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ハードボイルドワンダーディテクター
この世界は、現実である。
例え何かと比べて異なる世界だとしても、ここで生きてる限り、ここの住人には現実なのだ。逃げ出す術は幾らでも転がっていようとも、けして、ここから抜け出す事は出来ない、だからけして異なる世界では無い。
けど、
異常な世界なのは、確かである。
人間が余りにも死にすぎる世界だからこそ、ディテクターは神隠し事件よりも遥か前に、この世界が作られた物だと、推理出来たのだ。
だが、それだけである。それ以上、どうしようとは思わない。
例えば今目の前で、着々と職務を果たす男に、化け物を無尽蔵に屠り続ける鬼鮫にこの事実を喋った所で、止まるだろうか?
(あんな顔で、あんな殺しだ)
この世界は、きっとそう作られているのだろう、或いはそう仕掛けられているのだろう。そうなるように、殺しあうように、そう、
きっと自分も――
無頼の生き様、不思議な世界で、彼。
三年前を望む人は居よう。この世界の宿命を、屠る方法を探す人は居よう。実際、ディテクターはこの異界の原因を、何かを、知っているかもしれない。だがディテクター、
鬼鮫が余した怪異な人を銃で撃つように、
ディテクターはこの世界で生きている、殺している、……、
――殺している
、
殺される宿命を、腹の中に抱えるようにしながら。
幾つかの女性の顔が、彼の頭の中に浮かぶ。それは、義理の妹だろうか、興信所での人だろうか、
昔不幸にした、女だろうか。
◇◆◇
子供の頭を撫でている。
死んだ子供の。
そして女性が傍らに居れば、きっと母親であろうその死体に対し、
「鍵が」
鍵が、って、
そう呟くんだ。
シュライン・エマ。
◇◆◇
その変化は、いや、もしかしたら崩壊は、だんだんと周囲に触れられていっている。今や本来の主が義妹こそこの場所の一番である、草間興信所での仕事は、成る程、変わらない有能だ。テキパキと資料を読み、適切な処置をする。対人も表面も、波の無い水溜り、変わっていない。
けれど、奇行は酷くなっているのだ、そう、
仕事中に何かを探す動作にしろ、以前より、もっと。
それは草間零ですら声をかけそうになるくらいの――だって、
シュライン・エマ、
「其処に、居るの?」
そう空気に向かって、
「良く見える?」
何も無い空気に向かって、誰かに呟くように。
霊、だろうか。それとも霊以外の何かなのだろうか。彼女の頭の中だけに生じた幻影なのだろうか、でも、そんな妄想をする彼女じゃない事は、
とても良く解っている零だから、だから、今の奇行なんてまるで無かった事のように、
「あら、どうしたの零ちゃん?」
兄の帰りを待つ少女に、優しく語り掛けてくる彼女に対して、零は、微笑むしかない。たとえそのシュラインの笑みが、
少しずつ虚ろになってる事を、無意識が感じつつも。
◇◆◇
生存確認という理由で、高峰心霊研究所で、草間武彦の事件の、今はディテクターと名前を変えた彼の事件のレポートを見せてもらう習慣も、変わっていない。
その事件の中に、知り合いの名前があって、ディテクターに殺されていたりすると、シュラインは悲しくて、悲しそうな顔をする。
高峰沙耶はそんな彼女に声をかけた。
「扉は見つかったかしら」
シュライン・エマは無表情で、こう返す。
「何処に行ったか、解りません」
◇◆◇
今日の研究所からの帰り道には、まるで彼女の為に用意されるよう、子供と、母親の死体があった。そう、用意されている。シュライン・エマの奇行は結局、これに極まっている。
死んだ母親の腹を、ぺたぺたと触り、
愛しげに、子供の頭を撫でるんだ。
殺しあう世界で、死体なんて珍しくない。女子供の死体は更にその数を増す。けれど彼女は奇妙である、何故こんな事をしているのか、問いかける物が居ない空間で、ひたすらに奇行は継続する。
やがて、温もりが消えていく腹に手の甲をあてながら、こんな事を言った。
「鍵が」
と、
「扉が」
と、
「何処に行ったのかしら――」
暫くそんな事を呟いて、やがて子供の頭を大事そうに撫でて、
その動作は余り人に触れられない。一度警官が尋ねた事があっても、適当にはぐらかしていた。だから奇行の真意は、否、そもそもこの行動に意味があるか、
知ろうとする人間は、存在しなかった。
、
帰り道は、夜だった。
知ろうとする人間が、其処に居た。
◇◆◇
草間武彦が、居た。
ディテクターと呼ばれる姿で。
◇◆◇
再会が、始まるかに見える。
何処かの異界のように、彼がタバコ中毒の情け無さだったら、その煙草代がどれだけ経済状況を圧迫してるかを説き、
何処かの異界のように、彼女に指輪があるのなら、忙殺の現実から逃避するよう、素敵な旅の話をけしかけて、
何処かの異界のように、二人が、この二人が、
三年前の二人だったのなら――
……ディテクター、
、
シュライン・エマ。彼女は、母と子の死体から立ち上がり、口を開いて、
「今日は」
再会は、始まらなかった。
◇◆◇
「ただいまー、零ちゃん」
そう言って、ひとまずソファにカバンを置く。既にあの草間武彦の義妹は、今日の料理を作っている。昨日自分が作っていた、里芋の煮っ転がしも同時に並んでいた。おいしそうねといって、席について、いただきますって言って、
草間零は、もう無意識じゃなく気づいている、
彼女がゆっくりと、虚ろになっていく事を、美味しいという一言も、あの頃よりか《足りなく》感じてしまう事を、ああ、ねぇ、
「シュラインさん」
、
「シュライン、さん、」
、
貴方は何になろうとしてるのか
虚無だと、言うのか
「……ど、どうしたの零ちゃん? 名前を二度も呼んで」
聞けるはずは無い、だから、零は、
「いえ、……なんでも」
まるで目の前の彼女みたいに、少し、虚ろに笑った。
同じような微笑みが返される中、
◇◆◇
ディテクターは、考えている。推理している。
何故彼女が自分を、知らない人のように対応したか。
……自分が、ディテクターという名前だから。そうなのだろう、それを理由にしなければ、今の自分が、彼女が望んでいない自分だから、もうけして笑いあえるような二人じゃないから、そう、今の考えではそうしておく。……そうして、おく。
他に、考える事がある。推理しなきゃならない事がある。
鬼鮫はもうIO2に戻ったから、だから、
ディテクターだけ、
母と子の死体の前に、居る。
彼女と同じように、腹を撫でて、呟いてみる。
「鍵は、扉は、何処へ行ったの」そして、
子供の頭を撫でる。
意味の無い奇行、だが、シュライン・エマの行動だ、あの彼女の行動なのだ。奇行と断ずるのは危険すぎる。ディテクター、
推理を開始する、そして、
推理を、終わる。
「……シュライン」
昔、二人の女を不幸にした男が居た。
もしかしたら今、義妹と、そして、彼女を不幸にしているかもしれない男は、
「子供」
母親の腹、赤ん坊、赤ん坊も子供なら、それも含めて、
彼女がみつめていた死体は、
「三歳以下の、子供か?」
この異界は、あの頃から三年後の者達が生きる異界。
ならば、三年前に生まれなかった存在は、異界の住人といえるのか? もし別の存在だとしたら、異界の中での、異質の存在、異界の存在。
鍵と扉はその存在の事で、何故その存在を鍵と扉と称するかは解らないけど、それが死んだ後、その霊が、もしくはその物が、なんらかが、
「何処へ、それは行ったのか?」
……、
………、なぁ、シュライン、そう考えているのか、シュライン、
なぁ――
無性に、話したいと思った。草間武彦のように他愛の無い言葉を。でも彼はディテクターだ、草間武彦じゃない。望んでいた事なのに、彼女達には迷惑はかけないって、
望んでいた事なのに。
◇◆◇
シュライン・エマは、今は草間興信所で住み込んで、ソファを寝床にしている。
……今日は何故か、草間零と一緒の布団だ。何かに不安になる様子で、一緒に、って彼女が言ったから。それは驚く提案だったのだけど、結局シュラインは、彼女の願いに応えます。
すっかり寝息をたてる少女の頭を撫でる。くすりと笑う。
そうしながら、研究所からの帰り道の途中で出会った人を思い出す。
……誰だっただろう、あの人は。
知っているような、知らないような、あの人は、少なくとも、
「……あの人じゃ」あの煙草ばっかり吸っていた、「あの人じゃ、無いわね」
シュライン・エマ。
本当に気づいていないのか、心の底で認めようとしてないのか、
それとも何か理由があるのか、
「……武彦、さん」
あの人の夢をみたら、私は朝、どう思うのだろう。
そんな事を考えながら、やがてシュラインも眠りに就いた。目覚めた時、草間零におはようの挨拶をした時、
彼女はまた、虚無へ、近づいているのか。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
◇◆ ライター通信 ◆◇
捏造してくださいって事なのでたんまりと(やりすぎです
というわけで二度目のご参加おおきにですー。何やらディテクターがでっぱりすぎてごめんなさい。他に捏造の方法が思い浮かばず……。
とりあえずシュラインさんの奇行の一つ、“母の腹と子供の死体をみつめる”に一応の理由はつけましたが、ぶっちゃけそこから先は決まってまへんので(をい)また話にあがった時や、次にまた参加する語機会があった時にでも固めていくかと。
一応、仕事中に何かを探してる事も、鍵と扉と証した三歳以下の何かに関係している、とは思うんでっけど……。というか決める事はできたんでっけど、今回はこのへんまでで。余り長引くのもあれなんで、多分次あたりではっきりすると思います。
とにもかくにもこれからの異界の展開に関わる素敵プレイングおおきにでした、またよろしくお願い致します。
[異界更新]
シュライン・エマ、精神が殺しあう異界の《殺意》の部分でなく、《虚無》の部分に徐々に同調が進行中。彼女の奇行の一つ、母親の死体の腹と子供の死体をみつめる行為が、“三年後の住人の異界の中で更に異界的存在といえる、三歳未満の存在をみつめる”行為であり、それを鍵、扉、と称した、“三歳未満の子供の、霊もしくはそれ以外の物が、あるいは鍵と扉という奴が何処へ行ったか”を考えている。仕事中に呟いたり、探している物が、それと関わりあるかは不明。
異界の謎に、鍵と扉を追加。
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