 きょうちんと一緒にブランコに乗って遊んでいた。
 そして夕暮れ時になるとシスターが私ときょうちんを呼びに来てくれるのだ。
 ああ、多分きっと私はそういう時間があるから、その公園で遊ぶのが好きだったんだと想う。
 公園には本当にたくさんの想い出がある。たくさんの。
 笑った事、
 喜んだ事、
 驚いた事、
 そして泣いて、怒って、哀しかった事。
 そう、あの公園が区画整理で潰されてしまった時は本当に哀しかった。
 去年の春。桜の花が咲き乱れる中で、公園は大人たちに潰された。
 


【京也】


 あの公園はゆうのお気に入りの場所だった。
 ゆうはその公園のぼろっちいブランコが大好きだった。
 だから俺はそのブランコでよくゆうを遊んでやっていたのものだ。ゆうもそれをすごく喜んでいた。
 あそこはゆうにとってはただ遊ぶだけの場所じゃなかったんだと想う。
 何かある度にゆうはあそこに行っていた。
 どこかで幸せそうな家族なんかを見た時には特に彼女は公園に行って、夕暮れ時までブランコで遊んでいたものだ。
 そしてシスターが俺たちを迎えに来てくれた時には本当に嬉しそうな顔をした。
 そうなのだ。ブランコが好きだから、という理由の他にきっとそこで遊んでいればシスターが迎えに来てくれるから、だから余計に彼女はそこが好きだったんだと想う。
 そこはゆうにとってそういう場所だったんだ。
 俺にだってたくさんの想い出がある。ゆうをそこで独りで遊ばせておくのがしのびなくって、だから俺もそこでゆうにつきあって遊んでいた。
 小さなガキの時から去年の桜咲き乱れる春までの想い出がたくさんそこには詰っていたんだ。
 だけどそこはある日突然持ち上がった区画整理によって潰されてしまった。
 もちろん、俺はできるだけの事をやった。
 シスターたちと一緒に市に公園を残してもらえるように嘆願書を出したり、書名を集めたり。
 でも区画整理は残っている予算を使い切るためとか、そういう理由でされたのではなく、より少しでも住み良い街づくりのためにされるもので、そこに反対意見がつきいる隙間は無かった。
 呆気なく公園は壊されてしまった。
 まるで降るようにひらひらと舞い散る桜の花びらは何故か泣いているゆうを慰めるように、もしくは一緒に泣いているんじゃないかと思えた。
 俺はただ自分の無力さを感じながらゆうの手を握って、公園を壊す大人たちを睨んでいたんだ。
 そして泣いているゆうの手を握りながら俺は気の利いた台詞のひとつも言ってあげる事が出来なくって、ただそのままシスターのところへ帰る事もできなくって、ゆうと一緒に街をさ迷い歩いていた。
 ゆうのお気に入りのブランコがある、二人の想い出がある公園の無い街を。



 握った手から伝わってくる泣いているゆうの小さな震えはとても心に痛くって、
 二人一緒に居る空間に満ちるゆうの嗚咽を書き変えれるほどの言葉も言えなくって、
 だから俺はゆうの手を握り締めて、
 その手をゆうは強く強く握り返してくれた。



 そして俺はその俺を頼る彼女の小さな手の温もりと感触に気付かされたのだ。
 俺がいつの間にかゆうの事を好きになっていた事を。



 ゆうはただの妹。
 泣き虫の妹を兄としてほかっておく事ができなくって、
 泣き虫な妹が兄としてとても心配で、
 泣き虫な妹が兄としてとても愛おしかった。
 そして俺はいつの間にか願っていたのだ。ゆうに俺という人間の存在意義になってもらいたい、好きでいさせて欲しい、愛させて欲しい、ゆうに愛して、もらいたいって。



 繋いだ手から伝わる泣いている彼女の震え、温もり、感触が、
 俺の心に痛さと、
 そしてとても心震えるような嬉しい感情を気付かせてくれた。



 色んな想いを抱きながら立った場所は公園の跡地。
 そこを見たゆうの手が小さく震え、その後に俺の手をきゅっと強く握った。
「大丈夫?」
 そう訊いたらゆうは顔を横に振った。
「きょうちんが居るから、大丈夫。立っていられるし、それに見えるよ。私ときょうちんが一緒に遊んでいる光景が」
 そう言ってゆうは笑って、俺は何かを言おうとしたけど、でも何も言えなくって、だからゆうの手を強く握った。
 彼女が悲しみの海にもう沈まなくってもいいように。


 俺もゆうもここに居るよ………




【ラスト】


 あの日、私は泣いていた。
 とても哀しくって、
 苦しくって、
 きつかった。
 とても大切な公園が無くなってしまって。
 あの時はきょうちんが一緒に居てくれた。
 伝わってくるきょうちんの手の温もりが心に温かくって、優しくって、嬉しかった。
 だから私はきっとここに居る。
 もう見る影も無くなったあの公園跡地に。
 きっとそうじゃなかったら、私はここには立ってはいない。
 とても大切な場所が無くなる事は悲しい。
 それでもきょうちんが私の手を繋いでくれていたから、私は悲しみの感情の海に沈む事は無かった。
 だから私は望んでしまう。
 きょうちんの隣で私は立って居られれば、きょうちんの手を繋いでいられれば、きっと私は大丈夫だから。



 そう、きょうちんの隣から見える場所、それがきっと私の未来予想図と重なる場所。



 私はまだその感情の名前を知らない。
 それでもそれは私にとってとても大切で嬉しく、心震えるような嬉しい感情。
 だから私はそれを抱きしめる。自分の子どもを抱くように。
 ねえ、きょうちん。あなたが見ている光景も私と同じですか?
 私ときょうちんは手を繋いで、しばらくの間、そこを見つめていた。



 ― end ―



 ++ライターより++



 こんにちは、矢島・悠香さま。
 こんにちは、御手洗・京也さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 ご依頼ありがとうございました。
 またお二人を書けてとても楽しかったです。^^


 京也さんが自分の中にいつの間にかあった悠香さんへの恋心に気付いた理由とかシチュエーション、こんな感じにしてみました。
 こういうのはきっと理由とかというのは本当は無いんですよね。気付いたら好きになっていて、その理由と言うのは、好きだという感情の後についてくる物だと想います。
 いつか本当に京也さんの悠香さんへの想いが届くといいですよね。^^
 でもまずはその前に悠香さんが自分の中にある感情を見極める方が先でしょうか?
 ああ、でもすみません。(>< 草摩は悠香さんも京也さんが好きだという方が好きだったりするので、文章がついついそういう方向に行ってしまいます。^^;



 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。