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<白銀の姫・PCクエストノベル>


タイトル   :トモダチ、絶賛募集中!
執筆ライター :階アトリ
募集予定人数 :1人〜4人


------<オープニング>--------------------------------------

 兵装都市ジャンゴの中心にある、巨大な塔『知恵の環』。
 その内部に立ち、瀬名・雫(せな・しずく)は壁面に刻まれた螺旋を見ていた。
「なんだか、巨大カタツムリの殻の中にでも閉じ込められた気分だよ」
 渦巻く螺旋を辿れば、自然と視線は上へ上へと昇って行く。くるくると回っていた雫は、ああ目が回る、と呟いて足を止めた。
 頭上では、鎖で拘束された剣が、遥か上の天窓から差し込む光を鋭く弾いている。その切先は下を向いていて、初めて見た時は、もし落ちてきたらと心配になったものだが、もう慣れた。
 雫を「勇者様」としてこの世界に召喚した女神は、この場所をとてもお気に入りだ。本がたくさんあるのが良い、と言う。この世界の支柱の一人である彼女が、今更書物で新しい智識を仕入れる必要など、もうないだろうに。
 今も、その小さな女神は膝の上で大きな本を開いていた。
「ねえ、ネヴァンちゃん」
 雫の声に、ネヴァンは顔を上げた。
「なあに、雫ちゃん?」
 小首を傾げるネヴァンの、赤い瞳が雫を見る。
 人見知りの激しい彼女だったが、雫の粘り強い友好ビームにより、やっと目を合わせてくれるようになったし、親しげに名を呼んでくれるようにもなった。
 それは、確かに好ましい変化だ。
 しかし、まだまだ雫以外の相手には、逃げたり隠れたりと消極的な面が目立つ。
 この世界のラスボスたる邪竜と友達になってしまおう、というある意味大胆不敵なネヴァンの計略を果たすためには、頼りないことは否めなかった。
「あのね、あたし思うんだけど」
「うん」
 素直なネヴァンに噛んで含めるように、雫は言った。
「いくら、心の中でお友達になりたいと思ってても、それだけじゃダメでね。お友達になりたーい!って、ちゃんと大きな声で言葉に出して、それにね、態度でも示さなきゃ、通じないんだよ」
「うん。この本にも書いてあるね」
 ネヴァンが熱心に読んでいた本のタイトルは、『内気なあなたへの特効薬。友達の輪を広げる方法』。本人も、それなりに悩んでいるようだ。
 よし、と雫は手を叩いた。
「じゃ、本ばっか読んでないで、実行しなくちゃねっ☆」
 言うなり、雫が手を引いて外に連れ出そうとするので、話の見えないネヴァンは目を瞬く。
 雫は、そんな彼女に満面の笑みを向けた。
「クロウ・クルーハ復活の前に。まずは、身近なところでお友達を作ってみようよ!」

------<カモン、お友達!>------------------------------

「ね、ねえ、でも雫ちゃん、急にそんな……!」
「善は急げだよ!」
 二の足を踏むネヴァンと、ぐいぐい引っ張る雫。
 もみあう二人の声が響き渡り、自然、耳目を集めることになる。螺旋のあちこちから顔を出した人々に向かって、雫は声を張り上げた。
「皆さん、ちゅうもーく! このネヴァンちゃんとお友達になってくれる人、募集してまぁす。よろしくっ☆」
 図書館めいた、静かな雰囲気が台無しである。
「あら、元気ねえ」
 二人の様子を見下ろしていた一人、シュライン・エマはクスクスと笑った。おともだち、か。棚から本を出そうとしていた手を止め、少し考える表情でシュラインは首を傾げる。右耳の横で、空色の大きな花――マナナーンの花飾りが揺れて、さらり、と花弁同士の触れ合う涼しい音がした。
 この世界についての情報は一通り収集したし、今すぐに読まなければいけない本、というのは特にない。
 ややあってシュラインは、本の背を棚の中に押し戻した。
 女神の一人であるネヴァンと話をするのは有益であろうし、何よりも、雫の背に隠れて小さくなっている姿を見てしまっては、放って置けないものがある。
「ちょっと、別行動をとらせてもらうわね」
 連れの草間・武彦(くさま・たけひこ)と、黒崎・潤(くろさき・じゅん)に声をかけてから、シュラインは螺旋を降りた。赤い上衣の裾を花びらのようにふわりと広げて、シュラインが最後の段を降りた時には、ネヴァンの前にはもう先客がいた。
「お友達になるのー!」
 小さな手をネヴァンに差し出しているのは、絵本に出てくる魔法使いのような服装で、緑色の髪の上は大きな丸い鍔のついた三角帽をかぶった男の子だ。
「僕は藤井・蘭(ふじい・らん)っていうの」
 にっこり、笑いかけられて、ネヴァンは雫越しにおずおずと手を差し伸べる。
「ボク、ネヴァン……」
「よろしくなのー!」
 ネヴァンの手を取った蘭が飛び跳ねて、三角帽子の折れ曲がった先っぽもぴょこぴょこ跳ねる。「ネヴァンちゃんは、いつもどんなところで遊ぶのー?」
「え! えと……その……」
 見た目に歳も近く、身長もそう変わらない蘭が相手でも初対面では緊張するのか、ネヴァンは頬を染めて口ごもってしまった。
「よく、ここに居るわよね?」
 シュラインが横から言ったのは、助け舟を出したつもりだったのだが。
「あ……っ」
 ネヴァンはサっと、雫の背中に顔を隠してしまった。
「静かだし、本があるから、好きなんだよね? ほらほら、隠れないの!」
 雫は溜息を吐いて、ネヴァンをシュラインの前に押し出す。いつもは子供っぽい無鉄砲さの目立つ雫だが、こうしてネヴァンの世話を焼いているとお姉さん然として見えた(恐らく、本人もそのつもりであろう)。
「私はシュライン・エマというの。んー……ええと、よろしく。お友達になれれば嬉しいわ」
 握手握手、とシュラインはネヴァンの手を握った。弱々しくはあるが、ネヴァンも握り返してくる。極端に人見知りをするだけで、けして人と触れ合うのが嫌いなわけではないのだ。
「私も、本は好きですよ。お友達になって、一緒に遊んで頂けると嬉しいですね」
 様子を見ていた黒髪の少年が、読書机の上に広げていた本をたたんでこちらに歩み寄ってきた。フードのついた茶色のコートの下は、コードタイを結んだ白いシャツ。そして足許はブーツという、ファンタジー的には旅の学生さんをイメージさせられる服装だ。
「マリオン・バーガンディです」
 よろしくおねがいします、とマリオンは胸に片手のひらを当て、膝を軽く折って優雅に一礼した。下手をすると大仰になってしまいそうな、正式なお辞儀の所作も、彼には不思議とよく似合う。
「よ、よろしくおねがい……します」
 顔を真っ赤にしながら、ネヴァンもぴょこりとお辞儀を返した。……おじおじと後ずさりつつも。
 蘭やシュラインよりも、異性で年上のマリオンは、さらにハードルが高かったらしい。しかし、顔を見て挨拶できたのだから、進歩だろう。
「でも、最終目標は、でっかい竜なんだよねえ……」
 うーん、と雫は唸った。あと一歩、更なる進歩が、ネヴァンには求められるところだ。他に誰か居ないかなー、と周囲を見回した雫は、読書机からちらちらとこちらを覗っていた男とばっちり目が合った。
 黒い長髪を、それと同じ色のリボンでざっくりとまとめ、薄く髭を蓄えたワイルドな風貌。切り込みとレースをふんだんに使った黒衣と相俟って、やり手の貴族か、高位の騎士か――そんな印象だ。あの人と仲良くなれれば、かなりのレベルアップが図れるのではないだろうか!
「ねえ、おじさんもどう?」
 ネヴァンの手を引いて男に駆け寄り、彼の手許を覗き込んで、雫は怪訝な顔をした。開いている本の上下が逆さまで、そのページをお箸でつまんでめくっていたからだ。そうだった、この人こういう(ちょっぴり怪しい)人だったっけ……。雫は少し後悔したが、いやいや、悪い人じゃないし、と思い直す。
 現に、男は笑顔で応えてくれた。
「ネヴァンさんとはお友達になりたいと思っていましたので、是非」
 お箸を箸箱に仕舞ってポケットに入れると、男は立ち上がった。長身だ。ネヴァンは雫の後に隠れながら、彼を見上げて目を瞬いている。
「シオン・レ・ハイです。こんなびんぼーなおじさんでよければ、お友達になってほしいです」
 ビシ、と爪先を揃えて、シオンは深々とお辞儀をした。が、ネヴァンは雫の後に隠れて出てこない。
 シオンは少し困った顔になったが、すぐに何か思いついたようで、机の上からなにやら白くてフワフワしたものを持ち上げた。勇ましく五月人形のような兜を被ったその生き物は、シオンの手の中で鼻をヒクヒクさせている。
「ええと、この子は、一緒にこの世界に連れて来てしまった兎さんです」
「……兎さん?」
 雫の肩越しに、ネヴァンが顔を出した。小さなかわいらしい生き物は、彼女の興味を引くのに充分だったようだ。
「大人しい、いい子ですよ〜」
 兎は、されるがままの格好でシオンに抱っこされている。長い耳をピローンと伸ばされても暴れたりしない。大人しいということを示して見せてから、シオンは兎を床に放した。好奇心旺盛な兎は、髭をピクピクさせながら雫たちのほうへ歩いて行く。
「…………わあ」
 足許に来た兎を、そうっと撫でてみて、ネヴァンは顔をほころばせた。暖かくて柔らかい感触に、心がほどけない者はいない。女神とて例外ではなかったようだ。
「兎さんともども、よろしくおねがいしますね」
「はい。ボクも、よろしく……」
 シオンの言葉に、ネヴァンはこくりと頷いた。
 これで、集まったのは四人。
 気がつけば、周囲の視線が痛かった。図書館で大騒ぎをした時に、どういう目で見られるかを想像してもらえるとわかりやすいだろう。
「いったん、出て行ったほうがよさそうね」
 シュラインが苦笑して、皆を促した。
「さて、何しよっか」

------<市場へゴー!>------------------------------

 短い協議の結果、六人+一匹は、『知恵の環』から出て機骸市場へと向かうことになった。
「やっぱり、たまにはお外に出たほうがいいと思うのー。本に書いてないこと、いっぱいあるの!」
 ネヴァンの手を握り、先導して歩きながら、蘭は楽しそうだ。
「喉が渇きませんか? 機骸市場には美味しいお菓子や飲み物が沢山売られているんですよ」
 ネヴァンの足取りが鈍いのに気付いて、マリオンが背中を押す。
「美味しいお菓子ですか! それは楽しみですねえ。やはり是非、行かなければ!」
 食べ物の話題を聞きつけ、シオンが浮き足立った。……美味しいお菓子を「売っている」ということは、購入するためにはお金が必要だということを、彼は考慮に入れずに喜んでいる。
「それに、面白い物がいっぱいあって楽しいのー!」
「そう……なの?」
 蘭の明るい声にも、ネヴァンの応えは歯切れが悪い。
 機骸市場に近付くにつれ、通りの密度はどんどん上がっている。これが、市場に入るとどれほどの人通りになるのだろう。不安げにしているネヴァンの頭を、そっと、シュラインの手が撫でた。
「人が多いのは怖いかな? 蘭くんの言う通り、機骸市場は私たちにとっては面白い物がたくさんあるの。でもね……、」
 シュラインは笑って肩をすくめた。
「変わったものが多いから、誰かに教えてもらわないと、それがどういう物なんだか分からないことも多いのよ」
 だからよろしくね、と言われた意味がわからず、ネヴァンはシュラインを見上げてきょとんとする。
「ネヴァンさんの案内を頼りにしてます、ってことですよ」
「……はい! ボク、がんばりますね」
 マリオンに肩を叩かれて、ネヴァンは恥ずかしそうに、しかしはっきりと首を縦に振った。
「うんうん。その調子だよ、ネヴァンちゃん」
 だいぶ、人の顔を見て話すということに慣れてきた様子に、雫は満足げである。
 やがて、機骸市場のゲートが見えてきた。
 パイプ状に組まれた長大なアーケードはいかにも頑丈そうなつくりで、外壁には大砲が設えられているのが見える。中を賑わわせる人々が安心していられるのも、このものものしい備えがあればこそだ。
「わーいなのー!」
 ゲートをくぐるなり、蘭はネヴァンを引っ張って露店に向かって駆けて行こうとする。シュラインが慌てて、ネヴァンの手を捕まえた。
「蘭くん。人がいっぱいいるところで走っちゃだめよ。ぶつかるから。それに、はぐれないようにしなくちゃね」
「そうですねえ。はぐれてしまったら大変です」
 シオンは兎さんを大事そうに抱き上げると、懐に入れた。
 ぎゅうぎゅう、というほどではないが、手を伸ばせば大概の方向で人に当たる、という程度には込んでいる。
 蘭やネヴァンのような小さな子は、油断するとすぐに行方不明になりそうだ。
「手を繋いでいればいいんじゃない? ね☆」
「わーい、お手々繋ぐのー!」
 雫が蘭の手を取った。さっき捕まえた時のまま、シュラインはネヴァンの手を握っている。
「そうね。じゃあ……ネヴァンちゃんは、私と手をつないで歩く?」
 ネヴァンの手が、シュラインの手を握り返した。
 かくして、蘭と雫、シュラインとネヴァンが手を繋いで歩き、その前後をシオンとマリオンが固めるフォーメーションで、市場を歩くことになった。
 日常品から、武器防具まで、何でも揃うというだけあって市場の中は酷く雑多だ。
 高級そうな衣類やアクセサリーをウィンドウ越しに通りに向けて並べているような店もあれば、安価な品を地面に直接並べて売っているような露店もある。
 食料品店も目立った。果物や野菜といった食材を売る店も多いが、カラフルな屋根のついた露店は、大抵が飲み物や菓子を売る店だ。
 マリオンは早くも、黄色とオレンジの縞々の屋根の下で、何やら買い込んでいる。
「どうぞ。美味しいですよ」
 やがて、大きな茶袋を抱えて戻ってきたマリオンがネヴァンの前に差し出したのは、棒つきのキャンディだった。色は黄色で、レモンの形をしているそれと、マリオンの顔とを、ネヴァンは何度も見比べている。
「ああ。レモンよりもオレンジが良いですか?」
 言って、マリオンがオレンジの形をしたキャンディを出そうとしたので、ネヴァンは懸命に首を振った。
「えっと……その……」
 しかし言葉が続かず、助けを求めるように、ネヴァンは手をつないだシュラインを見上げる。
「どうしたの? 甘いものは苦手かしら」
「いえ、……そうじゃないんです! 甘いのは、とっても、好きです。あ……ありがとうございます!」
 クスクスと笑われて、ネヴァンはあたふたしながらマリオンの手からレモンキャンディを貰った。
「キャンディ……」
 シオンは指を咥えて、マリオンの紙袋を見詰めている。
「あ、もちろん皆さんの分も買ってありますから!」
 ヨダレが垂れそうな勢いのシオンの前に、マリオンは慌ててキャンディを差し出した。
「こうやって食べたい時に食べて、歩きながらだってお行儀が悪いって叱られないのは、ここだけなんですよね」
 皆に配った後、残りの一本を自分の口に入れて、マリオンは幸せそうに目を細める。
「天国なのです。開放感溢れるデザート時間でしょう?」
「……そうですね」
 マリオンにつられるようにして、ネヴァンも笑った。口の中のキャンディは、確かに、なんだか変に美味しく感じられる。
「他にも色々買いましたから、欲しくなったら言ってくださいね」
 と、マリオンは抱えた袋を開いた。先ほどの店は、柑橘類の風味の菓子を専門に扱っていたようだ。中には、オレンジ風味のマシュマロや、レモン風味のチョコレートのかかったドーナツ、レモンとオレンジのゼリービーンズ……といったお菓子が入っている。一つの店で一体どれだけ買っているのか。そしてこの後、市場を進むにつれて、彼の袋の中身はどんどん増えて行くのであった。
 手袋や帽子といった小物の装備品を扱う店で、シュラインは足を止めた。
「あら。これなんか、良いかしらね」 
 形の良い、薄手の皮手袋を、手に取ってみる。これなら銃を扱う時にも嵌めていられるだろう。
「それ、大きくないですか?」
 どう見てもシュラインにはサイズの合わない手袋を会計に出すのを見て、ネヴァンが言った。シュラインは口の端に苦笑を乗せて答える。
「私のじゃないのよ。細かい防具を揃えるのを面倒がってる、仕方のない人がいるから、かわりに買っておいてあげようと思って」
「ええ! それは、随分な面倒くさがりなんですね、その方は」
「そう。そのくせ、無茶するんだから大変なの」
 今のこの世界では、外を出歩くにはきちんとした戦闘準備は欠かせない。経済的余裕があるなら、装身具一つでも増やして防御力を上げておく、というのは常識だ。ネヴァンは目を真ん丸にして驚いている。その「随分な面倒くさがり」で「大変」な人物とは、もちろん誰あろう、草間武彦である。
「あ。きれいなのー! あれは何なの?」
 大きな石がごろごろと並ぶ露店を指さして、蘭が声を上げた。そこはどうやら、鉱物を売る店のようだ。中でも、人の頭ほどもある赤い石がひときわ目を引く。
「宝石の原石のようだけど……あれは、何に加工されるの?」
「アクセサリ、ですね。特に、あの赤い石は視聴覚系の魔法と相性が良いんです。ですから……」
 シュラインの問いにネヴァンが応えている途中で、今度はシオンが声を上げた。
「おぉお! これは何でしょうか!?」
 シオンが目を輝かせて抱き上げているのは、妙な形のヌイグルミだった。ウサギのようでもあるし、クマのようでもある。要するに、耳の長さが中途半端で、何の動物だかよくわからないのである。おまけに、ちょっと顔が凶暴で、可愛い、とは言いがたいデザインなのだが、何かがシオンのツボを刺激したらしい。
「ああ、それは……」
 シオンからヌイグルミを受け取って、ネヴァンは耳や腕のあたりをいじった。
「わ、なになに、そのヘンなヌイグルミー!」
 雫が寄ってきて、横から手を出してきた。ヘン、なところが、雫のお気に召したらしい。雫の手が、ヌイグルミの出っ張ったお臍をさわった、その時だ。
 プシュン、と音がして、ヌイグルミの口から何かが小さなものが飛び出した。
「わわっ、なに? なに??」
 雫は慌てて手を引いたが遅い。飛び出したものが、シオンに当たる……かと思いきや、
「ハッ!」
 シオンは超人的な素早さと反射神経を発揮し、懐から取り出だしたる『Myおはし』にて、その何かを掴み取っていた。
 お箸に挟まれているのは、丸い、小指の先ほどの玉だった。
「ええと、それ……お薬です。このお人形、倒したモンスターの血か肉を食べさせると、それを原料にお薬を精製する道具なんです。原料のモンスターが強ければ強いほど、強力な良いお薬になります」
「なるほど……」
 ネヴァンの説明に納得しつつ、食べ物じゃないんですね、とシオンはちょっぴり残念そうだ。
「へえー。薬なら、持ってたらいいことあるかもね☆ って、燃えてる、燃えてるー!!」
 雫が悲鳴を上げた。白い錠剤が、シオンの箸先で燃え上がっていた。彼のおはしは、どんな物でもつかめる便利なお箸だったが、左手で使用すると表面温度が数千℃まで上昇する。
 今、彼が箸を持っているのは左手だった……。
「すみません。もったいないことをしてしまいましたね」
 薬は、一体何の薬だったのかも分からないうちに、灰も残さず燃え尽きた。しゅんと肩を縮めて、シオンはお箸を仕舞った。懐に手をいれて、おやと首を傾げる。大切に抱っこしていた筈の兎さんの、ふかふかした毛の手触りが、そこになかったのだ。
「う、兎さん!?」
 シオンは慌てて周囲を見回したが、兎さんの愛らしい姿はない。蘭も何やらキョロキョロしている。
「兎さんなら、さっきからマリオンのお兄ちゃんがだっこしてたの。でも、マリオンのお兄ちゃんもいないのー!」

------<迷子、一人と一匹>------------------------------

「おや」
 自分が一人になってしまったことに気付いて、マリオンは小さく声を上げた。
 シュラインとネヴァンが、赤い石を指さして話をしていたのは、隣で聞いていたはずなのだが。
「これは困っちゃいましたね」
 腕の中には、青い兜を被った兎さんと、お菓子のたっぷり詰まった紙袋。
 にんじんケーキの並んだ露店に気を取られたのか、兎さんはシオンの懐からピョンと飛び出したのだ。それを見ていたマリオンは、兎さんを捕まえて。
 その後、気になるお菓子の店をみつけて、そこに行ったらその隣の店も気になって……と買い物を続けるうち、はぐれてしまったらしかった。
 見回しても、連れの皆は近くには居ないようだった。周囲より頭一つ高いシオンが見えないので、確実である。
 自分がどっちの方向からやってきたかも、人の流れの激しさもあって全くわからない。
「うーん……仕方がないですね」
 下手にウロつかず、見つけてもらうまで潔くこのあたりで過ごそう。そう決めて、マリオンは次の店を覗き込んだ。
 何軒目かに、装身具の店を見つけた。そう高級そうではないものの、宝石のついた貴金属の類も並んでいる。赤い石のついたアクセサリーに、マリオンの目が止まった。

------<紅玉>------------------------------

 人込みの頭の上に、ひょっこりと、小さな女の子が現れた。シオンがネヴァンを肩車したのだ。
「あ! みっ、見付けました! あっちです!」
 マリオンを発見した方向を、ネヴァンは指さして知らせる。
「ああ、あそこね」
 背伸びをして、シュラインも見付けた。かなり遠いが、視認できれば、こちらのものだ。シュラインは、髪の上に揺れる青い花に掌を当てた。この『マナナーンの花飾り』は、視覚範囲内の場所に声を運ぶことができる。
「マリオンくん。探したわよ、こっちに来られる?」
 シュラインの声に、熱心に露店を覗き込んでいたマリオンが顔を上げた。向こうも、こちらを見つけて手を振ってくる。しかし、こっちに来る気ははさそうだった。逆に、手招きをしている。
「何でしょう、来てくれって言ってるみたいですね」
 ネヴァンを肩に乗せたまま、シオンが首を傾げた。
「そうね。何か面白いものでもあったのかしら」
 シュラインの言葉を聞いて、蘭の目が輝く。
「面白いもの? じゃあ、あっちに行ってみるのー!」
 もとより、目的地があるわけではない。蘭の言葉で、決まりだった。人の流れに乗って、五人はマリオンの許へと向かった。
「もう! マリオンのお兄ちゃん、心配したの! はぐれないように気をつけるの!」
「あはは、すみません」
 蘭に真面目な顔で叱られて、マリオンは髪を掻いた。兎さんは何食わぬ顔でシオンの懐に戻って、ヒクヒクと髭を動かしている。
「アクセサリーのお店?」
 マリオンが見ていた店を、シュラインも横から覗き込んだ。
「わあ、赤くてきれいなのー!」 
 商品の大半を占める、赤い透明な宝石のはまったアクセサリーに、蘭が歓声を上げた。
 デザインは幾種類もあったが、使われているのは全て同じ種類の宝石のようだ。
「ほら、この赤い石、さっき見た原石じゃないかと思いまして」
 マリオンはネヴァンを手招いた。
「そうです。これは、あの石を加工したものです」
 言って、ネヴァンはブローチを一つ手に取った。
「何か特別な石なんでしょう? どういうアイテムなんですか?」
「えっと、これは、プレイヤー同士のコミュニケーション用アイテムで、音声メールを送るのに使うんですけど……」
 マリオンの問いに、ネヴァンは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すみません、細かい使用方法まではわからないです」
 店主は他の客の相手で忙しそうだ。持っていたブローチをネヴァンが戻そうとした時、背後から手が伸びてきた。
「紅玉のブローチだね。紅玉と言っても、これは現実世界で言うルビーとは違う宝石なんだけど」
 黒崎潤だった。ササっと、ネヴァンはシオンの後ろに回った。背中に隠れるなら小柄な雫よりも、長身のシオンにしたほうが良いということを学習したらしい。
「あら、黒崎くんも買い物?」
「はい。装備品を整えるのと、あと回復アイテムの買い溜めに。あ、草間さんは生の情報を収集するっておっしゃって、勇者の泉に行きました」
 潤の返答に、シュラインは苦笑した。勇者の泉とは、酒場の名前だ。
「ブローチ、どうやって使うのー?」
 興味津々の蘭に促されて、潤はブローチの細工を指先で少しいじった。
 ピゥ、と意外にも電子的な音がして、赤い宝石から空中に、文字が投影される。送信、受信、録音録画、という言葉が読み取れた。
「これが操作画面。映像と音を撮って、メールとして送受信できるんだよ。この店に置いてるのは安価なかわり、性能もそれなりだから、テレビ電話みたいにリアルタイムの会話はできないし、同じデザインのアクセサリを持っている者同士でしか通信できないんだけどね」
 ピピ、と潤が操作をすると、空中に潤の顔が投影され、できないんだけどね、と同じセリフを繰り返した。
「すごいのー!」
 蘭が顔を輝かせる。
「なるほど。これを持っていたら、連れとはぐれたときなんか便利ですね」
 ふむ、とマリオンは鼻を鳴らした。
「どうですか。なかなか可愛らしい意匠のものが揃っていますし、迷子になった私と兎さんを見つけて下さったお礼に、よろしければ皆さんに一つずつ、買って差し上げたいのですが」
「え……ボクにも?」
 戸惑うネヴァンの手を、雫が引いた。
「お礼だって言ってるんだから、遠慮なく買ってもらっちゃおうよ!」
「でも、ボク、身に付けるものを新しく買ったことってないし……この格好にアクセサリーって、ヘンじゃないかな」
「この色、ネヴァンちゃんの目の色に似てるから、きっと似合うと思うわ」
 シュラインが、赤い宝玉を珊瑚のような細工が取り囲んだデザインのブローチをネヴァンの髪にかざした。潤の説明によると、裏の金具を換えることで髪留めにしたり、根付のような形にして身につけたりすることもできるそうだ。
「皆でおそろいなの! ネヴァンちゃん、欲しいのがあったら『これが欲しいのー』ってはっきり言うのー!」
 これなんか似合うと思うの、と蘭が取り上げたのは、星型の細工をちりばめた中心に赤い宝玉のはまったブローチだ。マリオンの言う通り、可愛らしいデザインのものが揃っている。
「私はこれなんかもシンプルで良いと思いますよ」
 シオンが指したのは、鳥の翼のデザイン。
「どれも、とっても可愛い……」
 ネヴァンが最後に目を止めたのは、白い小花と細長い緑の葉の細工がされたブローチだった。
「あっ。このお花、僕のお花に似てるの!」
 ネヴァンの視線を追って、蘭が言った。蘭はオリヅルランの化身である。確かに、ブローチの意匠は、オリヅルランの花と葉に似ていた。
「蘭くんのお花?」
「そうなのー!」
 植物の化身という存在についてのデータは、ネヴァンの頭にはまだないらしい。不思議そうにしながらも、ネヴァンはそのブローチを手に取った。
 そのデザインのブローチが、丁度六つ、店頭に並んでいるのもまた、運命的なものがある。

------<さよならばいばい、また明日>------------------------------

「ありがとうございました」
 『女神の杜』の入り口の前で、ネヴァンは深々と頭を下げる。
「本だけじゃよくわからなかったことを教えてもらえたし、とても楽しかったわ」
 その頭を、シュラインは優しく撫でた。
 シュラインの花飾りの色は、時刻によって変化する。空色だった花弁が、今は夕焼けの色に変わっていた。現実の世界に返らなければいけない時間だ。
「楽しかったのー! また一緒に遊びに行くの!」
 蘭が、ネヴァンの手を取ってぶんぶん振った。
「今度来た時は、絵のたくさん入った本を教えてくださいね。そして、一緒に読んでもらえると嬉しいです」
 兎さんを胸に抱いて、シオンが言った。
「シオンさん……」
 穏やかに耳に響くその声に、ネヴァンは顔を上げた。シオンが終始、柔らかい口調で話してくれていたことを、ネヴァンは今初めて気がついた。……それくらい、緊張していたのだ。
「ちょっと買いすぎてしまったので、次にお会いする時まで預かっていて頂けますか?」
 マリオンは、まだたっぷりとお菓子の入っている紙袋をネヴァンに渡した。
「もちろん、そのかわり、中身は好きなだけ食べてくださって結構ですので」
 と、こう付け足すのを忘れず。
「はい。あの、この世界はこの先、どうなるかわからないんですけど。ボクは、ボクの信じる道を一生懸命がんばって、皆が仲良くできるような世界にしたいと思ってるので、皆さん、また……また、その……」
 恥ずかしそうに口ごもって、ネヴァンは真っ赤になった顔を紙袋で隠した。
「もう。心配しなくっても、皆、また会いに来てくれるってば」
 雫に背中を叩かれて、ネヴァンは恐る恐る皆の顔を見た。
 そして、雫の言葉に間違いはないということを、彼らの表情から読み取って――

 ますます真っ赤になりながら、ネヴァンはとろけるような顔で微笑んだ。髪には、現実世界へと帰って行く5人と、おそろいの紅玉が光っていた。


                                  END


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2163/藤井・蘭(ふじい・らん)/1歳/男性/藤井家の居候】
【4164/マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)/275歳/男性/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/42歳/男性/びんぼーにん(食住)+α】

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          ライター通信         
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 いつもお世話になっております。担当させていただきました、階アトリです。
 毎回期日ギリギリで、そして今回は更に遅延ギリギリで、申し訳ありません。

 女神ネヴァンとの出会い編、のような形で書かせて頂いております。
 特に大きな事件などは起こっておりませんが、人見知りの彼女が徐々に懐いていく様子を描けていれば……と思っています。
 
 今回は、参加下さいました四名様の全員に、アイテム『紅玉のブローチ』をお持ち帰りいただいています。
 記念である以外にも、NPC瀬名雫と、女神ネヴァン、そして皆様との間でボイスメールが交換できるというアイテムです。
 これからイベント「白銀の姫」が進行するにあたって、機会がありましたら、使っていただければと思います。

 では、失礼します。
 ご参加ありがとうございました!