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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


▲6面の誘惑▼


------<オープニング>--------------------------------------

 休日の散歩。気のおもむくままに歩いていた。見飽きた景色から外れて気分転換をする。曲がる角を変えただけでちょっとした冒険だ。同じ地域だというのに遠い地に踏み入れたような不安と興奮が湧き起こる。
 立ち止まったところは古めかしい洋風の匂いが漂う一軒の店だった。開けたドアに取り付けられている鈴が軽やかに跳ねる。
 雑多な光景が真っ先に飛びこんできた。本来は整理整頓のためにある棚も許容量を超えて役目を果たしていない。目新しい物が視界一杯に散乱していた。本当に異国に来てしまったかのような錯覚を感じる。
「ああ、よく来たね。買い物、ていうわけでもなさそうだね。まぁ、いいさ。適当に見ていっておくれ」
 アンティークショップ・レンの店主である碧摩蓮は昔馴染みに話す口調で微笑んだ。自然体で不思議と嫌な感じはしない。
 彼女はカウンターで手に乗る程度の四角いケースと睨めっこをしていた。中には針金で固定された普通サイズの6面ダイスがある。360度の方向から眺め、溜め息をついた。
「ん? ああ、これかい? これは『不幸運ダイス』っていう代物さ。持ってるだけで災難に遭う。――え? そんな物は捨てればいいって? 確かに一理あるね。でも、このダイスは振った目により幸運を授けてくれるんだ。数字が大きいほど幸運の度合いは下がる。小さければハッピーなことが起きる。ただし『1』の目を出すと世にも恐ろしい不幸が訪れると言われてる。世間を騒がす大事件や大災害はこのダイスで『1』を出したからだとか、そうでないとか。使いようによっては便利だろうけど、アタシには使い道がなくてね。興味本位で手に入れたのが失敗だったかもねぇ。デメリットでしかないんだよ」
 再び大きく息を吐いてケースをカウンターに置く。あ、と声を上げたかと思うとこちらをまじまじと見つめ、口端を軽く持ち上げた。
「よし、決めた。アンタもただ者じゃないんだろう? 適当に処分してくれないかい? もっとも、ダイスには災いを起こすほどの力ある何者かが封じられていると考えた方がいいから注意が必要だけどね。――振ってもいいかって? まぁ、覚悟があるなら一回だけ許すよ。それ以上はやめときな。さっきも言った通り、大事件や大災害が起きればアンタだけの不幸じゃ済まないからね。このダイスは6分の1っていう確率に捉われないから『1』は滅多に出ないと思うけどさ」
 じゃあ頼んだよ、という声を背に店を出る。思わぬ収穫だった。浮き足立つ歩みでなにに使うかを考える。処分の方法はそこそこに、夢が広がるばかりだった。

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 メガネを掛け直し、手にあるケースをマジマジと見る。ふらりと立ち寄ったアンティークショップで思わぬ収穫を得た。なにに対してどう使おうか考えを巡らせながら宇奈月慎一郎は帰途を歩く。透明なケースの中で針金に縛られているダイスを360度の全方向から見てみるも普通の物と相違はない。
 何者かが憑いているのならどんな者なのだろうか。魔法のランプの精など、勝手な想像を頭に浮かべて、うーん、と唸る。慎一郎の興味はやがてどう使うかよりも中の者へと移っていった。早く見てみたいという衝動が左右の足を俊敏にさせる。
 ダイスを観察したままずんずん歩き、ふと止まった。一時ポケットへしまって体を逆戻りさせる。簡単な木造りの屋台が一軒。初めは濃紺だっただろうのれんは色が薄くなっていて随分と年季が入っている。「おでん」の3文字が辛うじて読めた。
 昼間からやっているとは珍しい。こういうところが穴場なんですよね、と微笑してのれんを割る。絶対なる美味さであろうことを長年のおでん経験が告げていた。
 木造のイスに腰掛けると頼りなく軋む。あまり体重をかけると壊れてしまいそうで浅く座った。それよりもおでんだ。上げた視線には誰の姿も映らなかった。人の気配はある。身を乗り出すようにして初めて店主らしき男が見えた。
 髪は無雑作に伸ばされてボサボサで無精ヒゲを生やし、酒を飲んでいるのだろう、赤ら顔で分厚い唇の口を開け放してイビキをかいている。衣服もダルダルになったシャツにズボンと外見がだらしない。まるで浮浪者のようだった。
 いやそんなことを思っては失礼ですね、と首を振って起こすことにした。体を揺すること3分、男は大アクビをして体を伸ばすと頭を遠慮なく掻いた。白く小さな粒がライトに照らされて輝き舞う。決して鱗粉ではない。思わず身を退いた慎一郎は自分のおでん経験を疑いだした。この状況はいままでのデータにない。
「すいやせんね、夜明けまで駅前にある三丁目公園のトラさんと飲み明かしてたもんで」
「そ、そうですか、いえ気にしないでください」
 やっぱりそっち関係の人ですかそうなんですか、と問い詰めたくなるのを抑えて固い笑みを作る。人を見かけで判断してはいけないと誰もが幼少時代から教えられることだ。アルコールの香りがする口臭にも耐えて、とにかく注文をしなくては、と思った。
「いやー、お客さん運がいいよ。うちはたまにしか屋台を出さないからね」
 酒焼けのした野太い声。おでんの鍋にされた蓋が外される。甘塩辛い匂いが鼻腔をくすぐってきた。感じずにはいられなかった不安は期待へと変わっていく。近所なのに初めて見かけたのはこの屋台がレアだからだろう。すごい発見をしてしまったのかもしれないと興奮してきた。
「では、大根とちくわ、それに卵と――」
 適当に頼んで待つ。
 店主に異変が起きた。へい、と返事をした状態で停止している。口を大きく開けて目を細めた。どうしたのか訊こうとした途端、唾を乗せた爆風が吹き荒れる。クシャミだ。
 おでんの鍋にいくつかの波紋が生まれた。何滴かは確実にホールインワンしたに違いない。盛大に鼻をすすった男は笑って、すいやせん、と言った。おでんに唾液がかかったことにではなく、クシャミをしたことに謝ったのだろう。気づいていないようで、注文の確認をしてくる。
 もう帰ろうかと思ったが、好物を前に一口も食べないでおくのはおでんのおでんによるおでんのためのプライドが許さない。鍋の容量を考えて唾液の数滴などないも同然だ。味に支障はない。無理矢理に自分を納得させて確認に応じる。
 へい少々お待ちを、と言う店主は辺りを探りだした。なにを探しているのだろうか。しゃがんだり立ったりを繰り返して、おかしいなぁ確かここら辺に、と呟いている。一通りを見たあと、仕方ないか、と一人で勝手に肯いて鍋を見つめる。
「!?」
 どぽん、と音を立てておでんへ突っこまれたのは男の腕だ。手掴みで注文した物を皿に移していく。
「なっなっなっなにをっ……?」
「すいやせんね、菜箸とおたまが見当たらないんでね、割り箸じゃ味の染みた底にあるのが届かねぇから、手でいかせてもらったよ。大丈夫、ちゃんと公園の便所で洗ってっから」
 ニカッと笑う彼に対して慎一郎は眩暈がした。先の力強く頭を掻き乱したのはカウントされていないようだ。もしくは「彼ら」の中では清潔なうちに部類するのかもしれない。
 それでもここまで来たら覚悟を決めるしかなかった。差し出されたおでんを見つめる。割り箸で大根を食べやすいサイズに崩した。ほのかな茶に染まっていて味はよく染みこんでいるようだ。問題点は色々あったが味さえ良ければ全て良しとする。多少おののきながら箸で摘み、口へ放った。
 慎一郎は「うっ」と呻いた。


 空がオレンジに染まり始めた時間、体をビクリと震えさせて覚醒した。気がつくと民家の塀に寄りかかっていて全身が気怠い。見渡すと知っている道だった。自分がどうやってここまで来たのか記憶があやふやになっている。頭の中で過去をさかのぼり、子供の頃の自分が失敗した召喚を思い浮かべて微笑ましい気分になる。
 巻き戻しすぎた。
 確かー、と思い出して、アンティークショップに行ったところから再生する。そのあと――。
「うぅっ」
 腐っていないのに腐った味のする強烈なおでんが口内で甦り、不快な気分が吐き気となった。妙な酸味にむせて思わず店主の顔面に吹き出して、それでもおさまらなくて立ちくらみがしてフラフラになりながら逃げてきたのだ。
 経験によるデータを改めなくてはならない。物理的なダメージもさることながら、精神的なものも大きくてトラウマになってしまった。あれは食べ物ではなく、もはや兵器だ陰謀だ。さっさと家に帰って休みたくなった。
 塀から離れて歩こうとした慎一郎に高校生の青年グループがぶつかってくる。いつもならなんでもないことなのに思っているよりも体力が衰えていてよろめいて体が傾く。なんとか踏ん張ったものの召喚機であるモバイルを落としてしまった。あ、と思った時には青年が踏みつけている。
 彼らはお喋りに夢中で笑いながら行ってしまった。哀しい気持ちになりながらその背を見送り、モバイルを拾おうとするとベルが鳴る。前方からかなりのスピードが出た自転車が滑走してきた。反射的に跳び退く。タイヤに巻きこまれたモバイルが低く跳ね上がってアスファルトに激突した。あぁあぁあぁ〜、と苦渋の声を漏らして手を伸ばす。
 寸でのところで大きな足がモバイルを下敷きにした。見上げた先にはパーマのかかった髪型で横幅のあるオバさんが限界近くまで膨らんだスーパーの袋を両手に各々持って立っている。声にならない悲痛な声を出すと彼女は眉間にシワを寄せて睨んできた。並大抵の悪魔よりも恐ろしい覇気が空気を震撼させる。
 脅威を感じて慎一郎は強張った笑いをしてなんとなく謝った。オバさんは鼻息荒く地に響かんばかりの歩みで背を向ける。
 やっとのことで召喚機を拾って溜め息をつく。ポケットに入れていたダイスを出して、うーん、と眺めた。これが持っているだけで不幸なことが起きるという効果なのだろうか。


 肩で息をする慎一郎は家の門をくぐって倒れそうになった。普通は10分で帰れる道程を何倍もかけて命からがら着いたのだ。
 途中、可愛らしい犬が捨てられていて近づいた直後、凶暴な唸り声を発して鋭い眼光をし、いきなり跳びかかってきた。豹変した犬に追いかけられて町内を全力疾走マラソンすることになる。ようやく撒いて一息ついた場所が公園で、喉も渇いたということで水道の蛇口を捻ると反応がない。子供が数秒前まで飲んでいたのに慎一郎の番で故障したらしかった。仕方なく、とぼとぼと歩いて見つけた自動販売機にお金を入れてボタンを押すとなにも出てこない。そしてちゃっかりお金は呑まれてしまってガッカリしていると再び犬が、しかも5匹に増えて追いかけられた。
 その他モロモロ紆余曲折を得て辿り着いたのだった。もう薄闇になりかけた空を仰いで大きく深呼吸をする。
 もはや疑いようのない力がダイスにはあるようだ。今更ながらとんでもないものをもらってしまったと後悔した。とにもかくにも振ってみるに限る。持っているだけでは損しかしない。ケースを開けて針金を解き、慎一郎はダイスを放り投げた。地面を2・3転して止まる。
 不幸は続くよ、どこまでも。
 天を向いて出た星の数は1つだった。低い数ほど幸運が起こると言われていたが「1」は例外だ。生唾を飲みこんで目を見張る。
 ダイスから肌を刺すほどの霊気が溢れ出てきた。白い蒸気が吹き、視界を塞ぐ。影になって現れたのはダイスに憑いていた者だろう。底の知れぬ力に脚が震えてしまった。しかしいままでの不幸とは少し勝手が違う。今回は不幸の根源である対抗すべき相手がいる。ならば手段はある。
 タイヤと足跡の刻まれたモバイルを出して慎一郎は召喚の準備に入った。召喚機にかかれば魔方陣などの準備をする必要はない。召喚師としてはズバ抜けた速さで従属種族を呼び出す。
「いでよ、夜のゴーント!」
 発光した空間にもう一つの影が出現する。霧が徐々に晴れていき、互いの姿が露わになっていく。ダイスの傍に立つのは古来のアジアで身に着けられていたような鎧の男だ。白髪混じりの初老でありながら肉体は逞しく老いを感じさせない。彼はこちらと呼び出したもう一つの影を交互に見ている。どうやら間に合ったようだ。これで一方的にやられることはないだろう。
 夜のゴーントへ視線を向ける。頭には二本の角――の代わりに黄色の帽子、のっぺら坊を彷彿とさせる顔――ではなく鋭い眼光に大きな赤鼻と裂けて釣り上がった口、鯨のように滑らかな黒っぽい肌――と思いきや茶の毛に覆われた体、トゲのある長い尾――はあるのかないのか分からない。
 どこからどう見ても夜のゴーントではあり得なかった。
「あぁっ、君はっ!」
 親愛なる獣へ腕を広げて走り寄っていく。フゴッ、と鳴いた「それ」はゆっくりとこちらを振り向いた。スローモーションで駆ける慎一郎が微笑みかける。
 抱きつこうと接触、渾身の一撃が返ってくる。
 爆発したボディーブローが見事に命中して体が宙に高々と浮いた。ぐふぅ、と口から魂が出かかりつつ地に倒れ伏す。血反吐を出してしぶとくも立ち上がった慎一郎は怒りもしないでフフフと笑う。
 夜のゴーントではなく夜のゴーンタが出てきたのだ。彼はフゴフゴと何事かを喚いている。常人には理解できない言語でも愛ゆえに分かった。
「はい、もちろん僕も愛してますよ」
 応えた直後、夜のゴーンタの跳び蹴りが顔を捉える。受け身もなく真後ろへ転倒した。さすがにすぐには立てなくて半身を起こすに留まる。相変わらず、フーゴフーゴッ、と言う彼は地団太を踏んで腕をバタバタさせていた。
「ら、らぶりー」
 ズレたメガネを直し、ポッと頬が熱くなる。愛すべき者を茫とした瞳で見つめた。
 夜のゴーンタは初老の男へ向き直る。どうやら呼び出された原因が彼にあると気づいたようだ。賢い。落ちていたダイスを摘み、家の塀に向けて大きく振りかぶった。
 寸前に男が掴んで阻止する。ゴーンタが振り払おうとするが、彼の膂力は相当なもののようでほとんど動かない。
「これはワシのねぐらだ、粗末にしないでもらいたい。変哲もない物だが、長き日を共にしてきて愛着があるのでな」
 フゴッフーゴッ。
 ダイスをあっさりと奪い返されて憤怒の声を出す。二人(?)の間に火花が散った。
 構えとほぼ同時に凄まじい威力の衝突が起こる。拳同士がぶつかり、足元には小さなクレーターができた。インパクト音が震動となって庭に植えられた木々の葉を落とす。
 ゴーンタが跳び、回し蹴りを放つ。頭をがっちりとガードした男が踏みこんできてタックルされた。体勢が後ろへ流れる。勢いを殺さないで敢えて倒れるようにして地に手をついた。バック転の要領で威力を殺し、着地の瞬間に跳ぶ。追い討ちの蹴りが空を薙いだ。隙のできた男へ中段蹴りを放つ。そこに男はいない。殺気を感じてか、背後へと裏拳を打った。ゴツッ、と鈍い音がする。拳は男の頭部に当たっていた。しかし耐えていてニヤリと笑う。合図なく二人(?)は距離を取るように跳んだ。
 めちゃくちゃレベルの高い格闘をオロオロしながら慎一郎は見守る。
「僕のために無理をしないでください!」
 夜のゴーンタは屈み、また立つと腕を振って石を投げつけてきた。
 太もものあたりに当たって痛みに膝をつく。そんな照れないでもいいのに、と微笑んだ。あらぬ妄想を脳内で繰り広げ、現実に戻ると格闘が再開されている。
 形勢はダイスの男の方が僅かに押し始めているようだった。愛する者の善意とはいえ、自分のために傷つくのは見ていられない。ならば、と考えて、甘んじて「1」の不幸を受けようと思った。
 大事になる前にと急いで間に入って腕を広げる。
「もうやめてくださ――うぐっ」
 右からダイスの男の拳が頬を抉ってきた。やめ、と言いかけて左から夜のゴーンタのハイキックが鼻面にめりこむ。慎一郎がいないかのように激しい攻防は続き、二人(?)に挟まれた体はひっちゃかめっちゃかになった。なにがどうなったのか分からなくなる。
 目の前を星がいくつも煌き、慎一郎の意識はどこかへ飛んで行った。


 数十分後、地面に転がるのは不幸運ダイスと幸せそうな表情の慎一郎だった。初老の男も夜のゴーンタもどこにもいない。果たしてダイスの目の通り、今回のことは不幸だったのか、はたまた幸せだったのかは慎一郎本人にしか分からない。
 夜空に1つの流れ星が横切っていった。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2322/宇奈月・慎一郎(うなずき・しんいちろう)/男性/26歳/召喚師 最近ちょっと錬金術師】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのtobiryu(とびりゅー)です!

「6面の誘惑」へのご参加、ありがとうございますm(_ _)m

復帰第1号の発注だったので張り切って書かせていただきました^^

【夜のゴーンタ】、味のある怪物ですね(w

それも宇奈月慎一郎とのコンビだからこそなんでしょうね。

死ぬほど酷い目にはあわせられませんでしたが、自分としては楽しく書けたと思っています。

読んで少しでも楽しんでいただければ幸いです。

tobiryuなりに書くと【夜のゴーンタ】ワールドはこうなる、ということで。

もしまたの機会がありましたら、よろしくお願い致します♪